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ビーガン特別代表スピーチ(3月11日)
-トランプ政権の対朝アプローチ転換-

2019.03.14.

3月11日にビーガン特別代表はカーネギー国際平和財団が主催した会合で「核政策と米朝関係」と題するスピーチを行うとともに会場からの質問に答えました。第2回米朝首脳会談後にビーガンが公式の場で発言したのは初めてです。ビーガンの発言内容は、彼が1月31日にスタンフォードで行った発言(2月4日付コラムで紹介)、特に「これまでの、まずは朝鮮のCVID(完全で、検証可能で、不可逆的な非核化)要求、その後で見返りを与えるという方針を放棄し、今は朝鮮が一貫して主張してきた「行動対行動」(同時行動)原則を実質的に受け入れ、最終的な完全な検証による非核化(FFVD)の方針で対朝交渉に臨んでいること」に関する発言を実質的に否定し、ボルトンが献策し、トランプが採用して金正恩に突きつけた「ビッグ・ディール」案を「トータル・ソリューション」という表現で確認しました。しかもビーガンは、「政府の立場が強硬になったわけではなく、最初から最終的かつ完全に検証された非核化(FFVD)が目標だった」とし、「トータル・ソリューション(完全な解決策)が必要だ」と強調したといいます。
 このため、司会者は「あなたの(同時的・並行的履行方針を明らかにした1月31日の)スタンフォード大学での発言と、国務省の高官が7日『現在、米政府では誰もステップ・バイ・ステップ(段階的)アプローチを支持しない』とした発言のうち、どちらが正しいのか」と追及する場面もあった(以下に紹介するハンギョレ記事)といいますが、それは当然すぎる指摘です。FFVDとは同時行動原則を受け入れることを踏まえて打ち出されたものだからです。ビーガンの「政府の立場が強硬になったわけではなく、最初から最終的かつ完全に検証された非核化(FFVD)が目標だった」という発言は、FFVD原則の含意をねじ曲げる苦し紛れというほかありません。
 また、ハンギョレ記事は「「ゼロか100か」のアプローチは現実性に欠けるという指摘もある。マサチューセッツ工科大学のヴィピン・ナラン教授はインターネットメディア「VOX」とのインタビューで、「このような立場から離れなければ、どこにも進めない。北朝鮮に完全な降伏を要求すれば、合意の空間がなくなる」と指摘した。ミドルベリー国際問題研究所のジョシュア・ポーラック研究員は「膠着を続ける公式」だと皮肉った。」という指摘も紹介しています。当然というべきでしょう。
 私が3月6日のコラムで指摘した下記の部分が改めて確認されたと思います。

「2月3日付のコラムで紹介したビーガン特別代表のスピーチは、アメリカが以上の3つの原則を朝鮮との交渉の基本に据えたことを明らかにしました。これによって第2回米朝首脳会談実現に向かって大きく歩み出したのです。特に大きいのは、「行動対行動」原則の具体化として、アメリカはこれまで固執してきたCVID(完全で検証可能で、逆戻りのない非核化。その心は、朝鮮が非核化しない限りアメリカは何もしない)からFFVD(全面的な、完全に検証可能な非核化。その心はステップ・バイ・ステップつまり同じ行動原則の受け入れ)に転換したということです。
 こうして首脳会談に向けた事務レベルの協議が進むことになりました。この段階ですでに朝鮮側は、寧辺核施設の全面解体に対するアメリカの見返り措置として5つの安保理決議の解除を要求したようです…。朝鮮からすれば、寧辺解体に見合うアメリカの対応措置としてこの要求は当然と考えたと思われます。しかしアメリカからすると、5つの安保理決議に基づく対朝鮮制裁を解除することはほぼ全面的な制裁解除に等しいと受け止められました。
 ここでトランプはボルトンが用意した「ビッグ・ディール」提案に乗り換えたと思われます。トランプのそろばん勘定を大胆に解析するならば、「金正恩がこれほど大きな要求を出してきたのだから、いっそのこと一挙に最終解決までいってしまおう。俺と金正恩の信頼関係からすれば、俺が持ちかければ彼も呑むだろう」ということです。ボルトンもトランプは楽観的だったと証言しています。前にも書きましたが、トランプはポンペイオとボルトンを使い分け、最後の決定は自分自身でするというやり方です。CVIDを強硬に主張してきたボルトンは、FFVDに基づいて物事が進められるのを漫然と傍観していたわけではありませんでした。CVIDと何ら本質上の違いがない「ビッグ・ディール」案をトランプに上げていたのです。正に土壇場での逆転劇だったというわけです。」
