21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

ハノイ会談以後の朝鮮半島情勢

2019.07.27.

6月29日に朝鮮大学校の集会で行った講演内容の起こしです。昨年(7月14日)も同校でお話ししたことがあり、そのときのお話の内容は2018年8月30日付のコラムで紹介しています。前回のお話のいわば続きという位置づけです。興味のある方は昨年のコラムを読んでくださるとありがたいです。
 6月29日にお話をする直前に、G20大阪サミットのため来日中のトランプ大統領が金正恩委員長に板門店で会いたいとツイートしたというニュースが飛び込んできました。朝鮮大学校の関係者たちはかなり興奮されていましたので、私はそれをたしなめる意味でお話の中で言及している部分もあります。板門店での朝米首脳会見は実現しましたが、その後から今までの推移を見ると、やはり「冷めていた」私の見方の方が的を射ていたのではないかと思います。

今日のお話の構成としては、これまでの事実関係の確認という1と、今後の朝鮮半島情勢という2に分かれておりますけれども、これまでの事実関係の確認の部分は去年の6月にお話したこともあるので、ほんの数点確認しておきたいと思います。
朝鮮半島情勢には去年急展開があったのですけれども、今後の展開を左右する要素に関しては、プラス材料としては金正恩委員長とトランプ大統領との個人的信頼関係が維持されていることであります。
それに対して不確実要因はやはり何と言ってもトランプ大統領です。彼はもう全く戦略はゼロですし、朝米関係、というよりも国際関係そのものの歴史に対して全く無知、強いて言えば無頓着でありまして、それが私どもから見ると危なっかしくてしょうがないということになります。
そして彼の動くパターンを見てみますと、要するに商売人的な感覚、損得勘定で外交も考えているということ、そして駆け引き外交なのです。しかもかなりあくどい商人でしたから、この駆け引きというのが非常にあくどい。だから最大限の圧力で相手の譲歩を引き出すという、いまや非常に見え透いた手法を朝鮮に対しても行っているということです。
トランプにとっていまや、来年の大統領選挙勝利が最大の関心事になっておりまして、外交問題も全てそのための材料になってしまっているということがあります。
それからもう一つの懸念材料は、去年の北南首脳会談、朝米首脳会談を実現することに非常に力を尽くした文在寅大統領。私は去年、彼は剛毅木訥であると最大限の賛辞を献上しましたが、それはちょっと間違っていたようで、どうも彼は優柔不断であると言わなければなりません、今やですね。それが非常に北南関係にとって懸念材料になっているということであります。
それからもう一つ確認しておきたいのは、これからの朝米交渉を動かす原則はやはり第一回のシンガポール・サミットで金正恩委員長とトランプ大統領との間で合意された諸原則であるということです。
「基本」は、お互いに相互不信から相互信頼へのパラダイム転換を行う、不信から信頼へということです。
「目標」は、朝鮮半島の平和安定の実現と朝鮮半島の非核化の実現というこの二つであるということ。
そして「プロセス」として、段階別・同時行動原則を順守するということ。
それからもう一つは、できるだけ短期間、願わくばトランプの任期中にこの朝米交渉の二つの目標を基本的に実現するということになるわけです。
皆さんに見ておいていただきたいのは、この「基本・目標・プロセス」、これを踏み外したら朝米の交渉の前進はあり得ないということです。朝鮮はこの「基本・目標・プロセス」を高く掲げていますので、これを踏み外す側があるとしたらアメリカ、トランプですけれども、トランプがこの「基本・目標・プロセス」を守れば物事のこれからの展望はある。しかしそれのどれか一個でも踏み外したら、朝米交渉はそこでまた膠着状態に陥るということです。
第二回朝米首脳会談がつまずき、その後今まで停滞したのも、まさにこの「基本・目標・プロセス」をトランプが見失った、というよりも踏み外したことに原因があるということになります。
今再び動きが出ていますけれども、今後前に進むかどうかを見る上では、この「基本・目標・プロセス」を踏まえておいて、レジュメに私が短くまとめておいたことを頭に入れておいていただいて、それにちゃんと沿った動きをしているかということを見ていただければ、その先行きが読めるようになると思います。
