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「米中貿易戦争」
-中国の自己認識の成長と対米関係への自信増大-

2019.04.12.

1年以上続いてきた米中貿易戦争に関しては、日本国内ではそれが日本経済に与える影響を不安視し、中国経済の成長が鈍化し、世界経済をますます不安定化する要因になっているという見方が広がっています。しかし、中国の最近の論調はむしろ、この1年余りのアメリカとの国を挙げたやりとりを経て、中国に関する自己認識が成長したという自覚と米中関係を長期的に主導するのは中国だという自信を披瀝するものが現れています。その自覚と自信は、習近平指導部が落ち着いて対米交渉に臨んできたことに対する国民的信頼感の増大と世界第2位となった中国経済の実力は今やホンモノであるという確信の深まりとによるところが大きいとみられます。
 思うのは、仮にアメリカが日本に対して同じような貿易戦争を仕掛けてきたとき、私たちは大パニックに陥り、「第二の黒船襲来」となって我を見失う事態になるだろうということです。それが見え見えであるだけに今、安倍政権はトランプ政権に対して媚びへつらうことで、アメリカが日本に対して棍棒を振り上げるのを避けようと必死になっているわけです。安倍政権の見苦しいまでのトランプ政権に対する媚びへつらいの異常さは、独仏を中心とする欧州諸国の対米対応と比較するとき歴然としています。安倍政権ほどにトランプ政権にすり寄っているのは、イランを最大限に敵視しているサウジアラビアとイスラエル、そして台湾など、ごくごく一部に限られます。こうした安倍外交の惨めなまでの醜態に対して日本国内ではまったく批判が現れないというのも、日本のマス・メディアのみならず国民的民度の低さを如実に表しています。
 そう思うにつけても、中国の最近の論調に反映される中国・中国人の度量・胆力には「やはり格が違う」と思わざるを得ないのです。もちろん、トランプ政権が貿易戦争を仕掛けた一年前の当初は中国国内に大きな緊張が走ったことは、以下に紹介する環球時報社説も正直に認めています。しかし、一年の試練は中国人を鍛え、むしろ米中関係を長期的に主導するのは自分たちだという自負を育てるに至っているのです。以下の2つの文章を紹介するゆえんです。

<自己認識の成長>
環球時報社説「1年の風雨の経過 中国社会の圧力抵抗能力の強化」(3月28日付)
 (米中ハイ・レベル貿易交渉が第8回及び第9回を迎えることに言及した上で)客観的に言って、中国社会の現在の心理状態ははるかに平穏になっている。人々はあまねく合意が達成されることを望んでいるが、貿易戦争にかかわる焦りははるかに少なくなっているし、合意が達成されるか否か分からないという状況の下で、政府は経済の全体的局面をコントロールできるという信頼感が増大している。過去一年の風雨は重要な洗礼であり、中国人の心理状態に対して歴史的意義のある再構築をもたらした。
 一年前にアメリカが対中貿易戦争を開始した時を振り返ると、ほとんどの中国人はアメリカが大げさに騒ぎ立てているだけであり、本気で中国商品に対して全面的な関税加徴を行うとは信じていなかった。アメリカが本当に棍棒を振り下ろし、一歩一歩中国に対する全面的圧力を加えるに従い、不安で気が気ではないというものも現れるようになった。多くの人々はこのような戦闘モードに出くわしたことはなく、特に若者は中国の発展過程でこれほど大きな阻止力に見舞われるとは考えもつかなかった。さらに大げさなことを言う人間も現れたため、未来に対してかつてない不安感を抱くようになる人々も出てきた。例えば、多くの企業が倒産して大規模な失業が生まれるのではないか。アメリカが中国に対するICチップの供給を停止したら中国の工業科学技術は大規模なショックに見舞われるのではないか。アメリカが中国との関係を「断絶」したら中国の発展は停滞するのではないか。こうした疑問が当時しきりと議論された。