 ビーガン発言の全容(起こし原稿)はまだ私のネット検索に引っかかっていませんが、ハンギョレ及び中央日報に関係記事が載っていますので紹介します。
<ハンギョレ・日本語WS 3月13日付記事>
米国側、トランプ-ポンペイオ-ボルトンの合作で首脳会談の1週間前からハードル上げた
 ビーガン米国務省北朝鮮政策特別代表が11日(現地時間)、「ゼロか100か」(all or nothing)の対北朝鮮アプローチを公開的に示したことで、米政府が強硬一色に染まった格好だ。強硬な基調への変化は、朝米首脳会談の合意が見送られた後に明確になったが、振り返ってみると、空転の兆しは首脳会談1週間前からあった。
 交渉に対するバラ色の展望を生んだ主な契機は、ビーガン代表が1月31日にスタンフォード大学で行った講演だった。ジークフリード・ヘッカーやロバート・カーリンなど現実的な解決策を追求する専門家が集まっている場で、ビーガン代表は「北朝鮮と同時的かつ並行的に移行する準備ができている」と述べ、従来の「先に非核化が実行されたら、後で制裁を解除する」という方針を捨てたと評価された。2月14日、マイク・ポンペイオ国務長官はマスコミとのインタビューで、「制裁緩和の見返りとして、良い結果を得るのが私たちの全的な意図」だと述べ、米国側が制裁の一部緩和を考慮しているのではないかという見通しを生んだ。
 ハードルを上げるような米国の動きが表面化したのは、首脳会談を5日後に控えた2月21日に行われた"高官"によるメディア・ブリーフィングだった。同高官は当時、「ビーガン代表は『段階的措置』(step by step)について言及しなかった。我々は非常に素早く動く必要があり、非常に大きく動かなければならない」とし、「漸進的な措置がこのプロセスの主な推進力だとは考えていない」と述べた。また、北朝鮮との交渉のテーマに「すべての大量破壊兵器(WMD)とミサイル計画の凍結」を掲げ、これまで関心の対象だった「寧辺(ヨンビョン)の廃棄」よりも範疇を広げた。
 これに先立ち、ドナルド・トランプ大統領が2月19~20日、「最終的には非核化を見ることになるだろうが、急ぐことはない」や「今回が最後の会談になるとは思わない」と述べたのも、今考えると「ノー・ディール」まで念頭に置いた発言だと言える。
 1月末~2月下旬に変化が生じた要因としては、ビーガン代表の平壌訪問が挙げられる。ビーガン代表はスタンフォード大学での演説後、2月6~8日に平壌を訪問し、北朝鮮のキム・ヒョクチョル国務委員会対米特別代表と実務交渉を行い、首脳会談の直前にハノイで再び会うことを決めた。当時、ビーガン代表は「北朝鮮が実務交渉に積極的態度を示した」と述べたが、実際には成果が足りないと判断し、ハノイ実務会談に合わせて攻撃的にトーンを調整した可能性もある。
 最大の要因は、寧辺の核施設の廃棄にとどまった場合、政治的後遺症を懸念したトランプ大統領の意中だった可能性が高い。トランプ大統領は首脳会談で合意が見送られた直後の記者会見で、「今日無理して署名したなら、『ひどすぎる』という反応が出ただろう」とし、「先を急ぐよりは正しく進めたかった」と述べた。
 共和党の"次期大統領候補"に挙げられるマイク・ポンペイオ国務長官が、党内の主流世論と議会の攻勢を意識し、強硬な基調を選んだという分析もある。これは、超強硬派のジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安保担当)が力をつけるのに良い構図だったようだ。"ビック・ディール"への回帰は、トランプ大統領とポンペイオ長官、ボルトン補佐官の3人による合作と言える。
ワシントン/ファン・ジュンボム特派員 韓国語原文入力:2019-03-12 20:52
<中央日報・日本語WS 3月13日付記事>
ビーガン特別代表「北の漸進的非核化はない」…ボルトン補佐官と路線統一
