2019.03.03.
<評価のモノサシ>
第2回米朝首脳会談(2月27-28日)が何の合意もまた予定されていた共同声明も発出されないままで終わったことに対して、「会談決裂」「失敗」という評価がアメリカと日本では圧倒的です。確かに、事前に米朝首脳間で何らかの合意が達成され、共同声明が発出されることが既成事実であるかのような雰囲気がトランプのツイッター発言などで醸し出されていましたので、そういう予想値(期待値)・モノサシからすれば、今回の結果について「会談決裂」「失敗」という評価が行われるのも無理はありません。
しかし、そこから直ちに米朝交渉の先行きそのものも見えなくなったとか、文在寅大統領が推進してきた南北交流計画も頓挫するだろうとか、様々な悲観論が首をもたげている状況を見ると、私としては「ちょっと待ってくださいよ」と言わざるを得ません。首脳会談後のトランプ及びポンペイオの発言、朝鮮中央通信の第2回会談に関する報道内容、トランプの発言に対して朝鮮の立場を明らかにした李容浩外相の記者会見発言などを見れば明らかなとおり、米朝双方は相手の立場を非難してはいますが、決して対決口調ではなく、むしろ今後の交渉の可能性の余地を残そうとする配慮が随所に窺われます。シンガポール・サミットで実現し、今回の米朝首脳会談実現を可能にした「相互不信から相互信頼へのパラダイム転換」(ハンギョレ新聞イ・ジェフン先任記者)という基本・基調は揺らいでいないのです。この点をまずしっかり確認することがもっとも重要だと断言します。
私自身の評価のモノサシは、朝鮮半島の平和と安定及び半島の非核化という至難を極める目標の実現に向けたプロセスにおいて、今回の首脳会談の結果をどう位置づけるかということです。
第一、トップ・ダウンで初めて可能になった米朝首脳会談及び目標実現プロセスは同時に危うさを内在しているという事実が今回明らかになったということです。それが突然の成果も伴わない会談終了ということです。ボトム・アップの積み上げ方式における通常の首脳会談はいわば儀式的な性格が強く、合意内容は事前にあらかじめ決まっていますから、「決裂」「失敗」はほぼありません。しかし、今日の国際交渉では異例に属するトップ・ダウン方式の米朝交渉においては、事務レベルである程度のすりあわせは行われるとしても、最終的にはトランプと金正恩の高度の政治判断に物事が委ねられます。両者のギリギリの政治判断が合致すれば「成功」、合致しなければ「失敗」となるわけです。第1回首脳会談の実現は前者でしたが、今回は後者だったということです。
カギとなるポイントは、トップ・ダウン方式がいいか悪いかという一般論の次元の話ではなく、昨年から開始された米朝交渉においては最初から最後までトップ・ダウン方式が運命づけられているということです。私がこれまでにも指摘してきたように、勇猛果敢の金正恩、剛毅木訥の文在寅、猪突猛進・支離滅裂のトランプ(そして深謀遠慮の習近平)という、トップ・ダウンで事を進める胆力を持つ役者が同時にたまたま国際政治の舞台に居合わせたという歴史的偶然が南北首脳会談及び米朝首脳会談の実現に導き、それによって凍り付いていた朝鮮半島情勢が一気に動き出したし、今後も(トランプ及び文在寅が政権にある間は)トップ・ダウンでしか物事は前に進むことはないのです。
したがって、今後も「成功」と「失敗」の可能性は常につきまとうと見るべきでしょう。今回の結果を受けた米朝の反応が抑制のきいたものになっているのはトランプと金正恩がその点を認識しているが故だと思います。特にトランプの場合、ロシア疑惑、アメリカ経済の先行き懸念、米墨国境沿いのフェンス建設等々難問が目白押しで、国内の批判を浴びるような合意を行うリスクをとる余裕はなかったでしょう。
トップ・ダウン方式が運命づけられている米朝交渉の先行きを見る上での最大の懸念材料は、朝鮮半島問題に関して確固としたビジョン・戦略を持ち合わせておらず、損得勘定及び商人的直感で動く、行き当たりばったりのトランプが今後もどれだけの関心とエネルギーをこの問題に注ぐことができるかという点にあります。こうした懸念は、並進路線から経済建設へ戦略転換した金正恩と使命感を持って半島問題に取り組む文在寅にはまずありません。
