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イラン情勢をどう見るか

2019.07.12.

2月18日付のコラム「仏独英3国によるINSTEX創設とイランのFATF加盟問題」で、アメリカのイランに対する金融制裁措置を回避するための仏独英3国の取り組みが1月31日のINSTEX創設という形で開始したこと、しかしイラン側の反応は芳しいものではなく、特に最高指導者ハメネイ師はアメリカだけではなく欧州諸国に対しても極めて厳しい見方を示していることを紹介しました。特に以下のハメネイ師の発言部分は、後述するイラン最高安全保障会議(SNSC)の声明内容の前触れになっていることが分かります。

 JCPOA継続に関して欧州から取り付ける必要のある条件についてハメネイ師は、「アメリカがイランの石油輸出を遮断することに成功する場合は、欧州はイランが必要とするだけの石油輸入を保証しなければならない」、また第2点として、イランとの取引額に関する欧州の銀行からの保証を得ることを挙げた。ハメネイ師は、「イランはE3と喧嘩はない。しかし、欧州の過去の記録を考えると彼らを信用することはできず、したがって彼らはホンモノの保証を提供しなければならない」と述べた。そして、「欧州がイランの要求に対してグズグズする場合は、中止している原子力の運行を再開する権利を留保する」と強調した。その上でハメネイ師はイラン原子力庁に対してこれらの活動を再開する可能性について備えるように要求し、「現在は20%濃縮を開始しない。しかし、JCPOAが何の利益にもならないと分かったときは、JCPOAで中止している活動を再開しなければならない」と付け加えた。
特にアメリカが5月からイランの原油輸出をゼロにするという厳しい制裁措置を発動(トランプ政権が2018年11月に発動した制裁措置では、イラン産原油の主要輸入元である中国、インド、日本、韓国等8カ国については暫定的に制裁を免除していましたが、5月からはこの免除措置を廃止)したことを背景に、イランの原油輸出は急減したと言われています。イギリスの石油会社BPによれば、イランの原油輸出量は2017年では380万バレル/日、2018年4月の時点でもなお250万バレル/日だったのが、現在では30万バレル/日にまで落ち込んだとされています(7月4日付解放軍報所掲の李瑞景署名文章による)。ハメネイ師の大号令のもと、イランは脱石油依存の経済建設に邁進していますが、イランの財政収入の80%をいまだ石油輸出に依存している(同じ李瑞景署名文章)ため、アメリカの制裁強化措置はイラン経済を直撃していることは間違いないようです。今はすでに7月も半ばに近づいていますが、アメリカの強い圧力もあって英仏独の動きは鈍く、INSTEXはいまだに始動できない状況です(FATFに関しては余り報道がないので分かりません)。
以上を背景に、そしてトランプ政権がJCPOAから一方的に脱退した日から1年目の2019年5月8日、イラン最高国家安全保障会議(SNSC)は以下の声明を発表しました(同日付IRNA)。
 イラン人民の安全と国家的利益を保護するため、及びJCPOAの26節及び36節に規定されている権利を実行して、SNSCは本日2019年5月8日からJCPOAのもとにあるイランの措置のいくつかを中止する命令を発出した。この決定は、大統領兼SNSCの長であるロウハニ師が加盟国である独英中露仏に宛てた重要な書簡において告知された。  現在、アメリカのJCPOAからの違法な脱退及び国連安全保障理事会諸決定違反から1年後、アメリカは国際的に承認されたすべての原則に違反して一方的で違法な制裁を再び実行している。
 アメリカのこの露骨で脅迫的な行動に対して、不幸なことに安保理あるいは(JCPOA)残留加盟国はしかるべき対応を行っていない。