 しかしこのカギとなるときに、党と政府が示した非凡なレジリエンス(定力)は社会全体の雰囲気に対して決定的な影響を及ぼした。また、中国が40年にわたって高度成長して蓄えてきた実力は自然の防波堤になった。時間の推移とともに貿易戦争は中国経済に対して徐々にはっきりした影響を及ぼすようになったが、実際の衝撃は人々が当初想像したほどの深刻さとはほど遠く、中国社会全体が圧力に耐え、事態に適応する能力ははるかに強いということが徐々に証明されることになった。貿易戦争開始の当初、「貿易戦争はしたくない、しかしそれを恐れない、必要とあらばせざるを得ない」という立場を強調したのは主に党・政府であり、中国社会を鼓舞する意味もあったが、時とともに中国社会全体の共通認識となっていった。
 事実に勝る雄弁はない。この一年の間、まず、中国通貨はひっくり返らなかった。世界を見てみれば、多くの国々の通貨はアメリカの制裁を受けて大幅下落を余儀なくされたが、中国通貨の下落幅は10%に満たず、しかもその後再び上昇に転じた。次に、対外貿易は圧力に直面したが輸出が急落することもなかった。2018年のGDP増加率は下がりはしたが、下げ幅は極めて小さかった。もっとも重要なことは、中国社会の政治経済の運行状態は総じて平穏で、大部分の中国人の生活は貿易戦争によって困難に見舞われることがなかったということである。
 アメリカ側はどうだったか。貿易戦争の影響が同時的にもろに現れた。まず、長期にわたって上り調子だった株式市場が貿易戦争を主因の一つとして深刻な動揺に見まわれた。しかも、米中貿易協議に関するニュースは、プラスであれマイナスであれ、ことごとく株式市場の震動を引き起こした。また、アメリカがもっとも誇るアップルの株価は大幅に下落したが、これは貿易戦争による不利益という環境要因と関係があるというのがもっぱらの見方だ。農民からウォール・ストリートに至るまで、貿易戦争にますます耐えきれなくなっている。これらの要因はアメリカ政府の政治的代価となる可能性が不断に増大している。
 中国人は試練の中で、また新たな実践の中で成長しつつある。我々は次第に次のことを学ぶに至った。すなわち、貿易戦争は間違いなく好ましくないことであるが、中国の発展をめちゃくちゃにするほどの災難では決してなく、中国にとってもっとも重要なことは自分のことをうまくやることだ、ということだ。この確信は宣伝や教育だけでは得られないものであり、むしろ過去一年の風雨の中で人々が体験的に得たものである。
この一年の間、中国人の改革開放に対する認識においても新たな前進が得られた。その認識とは、アメリカに対して一定の譲歩を行うことは必ずしも悪いことではなく、中国経済のガバナンスについてはさらに現代化を加える必要があり、世界との融合においてもさらにスムーズさが求められており、アメリカの態度如何にかかわらず、多くの改革開放上の措置は我々が行うべきことであり、それらは中国の発展及びガバナンスをレベル・アップする上での内在的必要だ、ということだ。このような心理状態の変化も中国人が貿易戦争について考える上でのオープンな姿勢を強めさせることとなった。
 交渉がいかなる結果になるかは引き続き不確実だ。しかし我々は今ますます次のように確信している。すなわち、中国政府は中国社会全体に対して高度の責任ある協議に署名するだろう。それは絶対に一時しのぎのものではあり得ず、中国の安全保障及び長期的な利益を害する合意ではあり得ないだろう。中国の交渉団は互利共嬴原則に基づき、譲るべきは譲り、堅持するべきは堅持して、今後数週間のカギとなる交渉の中で、中米両国の共同利益を巧みに定義することになるだろう、ということだ。
<対米関係への自信増大>
呉心伯署名文章「中米関係の短期的及び長期的方向性」(3月26日付環球時報)
(呉心伯:复旦大学アメリカ研究センター主任)
