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仏独英3国によるINSTEX創設とイランのFATF加盟問題

2019.02.18.

イラン核合意(JCPOA)をめぐる動きについては2018年7月16日のコラムで取り上げました。その中では、アメリカの一方的なJCPOAからの脱退及びイランに対する制裁再発動の決定、それに対抗するイランと欧州諸国及びEUの合同委員会でJCPOAを完全かつ効果的に実行することを呼びかける声明が発出された(同年7月6日)ことを紹介しました。その後は、EU及び独仏英のいわゆるE3が中心になって具体策を模索する動きが続いてきました。元々はアメリカの制裁第2弾が発動される2018年11月5日までに欧州側が対抗策を打ち出すことがイランとの間で原則合意されていましたが、本年1月31日にようやく具体策としてINSTEXを創設する声明が発表されました。
 事態は現在進行形なのですが、INSTEX創設を一区切りとしてフォロー・アップをしておこうと思い立ちました。

1.E3のINSTEX創設とイラン各界の反応

<E3のINSTEX創設>
1月31日に仏独英3国外相は共同声明を出し、国連安保理決議2231で承認されたイランに関する核合意(JCPOA)を守るためにINSTEX SAS(Instrument for Supporting Trade Exchanges)、すなわち欧州諸国の経済体とイランとの間の正統な貿易を容易にすることを目的とする特別目的装置SPV(a Special Purpose Vehicle)の創設を発表しました。これは、アメリカが2018年にJCPOAを一方的に脱退し、イランに対する制裁を再発動したことに対する欧州側の対抗措置です。
 アメリカがとる一方的な対イラン制裁措置がどうしてアメリカ以外の国々のイランとの取引を縛ることになるかを理解する上では、ベルギーに本部を置く国際銀行間通信協会(SWIFT)についての理解が不可欠です。私はこの問題については歯が立ちませんが、手っ取り早くネット検索したところによれば、「金融機関同士のあらゆる通信にクラウドサービスを提供する非上場の株式会社で、あらゆる国際決済がスイフトを通じて行われている」という解説があります。国際決済通貨・米ドルによって国際金融を圧倒的に支配しているアメリカのSWIFTに対する影響力は絶対的で、これまでは欧州諸国をはじめとする国際社会もアメリカが各国に対して発動する制裁には従うほかなく、今回のアメリカの対イラン制裁再発動でも同じだと見られてきました。しかしE3は、JCPOAを守る立場からアメリカの行動に対抗する姿勢を明確にしたのです。その点を裏付けるのが、2018年11月3日付のブルームバーグ通信の以下の記事(抜粋)です。

ポンペイオ米国務長官は(2018年11月)2日、今月5日に再開されるイラン制裁について、米国が8カ国・地域にイラン産原油の輸入継続を認め、一時的に適用除外とすると発表した。ムニューシン財務長官も参加した電話会見で明らかにした。…ムニューシン長官は会見で、「われわれは世界の資金がイランに流れないよう確実にするつもりだ」と発言。国際銀行間通信協会(SWIFT)がイランの一部金融機関との取引を扱えば、制裁が適用されるだろうと語った(強調は浅井。以下同じ)。…
EUの上級代表と英国、ドイツ、フランスの財務相・外相は同日、「米国による制裁再開は非常に遺憾だ」との共同声明を公表。「効果的な金融のチャンネル」や「イランの石油・ガス輸出」の継続を含めて、「イランとの合法的なビジネスに従事する欧州の事業者を守るため」取り組む方針を示した。
原題:U.S. Issues Eight Oil Waivers Before Iran Sanctions Kick Back In
つまり、SWIFTがアメリカの対イラン制裁措置発動に従い、イランの金融機関を国際決済メカニズムから閉め出せば、世界中の国々の企業、金融機関はイランとの取引・決済を行うことができず、したがってイランとの取引が遮断されることになります。そしてSWIFTはアメリカのいうとおりに動きました。今回の仏独英3国(E3)によるINTEX創設は、SWIFTを通さないイランとの国際決済メカニズムを作ることにより、欧州企業(economic operators)がイランとの交易を行うことを金融面から担保し、保障することを目的としています。他の報道によれば、INSTEXの本部はフランスに置かれ、ドイツ人銀行家(Per Fischer)がその初期の運営の指揮をとり、E3政府の高官が執行委員会に名を連ねることになっています。E3の共同声明は次のように述べています。