米国務省のビーガン北朝鮮担当特別代表が11日(現地時間)、「漸進的な非核化はしない」と述べた。「最終的かつ完全に検証された非核化(FFVD)を得てこそ制裁を解除する」と強調しながらだ。先週、米国務省高官が「トランプ政権の誰も段階的な非核化解決法を支持していない」と伝えたが、この発言の延長線だ。ビーガン特別代表はボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)がすべての核施設と大量破壊兵器(WMD)を一度に廃棄する「ビッグ・ディール」を明らかにしたことについても同じ声を出した。北朝鮮の東倉里(トンチャンリ)および山陰洞(サンウムドン)研究団地内のミサイル動向については「金正恩委員長が何を決めたのかは知らないが、速断すべきではない。トランプ大統領が先週、非常に失望すると明らかにしたように、我々の立場は明確に伝えた」と語った。
ビーガン特別代表はこの日、カーネギー財団国際核政策会議で演説し、「北朝鮮を漸進的に非核化しない」とし「トランプ大統領はこれを明確にしてきたし、米国政府もこの立場で完全に一致している」と述べた。続いて「ハノイ会談の決裂は部分的な核プログラムの見返りに全体の制裁解除を望んだためであり、これは大量破壊兵器の開発を継続できるよう補助金を与えるようなものだ」と説明した。
ビーガン特別代表は「我々はトータル・ソリューション、完全な解決策が必要だ」とし「金委員長がビッグ・ディールを受け入れて成功することを望んだが、こうした包括的な基本合意には至らなかった」と伝えた。また「両国間のギャップは大きいが、我々は外交の扉を開いていて、大統領も対話の継続を100%支持している」とし「大統領は人為的な時限を設定していないが、すべての資源を総動員して北朝鮮が協力すれば1年以内にも可能だ。大統領の最初の任期内に非核化を実現させたい」と述べた。
ビーガン特別代表はこの日、北朝鮮が提案した寧辺核施設について「2008年の6カ国協議で北朝鮮が申告したのはプルトニウム原子炉と再処理施設だけであり、我々は北朝鮮が約10年間に寧辺に未申告ウラン濃縮施設を開発したことを知っている」と指摘した。続いて「寧辺は(民需用)核燃料生産施設も含まれた産業団地で、非核化の過程で申告がなければならず、北朝鮮の武器プログラムに関する定義が必要だ」と強調した。
生物・化学兵器廃棄の議論に関連して「ゴールを動かしたのではないのか」という質問に対し、「生物・化学兵器は我々だけでなく韓国・日本・中国・ロシアなど周辺国も容認せず、国連制裁決議案が要求する事項だ。この問題を北朝鮮側と議論してきたし、新しいことではない」と説明した。ボルトン補佐官の関与で米国の立場が強硬になったのではという質問に対しては「トランプ政権の立場は強硬でない。最初からFFVD達成が目標であり、トランプ大統領はこれを達成してこそ制裁解除があると話してきた」と答えた。
米政府の一致した「ビッグ・ディール」要求に対し、北朝鮮は12日、「段階的非核化」という従来の立場を改めて強調した。対南宣伝サイト「わが民族同士」は朝鮮半島の完全な非核化の意志を強調しながら「(金正恩国務委員長が)ハノイ首脳会談で議論された問題の解決に向けて生産的な対話を(米国と)続けることにした」と伝えた。前日の統一新報は「正しい意見と度胸で臨むべき」と題した記事で、米国に提案した「寧辺廃棄と一部制裁解除」案に言及し、「両国間の信頼構築と段階的解決原則に基づき、最も現実的で大きな非核化措置」と主張した。北朝鮮がハノイ首脳会談の決裂後、対話ムードを維持しながらも「段階的非核化」という従来の立場を守り、米国の「ビッグ・ディール」には応じないという立場をオン・ラインを通じて明らかにしたという分析だ。1月31日に段階的・並行的非核化という解決法で隔たりを狭めようとしたビーガン特別代表までがビッグ・ディールを強調する状況の中、北朝鮮が従来の立場を再確認して対抗する姿だ。
<ハンギョレ・日本語WS 3月13日付記事
ビーガンもボルトン同様「漸進的非核化はない…トータル・ソリューションが必要」