 2019年も早くも1/3近くが過ぎたが、中米関係の方向性に関しては様々な見方が行われている。2018年の激しい動揺を経て人々が関心を抱くのは、2019年の中米関係は2018年の趨勢の延長となるのかそれとも一定の緩和が見られるのか、アメリカの対中戦略及び両国関係の長期的方向性はすでに基調が定まったのか否か、という2つの問題である。
 2019年の中米関係の方向性は主に3つの要素の影響を受けるだろう。一つはアメリカ国内政治経済情勢である。民主党が米議会下院を制したため、民主党のトランプに対する挑戦及び牽制が強まり、トランプが直面する政治圧力は高まっている。経済では、2018年10月以後のアメリカ株式市場は大幅に揺れ動いており、2019年のアメリカ経済の成長率が緩やかになる兆候が見られることと相まって、トランプの経済政策もさらなる挑戦に直面するだろう。こうした不利を増す国内政治経済情勢に向かい合う中で、トランプとしてはアメリカにとって有利となる貿易交渉を中国との間でまとめることにより、市場の懸念を払拭し、民主党の圧力に対抗する政治成果とする必要がある。
 二つ目はトランプ政権内部の各派の対中問題上の影響力の変化である。現在、トランプ政権は対中問題で4つのグループに分けられる。①トランプ自身を筆頭とする経済ナショナリスト。主要な関心は如何にしてアメリカの経済利益を促進するか、なかんずく対中貿易巨大赤字の解決。②ライトハウザー貿易通商(USTR)代表及びナバロ国家通商会議代表を筆頭とする経済リアリスト。主要な関心は中国の経済的実力がアメリカを上回ることを阻止すること、なかんずく中国によるアメリカのハイテク(特に半導体技術)入手の阻止。③ムニューシン財務長官を筆頭とする経済リベラリスト。主要な関心は中国の市場(特にサービス)開放。④ペンス副大統領及びボルトン補佐官を筆頭とする国家安全保障タカ派。主要な関心は中国との戦略的競争及び中国防遏。
 各派の間では競争もあれば協力もある。トランプは政策プロセスにおける全面的な掌握力はない一方、各派の相互牽制を利用し、また、自らの政治的必要に基づいて取捨選択を行うこともあり、そのために政策の混乱及び相互矛盾をもたらしている。現在見るところ、前3つのグループ間で徐々にコンセンサスが形成されつつある。それはすなわち、交渉を通じて、貿易不均衡の解決、知的財産権の保護及びアメリカ企業に対する技術移転の強制停止、サービス業市場の開放等の分野での中国の譲歩を迫り、アメリカが最大限の経済的利益を促進するということだ。
 三つ目は中米貿易交渉の進展である。アメリカが発動した貿易戦争に対して中国が断固闘争する立場を採用したため、貿易戦争で「たやすく勝利する」「速やかに勝利する」というアメリカの幻想は敗れ去った。2018年12月1日にアルゼンチンで行われた中米首脳会談は中米貿易摩擦の重要な転換点となり、その後両国は積極的かつ実務的な態度で交渉を再開し、これまでに重要かつ実質的な進展を獲得し、本年上半期中に貿易戦争を終息する見通しが出ている。
 同時に見て取る必要があるのは、仮に中米貿易戦争が一段落するとしても、中米経済貿易摩擦は今後もあちこちで起こり、またアメリカが科学技術分野における対中制限・圧力を放棄することはあり得ないということだ。特に留意しておく必要があるのは、貿易戦争が休戦となった後、トランプ政権内部の安全保障タカ派が外交及び安全保障分野における対中圧力を強める可能性である。例えば、「台湾独立」勢力が政権をとり続けることを支持し、台湾支持により力を入れ、南シナ海問題では中国の戦略的布石を「押し戻し」、対中挑発をエスカレートさせ、新疆、チベット、香港問題でも絶え間なく面倒を起こすだろう。しかも、突飛な手段に訴え、手段を選ばないトランプ政権の行動スタイルも中米関係のリスクを増すだろう。したがって、2019年の中米関係は相変わらず厳しいものとなりそうだ。中米関係の重要な転換期において、摩擦、起伏、衝突がますます常態化し、リスク及び危機の有効な管理が中米双方にとって切実な挑戦となるだろう。