 INSTEXは欧州のイランとの正統な貿易を支持する。当初はイラン国民にとってもっとも必要な分野、例えば薬品、医療設備、農産品を中心とする。長期的にはイランとの貿易を希望する第三国企業にも開放することを目指す。E3はこの目標を実現する方途を探求していく。INSTEX創設はE3がとった大きな第一歩である。INSTEXの運用を進めていくに当たっては段階的アプローチに従う。
 E3はINSTEXとともに、この会社(company)の運用方法を定義する具体的な、運営上の詳細を詰めていく。
 E3はまたイランとともに、INSTEXを運用することができるために必要とされる効果的で透明な組織を創設していく。
 INSTEXは、マネー・ロンダリング防止、テロ資金撲滅(AML/CFT)及びEU/UN制裁コンプライアンスに関するもっとも厳格な国際スタンダードに基づいて運営する。これと関わって、E3はイランがFATF行動プランのすべての内容を迅速に実施することを希望する(FATFに関するイランの対応については2.参照)。
 E3は、以上のステップに従って、この手段(instrument)がイランとの貿易を支持するようにするべく、関心のある欧州諸国とともにINSTEXをさらに発展させることを追求していく。
 イランとの特別目的装置SPV創設交渉に当たってきたEUのモゲリーニ上級代表は同日声明を発表し、次のように述べました。
 フランス、ドイツ及び英国を初期株主とするINSTEX SASすなわちSPVが本日登録されたことを歓迎する。
 制裁措置解除はJCPOAの基本的次元のことである。本日開始されたこの装置は、イランと正統な貿易を行う企業に必要な枠組みを提供する。
 この装置がイラン側との緊密な協調のもとで可及的速やかに運用できるようにするため、我々は引き続きE3と協働していく。我々は、関心のある欧州諸国ともにINSTEXをさらに発展させるというE3のコミットメントを支持する。…
 JCPOAを保全するための我々の仕事は、他のJCPOA参加国(浅井注:中国及びロシア)及び国際的なパートナーとの間のものを含めて続いていく。
 このことは国際協定を尊重し、共通の地域的及び国際的な安全保障を促進するという問題である。
<イラン各界の反応>
 イランはE3の発表に迅速に反応しました。SPV創設交渉のイラン側トップであるザリーフ外相はツイッターで、「アメリカによる違法な制裁賦課後にJCPOAを救済してイランの分け前を保障するとの(2018年)5月18日の約束に関するE3の実行措置であるINSTEX-長々とした期限超過の第一歩だが-をイランは歓迎する。我が方は、対等かつ相互尊重に立って欧州と建設的に応じる用意を維持する」と述べました(同日付イラン通信社IRNA)。
 ちなみに、2018年5月18日の約束とは、欧州委員会が次の行動を開始すると公表したものです。
〇アメリカの対イラン制裁リストに掲載されている品目に対してブロッキング規則(the Blocking Statute)を発動し、EU企業がアメリカの制裁の域外適用に従うことを禁じ、受けた損害を回復することを認める。
〇EUの予算的保証により、欧州投資銀行がイランとの取引について金融保証を決定する上での障害を取り除く。
また、直接モゲリーニとの交渉に当たってきたアラグチ次官(元駐日大使経験者)は同日イラン放送(IRIB)第1チャンネルで、「INSTEXの登録は欧州側のイランに対する一連の約束の第一歩となる」とした上で、以下の諸点を明らかにしました。モゲリーニの上記声明内容とほぼ軌を一にしていることが分かります。
〇我々は一連の約束が完全に実行されること、不完全にはならないことを希望する。
〇INSTEXはイランのグローバルな貿易を促進するために欧州側が過去数ヶ月にわたって設立しようとしてきた特別な金融メカニズムである。このメカニズムにおいては、イランと欧州との間の支払い及び受け取り、すなわちイランと欧州との間の輸出入を扱うことで、バイの取引を可能にすることを目的としている。
〇イランの当事者が取引をリアル(イラン通貨)で行うことができるようにするため、イランでも同じメカニズムを作ることになる。
〇このメカニズムは主として、制裁の対象になる商品のために設計されてきた。…しかし我々の見解では、それは欧州側がイランに対して行った約束全体における第一歩ということだ。
〇このメカニズムは、すべての国々及び欧州以外の企業にもアクセスできるようになるときになって、イランにとって全面的に役に立つことになるだろう。もっともそれは次の段階になるだろうが、そうなれば、イランの国際的取引全体がこのメカニズムのもとに入ることになるだろう。
