21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

トランプの虚仮威しと中国のレジリエンス

2019.08.31.

米中貿易戦争が本格化しつつあった昨年(2018年)前半に中国が抱いていた危機感と現今の泰然自若とした言動とを比べると、本当に目を見張るものがあります。例えば昨年4月8日付の環球時報社説(4月7日付環球網掲載)のタイトルは「抗米援朝戦争を戦った決意で対米貿易戦争を闘おう」でした。その中では、「これは普通の貿易戦争ではなく、中国の台頭を押さえ込み、アメリカの全面的優位を永久化しようとする戦略的行動だという認識が中国社会で確立しつつある。…米中貿易戦争はかつての日米貿易戦争のような形では解決できず、…双方が、いかなる代価を払ってでも何らかの決定的なポイントを獲得するべく全力を投入すべき闘い、とアメリカは見なしている」という深刻な認識が表明されています。このような認識に基づいて、以下のような悲壮なまでの決意が表明されていました。

 往年の抗米援朝の意志でトランプ政権の貿易上の侵攻を打ち負かす。これが中国の上から下までの戦略的決意として確立しつつある。抗米援朝で中国は損失を被ったが、38度線でアメリカに(休戦協定の)署名を余儀なくさせ、ワシントンの戦略的傲慢に大きな傷を負わせ、その後の長年にわたるアメリカ社会の中国に対する戦略的尊重を勝ち取った。今日の中米貿易戦争においても、我々には往時と同じ、犠牲を恐れず、代価を惜しまない戦略的気概が必要とされており、アメリカが中国に対して振り回す棍棒をあたかもマッチのように焼き尽くして中米関係の新局面をアメリカに受け入れさせる断固とした姿勢が求められている。
 抗米援朝はアメリカ軍が鴨緑江まで進攻してきたために始まった。現在アメリカが発動した貿易戦争も中国の核心的利益線を狙ったものだ。我々には退く場所もないという危機感と国家の根本的利益を守るためには絶対にアメリカに譲歩しないという確固たる決意とが中国社会全体に凝縮しつつある。我々は一定の犠牲を払うことになることを知っている。しかしそれ以上に、覇権の貪欲には限りがないことも理解している。今日我々が鋼鉄製の貿易防御戦を構築しなければ、明日何を失うことになるのかは予測もできない。
 しかし、1年以上の米中貿易戦争を経験した中国はその中で自らへの自信を格段に深め、今では余裕すら持って米中貿易戦争に臨むまでになっています。例えば、本年4-6月期の中国の経済成長率が6.2%だった事実に関して、日本の報道では「92年以来最低」と報道しましたが、中国国内では、米中貿易戦争のただ中であるにもかかわらずこれだけの成長を確保したという肯定的な受け止め方が支配的でした。
 これが決して強がりではないことは、8月8日付の環球時報社説「中国の対外貿易さらに多元化、そのレジリエンスは明らか」における以下の自己評価に明らかです。
 (7月の輸出が前年同期比+3.3%で事前の予想を上回ったこと、輸入は対前年同期比-5.6%で下げ幅が事前の予想を下回ったこと、貿易黒字が450.6億米ドルで+63.9%だったことをあげて)米中貿易戦争は中国の対外貿易にマイナスの影響を与えているが中国のレジリエンスは各方面の予想を遙かに超えている。…中米貿易は困難になっているが、対外貿易における自己調節能力は不断に顕著となっている‥。中国はアメリカとの貿易戦争の長期化をもとより望まないが、それが不可避であるとする場合、中国経済には別のルートを開拓する能力があり、そういった融通性がますます開拓されつつある。…これは意志によるものではなく、情勢が強制するもとでの中国経済の自然な適応によるものだ。
 下半期の対外貿易環境は引き続き厳しく、中米貿易戦争は引き続き悪化する可能性があるし、不景気な世界経済も今ひとつの懸念材料だ。しかし、これまでの状況が示すように、たとえ洪水が押し寄せるとしても、中国経済は水をかき分ける能力がもっとも高い国の一つであり、アメリカが中国を「撃滅」しようとしても、世界経済という大座標のもとでますます失望することになるだろう。
 アメリカがどの分野で中国に迫っても、中国はその分野で逆境に耐える新たな能力を生み出し、アメリカが希望するような「ショック」に見舞われることはないだろう。これは、(中国という)大社会特有の天賦の能力である。…今日の中国の工業力は包括的でかつ成熟しており、対外開放によって数え切れないだけのルートを生み出し、中国の「制裁」に対する抵抗力は質的飛躍を遂げている。