今後の朝鮮半島情勢を見る上では、つまり朝鮮半島問題最終的解決に向けての課題というのは非常に多岐にわたるわけです。しかも朝鮮、アメリカ、中国、ロシア、韓国、そしてさらに言うなら日本ですけれども、それぞれが達成したい目標、課題に出入りがある、したがって非常に複雑なプロセスであるということです。その点を踏まえていただきたいと思います。
こういう複雑な交渉がどうなるかを見るうえでのこれからのカギですけれども、勇猛果敢の金正恩、深謀遠慮の習近平、冷静沈着のプーチンが緊密な協力、緻密な意思疎通を通じて、支離滅裂なトランプ、優柔不断の文在寅を、朝鮮半島の平和と安定及び朝鮮半島の非核化に導いていくことができるかどうかということにかかってまいります。
もう一つのカギは、先ほど「基本・目標・プロセス」を見ましたように、朝鮮の非核化措置とアメリカの対応措置とのバランスをはかる共通の目安、モノサシを設定したうえでの同時行動原則による段階的措置の合意という、第一回朝米首脳会談で合意された「基本・目標・プロセス」が守られるかどうかであります。
そこで朝鮮の考え方はどうかということになるわけですけれども、その点では金正恩委員長の4月12日の施政演説が非常に重要な判断材料を与えています。
金正恩委員長の施政演説の内容については、私のウェブサイトの4月21日付「コラム」で、「朝鮮の新外交戦略」と題して書いておりますので興味のある方は見ていただきたいと思います。金正恩委員長のアプローチについては後で申しあげることにして、何故金正恩委員長あるいは朝鮮が文在寅大統領あるいは南朝鮮当局に対して強烈な不信感を持つに至ったのかについて、施政演説から読み取れることをまず簡単にお話しておきたいと思います。 正直言ってこれは私の自己批判でもあるわけです。
先ほど申しましたように、去年の段階での文在寅は本当に剛毅木訥で、とにかく北南関係を良くするために動くんだと一心不乱に働いていると私は高く評価していたのです。二回の北南首脳会談を経て、私は金正恩委員長と文在寅大統領との間には非常に強固な信頼関係が生まれているのではないかと判断しました。ですからその信頼関係があれば、アメリカがよろめいても北南でそれに対して防波堤になる役割を果たすことができると思ったのです。しかし、4月12日の施政演説を見ましたら、金正恩委員長の文在寅大統領に対する不信感が強烈に出ていたのです。
例えば情勢認識の箇所で、アメリカが南朝鮮当局に速度の調節を露骨に強いており、北南合意の履行を自分たちの対朝鮮制裁、圧迫政策に服従させようとあらゆる面にわたって策動していると指摘しているわけです。そうなるとカギは、文在寅大統領がトランプ・アメリカの強烈な圧力に対抗して、二つの北南合意をあくまで実行するという強固な意思を貫くかどうかになるわけです。
その点で施政演説は、文在寅大統領に対する警告と要求を明確に打ち出しています。
例えば、自主精神を曇らせる事大的根性、あるいは民族共通の利益を侵す外部勢力依存政策に終止符を打ち、すべてのことを北南関係の改善に服従させなければなりません、北南宣言を誠実に履行して民族に対する自分の責任を果たすべきだと思うと、このように書いています。
北南宣言を誠実に履行するということは具体的に何を意味するのかに関して板門店宣言と平壌宣言を見てみますと、板門店宣言では、今年中に東海と西海、両線の鉄道および道路の連結の為の着工式を行うということが書いてあります。平壌宣言では、開城工業団地と金剛山観光事業をまず正常化し、西海経済共同特区、および東海観光共同特区を造成する問題を協議するということが具体的に書いてあるわけです。
ここで特に具体的に考えるべきは開城と金剛山だと思うのです。開城工業団地は2016年2月に操業停止、朴槿恵政権がやったのですけれども、これは安保理決議2270に先立って取られた韓国の独自的な措置です。それから金剛山に至っては、2008年7月に不幸な事件があって事業中止に追い込まれているわけですけれども、これまた安保理制裁決議とは関係なく取られている韓国側の独自の措置です。
ということは、平壌宣言が結ばれた時、文在寅大統領と金正恩委員長との間で少なくともこの二つの事業は具体的に動かそうという了解があったのではないかと私は推察するのです。ところが現実には、文在寅大統領はこの二つの事業の再開をアメリカの対朝鮮制裁緩和・解除の一環に含めてしまっています。要するに制裁が緩和されなければ二つの事業を再開できないということになって、それが金正恩委員長にとっては強烈な不満になってるのではないかと判断されるのです。
