21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

南北関係における対米自主性(イ・ジェフン文章)

2019.09.21.

私は4月21日付のコラムで次のように述べました。

 (4月12日の施政演説に関して)私が理解する金正恩の情勢認識における最大のポイントは、祖国統一のための「歴史的闘争は今日、新しい局面」を迎えていると指摘していることです。その「新しい局面」とは、アメリカが「北南合意の履行を自分たちの対朝鮮制裁・圧迫政策に服従させようとあらゆる面にわたって策動」しており、そのために「朝鮮半島の緊張を緩和し、北南関係改善の雰囲気を持続させるか、さもなければ戦争の危険が深まる中、破局へと突っ走った過去に戻るか」の岐路にあるということです。要すれば、文在寅・韓国がトランプ・アメリカの圧力に対して、金正恩・朝鮮との間で板門店宣言・平壌宣言を成立させたときの初心を貫いて、毅然と立ち向かうことができるかどうかが、金正恩のいう「新しい局面」です。
 私は、2度の南北首脳会談によって金正恩と文在寅との間には揺るぎない相互信頼関係が確立したと思っていました。しかし、私の評価は甘すぎたようです。金正恩の文在寅に対する要求内容、すなわち「自主精神を曇らせる事大的根性と民族共通の利益を侵す外部勢力依存政策に終止符を打ち、すべてのことを北南関係の改善に服従」させなければならない、「板門店対面と9月平壌対面の時の初心に立ち返り、北南宣言を誠実に履行して民族に対する自分の責任を果たすべきだ」、「成り行きを見て左顧右眄し、せわしく行脚して差し出がましく「仲裁者」、「促進者」のように振る舞うのではなく、民族の一員として自分の信念を持ち、堂々と自分の意見を述べて民族の利益を擁護する当事者にならなければならない」、「アメリカの時代錯誤的な傲慢さと敵視政策を根源的に清算することなしには、北南関係における進展や平和・繁栄のいかなる結実も期待できないということを、手遅れにならないうちに悟ることが必要」、「言葉ではなく、実際の行動によってその本意を示す勇断を下すべき」等の発言からは、文在寅に対する「不信感」とまではいわないとしても、強い警戒心が余すところなく示されています。
 また7月27日付のコラムでは次のことも述べました。
 (4月12日の施政演説の)情勢認識の箇所で、アメリカが南朝鮮当局に速度の調節を露骨に強いており、北南合意の履行を自分たちの対朝鮮制裁、圧迫政策に服従させようとあらゆる面にわたって策動していると指摘しているわけです。そうなるとカギは、文在寅大統領がトランプ・アメリカの強烈な圧力に対抗して、二つの北南合意をあくまで実行するという強固な意思を貫くかどうかになるわけです。
 その点で施政演説は、文在寅大統領に対する警告と要求を明確に打ち出しています。
 例えば、自主精神を曇らせる事大的根性、あるいは民族共通の利益を侵す外部勢力依存政策に終止符を打ち、すべてのことを北南関係の改善に服従させなければなりません、北南宣言を誠実に履行して民族に対する自分の責任を果たすべきだと思うと、このように書いています。
 北南宣言を誠実に履行するということは具体的に何を意味するのかに関して板門店宣言と平壌宣言を見てみますと、板門店宣言では、今年中に東海と西海、両線の鉄道および道路の連結の為の着工式を行うということが書いてあります。平壌宣言では、開城工業団地と金剛山観光事業をまず正常化し、西海経済共同特区、および東海観光共同特区を造成する問題を協議するということが具体的に書いてあるわけです。
 ここで特に具体的に考えるべきは開城と金剛山だと思うのです。開城工業団地は2016年2月に操業停止、朴槿恵政権がやったのですけれども、これは安保理決議2270に先立って取られた韓国の独自的な措置です。それから金剛山に至っては、2008年7月に不幸な事件があって事業中止に追い込まれているわけですけれども、これまた安保理制裁決議とは関係なく取られている韓国側の独自の措置です。
 ということは、平壌宣言が結ばれた時、文在寅大統領と金正恩委員長との間で少なくともこの二つの事業は具体的に動かそうという了解があったのではないかと私は推察するのです。ところが現実には、文在寅大統領はこの二つの事業の再開をアメリカの対朝鮮制裁緩和・解除の一環に含めてしまっています。要するに制裁が緩和されなければ二つの事業を再開できないということになって、それが金正恩委員長にとっては強烈な不満になっているのではないかと判断されるのです。
