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第2回米朝首脳会談の顛末(ボルトン発言)

2019.03.06.

3月3日にボルトン安全保障担当補佐官はフォックス・ニュース、CNN及びCBSとのインタビューで第2回米朝首脳会談が具体的な成果なしに終わった事実関係について驚くべき発言を行いました。金正恩委員長が寧辺核施設解体に対するアメリカの対応措置として5つの安保理制裁決議の解除を要求したのに対して、トランプ大統領が「寧辺プラスアルファ」ではなく、朝鮮の大量破壊兵器(核・生物・化学)及び運搬手段すべての廃棄とアメリカによる朝鮮経済に対する全面支援の取引という「ビッグ・ディール」を逆提案したというのです。しかし金正恩がその提案を拒否したため、トランプは「ビッグ・ディール」提案を朝鮮側に投げたまま交渉を打ち切ったと説明したのでした。
 私がこれまでのコラムで指摘してきたように、第1回米朝首脳会談で合意された原則は以下の3点です。
〇基本:「相互不信から相互信頼へのパラダイム転換」(イ・ジェフン先任記者の見事な指摘をそのまま拝借)
〇目標:朝鮮半島の平和と安定の実現及び半島の非核化実現
〇プロセス:「行動対行動(同時行動)」
 2月3日付のコラムで紹介したビーガン特別代表のスピーチは、アメリカが以上の3つの原則を朝鮮との交渉の基本に据えたことを明らかにしました。これによって第2回米朝首脳会談実現に向かって大きく歩み出したのです。特に大きいのは、「行動対行動」原則の具体化として、アメリカはこれまで固執してきたCVID(完全で検証可能で、逆戻りのない非核化。その心は、朝鮮が非核化しない限りアメリカは何もしない)からFFVD(全面的な、完全に検証可能な非核化。その心はステップ・バイ・ステップつまり同じ行動原則の受け入れ)に転換したということです。
 こうして首脳会談に向けた事務レベルの協議が進むことになりました。この段階ですでに朝鮮側は、寧辺核施設の全面解体に対するアメリカの見返り措置として5つの安保理決議の解除を要求したようです(後で紹介するNYタイムズ記事参照)。朝鮮からすれば、寧辺解体に見合うアメリカの対応措置としてこの要求は当然と考えたと思われます。しかしアメリカからすると、5つの安保理決議に基づく対朝鮮制裁を解除することはほぼ全面的な制裁解除に等しいと受け止められました。
 ここでトランプはボルトンが用意した「ビッグ・ディール」提案に乗り換えたと思われます。トランプのそろばん勘定を大胆に解析するならば、「金正恩がこれほど大きな要求を出してきたのだから、いっそのこと一挙に最終解決までいってしまおう。俺と金正恩の信頼関係からすれば、俺が持ちかければ彼も呑むだろう」ということです。ボルトンもトランプは楽観的だったと証言しています。前にも書きましたが、トランプはポンペイオとボルトンを使い分け、最後の決定は自分自身でするというやり方です。CVIDを強硬に主張してきたボルトンは、FFVDに基づいて物事が進められるのを漫然と傍観していたわけではありませんでした。CVIDと何ら本質上の違いがない「ビッグ・ディール」案をトランプに上げていたのです。正に土壇場での逆転劇だったというわけです。
 ただし、ボルトン自身は金正恩がこの提案を受け入れることはないと見ていました.彼からすれば、「ノー・ディールはバッド・ディールより良い。それがアメリカの国益に合致する」ということです。しかし上述のとおり、トランプは金正恩が受け入れると楽観しました。したがって、金正恩が拒否しても、その提案をテーブルにのせたまま会談を打ち切ったのです。ボルトンも、ボールは朝鮮側にあるという認識を表明しています。
 以上が事の顛末の概要です。この驚くべき事実関係から浮かび上がる問題点は次のようにまとめることができます。
 第一に、3月3日のコラムで指摘したことですが、ビジョンと戦略がないトランプの行動スタイルが交渉のあり方を支配することの危険性がものの見事に現実となりました。支離滅裂なトランプが主導する「トップ・ダウン」方式の米朝交渉は「筋書きのないドラマ」であり、どう転ぶか分からないということです。金正恩の「米国による米国式計算方法に対して少し理解に苦しんでいる」という印象は実はトランプの「ビッグ・ディール」提案に対する偽りのない実感だったということでしょう。
