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ザリーフ外相辞意表明と撤回
-イラン政治の一側面-

2019.03.12.

毎朝チェックしているニュースの中で、イラン通信社IRNAが2月26日にザリーフ外相がインスタグラムで辞意を表明した(2月25日)という記事を配信していたのには仰天しました。私が今日の諸外国の外務大臣の中で高く評価する人物のひとりだったからです。ちなみに私が高く評価しているのは、ザリーフ外相、ロシアのラブロフ外相、中国の王毅外交部長の3人です。
 彼は辞任理由を説明していないので、様々な憶測が飛び交うことになりました。彼がロウハニ政権においてイラン外交を取り仕切ってきたこと、特に彼の大きな成果は5安保理常任理事国+EUと長丁場で交渉されてきたイラン核合意(JCPOA)をとりまとめたことなどから、国内強硬派(もっとも、私は今や2年ぐらいIRNAやイラン放送WSをフォローしていますが、「強硬派」とされる人物・グループについて特定できるような報道・情報に接していません。イランのメディアでは、改革派、穏健派とともに原則主義者(principlists)という用語が使われており、原則主義者が西側メディアのいう強硬派に当たるのでしょうか)の批判の標的になったため辞任に追い込まれたのではないか解説が行われました。
 しかし結論的には、議会国家安全保障対外政策委員会に所属する160名以上の委員がロウハニ大統領に対してザリーフ留任を求める手紙を発出したこと、さらにイラン革命防衛隊首都軍司令官であるカセム・ソレイマニ(Qassem Soleimani)准将が、ザリーフは現在も依然としてハメネイの支持と承認を受けており、イランの対外政策を主管する重要人物だとして、ザリーフに辞意撤回を要求する発言を行ったこと、しかも決定的なこと(と私は理解するのですが)は最高指導者ハメネイ師のザリーフに対する信頼を表す言葉が引用してロウハニ大統領が辞職を承認しないという声明を出したことなどを受けて、ザリーフは2月27日に事実上の辞意撤回表明を行うことで一件はひとまず落着しました。
 最初から少し横道にそれます。3月11日付のイラン放送・英語版WSは、最高指導者ハメネイ師がソレイマニ准将にイラン最高の軍事称号であるOrder of Zulfaqarを与えたと報じました。この称号を与えられたのは、1979年イラン革命後初めてのことだとも紹介しています。この記事はさらに以下のようにも報じました。

 ワシントンにある雑誌『フォリン・ポリシー』は最近、軍事安全保障分野における世界的思想家の2019年リストのトップにソレイマニの名前を挙げた(第2位はドイツのレーヴェン国防相)。彼についての簡単な紹介では「トランプ大統領の脅迫に応対するイランの顔」と記述している。
 彼はまたシリア及びイラクにおけるテロリストに対する軍事作戦における戦略家及びアドバイザーとして広く知られている。彼は、対テロ戦争を行うシリア及びイラクの軍隊を支援するイランの軍事アドバイザーを率いている。イスラム国がシリア及びイラクにおける支配地のほとんどを失うことになった作戦の決定的段階では、彼は現地で監督していた。同年11月に彼はハメネイ師に送った手紙においてイスラム国による領土支配の終了を宣言した。ハメネイ師はそれに先だって彼のことを「生ける殉教者」と称した。
 これを受けてザリーフ外相はソレイマニにメッセージを送ってこれを祝したそうです(同じく3月11日付のイラン放送英語版WS)。
 話を元に戻します。ザリーフが辞意表明した原因については、2月28日の環球時報WSは、同紙のイラン駐在特約記者の記事として、シリアのアサド大統領がイランを訪問した(2月25日)際、首脳会談に参加するリストからザリーフの名前が外されたことにあるとする見方が主流だと紹介しています。その上でこの記事は、アサドのイラン訪問関連の外交活動に参加したソレイマニが、ザリーフが一連の活動に参加できなかったのは大統領府との打ち合わせ上のミスによるものであり、故意によるものではないと説明し、その上で上記発言を行ったと報道しました。  しかし、イラン外交を戦略的にかつ胆力を持って指導するザリーフがこのような子供じみたことで辞意表明を行うのか、私は非常に疑問です。この点についてはザリーフ自身が否定する発言を行いました。すなわち、ロウハニ大統領のイラク公式訪問(3月11日-13日)の協議・打ち合わせのためにイラクを訪問したザリーフは3月9日にイラクのメディアとの会話の中で、自らの辞意表明はアサド大統領のイラン訪問によるものではないとコメントしました(3月10日付イラン通信社IRNA)。