 以上の朝鮮(金正恩委員長)の韓国(文在寅大統領)に対する明確な不満の所在を踏まえるとき、平壌宣言から一年を迎えた9月17日に、韓国大統領府の関係者が記者団に対し、同宣言が「朝米(米朝)実務交渉を含めた朝米間の非核化対話の原動力を維持する支えになった」と評価した上で、次のように述べた(同日付韓国聯合ニュース・日本語WS)ことには強い違和感を覚えざるを得ません。もちろん、韓国政府としては平壌宣言の積極面のみを強調したい気持ちは分かるのですが、朝鮮(金正恩委員長)が明確に発している韓国(文在寅大統領)に対する要求の所在についてまるきり頬被りしてやり過ごすというのでは「逃げている」という批判は免れないでしょう。
 同関係者は「南北関係と朝米関係が好循環し、進展するときに完全な非核化と平和体制を構築できる」とし、南北関係の進展が米朝関係の進展をけん引する3度の「政治的な波」があったと説明した。
 「1番目の波」は昨年4月と5月の南北首脳会談で、トランプ米大統領と金委員長によるシンガポールでの初の米朝首脳会談をけん引したと評価。昨年9月の平壌での南北首脳会談から今年2月のベトナム・ハノイでの2回目の米朝首脳会談に続く局面を「2番目の波」、6月に板門店で南北と米国の首脳が顔を合わせてから米朝間の実務交渉に再開の兆しが見えている現在までを「3番目の波」だとした。その上で、「平壌共同宣言はこのうち2番目の波の始まりといえる」と述べた。
 また、同関係者は平壌共同宣言の成果を三つ挙げた。一つ目は「北から寧辺の核施設の廃棄提案を得たこと」だとし、「南北・朝米関係の好循環構造に照らすと、南北協議を通じて朝米交渉の主要議題の一つをテーブルに乗せた格好だ」と分析した。
 二つ目は平壌共同宣言とともに「軍事分野合意書を締結したこと」で、「南北の軍事力の偶発的な衝突を防ぎ、朝米間の交渉に集中する土台をつくった」と評価した。
 三つ目として、「まだ潜在的ではあるが、経済協力や人道的な協力、民間交流分野などでの協力事業に合意したこと」と述べた。南北の鉄道連結に向けた着工式を開催し、スポーツ協力が進んだこと以外は進展がわずかなのは事実だとしながらも、「状況が改善した後に南北が何をするのかに対する一種のロードマップ(行程表)を得たという意味がある」と強調した。
9月19日付のハンギョレ・日本語WSに掲載されたイ・ジェフン先任記者署名文章「米国への制裁協力で南北が遠ざかる…米に対する自主性を確保すべき」(韓国語原文もほぼ同時刻)は、題名が示すとおり、アメリカに対する主体性・自主性を欠く文在寅政権に対する批判です(かなり抑制的ですが)。私が注目したのは、南北関係の進展に対してアメリカが「横やり」を入れたのは平壌宣言直後(具体的には昨年11月に起動した韓米作業部会)だということです。イ・ジェフンは「作業部会の第1回会議の際、マイク・ポンペオ国務長官は「我々は韓国政府に北朝鮮の非核化が南北関係の進展のスピードに遅れをとらないよう望んでいるという点を明確に伝えてきた」とし、「作業部会はこのような方向を維持するように設計された」と強調した」としています。
 私はこのポンペイオの発言を直接チェックしたわけではありません(正直、米国務省WSまで毎日チェックする余裕はない)が、朝鮮(外務省)は神経を研ぎ澄ましてアメリカ側の動向を丹念にチェックしていますから、ポンペイオの以上の発言を見落とすはずはないでしょう。そして、韓国(文在寅大統領)がアメリカ側の要求どおりに南北関係進展のスピードに急ブレーキをかけたために、4月12日の施政演説における明確な文在寅大統領批判につながったことが理解されます。
ちなみに、私が年初以来の朝鮮中央通信を遡ってチェックしたところ、早くも1月3日付の朝鮮中央通信が、同日付の労働新聞署名入り論評(「北南関係は朝米関係の付属物になるわけにはいかない」)の紹介として、「北南関係と朝米関係の政治地形を変えた朝鮮半島の巨大な地殻変動と共に昨年の一年間に北南間に想像もできなかった驚くべき変化が起こったことだけは事実であるが、突き止めて見れば形式はあるが内容はなく、音は大げさであるが実践はないというふうにほとんど足踏みと沈滞状態に置かれているのがまさに、北南関係である」、「その原因は口先では板門店宣言を積極的に支持する、北南関係改善の動きを歓迎する、と機会あるたびに言っては実際上、北南関係の改善に遮断棒を下ろして各方面からブレーキをかけてきた米国にある」と指摘していたことを確認しました。その後も韓国(文在寅大統領)に対するこの種の警告が繰り返し現れています。しかし、韓国側はまともな反応をしませんでした。その結果、4月12日の施政演説における金正恩委員長直々の文在寅大統領批判(名指しだけはかろうじてしなかった)となったことが理解されるのです。