 第二に、これも3月3日のコラムで指摘したことですが、朝鮮の非核化措置とアメリカの対応措置とのバランスを測る米朝共通の目安・モノサシを設定することが、今後の交渉を進める上で不可欠だということが改めて確認されます。「朝鮮半島の非核化及び平和と安定の実現という問題は南北米中ロ日6カ国にとって死活的利害が絡む問題であり、米朝だけですべてを解決できるわけではありません。したがって、見取り図・枠組みに関して6カ国協議を再起動させることが不可欠であることを今回の「失敗」は教えているということです。それはとりもなおさず、トランプ流の交渉スタイルを根本的に転換しなければならないということです。トップ・ダウン方式が運命づけられている米朝交渉の中に、どのようにして多国間協議による合意形成メカニズムを組み込んでいくかという難しい課題が浮かび上がってきていると考えます。」と上記コラムで述べたことを再確認しておきます。
 以上を踏まえて、私がボルトン発言について知るに至った3月14日付の韓国・中央日報(日本語)WSが掲載したボルトンの発言を紹介する記事を紹介します。3月5日付のハンギョレ日本語WS及び中央日報日本語WS所掲の韓国経済新聞も同じくボルトン発言を取り上げていますが、中央日報の記事が核心を突いていると思うので、これを紹介します。なお文中の英文部分は、ネットで検索して見つけたCBS、CNNのボルトンとのインタビュー内容で、中央日報が括弧付で紹介した箇所に該当する部分です(FOXニュースについてはYou Tubeでインタビューが載っていますが、文字に起こしたものは見つかりません)。

ボルトン氏が準備した「ビッグディール」文書…金正恩氏の背を向かせた
第2回米朝首脳会談が決裂した理由にはジョン・ボルトン国家安保補佐官が準備した非核化ビッグ・ディール文書があった。ボルトン補佐官は3日(現地時間)、「トランプ大統領が北朝鮮の金正恩国務委員長に核・ミサイル、生化学兵器まで含む非核化のビッグディールを提案するハングル・英文の文書2件を渡した」(浅井注:CBS及びCNNの起こし原稿を見る限りこのような発言は見つかりませんが、ハングルと英文の文書を渡したとする発言はあります)と公開した。生化学兵器を含む非核化はボルトン氏自身が昨年6月のシンガポール首脳会談を前後に主張した内容だ。ところが、今回のハノイ会談を控えては米政府で明らかにしたことがなかった。
ボルトン氏はこの日、CNN・CBS・フォックス・ニュースとのインタビューで「ハノイ会談は失敗ではない」としてトランプ大統領のビッグ・ディール提案を詳細に説明した。彼はフォックス・ニュースに「大統領は金委員長に自身の非核化ビッグディールを受け入れ、核・生化学兵器と弾道ミサイルをあきらめる決断をずっと求めた」と説明した。同時に、「(トランプ大統領は)金正恩委員長にわれわれが期待することとその見返りでトランプ大統領が事業経験から明らかにした北朝鮮の良い不動産立地を通した莫大な経済的未来を提示したハングルと英文の文書を伝えた」と話した。ボルトン氏は「金委員長はこの提案から目をそらした」と明らかにした。彼は「北朝鮮の人々はわれわれが彼らの悪い合意(バッド・ディール)に乗らなかったところ、非常に失望した」と言った(浅井注:ボルトンのFOXニュースとのインタビューはYou Tubeで聞いてみたのですが、以上の発言部分はいずれも確認できませんでした) 。
CBSにも「トランプ大統領が米国の国益を守護したということから、ハノイ会談は成功」(I consider it a success defined as the president protecting and advancing American national interest)と話した後、ビッグ・ディールの議論の過程を公開した。