ザリーフの辞意表明に関して私が一つ引っかかっている問題があります。それはEUが2月4日に明らかにしたイランとEUとの関係に関する声明です。この声明は、イランが核合意(JCPOA)を遵守していることを評価し、アメリカの対イラン制裁に対抗する特別目的装置(SPV)である仏独英3国によるINSTEX設立を評価するなど、イランにとって評価できる内容も含まれているのですが、全体としては、イランがミサイル開発を進め、また、地域問題(シリア、イエメン、イラク等)に関与を深めていることに対して警戒と警告を表明しています。これらの問題は、最高指導者が繰り返し米欧の要求に屈してはならないと述べている、イランにとってはもっとも敏感な問題です。また、声明は金融活動作業部会(FATF)の活動計画(Action Plan)に基づくイランのコミットメントにしたがって、イランが所要の立法を行うことを強く促す(urge)とも述べています(第5項)。FATFに関するイラン国内の動きはまた機会を見て取り上げるつもりですが、イラン国内では、マネーロンダリング規制に関する国際的枠組みにイランが加わることに関しては、イランがレバノンのヘズボラやパレスチナのハマスなど(米欧諸国はテロリストと指定している)に対して行っている支援に対して、米欧が干渉を行う根拠として利用されるのではないかという警戒が強く、これまた非常に敏感な問題です。
 私が問題を感じたのは、EUの声明(第4項)が次のように述べていることでした。
 EUは、双方の協力に分野ごとに関わることを支持した、2016年4月の高級代表・副大統領(浅井注:モゲリーニ)とイラン外相(浅井注:ザリーフ)によって合意された共同声明で概述された、共通の利益の諸分野におけるEU・イラン関係の発展に対する支持を強調する。それには、政治対話、人権、経済協力、貿易及び投資、農業、運輸、エネルギー及び気候変動、民生用原子力協力、環境、(災害などに際した)市民保護、科学、学術研究及びイノベーション、教育(大学交流を含む)、文化、ドラッグ、移住、地域及び人道などの諸分野が含まれる。
 その後に声明は、FATF(第5項)、地域の緊張増大とイランの関与(第6項)、イランのシリアに対する軍事的関与(第7項)、イエメン(第8項)、イランの弾道ミサイル開発(第9項)、イランのEU域内での敵対活動(第10項)、イラン国内の人権状況(第11項)を列記しているのです。
 私は声明のこれらのくだりを読んだとき、ザリーフ外相が2016年の共同声明でEUに対してこれらの敏感な問題について、EU側に何か言質を与えていたのかという疑問を感じました。そこでEUのWSでこの共同声明を確認してみました。関連部分は次のように述べています。
 EU・イラン関係を促進するためには以下の共通かつ包括的な目標が極めて重要であると表明された。
〇双方の関係を改善し、深めるため、JCPOAの完全な実施を確保し、支持すること
〇経済発展、人権、財産及び双方の人民の安寧に資する双方の関心分野における協力関係を発展させること
〇対話及び関与を通じて、地域の平和、安全及び安定並びに地域紛争の平和的解決を促進すること
 その後に共同声明は、EUとイランは以下の分野で協力する意図があるとして、政治協議、人権、経済協力、貿易投資協力、農業、運輸、エネルギー及び気候変動、民生用原子力協力、環境、(災害などに際した)市民保護、科学、研究及びイノベーション、教育、文化、ドラッグ、移住、地域問題、並びに人道協力の諸項目について述べています。問題がありうるのは地域問題の項ですが、そこでは次のように述べています。