 イランは過去1年間、他の加盟国の要請によって十分に抑制し、アメリカのJCPOAからの脱退による影響と結果を補償するための十分な時間を彼ら(他の加盟国)に与えてきた。この期間に、JCPOA合同委員会は2回の次官級及び2回の外相級の会合を開き、加盟国はこれらの会合において明確に、制裁解除及びイランが経済的利益を享受することはJCPOAの枢要な一部であると述べた。
 彼ら(加盟国)はイランとの経済協力を正常化し及び促進するための「現実的解決策」を講じると約束した。
 不幸なことに、イラン人民の善意及び賢明な自制は報われないままであり、政治的声明の発出以外に、アメリカの制裁を補償するための機能的メカニズムは何も作られていない。
 したがって、自国の権利を確保し及び協定当事諸国の要求についてのバランスを回復するため、イランには「コミット削減」以外の選択はない。
 この点に関してイランは、濃縮ウラン及び重水の貯蔵量を現在のレベルで維持することに関する制限を尊重することにもはや縛られないことが声明される。
 加盟国は、特に銀行及び石油の分野において、その義務を満たすため60日間の猶予が与えられる。加盟国が所定期間内にイランの要求を満たすことができない場合、イランはウラン濃縮及びアラク重水炉現代化措置に関する(JCPOAの)制限に従うことを中止する。
 我々の要求が満たされる場合、我々はいつでも同等の中止措置を再開するが、しからざる場合には、イランは段階的に他の義務の実行を中止していく。
 イランはすべてのレベルでJCPOA加盟国との協議を継続する用意があるが、安保理付託またはさらなる制裁を含めた無責任な行動に対しては、強硬かつ即時に反応する。イラン大統領の加盟国指導者に対する書簡において、イランの対抗措置が明確に指摘されている。
 現在、イランは以上を加盟国及び国際社会に対する最後の言葉とする。我々は核交渉に善意で臨み、合意を善意で締結し、合意を善意で実行し、アメリカ脱退後に他の加盟国に善意で十分な時間を提供した。今は、他の加盟国が善意を証明し、かつ、JCPOAを保全するための真剣かつ現実的な措置をとる番である。
 外交に開けられている窓は長くは残されておらず、アメリカ及び他の加盟国はJCPOAの失敗及び他のいかなる結果についても全面的に責任がある。
 アメリカ財務省は6月7日、イラン最大の石油化学企業であるペルシャ湾石油化学産業公社(PGPIC)及びその39の子会社等(6月12日付中国国防報所掲の杜朝平署名文章によれば、同公社はイランの石油化学製品生産量の40%、輸出の50%を占めるそうです)を、イランイスラム革命防衛隊(IRGC)に対する資金提供を理由に制裁対象にすることを発表しました。6月13日(安倍首相がハメネイ師と会見した当日)、ノルウェーと日本の石油タンカーがオマーン湾で何ものかに攻撃される事件が起こりました。アメリカは直ちにイランがこの攻撃に対して責任があるとしました。イランはもちろん真っ向から反論したことはいうまでもありません。さらに6月20日、IRGCがアメリカの無人偵察機を撃墜しました。トランプ大統領はいったんイランの3カ所に対する攻撃命令を出しましたが、攻撃開始15分前に命令を撤回しました。
 トランプ自身のツイートによれば、彼の質問に対してアメリカの報復攻撃によって約150人の死者が出るという報告を受けたので攻撃を思いとどまったとしています。しかし、彼のツイート発言を額面どおり受け取るわけにはいきません。
 無人機撃墜の翌日である6月21日、IRGC空軍司令官ハジザデは、無人偵察機のほかに35人が搭乗するP-8機が現場空域にいたが、同機を撃墜することを控えたと発言しました。彼は、「同機も我が空域に入り込み、攻撃対象にすることはできたが、我々の目的はドローンを撃墜することでアメリカ軍に警告を与えることにあったのでそうしなかった」と付け加えました(同日付イラン放送英語版WS)。トランプは6月22日にホワイトハウスの外でインタビューに応じた際、この事実に言及し、「あそこには38人が乗った機体もいた。すごい話だ。彼ら(イラン)は視野に入れていたが打ち落とさなかった。そうしなかった彼らはとても賢明だと思う。そうしなかった彼らを評価もする。とても賢明な決定だった」と述べました(6月23日付イラン放送英語版WS)。