 文在寅大統領は国連総会出席のため訪米し、トランプ大統領とも会談することになっています。しかし、南北交流事業推進に関してよほど明確な対米自主を打ち出すことでもしない限り、金正恩委員長の信頼を回復することは不可能であり、それはとりもなおさずトランプ大統領からも「適当にあしらわれる」定めにあることを免れないことを意味します。文在寅大統領訪米の直前にこの文章が掲載されたことは、南北関係に手をこまねいている同大統領に対するハンギョレの深刻な問題意識を示しているとも考えられます。
 イ・ジェフン署名文章を以下に紹介します。
「米国への制裁協力で南北が遠ざかる…米に対する自主性を確保すべき」
(日本語版)登録:2019-09-19 08:46 修正:2019-09-19 10:34
 昨年9月、平壌で行われた首脳会談は南北対話の歴史に新たな1ページを刻む道しるべをいくつも立てた。
 第一に、「最高の場面」に選ばれた文在寅大統領の昨年9月19日、綾羅島(ルンラド)5月1日競技場での演説。南側の最高指導者が北側の一般人民の前で行った初めての演説だ。「我々は5千年間を共にし、その後70年間離れ離れになりました。私は今日この場で70年間の敵対を完全に清算し、再び一つになるための平和の大きな一歩を踏み出すことを提案します」
 競技場の平壌市民は、「白頭から漢拏まで美しい我が地を、永久に核兵器と核の脅威のない平和の基盤にし、子孫に受け渡そうと(金正恩委員長と)確約した」という文大統領の「非核化合意」の公開に歓声をあげた。
 金正恩委員長は「9月平壌共同宣言」を発表する場で、「我々はいつも今のように両手を固く握り合い、先頭に立って、共に前進する」と約束した。翌日の9月20日に文大統領と金委員長は民族の聖山である白頭山(ペクトゥサン)の天池に登り、両手を取り合って、平和や共存、協力、自主・統一の意志を世界にアピールした。
 第二に、「寧辺(ヨンビョン)の核施設の永久廃棄と追加措置」の合意だ。南北が二国間対話で「非核化実行案」に合意した初めての事例だ。「地球上の最後の冷戦体制」の解体過程で、主導的に協力するという約束だ。これは、金委員長とドナルド・トランプ米大統領の2月のハノイ首脳会談につながった。
 ところが、「好事魔多し」と言われるように、ハノイ会談は予想に反して物別れに終わり、朝鮮半島の平和過程には急ブレーキがかかった。その流弾に当たったのは南北関係だった。
 実際、南北関係にはハノイ前の9・19平壌共同宣言の発表直後から「対北朝鮮制裁への協調」を口実にした米国の牽制の強化で、"異常兆候"が現れていた。昨年11月20日、ワシントンで初の会議を行った韓米作業部会は、"米国の牽制"を制度化した代表的な装置だ。作業部会の第1回会議の際、マイク・ポンペオ国務長官は「我々は韓国政府に北朝鮮の非核化が南北関係の進展のスピードに遅れをとらないよう望んでいるという点を明確に伝えてきた」とし、「作業部会はこのような方向を維持するように設計された」と強調した。
 南北は昨年12月26日、鉄道・道路連結の起工式を開き、9・19平壌共同宣言に明記された「年内の着工式」の期限をかろうじて守った。しかし、実際は工事が行われず、"実のない"着工式だった。
 「制裁への協力」を掲げた米国の牽制に阻まれ、大規模な経済協力に乗り出せない南側に、北側は不満をあらわにしてきた。南北当局の公開会談は昨年12月14日に体育分野の会談を最後に、9カ月以上開かれていない。ついに、北側が「南朝鮮当局者たちと膝を突き合わせるつもりはない」(8月16日、祖国平和統一委員会報道官談話)と主張するまでに至った。ムン・ジョンイン大統領統一外交安保特別補佐官ら経験豊かな元老たちが、公に「韓米作業部会が南北関係を妨げている」、「韓米同盟の維持にこだわったあまり、南北関係が崩壊した状況だ」と嘆くのもそのような理由からだ。
 ハノイ会談後の朝鮮半島平和プロセスの後退の流れは、6月30日の南北米首脳による板門店会合で反転のきっかけをつかみ、北側が9月9日に朝米実務協議の日程を提案した後、3回目の朝米首脳会談を念頭に置いた神経戦が熱を帯びている。文大統領も当初欠席する予定だった国連総会への出席を急遽決め、「その役割が何であれ、(我々に)できるすべてのことをする」(16日、首席・補佐官会議)と誓った。韓国政府は足踏み状態にもかかわらず、依然として南北当局の疎通の窓口の役割を果たす開城共同連絡事務所などを通じて、新しい活路を見出そうと模索している。
 複数の高官らは18日、「朝鮮半島平和プロセスが後退することなく朝鮮半島の非核化と朝米関係の正常化につながるためには、韓国が促進者として自主的な空間を確保する必要がある」とし、「その中核となるのは、南北関係で朝米関係を牽引する韓国の対米自主性の確保」だと助言した。
韓国語原文入力: 2019-09-19 07:41