 双方は、対話と相互信頼及び理解のチャンネルを作り並びに特に地域の危機の解決を目指すアプローチを作り出すことを目的として、建設的かつ公正な方法で地域問題に関わっていく。
 双方は、危機の解決は包容的、平和的、包括的、そしてなによりも持続可能なものでなければならないと考える。双方は、すべての当事者が不干渉、国家の領土保全及び人権を含む国際法優先の尊重という諸原則を強固にする建設的なアプローチを採用する必要性があることを強調する。
 以上に概述したとおり、この共同声明のどこにもザリーフがEU側に言質を与えた箇所はありません。したがって、EUがこの共同声明を引用して2月4日のイランに対する声明を出したのは極めて作為的だと思います。
 イラン外務省は直ちにEUの声明に対する声明を出しました(2月5日付IRNA及びイラン放送WS)。この声明はJCPOAに関するEUの積極的立場を評価しつつも、EU声明で示された立場に対していくつかの批評を行うとして、イランが欧州でテロ行動を企んでいるといういわれのない主張を退け、イランの軍事諸活動はデタランスであるとし、地域問題の取り上げ方は建設的でないとして現実を直視するように釘を刺し、イラン革命以来の人権問題に関するイランの真摯な取り組みを主張しています。また、EUがINSTEXの実施をイランによるFATF採用と関連付けたのは「受け入れられない」とも指摘しました。要するに、ザリーフ率いるイラン外務省は直ちにEU声明に反論を行ったのです。
 しかし、私のような傍観者ですら以上のような疑問を感じたのですから、イラン国内の強硬派あるいは原則主義者からすれば、ザリーフ外相を批判する格好の材料となった可能性はあると思います。それが彼の辞意表明につながったのではないかと思うのです。
 ザリーフの辞意表明に対するロウハニ大統領の行動は迅速でした。大統領府WSは2月26日に大統領が銀行関係者を前にして行ったスピーチで次のような発言を行ったことを紹介しました。
 「(アメリカがあらゆる手段に訴えてイランの銀行システム、石油販売その他の経済諸分野に対する制裁を行っていると述べた上で)外務省、石油省及び中央銀行はアメリカと闘う最前線にいる。」
「この前線で圧力のもとにいるザリーフ、ザンガネ(浅井注:石油相)及びヘンマティ(浅井注:中央銀行総裁)を評価している。」
 「(イランは)政治的及び国際的に優れた勝利を収めており、この地域において偉大なことを行ってきたが、その重要な部分を担ってきたのはIRGC(革命防衛隊)、外務省及び経済セクターである。」
 また、同日付のIRNAは、大統領府のヴァエジ(Mahmoud Vaezi)長官が以下のように述べたと報じました。
 長官はロウハニ大統領の述べた言葉として次のように引用した。すなわち、大統領は対外政策組織における一体性を述べるとともに、イランは唯一人の外相が担っている唯一の対外政策しかないと強調した。ヴァエジはインスタグラムでロウハニとザリーフが一緒に写っている写真とともに以上のロウハニ発言を紹介した。
 外相を賞賛するロウハニの言葉はザリーフが採っている知的で効果的な立場について大統領が満足していることの明確な証左であり、間違った、偏見に基づく分析に対する確固とした回答である。
 私は、「間違った、偏見に基づく分析に対する確固とした回答」というヴァエジの発言は私の以上の判断を間接的に裏付けているのではないかと思います。ちなみに、イラン外務省のカセミ報道官も、ザリーフの辞意表明で政治的党派的得点を稼ごうとする「一定勢力」を激しく批判しました(2月26日付イラン放送WS)。
 また、イラン議会国家安全保障外交委員会もザリーフの辞意表明に素早く反応しました。2月26日に同委員会の約160名の議員はロウハニ大統領に書簡を送り、ザリーフの外相継続を求めました(同日付IRNA)。そして冒頭に紹介したソレマイニの2月27日の発言へとつながっているのです。2月28日付の新華網は、ソレマイニが27日に、ザリーフはイランの外交政策の重要な担い手であり、ハメネイ師の支持を受けていると述べたと紹介しました。