文在寅はむしろ、今回の結果を受けて米朝交渉を促進する上での韓国の役割をさらに前面に押し出しています。トランプは帰国する機内から文在寅にまず電話し、「金委員長との会談の結果を真っ先に文大統領と共有し、意見を求めたかった」としながら、会談内容について詳しく説明した上で、「文大統領が金委員長と対話し、その結果を説明するなど積極的な仲裁役を務めてほしい」と要請しました。これに対して文在寅は「韓米間の緊密な連携の下、必要な役割と支援を行っていく」と強調しました(2月28日付韓国・聯合ニュース)。
また「3・1」記念式演説では次のように述べています。
ベトナム・ハノイでの2回目朝米(米朝)首脳会談も、長時間の対話を交わし相互理解と信頼を高めただけでも意味ある進展でした。また、今回の結果は「失敗」とする米日の受け止め自体にも問題があります。中国外交部の陸慷報道官は3月1日に定例記者会見で、記者の質問に対して次のように述べています。
とりわけ両首脳の間で連絡事務所の設置まで議論がなされたことは、両国関係の正常化に向けた重要な成果でした。
トランプ大統領が示した持続的な対話の意志と楽観的な展望を高く評価します。
より高い合意へ進む過程だと考えます。
ここで、われわれの役割が重要になってきました。
わが政府は米国、北と緊密に意思疎通しながら協力し、両国間の対話の完全な妥結を必ず実現させてみせます。(強調は浅井。以下同じ)
われわれが抱く朝鮮半島平和の春は、他人が生み出したものではありません。
われわれ自ら、国民の力で生み出した結果です。
統一も遠くにあるのではありません。
違いを認めながら心を一つに、互恵的な関係を築けば、それがまさに統一です。
これからの新たな100年は、過去とは質的に異なる100年になるでしょう。
「新朝鮮半島体制」へと大胆に転換し、統一を準備していきます。
我々は会談後に朝米双方が接触を維持し、対話を継続する積極的意向を表明していることに留意しており、これを歓迎する。朝鮮半島の非核化と恒久的平和の実現は大勢の赴くところであるとともに、国際社会の普遍的な期待とコンセンサスがあるところだ。総じて見れば、各国の共同の努力を通じ、対話を通じて半島問題を政治的に解決するという大きな方向はすでに明確になっている。すなわち、半島の完全な非核化を実現し、同時に半島の平和メカニズムを構築するということだ。我々は、朝米双方が対話を継続し、互いを尊重する基礎の上に、互いの合理的な関心を真摯に考慮し、半島問題の政治解決プロセスを推進することを希望する。中国もそのために引き続き建設的な役割を担っていきたい。ロシア外務省のザハロワ報道官も3月1日の定例記者会見の冒頭発言の中で次のように第2回米朝首脳会談を評価する発言を行いました。
中国は、首脳会談後に双方が対朝鮮制裁問題について立場を表明したことにも留意している。この問題においてなお隔たりがあるにせよ、双方はともに、制裁解除は半島非核化プロセスにおける重要なファクターであり、同歩的に考慮し、組み合わせて解決するべきだと認識している。これはしっかり捉えておくべき公約数だ。
中国は一貫して次のように主張している。すなわち、安保理は、決議の規定に基づき、かつ、半島情勢の積極的進展、特に朝鮮が非核化の面でとるステップを結合させて、決議の元に戻せる条項に関する議論を起動し、同歩対等原則に基づいて制裁措置に相応な調整を行うということだ。現状のもとで、我々は関係各国が建設的な態度でこの問題に対処し、全面的な半島問題解決のために共同で積極的な努力を払うことを心から呼びかける。
我々は第2回首脳会談との関連でトランプと金正恩が対話を維持することにコミットしたことを積極的に評価する。…明らかなことは、核問題を含む朝鮮半島のすべてに渡る問題を解決するためには、すべての当事国に時間と最大限の忍耐が求められるということだ。…(ロシアと中国が共同で打ち出した半島問題解決の多国間協議システムに言及して)我々はすべての関係国とのマルチの協力を強化し、朝鮮半島における包括的解決のために力を合わせる用意があることを再確認する。さらに忘れてはならない重要な成果があります。それは、金正恩がトランプに対して核実験及びミサイル発射実験を行わないと約束したこと、そしてトランプは会談終了後の記者会見で米韓合同軍事演習をしないと明確に述べたこと(今日3月3日に米国防省が声明で公表)です。金正恩の約束は既定の政策の確認ですし、トランプの場合は米韓合同軍事演習が「カネがかかりすぎる」という理由によるものではありますが、例えば壱年前の時点では「夢のまた夢」と一般に考えられていたことが実現しているのです。壱年前の時点から今回の首脳会談の結果を見れば「成功」以上の結果を出していることを忘れてはなりません。