もう一つの施政演説の注目点は、特に中国、ロシアの名を具体的にあげているわけではないのですけれども、共和国政府は朝鮮半島に恒久的で揺るぎない平和体制を構築するために、世界のすべての平和愛好勢力としっかりと手を携えていくでしょう、そして敵対勢力の制裁解除の問題などにはこれ以上執着しないとも言及しているのです、施政演説の最後のほうで。これを見た時に、私は直ちにこれは中国とロシアを主に念頭に入れた言葉であろうと思いました。
果たせるかな、金正恩委員長は4月25日にはロシアのプーチン大統領とウラジオストック会談を行っております。この問題については5月3日の私のウェブサイトの「コラム」で事実関係を整理しておきましたので見ていただきたいと思います。それからつい最近、習近平主席の訪朝が行われています。これも「コラム」6月27日付で書いておきましたので見ていただきたいと思います。
このように、今までは北南米という三者で動いてきたわけですけれども、これからは中国とロシアも朝鮮半島問題の解決に関わってくるということ、これを金正恩委員長が施政演説で間接的にせよ明らかにしたというところが重要だと思います。
そこで、朝鮮の対米アプローチですけれども、この点については6月4日付の朝鮮外務省スポークスマン談話が重要な判断材料を与えています。そこで示された朝鮮の基本方針というのは、やはり金正恩委員長の施政演説の確認なのです。
そこでは、双方が互いの一方的な要求、条件を捨てなければならない、解決方法を探していかなければならないと述べた上で、そのためにはまずアメリカが現在の計算法を捨てて新しい計算法をだせと言っています。現在の計算法というのは皆さんご存じの「ビッグ・ディール」です。「ビッグ・ディール」とは要するに、朝鮮は全部の核を放棄しろ、そうしたら朝鮮の将来は約束するということですけれども、これはこれまでのアメリカのアプローチと変わりはないわけです。
この段落から読めることは二つあります。
ひとつは「ビッグ・ディール」というアメリカの計算法には応じないということ。つまり、アメリカが現在の計算法を捨てて新しい計算法をもって我々に接近するのが必要だということです。
それからもう一つ重要な点は、朝鮮側も当初の要求について再考することは可能だと言っていることです。朝鮮の当初の提案は何だったかというと、ハノイで朝鮮が提起したのは、寧辺は廃棄する、その見返りにアメリカは五つの安保理制裁決議の撤廃に応じろということです。
安保理制裁決議は十二あるのですけれども、最後の五つがもっとも厳しい内容で、これによって朝鮮に対する完全な兵糧攻めの仕組みが完成したわけです。朝鮮はその部分を解除しろと提起したわけです。
ところがアメリカからすると、この五つの決議こそが安保理制裁決議の枢要部分であって、この五つの決議を解除したら、実質的に全面制裁解除と等しいと理解したわけです。つまりアメリカは、朝鮮は寧辺の引き換えに制裁決議全部をやめろと要求しているに等しいと理解したわけです。それで、そこまで言うなら、朝鮮には核・ミサイルを全部廃棄するというアメリカの提案にも応じる用意があるのではないかとアメリカは考えたわけです。アメリカというよりトランプは。それを入れ知恵したのはボルトンという悪者ですけれども。それでトランプは「ビッグ・ディール」提案をしたということではないかと私は判断しています。
しかし朝鮮からすると、その五つの安保理決議は民生に関わる部分であって、軍事には関わらないという理解だったようです。ですからそこでボタンの掛け違えがあってつまずいてしまったということではないでしょうか。
そこで朝鮮が当初要求の再考が可能だというのは、双方が互いの一方的な要求、条件を捨てて各自の利害関係に合致する建設的な解決方法を探すということで、平たく言えば、五つの内のいくつかに引き下げる用意はあるということをほのめかしたということだと思います。
それからもうひとつ、基本方針ということで、朝鮮としてはとにかく対話と交渉で問題を解決するという立場には変わりない。しかし、アメリカがあくまで対朝鮮敵視政策に執着し続けるなら6.12朝米共同声明の運命は約束されないとも明らかにしています。これは平たく言えば、トランプがボルトンやポンぺイオの言いなりになっているなら、もう共同声明はチャラだということを示唆しているということであります。
したがって、以上のポイントをまとめれば、朝米が互いの「読み違い」の原因を踏まえて、要求内容を調整して歩み寄るということが一つです。それともう一つは、「読み違い」を生んだそもそもの原因を踏まえて、「読み違い」が起こらないような軌道修正を試みるということであります。
