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金正恩のロシア訪問(事実関係のまとめ)

2019.05.03.

4月25日にウラジオストックで行われたロシアのプーチン大統領と朝鮮の金正恩委員長との初めての首脳会談は、中朝、南北、米朝の首脳会談と比較するとき、双方が単刀直入に互いに関心があるテーマについて率直かつ虚心坦懐に意見交換するという極めて実務的性格が強いものとなった印象です。ロシア大統領府WSにはしばしばプーチンが外国要人と会談・会見する報道がアップされますが、共通するスタイルが実務的でビジネスライクということであり、そのスタイルが今回の首脳会談でも貫かれているというのが第一印象です。プーチン一流のドライさは、翌26日、金正恩がウラジオストックを離れるのを見届けることなく、中国訪問に飛び立ったことにも反映しています。ただし、プーチンが盛大な夕食会を行って金正恩をもてなしたことが報道されたのは、私がロシア大統領府WSをフォローするようになってから初めてのことでした。他の外国要人との会談・会見に関しては、この類の報道を見たことがありません。
 しかし、プーチンが今回の金正恩との会談を中身のあるものにすることを重視していたことは、金正恩との単独会談の後の拡大会議に参列させたロシア側出席者からも明確に理解することができます。金正恩は李容浩外相と崔善姫外務第1次官を同席させただけでしたが、プーチンはラブロフ外相、トルトネフ副首相兼極東連邦管区大統領全権代表、大統領府のペスコフ副長官兼報道官、ウシャコフ外交担当補佐官、ジトリフ運輸相、コズロフ極東・北極発展相、エネルギー省のヤノブスキ次官、ロシア鉄道株式会社ベロジョロフ総社長、マツェゴラ駐朝ロシア大使を同席させました。
 単独会談では、「相互の理解と信頼、友好と協力をさらに増進させ、新世紀を志向した朝露友好関係の発展を促すための具体的な方向と措置について合意」「当面の協力問題を真しに討議して満足な見解の一致」「朝鮮半島情勢と国際関係分野における複数の問題について互いの見解を共有」「共同で情勢を管理していくための率直で忌憚のない意見(交換)」「今回の対面と会談が長い友好の歴史と伝統を有している両国間の友好関係をより強固で健全に発展させ、第2回朝米首脳会談以降、不安定な朝鮮半島情勢を戦略的に維持、管理していくうえで重要な意義を持つ有益な契機になったということについて一致して評価」(4月26日付朝鮮中央通信)など、二国間関係及び朝鮮半島問題について突っ込んだ話し合いが行われ、見解の一致・共有が実現したことを窺わせます。
 続いて行われた拡大会議では、「朝露関係発展の新しい全盛期を開いていくという決心を表明した」上で、二国間関係では「各分野で双務的協力をよりいっそう拡大し、発展させていくことについて討議」し、「最高位級の対面と接触を含む高位級往来を強化し、両国の政府と国会、地域、団体の間の協力と交流、協調を多様な形式で発展させていくことについて論議」し、「朝露政府間の貿易、経済・科学技術協力委員会の活動をより活性化し、‥各分野で積極的な対策を取っていくこと」が合意されました。また、朝鮮半島問題に関しては「朝鮮半島と地域の平和と安全保障を目指す旅程で戦略的意思疎通と戦術的協同をよく行うための方途的な問題について真しに討議」しました。異例だったことは、金正恩が「第2回朝米首脳会談で米国が一方的かつ非善意的な態度を取ったことで最近、朝鮮半島と地域の情勢が膠着状態に陥り、原点に逆戻りしかねない危険な域に至ったことについて指摘し、朝鮮半島の平和と安全は全的に米国の今後の態度によって左右されるであろうし、われわれは全ての状況に備えると述べた」ことが紹介されていることです。その上で双方は「地域の平和と安全保障のための戦略的な協同を強化していくこと」に合意しました(同日付朝鮮中央通信)。
 ロシア大統領府WSも露朝首脳会談について紹介しています。その紹介内容は、会談に関する簡単な紹介、単独会談及び拡大会談におけるプーチン及び金正恩の冒頭発言、招宴(ロシア側は公式レセプションと表現)における両首脳のスピーチ、そしてその後に行われたプーチンの記者会見での発言からなっています。私が特に注目した部分を以下にまとめて紹介します。

<単独会談での冒頭発言>
(プーチン)今日のロシア訪問は間違いなく‥朝鮮半島における解決をもたらす方法、我々が一緒に何ができるか、今日我々が目撃している積極的プロセスを容易にするためにロシアは何ができるかについてさらに理解することに役立つだろう。我々は北南対話及び朝米関係正常化を促進するための貴下の努力も歓迎している。
(金正恩)私は今回の会談で、朝鮮半島情勢の展開を評価し、この問題解決について意見を交換し、共同の努力をする機会を設けることで、(問題解決)プロセスに重要な貢献ができることを望んでいる。
<招宴でのプーチン発言>
 主に金正恩同志のイニシアティヴによって朝鮮半島を取り巻く情勢は安定しつつある。ロシアは政治的外交的解決に向けての進展を積極的に助長しようとしている。…我々はこの地域の核その他の問題について平和的解決以外の選択肢はないという前提で動いている。
 ロシアは半島における緊張を緩和し、東北アジア全体の安全保障を強化する努力に関与し続ける用意がある。朝鮮のことわざにあるように、力を合わせることで山を動かすことができる。これこそが成功への道だと強く信じている。国際社会及びすべての関係国の積極的な支持によって、朝鮮半島に強固な平和、安定及び繁栄をもたらすという目標を達成できるに違いない。(浅井注:金正恩の発言には特に注目する内容はありません。)