 以上から直ちに推定できるのは、イラン側の自制的警告的意味合いでの無人偵察機撃墜のメッセージをトランプ政権が正確に受け止めた結果、軍事的泥沼に陥る可能性が極めて高い「報復」攻撃をトランプ大統領が思いとどまったということです。「150人の死者が出ると聞いたからやめた」という極めてお粗末な理由づけはトランプならではの発言ですが、極度の緊張関係にあるアメリカとイランの間でも「あうんの呼吸」が働いた可能性があることが分かります。
 もう一つのポイントは、アメリカは「報復」攻撃云々と言っていますが、国際法上認められる「報復」としての軍事行動が成り立つかという問題です。端的に言えば、無人偵察機がイラン領空を侵犯していないのに撃墜されたとすれば、アメリカは報復することを法的に正当化できますが、イラン領空を侵犯したならば、イランは正当防衛として同機を撃墜する権利があるわけで、アメリカにはイランに対して軍事行動をとる法的な権利はあり得ません。この点について、解放軍報及び中国国防報で中国の軍事専門家が様々に論じています。ここでは、私がもっとも納得した、6月28日23時11分に中国軍WSに載った、軍事専門家・房兵がインタビュー形式で語った内容(要旨)を紹介します。
 アメリカとイランとの間の争点はドローンが撃墜された地点がどこかにある。米軍中東司令部のスポークスマンは同機がイランの領土を飛行していなかったと述べたが、イランの領海を飛行したか否かについては言及しなかった。イラン側も同機がイランの領土を飛行していたとは言っておらず、同機がイラン領空を侵犯したと強調した。ザリーフ外相がフェイスブックに掲載した同機の飛行経路を示す図は明確に同機がイラン領海内に入り込んだことを示している。領海上空も領空である。国連海洋法条約によれば、民間の船舶及び航空機が領海及び(上空である)領空を通過することに対しては「無害航行」原則が適用され、問題はない。しかし、この無人偵察機は軍用機であるのでこの原則は適用されない。したがって、イランが同機を撃墜したのには確かな根拠がある。しかもイラン側は、同機がイラン領海線に接近するたびに警告しており、それにもかかわらず同機が侵犯したので撃墜に踏み切った。さらに言えば、同機が誤って領空を侵犯したのであれば直ちに引き返すことで事なきを得たのだが、イランが撃墜に踏み切ったのは同機が領空を侵犯してから1,2分後である。この点でもイラン側には十分な根拠がある。その上にさらに、ドローンのそばにはP-8A「ポセイドン」対潜水艦巡視機が飛んでいたが、同機もイラン領空を侵犯したか否かについてはイラン側は述べてはいないものの、イランが同機を撃墜対象にしなかったこともイラン側の自制的姿勢を明らかにしている。つまり、イラン側から言えば、イランのとった行動は根拠がありかつ自制的だったということであり、アメリカの侵犯行為に対して強烈な反撃を与えると同時に、アメリカ側が開戦するための口実を与えなかったということだ。イランは分別をわきまえており、そのこと自体がアメリカに対する一種のメッセージとなっていた。
 (アメリカはなぜ最後の瞬間で軍事行動を思いとどまったのか、今後軍事行動をとることがあるだろうかとの質問を受けて)戦争を開始する前にその結末を十分に考えないとしたならば、その政策決定は極めて愚かなものだと言うことができる。問題は、アメリカに攻撃する能力があるかないかではなく、(攻撃に踏み切ったとして)最後まで始末することができるかどうかにある。  1981年から1988年まで続いたイラン・イラク戦争の際、イランは完全に疲弊しきって、アメリカが軍事攻撃をかけてもなすすべもなく、抗議するだけだった。同戦争が終わってからイランは大規模な戦禍、衝突を経験しておらず、国力及び軍事力には蓄積があり、その軍事力は両イ戦争時代とは比べものにならない。今のイランはイラクのほかロシア、インドなどとも良好な関係を持ち、さらに中長距離弾道ミサイルを保有していて、その攻撃範囲は中東地域全域をカバーし、中東地域の米軍を射程に収めている。トランプはこうした問題を考慮しなければならない。