「トランプ大統領と金委員長の間に大統領が渡した定義により、北朝鮮が完全に非核化するビッグディールを受け入れ、莫大な経済的未来を持つかとわれわれが受け入れられないその以下のことをするかをめぐり広範にわたる討論があった」(Extensive discussions between the president and Kim Jong Un and- and the issue really was whether North Korea was prepared to accept what the president called "the big deal," which is denuclearize entirely under a definition the president handed to Kim Jong Un and have the potential for an enormous economic future or try and do something less than that which was unacceptable to us)と話した。また、北朝鮮の寧辺核施設団地の廃棄と制裁の全面解除について「弾道ミサイルと生化学兵器プログラムを含む完全な非核化を逆提案した」(the counter offer has been there from the beginning-- from- from the very first summit back in Singapore, which is if North Korea commits to complete denuclearization-- including its ballistic missile program and its chemical and biological weapons programs, the prospect of economic progress is there)と話した。彼は「北朝鮮は老朽化した原子炉とウラニウム濃縮およびプルトニウム再処理能力の一定部分を含む寧辺団地に関連して非常に制限的譲歩の見返りで相当な制裁緩和を希望した」(very limited concession by the North Koreans involving the Yongbyon complex which includes an aging nuclear reactor and some percentage of their uranium enrichment plutonium reprocessing capabilities. In exchange, they wanted substantial relief from the sanctions)とし「トランプ大統領は最初から過去の政府の失敗を繰り返したり、行動対行動の形式で(段階的に)補償したりしないと明かしてきた」(浅井注:ボルトンはCNNとのインタビューで" the president's decided to shake things up in North Korean diplomacy, given the failure of the last three administrations to achieve the denuclearization of North Korea."と述べ、CBSとのインタビューでは" We're not going to make the mistake that Obama made in the Iran nuclear deal."と述べた箇所はありますが、この記事が引用している「行動対行動」原則に言及した内容の発言は見つかりませんでした)とも話した。
生化学兵器を含む完全な非核化はボルトン氏が開発した案だ。彼は昨年シンガポール会談直後、7月1日付けインタビューで「われわれは北朝鮮が戦略的決断さえをすれば、核・ミサイル、生化学兵器を含む大規模の大量殺傷兵器を1年内に解体できる案を考案した」と明らかにした。彼がこのような内容が盛り込まれたビッグ・ディール文書まで準備したというのはスティーブン・ビーガン対北朝鮮特別代表とキム・ヒョクチョル対米特別代表の間の事前実務交渉の結果もまるごと無視したという見方が出ている。
このようなビッグ・ディール提案は事前議論がなかったため、妥結の可能性が希薄だった。ニューヨーク・タイムズは「27日、メトロポールホテルでの晩餐の時から金委員長が寧辺廃棄を見返りに国連主要5つの制裁解除を要求すると、トランプ大統領が直ちに非核化の定義を明記した文書と共に包括的ビッグ・ディールを提案した」として「これを受け、金委員長は全てのものを一気にあきらめるには両国間信頼が足りないと拒否した」と伝えた。(以下省略)