<プーチンの記者会見発言>
(質問)金正恩についての印象及び会談の結果について。
(回答)会談の結果については私も全同僚も満足している。金正恩委員長は非常にオープンな人間であり、自由に発言する。二国間関係、制裁、国連、対米関係、そして主要テーマである朝鮮半島非核化を含むすべての議題について、詳細にそして様々な角度から議論した。彼は興味深く、中身のあるパートナーであることを確言できる。
(質問)朝鮮半島非核化と南北関係改善についての見通し。目標達成になすべきこと。必要なステップ。障碍。共通の土俵に上がることを妨げているもの。
(回答)今日議論した中で一番重要なことは、国際法のルールを回復し、世界の出来事が力のルールではなく国際法で規律されていた状況に復帰するということだ。そうなれば、朝鮮半島におけるような困難な情勢を解決することに向けての最初の重要なステップとなるだろう。
 非核化とはどういうことか。北朝鮮の非核化も含まれる。当然、北朝鮮もこれについて語っている。DPRKは安全と主権についての保証を必要としている。
 しかし、国際法に基づく保証を除いていかなる保証があり得るか。国際的保証を考えることができるし、多分それは正しいだろう。しかし、これらの保証も国際法の範疇に属する。したがって、我々は何か新しいことを発明するというわけではない。
 これらの保証はどれほど実質的であり、DPRKの関心にどの程度マッチするものとなるのか。今の時点でこのことについて語るのは早すぎるが、信頼強化に向けた最初のステップを取る必要はある。…
 2005年にアメリカと北朝鮮が関連する条約と協定を署名した時、それは可能だった。アメリカは何らかの理由により突然自分も関与した規定が網羅的ではないと決めつけ、さらに何かを付け加えることが必要だと言い出した。それらの点は条約に含まれていたのであり、北朝鮮は即座に脱退した。
 もしこのようになると、つまり一歩前進二歩後退になると、望ましい結果を達成することに失敗するだろう。しかし、我々が段階的に前進し、互いの関心事を尊重する(北朝鮮問題または朝鮮半島非核化の解決にかかわっている当事国すべてのことをいっている)ならば、互いに尊重し、互いの関心事を尊重するのであれば、最終的にこのゴールを達成することは可能になるだろう。
(質問)露朝首脳会談に関する米中への通報。アメリカの関心所在とロシアの関心の所在の一致性。
(回答)中国指導部とは明日北京で話し合う。アメリカ指導部とも同じくオープンかつ率直に議論するつもりだ。秘密は何もないし、陰謀はない。金正恩委員長自身、彼の立場、朝鮮半島プロセスに関して生じている彼の疑問についてアメリカ側に伝えるように我々に頼んだ。…
 この問題に関するアメリカの関心と我々の関心が一致しているかという質問に関しては、そうだと言うことができる。例えば、我々は完全な非核化を主張している。これは事実だ。実際、我々は大量破壊兵器のグローバルな拡散に全面的に反対している。そうであるが故に、国連という枠組みのもとでかなりの措置が協調してとられてきた。…しかし、北朝鮮の指導者も以上については同じ意見だという印象を持っている。彼らが求めているのは国家としての安全保障だ。このことをみんなが一緒に考えなければならない。
(質問)北朝鮮経由の韓国へのガス・パイプライン建設問題、DPRKの鉄道現代化等、制裁で滞っている問題について話し合ったか。
(回答)話し合った。長年にわたって話し合ってきている。シベリア横断鉄道を含めた韓国-北朝鮮-ロシア鉄道輸送、石油及びガスのパイプライン敷設、電力輸送網新建設などだ。しかも私の見解では、これは韓国の利益にもなるという印象だ。しかし、明らかなことは(韓国には)最終決定を行うだけの主権が欠けており、また、韓国はアメリカに対して同盟国としての義務も負っている。それが故にすべてのことがある段階でストップしている。しかし、これらのプロジェクトが実行されるならば、信頼増大に不可欠な条件を生み出すだろうし、そのことは様々な問題を解決する上で不可欠なことだ。
 北南の鉄道は先ほど連結された。ロシアへの連結はすでにできている。しかし今のところ、試験的にも列車を運転できずにいる。着実に、集中的に、そして辛抱強くやっていくつもりだ。いつかは完成できると期待しているし、早ければ早いほど良い。
(質問)金正恩がアメリカと接触を続ける用意と心情。
(回答)彼はなによりもまず自国の国家的利益を守り、安全を確保することを決意している。仮にアメリカが建設的対話の用意を口にするならば、話し合いなしにはすべてが不可能だということが分かってくるだろう。他の道はない。もっとも、彼に聞く方が良いが。
(質問)ロシアで働く北朝鮮労働者問題
(回答)話し合った。いくつかの選択肢がある。人道的問題もあるし、これらの人々の権利行使にかかわる問題もある。スムーズな非衝突的な解決策がある。…彼らは極めてよく働く人々であり、遵法的で規律正しい。我々はそのことを議論した。
(質問)2000年代にあった6者協議方式を現在の条件の下で復活させる可能性如何。