 イランの軍事力についてもう一つ軍事門外漢の私が興味深く読んだのは、IRGCのサラミ首席司令官が「アメリカ空母の「弱点」はペルシャ湾海域でイランに挑戦することを阻止する」と述べたことに関する6月24日付中国国防報に掲載された邰豊順署名文章の以下の指摘でした。
 ホルムス海峡はペルシャ湾往来の大門であり、海峡内には多くの島嶼、暗礁及び浅瀬があり、水上艦及びタンカーが安全に通航できる水路は数キロの幅しかないし、その水路の平均水深は30mしかなく、大型水上対潜水艦艦艇の迅速な展開には適しておらず、対潜水艦用攻撃型潜水艦が進入するのにも適していない。このような環境は中小型ひいては極小型潜水艦が予定する戦場環境であり、(イランが数多く保有する)これら潜水艦は作戦効能を発揮することができる。さらにペルシャ湾北岸国家であるイランは、海峡北部に配置した遠距離防衛ミサイル及び空軍基地を有しており、米軍が容易に踏み込むことはできない。アメリカは軍事的に絶対的優勢であるようだが、最終的には、イランの老朽化した小型潜水艦がアメリカの様々な対潜水艦網をかいくぐって米空母付近に突如出現し、「勝利」することがあり得る。
 少し脱線気味でしたが、圧倒的な軍事的優位にあるアメリカに対して、イランは非対称的軍事戦略によって十分に対抗することができるということであり、商人的そろばん勘定で動くトランプとしては、ボルトン、ポンペイオといった強硬派のいうなりになるには余りに「先が読めてしまう」わけです。しかも2020年には大統領選挙が待ち構えています。この故に、トランプとしては最大限の軍事圧力をかけ続けることでイランを交渉の場に引きずり出したいということでしょう。しかし、数千年の歴史を有する誇り高いイランがそのような見え透いたトランプの術中にはまることはあり得ません。したがって、中国の多くの軍事専門家が一致するのは、どちらか一方の「読み違え」で起こる偶発戦争以外は考えられない、しかし、歴史が証明するように過去にはその類いの偶発戦争が度々起こっている、ということです。
 こうして波乱に満ちた2ヶ月が瞬く間に過ぎ、その間に英独仏3国の目立った動きもないまま、イラン最高国家安全保障会議(SNSC)が設定した2ヶ月の猶予期間が過ぎ、イランはJCPOAに基づいて自発的に受け入れた「義務」から離反する行動を取り始めているというわけです。SNSCが明らかにしたのはアメリカのJCPOA離脱及び対イラン制裁復活に対する対抗措置です。しかし、イランの原油輸出及び銀行間取引に関して英仏独3国がアメリカの制裁を実質的に無意味にする措置を講じるのであれば、イランはいつでも自らの対抗措置を中止し、原状に回帰する用意があることを明確にしています。
ところが、元々の問題の元凶であるアメリカは、英仏独の動きの鈍さにいらだって対抗措置を講じているイランを咎めてさらに制裁を強化するという「居直り強盗」であり、これがさらにイランの対抗措置を呼ぶという悪循環が進行し始めているのです。この悪循環(これが偶発戦争の危険性をいやが上にも高める)を断つには、英仏独3国がINSTEXの本格的操業に死に物狂いで取り組む以外にありません。
英仏独とすれば、トランプ政権のごり押しの後始末・尻拭いをなぜ自分たちがしなければならないのかと泣き言の一つも言いたくなるところでしょう。しかし、欧州の安全保障を脅かす「イランの核武装」という可能性を完全に断つためには、英仏独が中心になってJCPOA上のイランの経済的権利を保障する仕組みを講じる以外にとりうる手段・方法はないのです。
(もう一つの突拍子のない事態打開の可能性を付け加えるとすれば、トランプが朝鮮との交渉で大統領選挙を有利に闘えると判断できるだけの大きな成果を上げることでしょう。そうすればトランプとしては、お先真っ暗な見通ししか立たないイランとの軍事緊張についてはなし崩し的に矛先を収めていくことが大統領選挙を闘う上で断然有利だと判断する可能性もないわけではないと思います。)