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トランプ政権の暴走とイラン問題(環球時報社説)

2019.05.18.

5月13日にアラブ首長国連邦(UAE)の沖合でサウジアラビアのタンカー2隻が襲撃されて損傷したと報道されたとき、私はとっさにトンキン湾事件を思い出しました。若い方は知らないでしょうが、トンキン湾事件は、1964年8月にヴェトナム沖のトンキン湾でヴェトナム軍の哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に魚雷を発射したとされる事件です。アメリカはこれを理由に本格的にヴェトナム戦争に介入しました。しかし後日、この事件はアメリカがヴェトナム内戦に介入するためにでっち上げたものであることが判明したのです。私がとっさに連想したのは、アメリカはイランに対する軍事行動を正当化するために今回の事件を引き起こしたのではないかということでした。
 イラン外務省は素早く反応して、事件が「ためにするものの仕業」であると強調し、自らの関与の可能性を強く否定しました。しかし、何の政治哲学・思想も持ち合わせず、ひたすら商売人根性でアメリカの内外政策を行っているトランプ大統領が、ペンス、ボルトン、ポンペイオ等の筋金入りのネオコンがアメリカの外交・安全保障政策をほしいままにすることを放任している現状(唯一の例外は対朝鮮政策)では、「第二のヴェトナム戦争」としてアメリカがイランに対して実力行使という冒険主義に走る可能性は否定することができません。もちろん、商売人根性だからこそ、トランプがイランに対する軍事行動は「泥沼への道」であり、大統領再選に照準を合わせている「戦略」にとって余りにも大きな賭けであると判断し、「待った」をかける可能性はあるし、それに「期待を寄せる」以外にないという深刻な現実もあります。それほどに今の世界は暴走するトランプ政権によってかつてない危険に見舞われているのです。
 5月15日付の環球時報社説「「イラン戦争」は開始できないが、恐喝を好むアメリカ」は、トランプ政権によって国際秩序・国際情勢がグチャグチャにされようとしていることを危機感を交えて指弾しています。この危機感は独仏をはじめとして多くの国々において共感されていると思います。
 私が暗然とするのは、そういう危険極まるトランプに安倍首相を筆頭とする日本の保守政治がひたすら忠勤に努め、迎合の限りを尽くしていることです。「令和」天皇が接遇する最初の国賓にトランプを迎えるなど、国際的に見たら、「一体日本は何をやっているのだろう」と愛想を尽かされる現実があります。しかし、トランプ政権の暴走にはアメリカ国内にも強い批判の世論がありますが、トランプ・安倍両政権の暴走に対しては日本の世論はほとんどまったく無反応です。
環球時報社説の指摘は私の「トランプ政権」観とも符合するので要旨を紹介します。

 元来はかなり平和な時代がアメリカ政権によってどんな状況になってしまったか。中米は史上最大規模の貿易戦争をやっており、ヴェネズエラには「2つの政権が併存する」みたいな状況で、アメリカの軍事介入が可能性としてある。そして今イランであり、そこでは安定した核合意(JCPOA)があったのに、今やアメリカが軍事攻撃ひいては征服計画へという変化が起こっている。
 今のアメリカは余りに傲慢になっており、彼らはまるでアメリカの実力をもってすればできないことはないかのごとき幻想に酔っているようだ。本来であれば、中東地域は冷戦後のアメリカに十分な教訓を与えているのであり、アフガニスタンとイラクにおける戦争はアメリカの国力をすり減らしたというのに、かの国のエリートと人民は今に至るもこの大事にするべき遺産から何も学んでいない。だがアフガニスタンとイラクはすでにアメリカの2大お荷物になっているのだ。仮にさらにイラン戦争ということになれば、アメリカは本当にノック・ダウンとなり、衰退に向かう可能性がある。
 アメリカは軽々にはイラン戦争を始められないと言える。イランはアメリカに比してはるかに弱いが、あり得べき衝突はイランにとって生死にかかわる問題であり、イランはアメリカよりはるかに「命を賭ける」度合いが強い。しかも冷戦後にアメリカが攻撃した国はイラクほど強い国はなく、今日のイランはアメリカにとってもっとも扱いにくい国である。
 これほどたくさんの問題があるというのに、ワシントンは相変わらず例の調子でイランに警告を発していることを見ると、今のアメリカ政府においては「強硬」ということがその対外政策の生命線と見なされているようであり、極限の圧力という大して頭を動かす必要もない方法が万能カギとされ、世界の様々な問題の鎖を解くことができるとでも思っているようだ。
 しかし非常に都合が悪いことに、極限の圧力というカギは今日まで一つとして鎖を解くことができず、朝鮮から、ヴェネズエラ、イランに至るまで、状況はすべてグチャグチャだ。この一週間、元々は交渉成立という希望があった中米貿易交渉も突然にアメリカの極限の圧力という強烈な衝撃を受け、中米の衝突は再び対決の高波に戻ってしまっている。
 アメリカのイランに対する態度は平壌を強烈に刺激していると思う。見境もなくイランに対して軍事力というげんこつを振り上げ、12万人の大軍を派遣するという計画まで持ち出しているのは、イランが核兵器を保有していないことをバカにしているからではないかと朝鮮は考えるだろう。
 世界のすべての国々もワシントンの「アメリカ第一主義」政策の襲撃に見舞われる可能性を警戒する必要がある。ワシントンは世界を揺り動かしている。アメリカは相対的に平和で安定した世界から得る利益が余りにも少ないので、ある程度世界をかき乱し、実力を動かして一つずつ他国に対して脅迫を行い、各国がアメリカに利益を送るように規則を作り直そうとしている疑いすらある。
 しかし、ワシントンは自らの冒険的プロセスに対するコントロール力を過大評価し、各国が核心的利益を防衛する決意を深刻なまでに過小評価している。アメリカは次から次へと泥沼的衝突に足を踏み入れ、見境なしに動き回り、大騒ぎしたあげく、結局は何も得られない自らを発見し、世界と共存し、協力によって本来得られるはずの多くの収穫を失ってしまうだろう。