(回答)今すぐにこの方式を再開するべきかどうかは分からないが、DPRKに対する何らかの保証を工夫する必要がある状況に達したならば、国際的保証が視野に入ってこなければならないということは確信している(I do not know whether this format should be resumed right now, but I am deeply convinced that if we reach a situation when we need to work out certain guarantees for one of the parties, in this case, security guarantees for the Democratic People's Republic of Korea, then international guarantees will have to come into the picture)。二国間の合意では十分ではないだろう(It is unlikely that agreements between two countries will be enough)。
 しかし究極的には一番問題になる国、すなわち北朝鮮次第だ(But ultimately, it is up to the country that it primarily concerns, so it is primarily up to North Korea)。もしこの国がアメリカまたは韓国からの保証だけで十分だとするなら、それで良い(If that country deems guarantees only from the United States or from its southern neighbour, South Korea, the Republic of Korea, to be enough – well, good)。それでは十分ではないならば、その可能性が大きいが、そして、そこへ行くということであれば、我々は是非そうしたいが、6者協議方式は間違いなく北朝鮮に対する国際的安全保障システムを促進するのに極めて適しているだろう(If this is not enough, which is more likely, I think, and if we get to that at all, which we would like very much, then this six-party talks format will certainly be highly relevant to develop a system of international security guarantees for North Korea)。
4月27日、北京での「一帯一路」国際協力フォーラムに出席した後での記者会見で、プーチンは次のように発言しました。
(質問)習近平と露朝首脳会談について話し合ったか。ロシアと中国が朝鮮半島の解決案を出す可能性如何。6者協議復活の可能性は議論したか。
(回答)中国側に通報したし、それは何も特別なことではない。我々はこの種のことについて常に情報をシェアしている。私は習近平にブリーフし、朝鮮半島での事態の動きについて意見交換した。両国は露中解決計画、ロードマップを持っている。その最初の部分は概ね実行された。今は第二の部分、つまり対立している国々の関係正常化に移る必要がある。対立している国々は朝鮮戦争以来の戦争状態にある。我々は基本的問題に向き合い、北朝鮮にとって十分な安全保障となる条件を作り出すために動く必要がある。新しい計画については議論していない。両国がこれまでに合意したことを実行しなければならないということであって、それ以上の新しいことは必要ない。
 朝ロ首脳会談の結果に対する韓国及びアメリカの反応も付け加えておきます。韓国の文在寅大統領は歓迎を表明しましたが、韓国外務省は6者協議の有用性に懐疑的見方を示したということです。
ロ朝首脳会談 「朝鮮半島非核化・平和定着に寄与」=文大統領
【ソウル聯合ニュース】韓国の文在寅大統領は25日、ロシア極東ウラジオストクで開かれた北朝鮮の金正恩国務委員長(朝鮮労働党委員長)とプーチン大統領による首脳会談について、朝鮮半島の完全な非核化と恒久的な平和定着に向け建設的に寄与するだろうと評価した上で、「朝米(米朝)会談の再開と朝鮮半島非核化プロセス促進の土台になることを願っている」と語った。
 プーチン大統領の側近のパトルシェフ安全保障会議書記らロシア代表団との面談で述べた。
 文大統領は、朝鮮半島問題の政治・外交的解決に向けたプーチン大統領の強い意志と積極的な努力に謝意を示すとともに、6月に大阪で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議を機にプーチン大統領と会談したいと述べた。
 また、できるだけ早い時期のプーチン大統領の訪韓を要請した。
プーチン氏が正恩氏に6カ国協議再開提案? 韓国政府は有用性に懐疑的
【ソウル聯合ニュース】韓国外交部は25日、ロシアのプーチン大統領が同日のロ朝首脳会談で北朝鮮核問題を巡る6カ国協議の再開を提案するとの観測があることに関し、同協議の有用性に懐疑的な見方を示した。
 外交部の当局者は、6カ国協議は有用かどうかを記者団に問われ「現在のトップダウン方式が朝鮮半島平和プロセスに欠かせないという認識を持っている」と答えた。
アメリカ政府の反応に関して、私が毎朝行っているニュース・チェックに引っかかったのはトランプとボルトンの短いコメントだけです。トランプは記者からの質問に対して「プーチンが25日に明らかにした朝鮮半島情勢に関する声明を評価する」と回答したとのことです。ただし、プーチンの声明中のどの部分を指して評価したのかは定かではないとしています。これに対してボルトンは、6者協議プロセスを再起動させることに対して否定的な反応を示したと新華社電が伝えました。