 そして2月27日付の大統領府WSは、ザリーフの辞意表明を拒否するロウハニ大統領のザリーフに対する書簡全文を掲載しました。書簡は次のとおり述べています。
 2月25日付のあなたの辞職について読んだ。あなたの外務省及び国家の外交政策の実施に責任を持つ最高位の役人としての立場についての特別な気配りは理解できるし、私は受け止めた。
 外務省は対外関係に責任を有し、国家の安全と利益の実現のための基礎を提供する。
 私は第11期及び第12期政府において外務省の重い責任を担ってきたこれまでのあなたの働きを評価しているし、最高指導者があなたは「正直で、勇敢で、度胸があってしかも敬虔だ」と述べたのであるから、また、あなたはアメリカの強い圧力に抵抗する最前線にあると私は信じているから、あなたの辞職を受け入れることは国家の利益に反すると考え、辞職を拒否する。
 私は、外務省、政府さらには人民に選ばれた大統領にすらかけられている圧力を十分に承知している。神及び人民に対して我々が行った誓約ゆえに、我々は最後まで忠実であり続けるだろう。そして私は、神のご加護により、この困難な段階を克服するだろうことを確信している。
 最近数ヶ月だけをとっても、ニューヨーク、ウィーン、ブラッセル、ハーグ、ワルシャワ、ミュンヘン等々においてアメリカの陰謀に立ち向かった外務省の成果そして地域及び国際レベルにおける政治的勝利はめざましいものがあった。ジオニスト政権などの我が人民の仇敵があなたの辞職を喜ぶということそのものがあなたの成功の最善の証であり、また、「イランイスラム共和国外相」としてあなたが仕事を続けるべき最大の理由である。あなたは私、イスラム共和国システム、そして特に最高指導者に信任されている。強さ、機転そして勇気を持ってあなたの道に留まりなさい。神は正しい僕とともにあるだろう。
 私が決定的だと思ったのは、ロウハニ大統領が最高指導者であるハメネイ師のザリーフに対する信頼のほどをハメネイ師の発言を引用する形で明示したことです。これはハメネイ師の事前の了承なしには行い得ないことです。ハメネイ師の全幅の信頼を得ている革命防衛隊首都司令官のソレイマニ准将のザリーフ擁護発言そして今ロウハニ大統領の最高指導者の重みある発言を引用した上での辞職拒否書簡ですから、強硬派・原則主義者としてはもはや攻撃の矛を収める以外になく、勝負あったというわけです。
 ザリーフは以上を受けて事実上辞職を撤回するインスタグラムでのメッセージを発表しました。2月27日付のIRNAによれば、ザリーフは「特に過去30時間における人民、エリートそしてステーツマンの無条件の支持を高く評価する」と記し、外務省がイラン憲法の枠組みのもと、人民と最高指導者ハメネイ師及び大統領の賢明な監視を得つつ、その職責を全うできるようにしたいと述べました。また翌28日にも、ザリーフはインスタグラムで、「我が親愛なるソレイマニ准将の親切にして厳格な言葉」そして「最高指導者が示した慈悲及び好意」を受けて、私及び外務省の同僚たちは国益及び人民の権利を保全するべく従前にもまして努力すると書き込みました(28日付IRNA)。
 余談ですが、イランを電撃訪問したシリアのアサド大統領は、イラン駐在シリア大使を通じてザリーフに対してシリアを公式訪問するように招待しました(2月27日付IRNA)。
 以上がザリーフ外相の突然の辞意表明からその撤回までの出来事です。IRNAもイラン放送WSも誰があるいはどのような勢力がザリーフを批判したのか、またその批判内容は何だったのかについては手がかりになる材料を与えていません。しかし、ザリーフ留任を確保するために、革命防衛隊(西側メディアでは強硬派の牙城と目されている?)首都司令官であるソレイマニ准将さらには最高指導者にまでお墨付きをもらう必要があったという事実は、ロウハニ政権に対する抵抗勢力の侮りがたさ、イラン政治の複雑さを垣間見るには十分なものがあります。同時にまた、「改革派、穏健派そして強硬派による権力闘争」という凝り固まったモノサシでイラン政治を「分析」することの怪しさも浮き彫りになったのではないでしょうか。

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