米朝首脳会談は朝米指導者の互いに対する個人的理解を確立した。これは非常に重要だ。面と向かい合った交流は相手に対する客観的認識を促進し、このことは双方の問題解決方式を国際社会が熟知するロジックに向けて不断に近づけていく。そのプロセスはさらに朝鮮が開放に向かって進んでいく上での重要な一歩となり、また、世界は朝鮮が正常であるという側面と合理的な関心とをさらに知ることになり、その結果、米朝が問題を合理的に解決する上でより有利な世論環境を作り出すことにもなる。第三、いかにトップ・ダウンとはいえ、やはり事務レベルでのツメは「成功」を導く上で不可欠であることを教えたというのが今回の「失敗」の重要な教訓であることも間違いありません。交渉における事務レベルのツメが密であればあるほど、トップが政治判断を行う際のハバを狭くすることが可能となり、それだけ「成功」の確率を増やすことができるからです。
トランプ大統領とポンペイオ長官の会見発言を綿密に見てみると、実際の争点は「寧辺核施設と制裁緩和を交換しよう」という金委員長と、「寧辺だけでは制裁を緩和することはできない」というトランプ大統領の交渉戦略の食い違いだ。「寧辺の核施設の解体だけでは満足できなかった」というトランプ大統領の発言がその証拠だ。…「寧辺プラスアルファ」のアルファとは何かに関しては、上掲環球時報社説は「降仙」という地名を挙げています。私は迂闊ながら初見ですが、3月1日付ハンギョレ日本語WSは次のように解説しています。
非核化レベルだけでなく、「制裁緩和」の方法をめぐっても金委員長とトランプ大統領は同床異夢だったようだ。「制裁」問題に絞ってみると、実際の争点は「全面解除」(北)対「部分解除」(米)ではない。米国側は「国際制裁レジーム(体制)」をそのままにし、一部の南北経済協力事業だけ「制裁の例外」にする案を現時点で北側に提供できる「制裁緩和の最大値」として差し出したようだ。一方、金委員長は例外方式ではなく、たとえ低い水準でも「国際制裁レジーム」の緩和、すなわち「一部の分野の制裁解除」がマジノ線だったようだ。南北経済協力だけでなく、朝中経済協力の糸口を見出してこそ「経済集中」路線の活路を開くことができるからだ。元高位関係者は「金委員長としては、たとえ低い水準でも、南北経済協力の例外にとどまらず朝中経済協力にも適用される制裁緩和が譲れない線だったのだろう」と指摘した。
「知られざる北朝鮮の核施設」とはまた、部分制裁解除を要求したに過ぎないとする朝鮮と、朝鮮は全面解除を要求したと主張するトランプとの間の食い違いをどう理解するかという問題もあります。この問題を考える上では、朝鮮の要求の中身を把握する必要があります。3月2日付ハンギョレ日本語WSが掲載した「エネルギー受給と対外交易が焦点…北朝鮮が解除を要求した制裁5件は?」という解説記事が参考になります。
トランプ大統領は同日、宿泊先のJWマリオットホテルで開かれた記者会見で、「寧辺の核施設よりもプラスアルファを期待していたか」という質問に対し、「(それが)必要だった。これまで言及されなかったものの中に、私たちが発見したものもある」と答えた。さらに「ウラン濃縮施設なのか」という追加質問に対しては、「そうだ。我々に知られて、北朝鮮は驚いた様子だった」と述べた。記者会見に同席したマイク・ポンペイオ国務長官は「寧辺の核施設のほかにも、規模が非常に大きな核施設がある」と説明した。
トランプ大統領が言及した北朝鮮の核施設がどこを指すのかは確かではないが、昨年シンガポールでの第1回朝米首脳会談を前後にして、米国のマスコミに報道された降仙(カンソン)のウラン濃縮施設が、一応候補に挙げられる。米国のマスコミは当時、科学国際安保研究所(ISIS)の報告書と国防情報局(DIA)の分析などを引用して、北朝鮮が降仙(カンソン)で秘密裏にウラン濃縮施設を運営しており、規模が寧辺の2倍に達すると報じた。「非常に大きな核施設」というポンペイオ長官の発言と一致する。さらに、ミドルベリー国際学研究所の不拡散研究センターは、2001年から撮影した衛星写真を分析し、降仙の核施設の位置を平安南道南浦市千里馬(チョンリマ)区域と指摘した。