 朝米非核化交渉の窓口であるスティーブン・ビーガン米国務省北朝鮮政策特別代表が「漸進的非核化はない」として、強硬な対北朝鮮原則を明らかにした。熱心な交渉派として知られる彼が、「スーパータカ派」のジョン・ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)と同じ態度に転じたのだ。これは「ゼロか100か」(all or nothing)のアプローチで米政府が一致団結したことを示すもので、第2回朝米首脳会談の合意が見送られた以降、膠着状態の長期化に対する懸念が高まっている。
 ビーガン代表は11日(現地時間)、ワシントンでカーネギー国際平和基金の主催で開かれた核政策カンファレンスで、「我々は(北朝鮮の)非核化を漸進的に進めない」とし、「大統領はその点を明らかにしており、行政府はその立場で完全に一致している」と述べた。さらに「政府の立場が強硬になったわけではなく、最初から最終的かつ完全に検証された非核化(FFVD)が目標だった」とし、「トータル・ソリューション(完全な解決策)が必要だ」と強調した。ビーガン代表がハノイ首脳会談後、公の場で発言したのは今回が初めてであり、「ビッグ・ディールでなければノー・ディール」という米国の立場を公式化する意味がある。彼の言った「トータル・ソリューション」とは、核兵器と生物化学兵器など大量破壊兵器(WMD)の完全な除去と制裁解除を同時に交換する方法を指す。
 ニューヨーク・タイムズ紙の国防総省担当、ヘレン・クーパー記者が「米国が生物化学兵器まで交渉のテーブルに載せた。ゴールを移したのではないか」と問うと、ビーガン代表は「私がこの職に就いた初日から、朝鮮半島に永久的な平和をもたらす努力は、すべての大量破壊兵器の除去と関連していた」としたうえで、「核兵器の脅威の除去を目指しながら、生物化学兵器の存在を認めるのはあり得ない」と答えた。また「寧辺の核施設の廃棄という部分的な非核化の見返りとして制裁を解除すれば、北朝鮮のほかの大量破壊兵器に資金を提供することに他ならないため、受け入れることができなかった」と述べた。完全な非核化が実現するまでは、制裁の一部解除もあり得ないという意味だ。
 このため、司会者は「あなたの(同時的・並行的履行方針を明らかにした1月31日の)スタンフォード大学での発言と、国務省の高官が7日『現在、米政府では誰もステップ・バイ・ステップ(段階的)アプローチを支持しない』とした発言のうち、どちらが正しいのか」と追及する場面もあった。
 ビーガン代表は、トランプ大統領やボルトン補佐官同様、対話の余地は残した。「外交は依然として生きている。 外交の扉は開かれている」とし、「今日そこに到達するには、(朝米の見解の)隔たりがまだ大きすぎる」と述べた。しかし「北朝鮮と協力して進めば、目標を1年以内に達成できるだろう」と付け加えた。
 「ゼロか100か」のアプローチは現実性に欠けるという指摘もある。マサチューセッツ工科大学のヴィピン・ナラン教授はインターネット・メディア「VOX」とのインタビューで、「このような立場から離れなければ、どこにも進めない。北朝鮮に完全な降伏を要求すれば、合意の空間がなくなる」と指摘した。ミドルベリー国際問題研究所のジョシュア・ポーラック研究員は「膠着を続ける公式」だと皮肉った。
 これと関連し、ムン・ジョンイン大統領統一外交安保特別補佐官は12日、寛勲クラブ招請討論会で「寧辺の核施設をまず廃棄するのが現実的アプローチ」だと強調した。ブッシュ政権初期、米国側が北朝鮮の「高濃縮ウラン計画」疑惑を前面に掲げて朝米枠組み合意を破ったことで、北朝鮮側の反発を招き、「第2次核危機」が起きた前例から教訓を得て、「ビッグ・ディール」よりも寧辺の核施設の廃棄から始めるのが現実的だという助言だ。また、ハノイ会談後の情勢の打開を模索する経路として、(1)文在寅大統領と金正恩国務委員長が板門店で"ワンポイント首脳会談"→(2)文大統領とトランプ大統領の韓米首脳会談→(3)3~9月の国連総会を契機とした南北米3者または南北米中4者首脳会議の推進を提案した。
ワシントン/ファン・ジュンボム特派員、イ・ジェフン先任記者、キム・ジウン記者 韓国語原文入力:2019-03-12 20:50

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