〇しかし、このメカニズムがどのように機能するかについては、今後欧州側との間で行われる専門家会議に委ねられる。イラン中央銀行がこのメカニズムについて担当し、行うべき仕事の形態を特定していくことになる。
 INSTEXを審議することになるイラン議会の反応も好意的でした(すべてIRNAによる)。すなわち、議会国家安全保障及び対外政策委員会のファラハトピシェ(Falahatpishe)委員長は同日、INSTEX登録はイランにとっての外交的及び国際的な勝利であると述べました。同じ委員会のジャマリ(Jamali)委員は同委員会がイラン外務省とともに検討することになると述べ、「INSTEXは前向きな動きだが、まだ不十分だ。また、我々は欧州がこの問題にもっと速やかに動くことを期待していた」と付け加えました。また、議会のモタハリ(Motahari)副議長は、INSTEX設立はイランとの各取引に対するEUの約束が本当であると証明したとし、欧州側は独立した政策を持とうとし、アメリカの政策の追随者ではないことを証明した、INSTEXはイランと欧州との経済関係に資するだろう、と発言しました。議会法律司法委員会のカゼミ(Kazemi)副委員長も2月3日、この金融取引の登録は間違いなく活性化にとって重要な一歩であり、JCPOAの強化は歓迎すべきだ、「イランとの欧州金融メカニズムは多極的世界における成功例だ」と述べました。
 しかし、E3の共同声明に含まれている「E3はイランがFATF行動プランのすべての内容を迅速に実施することを希望する」という部分に対しては、イラン側は反発と警戒を隠しませんでした。
すなわち、議会国家安全保障及び対外政策のボルジェルディ(Borujerdi)委員は2月3日、INSTEXを前向きな第一歩と評価しつつも、INSTEXの実行をFATF行動計画に条件付けるのは「受け入れることはできない」と警告しました。同日、イランの駐英大使バエイディネジャド(Baeidinejad)も、INSTEX実施についてEUが条件をつける権利はないとツイートしました。ただし彼は同時に、E3の共同声明のFATFに関する部分はイランに対する条件というものではなく、イランに対する希望として述べられていると指摘しました。
 2月4日、議会国家安全保障対外政策委員会は、ザリーフ外相及び関係省と中央銀行の次官の出席のもとで、INSTEX及びEUの指摘(suggestions)についてレビューを行いました。この会合の中でザリーフは、「EUの金融メカニズムが実行されることを期待している」としつつ、INSTEXとFATFとの間にはいかなるリンクもなく、このメカニズム設立措置を遅らせておきながら、前提条件を設定することはできないと述べました。
 さらに2月4日、三権の一翼を担う司法府長官であるアヤトラ(シーア派最高指導者の称号)・ラリジャニ師は極めて強硬な発言をしました(同日付イラン放送"Pars Today" WS)。ちなみに彼は最近、公益判別会議(Expedience Council)議長の死去に伴い、最高指導者ハメネイ師によって後任の議長に任命されました。公益判別会議についても後述します。彼は高級司法幹部の会合で演説し、イランとの貿易を促進することを目的とする非ドル・メカニズム(浅井注:INSTEXのこと)の実施について欧州が設けた屈辱的な条件には決して屈しないと述べ、さらに「9ヶ月もの引き延ばしと交渉の後に、欧州諸国は通貨の交換ではなく食料と医薬品提供という限られた能力しかないメカニズムを持ち出してきた」、「アメリカのJCPOA脱退後もこれを守ると約束しておきながら、今はINSTEXだけにこだわり、しかも伝えられるところによると、INSTEXを実行あらしめる上で2つの奇怪な条件を課してきた」と述べたとされます。彼のいう2つの条件とは、INSTEX効力発生の前に「イランがFATFに参加し、ミサイル計画に関する交渉を開始する」ことです。以上のように述べた上で彼は、「欧州諸国はイランが絶対にこうした屈辱的な条件を受け入れず、INSTEX開設というちっぽけなこととの引き換えにいかなる条件を呑むことはあり得ないことを知らなければならない」と強調し、欧州諸国はアメリカが動いたのと同じ方向に向かっているとして、「我々はこれまでと同じく断固とし続けていかなければならない」と主張しました。ラリジャニの発言内容は事実関係に対する彼の理解・認識が表面的かつ歪められたものであることを示していますが、彼が今や公益判別議長になっている以上、以上の発言を無視することもできません。