前者は、要するに今までのアプローチを続けてお互いの条件をすりあわせる方法でもういっぺん交渉しましょうということ。もう一方の、「読み違い」が起こらないように軌道修正を試みるというのは、要するに、今までの朝米交渉は非常にその場限りなのです。最終目標、終着点までのプロセスをどうするかということは全然考えていないわけです。だから、お互いの要求に食い違いが起きてしまう。だからまずはグランド・デザインを作りましょうということ。グランド・デザインを作って、今の段階でお互いの要求、条件をどの程度にするか、次の段階ではどうするかというふうにステップを踏んでいきましょうというアプローチです。これはいわゆる第一回首脳会談の時のプロセス、段階別・同時行動原則を順守するという約束の具体化です。そういうふうに金正恩委員長は二つのアプローチを提起しているということです。
金正恩委員長としては二段構えであると思います。つまり、トランプは商人ですから、長期的なことを考えるのは苦手です。ですから、そういうトランプの立場を考えてその場限りの交渉という可能性は残す。
しかし金正恩委員長としては、そういうやり方を繰り返して次は成功しても、その次にはまた同じ問題を繰り返す可能性が大きいということになるわけです。だからやはり長期的なプロセスをはっきりさせてグランド・デザイン、行程表を確定した上で、着実に段階を追って進んだ方がいいという考え方に傾いているのだろうと思います。金正恩委員長は、プーチンそして習近平と話し合うことによって、中国、ロシアの考え方がそうであるということは確認しているはずです。
それでは、今後の情勢の展開を決定する要素は何なのかであります。トランプがそうした金正恩委員長のアプローチに反応できるかどうか、反応するとしてもどのような内容で反応するか、ということです。
今日のレジュメをつくった後に起こったことは何かというと、金正恩委員長は第1回朝米サミット、すなわちシンガポールのサミットの1周年の6月12日と二日後の6月14日、つまりトランプの誕生日、この二回にわたってトランプに親書を送っています。それに対してトランプは非常に中身のあたたかいものであったと反応しています。
そしてつい先ほど飛び込んできたニュースは、トランプがツイッターで、金正恩委員長にDMZ、停戦ラインで明日会おうじゃないかと言ったということです。こういう即興的なことで朝鮮半島問題が一瞬にして解決するなら、こんなめでたいことはないですが、そのようなことはあり得ない。
要するに、とにかくトランプとしては国内的にいい顔をしたいわけです。だからダメもとで吹っ掛けている。もし金正恩委員長が来てくれれば、それは大変なお土産として国内に売り込むことが出来る。しかし、それで交渉をまとめるとかそういうことではないわけです。
そんなことは朝鮮側も百も承知です。会ってもいいし会わなくてもいいと、その類の話だろうと思います。
私が重要だと思うことは、金正恩委員長がトランプにとってわかりやすい動きを今後もとるかどうかということです。つまり、トランプという人間を考えると、金正恩委員長がよほどわかりやすい提案をしないと、トランプがどこに向かって走り出すかわかりません。
レジュメにはないのですけれども、金正恩委員長とトランプ大統領との間の親書のやり取りと習近平主席の訪朝という問題についてつけ加えて考えておきたいと思います。6月27日のウェブサイトの「コラム」でこの点を書きましたので、関心のある方は詳しくはそれを見ていただきたいと思います。
事実関係としては、6月12日、シンガポール・サミットの1周年に金正恩委員長がトランプ大統領に親書を送っている。そして二日後の14日にもトランプ大統領の誕生日に合わせて、金正恩委員長が親書を送っている。それに対してトランプは金正恩委員長に返書を送っています。
習近平主席の朝鮮公式訪問の発表は17日です。訪朝は20日から21日に行われました。
金正恩委員長がトランプ大統領から返信の親書を受け取って、それに反応した朝鮮中央通信の報道は6月23日、つまり習近平の訪朝が終わった二日後に行われているわけです。
朝鮮中央通信がどのように報道したかといいますと、金正恩同志にアメリカ合衆国のドナルド・トランプ大統領から親書が寄せられたと。敬愛する最高指導者はトランプ大統領の親書を読んで、立派な内容が盛り込まれていると述べ満足の意を表した。敬愛する最高指導者はトランプ大統領の政治的判断能力と並々ならぬ勇気に謝意を表すると述べ、興味深い内容を慎重に考えてみると述べたと、非常に含蓄のある表現が幾つもちりばめられております。 トランプの政治判断能力と並々ならぬ勇気に謝意を表すると言ったのは、おそらくボルトンとかポンペイオとかのいわゆる強硬派の意見を反映していない、トランプ自身の考え方が述べられていることを意味していると私は思います。