2001年まで空き地だったここに、初めて建物を建てる様子が捕らえられたのは、2002年4月だという。北朝鮮は1998年~2002年、パキスタンでウラン濃縮技術と遠心分離機を導入したとされる。このため、降仙を寧辺の核施設よりも先に建設された北朝鮮初のウラン濃縮施設と見る専門家もいる。米国情報当局は2007年から同施設に注目してきたが、2010年までは核施設だと疑わなかったという。
国連安全保障理事会は、2006年7月の1695号から2017年12月の最後に採択された2397号まで計11件の対北朝鮮制裁を決議した。このうち最初の制裁である1695号には強制的内容が含まれていないため、実際には北朝鮮に対して10件の制裁決議が効力を発揮している。2016年から2017年までに採択された決議案は計6件だ。2017年6月に採択された2356号は、北朝鮮の機関と個人を制裁リストに含ませる内容なので、これを除く5件の一部事項を解除してほしいと要請したということだ。11の対朝鮮制裁決議の中の5つ、しかも限られた経済民生に関する部分の制裁解除を要求したに過ぎないというのが朝鮮の言い分です。しかし、この5つの決議こそ朝鮮に対する制裁のハード・コアをなすことは以上からも明らかです。したがって、トランプが朝鮮は全面解除を要求したに等しいと受け止めたのも当然でした。
北朝鮮が表現した「民需経済」は、軍需経済と区分される一般的な民生経済を意味するが、実際に北朝鮮がどの条項の解除を要求したかは確認されていない。ただし、2016年から2017年までに採択された決議案が、北朝鮮のエネルギー受給を制限し、鉱物輸出、労働力派遣などを強く阻んでいるため、こうした条項の緩和を要求したのだろうと見られている。対外貿易とエネルギー受給は、結果的に北朝鮮人民の暮らしと民間経済に直結する要素であるためだ。北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の「火星-15型」ミサイルを発射した後の2017年11月29日に採択された制裁決議2397号は、まず北朝鮮に対する精油製品の供給を年間50万バレルに制限している。これに先立った決議案が200万バレル水準の制限ラインを設定していたことを考えれば、エネルギー受給を極度に制限したと言える。原油供給も年間400万バレルに制限している。液化天然ガス(LNG)の供給は全面的に禁止されている。制裁決議2397号はまた、北朝鮮の"ドル稼ぎ"も強く制限している。海外に派遣された北朝鮮労働者を24カ月以内に送還するよう決めているためだ。中国遼寧省の丹東などには、北朝鮮の労働力を活用した製造業・賃加工業者が立ち並んでいる。北朝鮮は彼らの賃金を吸収する方式で外貨確保を図っている。石炭、ニッケル、鉄鉱石などの資源輸出を通した外貨稼ぎもすべて禁止された。北朝鮮の石炭、鉄鉱石などの輸出禁止で、少なくとも10億ドルにのぼる外貨流入が遮断されていると推定される。これは、北朝鮮の年間輸出額の30%を超える規模だ。この他にも、北朝鮮の銀行との金融取引、合作事業体設立、北朝鮮貨物に対する全数調査義務化などが網羅されている。国連安保理の制裁決議案は、既存の制裁案を基に制裁項目を追加したり強化したりする方式でなされる。結果的に、北朝鮮は2016~2017年に決議された制裁5件のうち、"一部"の解除を要求したと強調したが、米国の立場から見れば、制裁案の最終バージョンを全面的に解除してほしいと理解した可能性が提起される。
現段階でわれわれが提案したことよりも、より良い合意がなされるかを、この場で述べるは難しいことです。今回のチャンスが再び訪れるかも難しいかも知りません。しかし私は、李容浩の上記発言は金正恩が述べた「米国による米国式計算方法に対して少し理解に苦しんでいる」という発言を前提にしたものであり、今後、金正恩指導部と文在寅政権さらには習近平・中国との意思疎通が行われる中で修正が加えられていく可能性は高いと思います。そうなれば、トランプの朝鮮に対する要求の敷居も当然低くすることが可能になるでしょう。したがって、朝鮮半島非核化及び半島の平和と安定という目標に向かってのプロセスはまだ始まったばかりであり、今回の結果だけを見て大騒ぎするのは失当と見るのが正解だと思います。
完全な非核化への道のりには、必ずこのような初段階の工程が不可避であり、われわれが出した最大限の法案が実現する過程を必ず経なければなりません。
われわれの原則的立場には僅かな変りもなく、今後、米国側が交渉を再び提起してくる場合でも、われわれの方案に変わりはありません。