<EUの対イラン声明>
事態をさらに複雑にしたのは、EUが2月5日、INSTEXの創設を支持すると同時に、FATF、地域的関与、弾道ミサイル開発及び人権問題について、イランに対して強い要求を内容とする声明を出したことです。要求の骨子は以下のものです。
〇イランがFATFアクション・プランのもとでの約束に従って所要の法令を採択し、実行すること。EU及び加盟諸国はその実行についての技術援助を含めイランと協力を継続する用意がある。
イランの地域問題における役割に対する関心表明。シリア及びレバノン等諸国の非国家主体(浅井注:レバノンのヒズボラ、パレスチナのハマス)に対する軍事的、財政的、政治的支援、シリアにおけるイランの軍事プレゼンスを名指し批判。
〇イランの弾道ミサイル活動に対する重大な関心表明。イランの弾道ミサイル発射は安保理決議2231と矛盾し、地域における不信及び不安定化を高めると指摘。
〇EU加盟諸国におけるイランの敵対的活動に対する重大な関心表明。イランに活動の即時停止を要求。
〇イランにおける人権状況に対する重大な関心表明。イランの死刑制度に対する反対。
 イラン外務省は即日声明を発表して、EU側声明が指摘した上記諸問題に対して逐一反論を行ったのは当然でした。特に、EUがINSTEX実行をイランによるFATF採用とリンクさせたことは「受け入れられない」と表明しました。しかし、EUの声明にもっとも激しく反応したのは最高指導者ハメネイ師でした。
 ハメネイ師は、イラン空軍がホメイニ師への忠誠を誓って40年前のイラン革命の成功を決定づけた記念の日である2月8日、イラン空軍幹部を前に演説を行い、E3に対するあらわな不信感を表明しました。同日付IRNAは以下のようにハメネイ師の発言を紹介しました。
最高指導者はイランとの核合意を救済するためのE3のパッケージについてイラン当局が欧州を信用しないように強調した。ハメネイ師は「アメリカ人は信用できない。私は我が当局者に対してアメリカの約束、微笑そして署名を信じるなと言ってきた。欧州も同じことだ」と警告した。
「私はイランが彼らとつながりを持つべきではないとは言わない。私が言うのは信用についてだ。彼らは信用できないし、尊敬することもできない。そのことを多くの時に見届けてきた。フランス然り、イギリスまた然り。他の諸国また然り。」…
2018年7月にハメネイ師は当局者に対して、欧州側との話し合いの席に着くように、しかし彼らの提案のパッケージに多くを期待するな、と述べたことがある。彼はそのとき、「欧州との交渉は断絶するべきではない。しかし欧州のパッケージをあまり長く待つべきではない。むしろ、国内で多くの仕事をするべきだ」と述べた。
残念ながら、私のメモリに入っている記録の中には2018年7月のハメネイ師の発言を見つけることはできません。しかし、ハメネイ師が昨年(2018年)5月10日と5月24日に行った発言の記録はあります。特に5月24日の発言は、5月18日に欧州委員会がイランに対する約束を実行することを明らかにした直後に、ロウハニ大統領をはじめとするイラン当局者との会合で述べたもので、同師のアメリカ及び欧州に対する基本認識を詳細に明らかにしています。両日の発言(最高指導者WSに掲載されたもの。ちなみに、昨年10月6日の更新を最後に、同サイト英語版WSは更新されていません)を紹介します。
<5月10日>
 (アメリカのJCPOA脱退について述べた後にE3との交渉に言及して)私はこれら3国も信用しておらず、彼らを信用するなとも言う。契約をしようとするならば、真正かつ現実的な保証を取り付けなさい。そうしないと、翌日には彼らは別の形で今日アメリカがしたことと同じことをするだろう。
 時に彼らは微笑みながら他人の胸に短剣を突きつけ、上っ面なお世辞や褒め言葉を言いながら目的を遂げようとする。(欧州とやりとりするとき)しっかりした、信用できる保証を受け取ることに成功するならば(それは極めてありそうなことではないが)、問題はなく事を進めていきなさい。さもなければ、こんな形で物事を続けていくことはできない(浅井注:欧州側が早くに約束しておきながらずるずる引き延ばしていることを指しているのでしょう)。
 この国の当局者は大きなテストに直面している。その大きなテストとは、この国の名誉と力を守るかどうかということだ。この国の尊厳と利益を真の意味で確保しなければならない。…この目的の実現のためには、用心深く、油断なく欧州側と接しなければならず、欧州の役人の言葉を信用してはいけない。というのは、単なる言葉は何の信用力もなく、欧州人は外交の世界ではまったくモラルがないからだ。
<5月24日>