そして立派な内容、興味深い内容と評価した部分が非常に意味深長であります。いま申し上げた時系列からすると、トランプから受け取った親書について金正恩委員長は、訪朝した習近平主席とじっくり突っ込んで検討しているはずです。そういう検討を踏まえた上で23日にこの発言が出ている。ですからこの23日というタイミングも非常に重要なことを示唆しています。
もうひとつは、明日ですか、習近平とトランプの会談が予定されている。習近平はトランプが金正恩委員長に送った親書の内容を全部知っているわけです。しかもそれについて金正恩委員長と詳細な検討を加えているはずです。ですから浮かび上がってきている問題点とか疑問点とかについて、おそらく習近平主席が金正恩委員長にかわってトランプ大統領に提起するだろう。トランプがそれに対してどう応えるかをおそらく習近平主席は金正恩委員長にフィードバックする、こういう展開になると思うのです。ですからこの「興味深い内容を慎重に考えてみる」ということ、即答はしないというところにも、習近平主席のトランプとの会談後のフィードバックを踏まえてさらに考えるという意味合いが込められているのではないかと考えられます。
トランプがツイッターで数分でもいいから会おうと言ったらしいですけれども、数分で物事が決着つくならば世の中世話はないわけで、そういうことは考えられない。あるいは金正恩委員長は平壌から車で駆け付けるということはありうるかもしれない。しかしそういうことはトピックであって、朝鮮半島問題の帰趨を占う上で別に意味があることではないと私は考えます。
つまり、私たちは物事を考えるときには、太い幹と枝葉というものを常に分けて考える必要がある。なるべく枝葉のところは切り払って、幹のところを見ていくということが必要だと思います。一喜一憂することは、それはそれで面白いですけれども、あまりトランプの傍若無人、支離滅裂な行動で振り回されることは得策ではなく、体にもよくないと私は思います。
最後に、これも重要なことだと思うのですけれども、朝米関係を見ている方たちは、朝米関係だけを見るのです。そして一喜一憂する。しかしトランプは、朝鮮問題のほかにもいまイランの問題、それからパレスチナとイスラエルの和平合意の問題、アフガニスタンの問題も全然解決できていません。それからシリア内戦の問題も全然片付いていない。ほんとうにいっぱい問題を抱えているわけです。そういう問題のなかで朝鮮問題を扱っているということです。
トランプがこれら幾つかの問題に対してとっているアプローチは一貫して単純です。戦略はゼロ、背景に関する歴史認識もまったくゼロ。商売人的直感、損得勘定だけで動いている。そして最大限の圧力で相手の譲歩を引き出そうという駆け引き外交しかない。これが全部に一貫している。朝鮮だけではない。
唯一違うのは、ほかの問題はこんがらがって非常に難しい問題である。一気に解決がつく問題ではないということはトランプも分かっている。しかし朝米関係はトランプが出てきて初めて劇的な展開があったわけです。しかも、金正恩委員長はトランプ・アメリカとの間で話をつける意志を持っている。これは非常に明確である。 現在トランプは、今申し上げたような国際問題ですべて四面楚歌です。全然出口がない。したがって、来年の大統領選挙で目玉にできるような外交的成果がゼロです。彼としては喉から手が出るほど外交的成果がほしい。
そこで考えられるのが、金正恩委員長との個人的な信頼関係を基にした朝米交渉打開です。ここで成果をおさめ得れば、彼としてはそれを「売り」にできる。もうまったく戦略的な判断ではないのです。したがって、トランプ大統領は朝鮮に対して積極的なアプローチをとる可能性はあると私も考えています。
もうひとつ申し上げておきたいのは、窮地に陥っているイラン、イラク、パレスチナ、シリア等々の問題については、トランプは半ば匙を投げているわけです。ですからボルトンとかポンペイオとかが勝手なことをやっているわけです。
しかしこの前のイランの無人機撃墜の時には、ほんとに一触即発の事態になりかねなかったわけです。トランプはイランの三ヶ所の地点に対する攻撃命令を出していたのです、一旦は。しかし攻撃開始前の最後の15分で彼は判断を撤回しているわけです。