 それでは、2018年におけるアメリカの対中政策及び中米関係において起こった重大な変化はアメリカの対中戦略及び中米関係の長期的方向性をすでに定義するに至ったのか否か。アメリカの対中戦略についていえば、対中競争を強化し、対中圧力を増大することは基本的コンセンサスとなっているが、どのように競争し、どのように競争と協力の関係を処理し、どのように対中関係の終極的目標を確定し、対中関係においてどれほどの代価を払う用意をするかといった一連の問題に関しては、アメリカ内部でなお模索と論争が続いている。中国問題に関する各派の議論は認識及び好き嫌いという問題であるのみならず、よりすぐれて異なる利益の間の駆け引きである。もっとも重要なのは、アメリカの政治経済情勢がその対外戦略(対中戦略を含む)の方向性を大きく左右するということであり、将来を展望するとき、アメリカの政治経済情勢の成り行きにはかなり大きな不確実性があるということだ。
 アメリカの対中戦略にしても中米関係にしても、中国は重要な構成要素であり、その影響力は主として力、利益及び認識という3つの次元に反映される。中国の経済発展及び国力増大はアメリカの対中戦略が直面する必要がある基本的現実であるとともに、中米関係変化の重要な動力である。総じていえば、中米のパワー・バランスは引き続き中国にとって有利な方向に発展し、アメリカとしてはこの新しい現実に適応していかなければならない。
 中国が発展し強大になるにつれて、アメリカの国家利益(経済、外交、安全を問わない)の実現はますます対中関係の状態如何によって決まることとなり、中米が両国利益関係のパラダイムを再構築する必要が出てくるのは必然であり、ある意味で、この再構築はすでに始まっている。このプロセスにおいては、利益をめぐる競争はもとより苛烈となるだろうが、利益の協調及び取引もすこぶる重要となり、アメリカとしては短期的利益及び相対的収益をますます重視することになる結果、そのことが中米の利益をめぐる駆け引きの力点と難度を増大するだろう。しかし、中国が長期的大局的思考方式を重んじることは、双方の利益を協調させる上で中国により大きな行動上のスペースを与えるだろう。
 今のところ、アメリカは中国及び両国関係に関する負のイメージ・認識をますます強めているが、このイメージ・認識は絶対に変わらないものというわけではない。中国は意味のある行動及び有効な意思疎通を通じて、経済貿易問題、地域問題及び国際関係において互いに協力する現実的必要と巨大な潜在力があること、中国はアメリカの戦略的競争相手であるばかりではなく重要なパートナーでもあることをアメリカに認識させることが可能である。中米が価値観の面で次第に互いに遠ざかる趨勢に対しては、中国は改革加速及び開放拡大の決意を強調し、双方の価値観及び政治制度における違いを薄め、イデオロギー上の違いをコントロールする必要がある。また、アメリカがますますゼロ・サム的発想及び競争意識で中米関係に対処するようになっているとき、中国としては「安定、協調、協力」の二国間関係の基調を確立することの重要性を強調し、中米が21世紀の時代的潮流にマッチした新しいタイプの大国関係を打ち立てることを追求するべきであることを訴えていく必要がある。
 以上から分かることは、短期的には中米関係は厳しい情勢であり、かつてない挑戦に直面しているが、長期的に見れば必ずしも過度に悲観することはない。つまり、両国関係はアメリカ内部の各派の駆け引きによって左右される面もあるが、より決定的なのは中国の影響力及び対応の仕方であるということだ。実務的協力と建設的競争を推進し、リスクを効果的にコントロールし、重大な衝突を防止する中米関係を作り出すことは引き続き中国の対米外交の基本的方向である。

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