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INF条約失効とアジアへの影響(環球時報社説)

2019.08.05.

8月2日、アメリカ国務省は同国がINF条約(中距離核戦力全廃条約)から正式に脱退したことを声明し、ロシア外交部もこれを確認しました。これによって1987年にレーガンとゴルバチョフとの間で締結されたこの条約が失効しました。2014年以来、米ロ両国は相手が条約違反の活動を行っていることを互いに批判(アメリカはロシアの9M729巡航ミサイルが条約の禁止する射程500キロを超えていると非難。ロシアは同ミサイルの巡航距離は500キロ未満で条約違反に当たらないと反論する一方、アメリカが2016年にルーマニアに配備したMK-41ランチャーがトマホーク中距離巡航ミサイルの発射に使われうるとしてアメリカの条約違反を非難)しあってきましたが、トランプ政権は2018年10月に同条約からの脱退意思を表明、今年2月1日にポンペイオ国務長官が条約上の義務履行を停止することを宣言するとともに、2月2日に条約脱退に関する規定を発動し、条約の規定に基づき8月2日に正式に失効したわけです。ちなみに、INF条約失効後、米ロ間に残る核管理条約は2010年にオバマ大統領とメドベージェフ大統領との間で締結された新戦略核兵器削減条約(新START)だけとなりました。トランプ大統領はこの条約にも批判的であり、トランプが2020年の大統領選挙で再選された場合には失効期限の2021年以後も延長されるか疑問視されています。
 INF条約は主に欧州正面の事態を念頭に置いて作られた経緯もあって、その失効が今後の軍事情勢にいかなる影響を及ぼすかについても、主に欧州を舞台に様々な議論が行われています。しかし、就任直後のエスパー国防長官は9月2日、記者の質問に答える中で、アジアにも中距離ミサイルを陸上配備する意思があることを表明しました。8月4日付の環球時報は直ちにこれに反応し、「アメリカ、中距離ミサイル配備でアジア破壊の意志 アメリカの同盟国、大砲の餌食になることなかれ」と題する社説で、それがアジアにもたらす危険に警鐘を鳴らすとともに、特に日本と韓国に対してアメリカの意志どおりに動くことによって身を滅ぼすようなことがあってはならないと強く警告しました。その内容は、是非はともかくとして、INF条約失効が日本にとって決して他人事ではないことを認識する上で耳を傾けるだけの価値があるものです。特に8月6日(広島)及び9日(長崎)を前にしているというのに、日本国内ではINF条約失効に対してまったく無関心な空気が覆い尽くしています。私としては警鐘乱打の一助としたい気持ちが強く、同社説を紹介するゆえんです。

 エスパー国防長官はアジアにアメリカの中距離ミサイルを陸上配備したいと述べた。アメリカが本当にそうするとなると、アジアに極めて激烈な軍拡競争が起きることは間違いない。
 アメリカはかくも貪欲に絶対的で全面的な軍事的優位性を追求することで、そのスーパー覇権をうち固めようとしている。アメリカは相対的な力のバランスをいかなる形でも受け入れない。アメリカのこの執着と覇権追求は今やアジアの不安定をもたらす最大の源となっている。
 アメリカに対して攻撃を仕掛けようとするような国は世界にはいない。それは自殺的攻撃だからだ。アメリカは圧倒的な報復能力を持っており、いかなる国によるアメリカに対する軍事攻撃・威嚇をも制止することができる。非国家主体(テロリズム)のみがアメリカの威嚇にたじろがない。彼らは自殺的行動を恐れないからだ。
 アメリカによるアジアへの中距離ミサイル配備はもっとも深刻に現状を打破し、軍備競争が不可避となるだけではなく、地縁政治の激震を引き起こす可能性も大いにある。このことは韓国にTHAADシステムを配備することが引き起こす衝撃よりはるかに深刻である。なぜならば中距離ミサイルは正真正銘の攻撃兵器であるからだ。アメリカの中距離ミサイル配備を受け入れる国はすべて中国及びロシアと直接的間接的な敵となるということであり、戦略的な自殺行為だ。
 容易に想像できるのは、アメリカが日本と韓国を主要ターゲットとして中距離ミサイル配備受け入れを要求するだろうということだ。中露と対立するということは、往年の欧州諸国とソ連・ワルシャワ条約との対立と比較するとき、日韓が受け入れることとなる総合的リスクははるかに大きくなるだろう。中国は日韓両国にとって最大の貿易パートナーの一つであり、アメリカを手助けして中露を威嚇する場合、中露が連合して日韓の国家利益に対して報復することによる損失はアメリカが日韓に圧力を行使して作り出す損失よりも小さいということはあり得ない。
 アジアは今日の世界で発展がもっとも早い地域であり、アジアにおける国家関係は複雑であるにせよ、実質上は相互に力を借り、互いに推進し合う利益関係を形成しており、その中で中国はこのシステムの中心的位置にある。ワシントンは中国に打撃を加えたいのだが、これはこの繁栄を作り出すシステムをぶち壊すことと同義であり、自らの危機感をアジア諸国間の対立へと転化しようということなのだ。
 アジア諸国はアメリカがこの地域に危機を作り出そうとする試みに集団で抵抗しなければならず、共同でこの地域のマクロな安全保障の現状を維持し、アメリカがこの地域に極端な軍備競争を持ち込み、大国間の駆け引きをアジアの地縁政治の政治的メインに変化させ、すべての国家がどちらかの側に付くことを強いることを防止しなければならない。
 とりわけ日本と韓国は冷静さを保つべきである。両国の利益実現手段は今やアジアの強靱な発展に伴って多元化しており、両国にとってのアメリカはもはや他の方面からもたらされる利益を犠牲にするに足るだけの絶対的源泉ではない。両国は現在中露とおおむね良好な関係を保ち、経済協力は不断に拡大しており、両国が仮にアメリカに従って冷戦パラダイムに引き返すとなれば、両国の国家利益に対する悪夢となるだけだろう。
 アメリカは中国などのアジア諸国の台頭を受け入れなければならず、質的にレベルの高いマルチの共同安全保障観を以て覇権主義の一国主義絶対安全保障観に置き換えなければならない。アメリカは中露とアジア諸国に圧力をかけるべきではない。アメリカが一国主義をやった場合、それによって中露を相手とする戦車の上にアジアの同盟友好諸国を引っ張り上げることができるとは誰も考えていない。アジアの同盟友好諸国はおしなべて中国及びアメリカと同時に良好な関係を保ちたいのであり、いずれかの側に立つことを望んでいないのだ。したがって、アメリカが中露に圧力をかけるということは自らに圧力をかけることにもなる。
 中国の経済的実力をもってすれば現在よりもはるかに巨額の国防予算をもまかなうことができるのであり、アメリカとしては、新たな両負けの戦線を切り開くことでアジアにおける軍備競争が往年の欧州におけると同じように制御できなくなるような事態を作り出すべきではない。そのことがもたらす結果は中国がスーパー兵器庫を作ることを強いられるということであり、それがアメリカの長期的な利益に合致しないことは確かだ。
 想像してみよう。かりに中露がラ米に大量のミサイルを配備したら一体どんなことが起きるだろう。アメリカが中距離ミサイルをアジアに陸上配備するということは似たような連鎖的激動を引き起こすのだ。間違いなく、中露は戦略的協力を強化し、相携えてアメリカのこの計画に対抗するだろう。日本と韓国は高度な冷静さを保ち、中露のミサイルの狙い定めた集中的なターゲットとなるべきではないし、アメリカの居丈高のアジア政策によって大砲の餌食になるようなことをするべきではない。