 中米間には極めて大きな違いが生まれている。中国は実事求是で、最悪に備えると同時にできる限りの好結果を実現しようとしている。アメリカ政府は人々に絶え間なく聞き心地のいいことを言っているが実現できず、そのために嘘を編み出し、自らを間違った道に追いやって身動きができなくなっている。
 アメリカは貿易戦争における中国経済のレジリエンスを過小評価するのが常で、中国はすぐに圧力に抗しきれなくなり、アメリカに和を乞うようになるという偽りのイメージを作り出している。アメリカは多くの嘘で株式市場の信頼を維持しようとしているが、外から見ればはなはだ危なっかしい。ハッキリ言えることは、アメリカ経済のいわゆる「繁栄」の中にはアメリカ政府が意識的に作り出しているバブルが含まれており、ホット・マネーの還流によって金融が支えられている部分が多く、これらは早晩アメリカの投資家のツケへと変わるだろう。
 中米貿易戦争は持久戦であり、中国社会はこの点についての覚悟が定まっている。アメリカとの必要かつ正常な協力に努力するのはもちろんだが、中国の将来的発展には多元的な動力を開拓する必要があり、内生的な動力と全面対外開放との関係を統一的にアレンジするべきであり、アメリカによる貿易戦争が中国を弱体化することはできず、むしろ中国の全面的な復興に対してさらなる条件を作り出すための客観的推進剤となるだけだろう。…中国経済の真のレジリエンスはこの国家の潜在力そしてこの潜在力を引き出すさらに増大する能力に基づいている。…ワシントンはこの趨勢を受け入れたくなく、自他を欺く様々なことを仕掛けてくる。時間が彼らを教育することだろう。
 もちろん、中国が米中戦争に関して幻想を抱いているわけではありません。8月16日付の環球時報社説「対中高圧姿勢を支えきれないアメリカ経済」は、「無視しようとしても経済法則は働いており、貿易戦争は中米両負けのゲームであって、中国が負けてアメリカが勝つゲームではなく、経済法則はいずれ自らを証明するだろう」という透徹した認識に中国が立っていることを明らかにしています。この社説は、トランプ政権が仕掛けた米中貿易戦争は失敗に終わるという見通しを述べた後、この両負けの米中貿易戦争に臨む中国の立場を次のように明らかにしています。
 中国の立場は未来永劫に一つである。我々は貿易戦争をやりたくない、しかしやることを恐れないし、必要なときはやらざるを得ない(不愿打,不怕打,必要时不得不打)ということだ。中国は一貫して協議を達成したいと考えている。しかし、不公平な協議を拒否する点においてはいささかのためらいもない。現在の態度も次のとおりだ。速やかに協議を達成できることは双方にとってよいことだ、しかしアメリカが一人勝ちの協議を欲する限り、中国はさらに待つことには何の妨げもなく、どんなに待つことになるとしても一向にかまわない。
 貿易戦争が中国経済に損害を与えることは認める。同時に我々は、損害の程度を低くするべく積極的な努力を行うし、中国の体制がこの点で最大限のことを行いうる能力を有していることについては十分な自信がある。  アメリカは貿易戦争が自らにもたらす損害について見て見ぬふりを決め込んでいるが、この時代においてかくも公然と嘘八百を重ねる政権には驚きを禁じ得ない。しかし、これはアメリカの問題であり、経済法則が彼らを罰するのに任せよう。
 二つの環球時報社説を紹介しましたが、中国側の米中貿易戦争に臨む立場に関しては、人民日報の鐘声、新華社の辛識平を含め、いかなる齟齬も見つけることはできません。私がむしろ不思議でならないのは、かくも断固とした立場を中国側が繰り返し、繰り返し発信しているにもかかわらず、トランプ政権が「最大限の圧力をかけ続ければ、中国はいずれ悲鳴を上げて降参する」と踏んで、「馬鹿の一つ覚え」にしがみついていることです。同じことはイランについても言えますし、パレスチナについても言えます。トランプ流の商売人感覚は正しい政治信念の持ち主には通用しない。この単純な真理をトランプに直言しうるものはトランプ政権を突き放しており、トランプの周りにいるのは、ペンス、ポンペイオのような「ティー・パーティ」か、ボルトンのような「時代錯誤の確信犯」だけということが、今のアメリカをますます袋小路に追い込み、国際関係を未曾有の危機的状況に追い込んでいるのです。