 中央日報の上掲記事が最後に引用しているNYタイムズの記事については、3月4日付のハンギョレ日本語WS所掲のキム・ジウン記者署名文章が詳しく紹介しています。この記事は、今回の米朝首脳会談が不調に終わった顛末を説明していますので紹介します。
NYT「朝米首脳、いずれも誤断…ノー・ディールは予期されていた」
 ベトナムのハノイで開かれた第2回朝米首脳会談が"ノー・ディール"に終わったのは、ドナルド・トランプ米大統領と金正恩北朝鮮国務委員長の「誤断」による結果で、「予期されていた」と、米国メディアが報道した。
 ニューヨーク・タイムズの2日付の報道を総合すると、トランプ大統領は金委員長と8カ月ぶりに再会した27日の晩餐会で、いわゆる「グランド・バーゲン」(一括妥結)を提案したという。北朝鮮がすべての核兵器や核物質、核施設を提供する代わりに、米国は対北朝鮮制裁を解除するという内容だった。「寧辺の核施設の廃棄」の見返りとして、2016年3月以降採択された国連安全保障理事会(安保理)の対北朝鮮制裁決議5件を解除してほしい」という金委員長の要求に対する、トランプ大統領の"答え"だった。
 金委員長は「一度で全てを交換するには、双方の信頼が足りない」として、この案を受け入れなかった。しかし、トランプ大統領は翌日の本会談でも、この主張を貫いた。米国のある当局者は「(トランプ大統領の提案は)大胆に行こうということだった」と説明した。
 同紙は「トランプ大統領の提案は米国が25年間提示し、北朝鮮が拒否してきたものと根本的に同じ」だと指摘した。同紙は、北朝鮮が一括妥結方式の完全な非核化に合意する可能性は、ジョン・ボルトン米国家安全保障会議(NSC)補佐官とマイク・ポンペオ米国務長官が率いるトランプ大統領の参謀たちも極めて低いと見ていたと報道した。一部では会談の開催に懐疑的な声も上がったが、自分の交渉力を過信したトランプ大統領が会談を推し進めたという。
 今回の会談に関与した関係者6人とのインタビューに基づき、ニューヨーク・タイムズ紙は、「トランプ大統領の失敗した計略」が2年間続いた「誤断の頂点であることは明らかだ」と報じた。金委員長も寧辺の核施設廃棄カードにし、主な対北朝鮮制裁の解除を引き出せるという「誤った計算」をしたと指摘した。
 同紙はまた、北朝鮮が「寧辺の核施設の廃棄」に対する相応の措置として、特定の対北朝鮮制裁の解除を要求したのは、2回目の首脳会談が開かれる6日前にハノイで開かれた実務交渉の際だったと報じた。それらの決議は北朝鮮の鉱物や水産物、石炭、原油、精製油などの輸出入を制限するものであり、米国は、北朝鮮が事実上対北朝鮮制裁の全面解除を要求するものと見なしたという。
 これと関連し、ウォールストリート・ジャーナルは1日(現地時間)付で、「米国の(交渉)チームが北朝鮮にどのような(制裁の)免除(exemptions)を求めているのかと尋ねたが、(北朝鮮側の)答えは兵器を除いた事実上すべてだった」と報じた。また「米国当局者は電卓を叩いた結果、(北朝鮮が要求する制裁の解除は)数十億ドルに達すると判断した」とし、「寧辺の核施設の部分的閉鎖」の見返りとして提供するのは困難だったと報道した。同紙によると、トランプ政権の高官らは、北朝鮮が核・ミサイルなど大量破壊兵器(WMD)の凍結に同意するなら、一部経済制裁を解除することも考慮していたという。
 トランプ大統領が「寧辺の核施設の廃棄-安保理の5件の対北朝鮮制裁決議の解除」という金委員長の提案を受け入れようとしたかどうかは、定かではない。ただし、北朝鮮の核・ミサイルプログラムを隅々まで把握しているポンペイオ長官が「寧辺だけで合意すれば、随所に核プログラムを隠しておいた若い指導者にだまされていると見られかねない」として反対したと、米メディアは報じた。ニューヨーク・タイムズ紙は「結局、(トランプ)大統領は金委員長とホテルのプール周辺を短く散策してから、握手を交わし、予定されていた昼食会を取り消した」と伝えた。
 北朝鮮との非核化交渉に詳しい米政府当局者はCNNに「北朝鮮は寧辺のすべてを差し出そうとしていた。公式的な文書の形で完全に解体する意向もあった」とし、「北朝鮮は非常に真剣に交渉に臨んでいた。なのに、トランプ大統領と米国代表団がその提案を拒否して帰った」と伝えた。