その理由について、彼自身は非常に馬鹿げたことを言っている。この三ヶ所の攻撃でイランの何人が死ぬかって聞いたというのです。すると150人ほどが死にますという答だったというのです。それでは無人機撃墜と150人の死者とでは釣り合いがとれないから攻撃はやめよう。こういうことを言ったのです。
しかしそれは彼ならではの馬鹿げた対外説明であって、誰にも明らかなことは、イランに一旦攻撃を仕掛けたら最後、アメリカは、イラク戦争、アフガニスタン戦争を上回る泥沼に追い込まれることは明らかであるということなのです。彼はそれを考えて思いとどまったに違いないのです。しかし往々にしてそういう危機的な状況まで行ってしまうのは、彼がボルトン、ポンペイオに勝手にやらせているからなのです。
ところがこと朝鮮問題に関しては、これは俺の問題だという意識がトランプには非常に強い。この事実は朝米関係を考えるうえでは、ほかの問題では考えられもしない一つのプラス材料であることは確かです。
私は毎朝いろいろなウェブサイトのニュースをチェックしているのですけれども、その中のひとつに中国政府の傘下にある中国網というウェブサイトがあって、そこに6月28日付で国際問題学者の高望という人物が、私も納得する分析を行っているので、最後にご紹介しておきたいと思います。つまりこの文章は、朝鮮問題あるいは朝米関係を考えるときに、なるべく視野をひろげて、アメリカがやっている様々な外交のなかで朝鮮問題がどういうふうに位置づけられているかということを考えることの重要性を示唆しているものとして受け止めてください。
トランプの外交政策は非常に短期的、投機的という大きな特徴がある。
彼は、米朝間の深刻にして複雑な歴史的な問題について基礎的な理解もない。
そして彼が望むのは、快刀乱麻式な方式でエイヤっと問題を解決することである。
しかし一旦問題が深みに入ってしまうと、ほかの問題でもすべてそうであるのだけれども、要するに膠着状態に陥る。
そしてトランプの短期的、投機的な物事を動かすエネルギーが失われてしまう。
そうすると、彼はまたほかの問題に目を移す。そこで何かやれないかというふうに考える。
以上のようなトランプの場当たり的なアプローチが、米朝関係が去年から凸凹で走ってきた原因の一つである。
そこで我々は次のように考えることが出来る。
アメリカは朝鮮、シリア、イラン、ベネズエラにおいて、要するに短期的、投機的な外交政策をやってきた。
カギとなる時になると、アメリカは自分の力の及ばないことを思い知らされることになる。
力が及ばなくなるとそれ以上粘るということも出来ない。そこで結局せっかく短期的には獲得したかもしれない成果も全部失ってしまうことになる。
したがって、アメリカの外交つまりトランプ外交は、いろいろなところで投機的な行動をとった後に、すべて受け身的な局面に追い込まれている。
しかし、他の国のケースと比べると、朝鮮は対米外交上より高い進展を得る機会がある。
そのために朝鮮は他の国よりもアメリカに対して善意の姿勢を示すことが多くなっている。
そして、対話の雰囲気も醸し出している。
そしてトランプとしては、もうとにかく何でもいいから朝鮮との間に外交的成果を獲得したいという焦りが出て来ている。
仮にトランプがイランに対する方式で朝鮮に対応するならば、朝鮮との交渉の窓口は速やかに閉ざされるだろう。
そうなると、せっかく積み重ねられてきた米朝首脳間の信頼も失われるだろう。
アメリカの大統領選挙がますます近づいてきている。
したがって、米朝間に残された時間というのも多くなくなっている。
そこで、双方が最大限の忍耐と誠意をお互いに示しあうことができるならば、世界は平壌とワシントンから喜ばしいメッセージを聞くことが出来るかもしれない。
以上が高望の分析内容ですが、この判断は大体私が申し上げたことと同じであります。要するに、物事を見るときは、米朝関係だけですべてを見ない。
例えば、この前習近平が朝鮮を訪問する前に、労働新聞に寄稿文をよせたわけですね。これは前例がないことだと、朝鮮関係者、朝鮮問題専門家の誰もが受け止めた。確かに、それは朝中関係の歴史では前例がないことです。しかし最近の中国は、習近平が外国訪問するときには事前に、その行く国の最も中心的なメディアに寄稿文をよせているのです。ですから中国側からすれば、今や中国におけるトップ外交の慣例を朝鮮に対してもやったに過ぎないということになる。ですから、朝中関係の歴史では初めてのことですけれども、その事実だけを以ってこの事実に特別な意義を付与するとかそういうことはあまり考えない方がいいということになります。
ちょうど時間がまいりました。これで終わります。