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米中貿易交渉
-人民日報の本格的参戦-

2019.05.27.

第11回米中貿易交渉後の劉鶴副首相の中国メディアに対するブリーフィング後における最大の注目点は、中国共産党機関紙である人民日報が評論員文章及び鐘声署名文章で腰を据えた対米批判を本格的に行っていることだと思います。これまでは人民日報の系列紙である環球時報が主にその役割を担ってきた(人民日報自身の主張は控えめだった)のですが、人民日報が本格的に参戦して、明確な主張を行うに至ったということは、習近平指導部が「交渉による問題解決優先」の方針から「原則堅持による持久戦遂行」方針に戦略を転換したことを意味していると思います。
時系列で整理しますと、以下の文章が登場しています。
〇5月13日:評論員文章「中米経済貿易協力は正しい選択、しかし協力には原則がある」
〇5月14日:鐘声署名文章「自己を欺き他者を欺く「勝利」に陶酔するな-「関税加徴有利論」をやめるべし-」
〇5月15日:評論員文章「君子の国 先礼後兵」
〇5月15日:鐘声署名文章:「誰が前言を翻しているのか-「中国前言翻し論」をやめるべし-」
〇5月16日:鐘声署名文章:「いまだかつて救世主なるものはいない-「アメリカによる中国立て直し論」をやめるべし」-
〇5月17日:評論員文章「法外な値段ふっかけ 何をしたいというのか」
〇5月21日:鐘声署名文章:「歴史の潮流に逆らって動くな-「対中文明衝突論」をやめるべし-」
〇5月21日:評論員文章「戦略判断の誤り 報いは深刻」
〇5月21日:鐘声署名文章「軽舟連山をすでに越えたり-「中国退歩論」をやめるべし-」
〇5月22日:鐘声署名文章「国際秩序は勝手気ままな行動を許さない-ルール無視は必ず失敗する-」
〇5月23日:鐘声署名文章「公平な協力のみが正しい選択-ゼロ・サム駆け引きは必ず失敗する-」
〇5月25日:鐘声署名文章「暴風豪雨も大海をひっくり返すことはできない-勢いに逆らって動けば必ず失敗する-」
〇5月26日:鐘声署名文章「科学技術覇権の行動は発展進歩を阻害する-競争を拒絶すれば必ず失敗する-」
 ちなみに、人民日報の評論員文章は党中央の見解を代表するものであり、鐘声署名文章も極めて権威性が高いものです。私個人の印象をいえば、数年前までの鐘声署名文章は読み応えがあるものが多かったのですが、この数年は環球時報社説の歯切れの良さと比較して、正直つまらない内容のものが多かった感じです。しかし、劉鶴副首相発言以後の鐘声署名文章は再びかつての生気を取り戻したかのようです。
 題名を見るだけでも、人民日報が論理的・系統的に中国の主張を組み立て、展開していることが分かります。すなわち、評論員文章は4篇ですが、5月13日及び5月15日の文章が対になって中国側の立場を述べるものであり、また、5月17及び5月21日の文章も対になっていてアメリカの主張を批判するものになっています。中国側の立場に関しては、米中協力は正しい、しかし原則を外れた協力はあり得ないという基本的立場を明らかにし(5月13日)、中国としてはこれまで礼を尽くしてきたが、アメリカの余りの理不尽に直面して闘うという選択をせざるを得なくなった(5月15日)と主張するものです。アメリカの主張に対しては、互恵平等という原則を無視するトランプ政権のアプローチを非難し(5月17日)、冷戦思考に基づくゼロ・サムのアプローチにしがみつくという戦略判断の誤りが中国の断固たる対応を招くことになったのだ(5月21日)と突き放すものになっています。
 5月14日、15日、16日、21日及び21日の鐘声署名文章は、副題が示すとおり、トランプ政権の代表的な中国批判をやり玉に挙げてこれを批判し尽くすことを意図しています。また、5月22日、23日、25日及び26日の文章も、副題が示すとおり、トランプ政権のハチャメチャな対中アプローチの具体例を指摘して、これまでの交渉が頓挫したのは身から出たさびだと断定することを意図しています。評論員文章と鐘声署名文章の関係は、前者が総論、後者が各論といったところでしょう。
 以下では簡潔に評論員文章の要諦(さわりの部分)を紹介しておきます。
 5月13日の評論員文章は劉鶴発言を再確認するもので、「中米が経済貿易協力を行うことは最善の選択だが、協力には原則がある。中国は重大な原則問題では絶対に譲歩せず、国家の核心的利益と人民の根本的利益は断固として防衛し、いかなる時も国家の尊厳は絶対に失わないし、中国が自らの核心的利益を損なうような苦い結果を呑み込むなどと期待してはならない」と釘を刺しています。これに対して5月15日の評論員文章のさわりとなっているのは、「中国人民は歴史の経験から次のことを理解している。すなわち、準備のない戦いはしない。成算のない戦いはしない。ボトムラインの考え方を堅持し、最悪に備え、最善に向けて努力する。この一年間、就業、金融、対外貿易、外資、投資、予想を安定させる各方面の工作に国を挙げて取り組んできて、その成果は顕著に現れており、経済の基本は安定的に良好に向かっており、我々としては中国経済の耐圧能力及びリスク抵抗能力には十分な自信があり、アメリカが貿易戦争を続けていくことにいかなる恐れもない」というくだりです。
 また、5月17日の評論員文章は、アメリカのジェラード・ニレンバーグ(著名な交渉専門家と紹介)の「成功した交渉とは双方がともに勝利者であることだ」という言葉を引用した上で、トランプ政権の交渉のやり方を厳しく批判し、「中国はアメリカを変える意図はないし、アメリカに取って代わることも考えていない。アメリカも中国を左右することはできず、ましてや中国の発展を阻止防遏することはなおさらできない」と指摘し、1840年以来の不平等条約に苦しんだ中国の歴史(そして本年は新中国成立70周年!)について注意喚起しています。そして5月21日の評論員文章は、アメリカが今日もなお冷戦の思考に縛られ、ゼロ・サムでしか物事を考えられず、その結果中国に対して敵意を持ち続けているために、経済グローバル化で世界が一つになっており、協力共嬴が大勢の赴くところだということを認識できずにいると指摘した上で、戦略的判断の誤りは自ら落とし穴を作り出すようなものだと戒めています。

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