 ハメネイ師はアメリカに関する6つの重要な経験・教訓を挙げた。
 第一の経験について、ハメネイ師は「核交渉開始以来現在までのアメリカのトータルな行動は、アメリカがその義務にコミットしておらず、したがってイランはアメリカを相手にすることはできないという重要な経験へと導いている」、「約束を守らないのはトランプ政権だけではない。我々と交渉したオバマ政権も同様であり、彼らもJCPOAに違反してイランに制裁を科した」「国際条約を軽々と、冷淡に破る政権とはやり合うことはできない」と述べた。
 第二の経験としてハメネイ師はアメリカのイランに対する強い憎しみを挙げた。…
 第三の経験について、ハメネイ師は「一時的手段としてアメリカに対して柔軟性を示すことは、その敵意を和らげないどころかますます厚かましくさせる」と述べ、ブッシュ(父)政権時代にイラン政府が柔軟に対応したときに「その柔軟性にもかかわらず、ブッシュはイランを悪の枢軸と称した」と述べた。またハメネイ師はJCPOA締結後にアメリカが科した制裁に言及して「イランは抗議したが強い行動には出ず、その結果アメリカはより厚かましく、無法に振る舞った」と述べた。そして、アメリカの敵意を防ぐ方法は折れて出て柔軟性を示すことではないと強調した上で、「これはアメリカに対してだけのことではない。西側諸国全部が大体そうである。我々が忘れてはならないのは、我が大統領が西側に対する寛大さを支持したとき、彼はいわれのない問題でドイツに召喚されたことだ(浅井注:この発言が指す事実関係が何かは分かりませんが、ブッシュ(父)政権時代のイラン大統領はハタミ師でした)」と述べた。
 第四の経験について、ハメネイ師は「西側諸国に対しては立ち向かうことで彼らに退却を強いることが大いに可能になる」と強調した。この経験をさらに説明する材料としてハメネイ師は2004年から2005年にかけての核問題の展開を指摘し、「(IAEAでの交渉で)イランの核施設を閉鎖し封印することが合意されたとき、イランの柔軟性と後退を前にして、西側諸国はイラン交渉団に対してイランの核施設全部を解体し、破壊しなければならないと言ってきた」「彼らは2,3機の遠心分離機を始めることすら許そうとしなかったが、我々が彼らの過剰な要求に対して毅然と対応し、20%のウラン濃縮を実行するや、西側はお願いベースに転じ、3.5%濃縮に合意し、5,6000機の遠心分離機の運転継続を受け入れた」「イランの濃縮の権利承認の真の原因は交渉ではなく、我が若い科学者による前進と20%濃縮の達成という事実にあり、それらなしには西側は絶対に交渉を通じての我々の権利を認めることはなかった」と述べた。この経験の総括としてハメネイ師は「西側の過剰な要求に対しては、果断な行動で対処しなければならない」と述べた。
 第五の経験について、ハメネイ師は欧州がほとんどのケースでアメリカの側につくことを挙げ、「我々は欧州と闘うつもりはないが、E3はほとんどの決定的な際にはアメリカ側につくことが示されてきた」と述べ、その実例として、核交渉に際してフランス外相がアメリカと一緒に良い警官と悪い警官の役回りを演じたこと、JCPOAのもとでイランがイエロー・ケーキを買う権利をイギリス政府がブロックしようとしたことを挙げた。
 JCPOAに関わる第六の経験について、ハメネイ師は「近年における経験として、国内問題特に経済問題の解決をJCPOAと結びつけることは大きな間違いである」「経済及びビジネス問題をJCPOAに結びつけると、雇用者と投資家は数ヶ月の間JCPOAの署名を待つこととなり、その後はそれが実行されるか否かを待つこととなり、さらにその後はアメリカがそれに留まるか否かを見ることとなり、最終的には国家の経済組織までが外国人が何をするか常に待ち続けることになる」と述べた。
 JCPOAの経験に関する議論のまとめとしてハメネイ師は、「以上の経験が他の問題で繰り返されないよう、そして同じ企みの罠に二度とはまらないように気をつけなければならない」と強調し、最近のケースにおいて、アメリカが信用を失うことあるいはアメリカと欧州との間に溝が生じることに期待をつなぐことは以上の諸経験を活かすことに逆行すると繰り返した。…
 ハメネイ師はまた、重要で基本的なポイントとして、政界、行政府及びメディアがJCPOAに関して互いを批判し合うことについて警告し、「正しく、公正で理性的な批判はなんら悪いことではなく、当局者はそういった批判に耳を傾けなければならない。しかし、JCPOAをめぐる侮辱、冒涜、非難そして社会を二分化させる行為はあってはならず、団結と一致が侵されてはならない」と強調した。
 ハメネイ師は基本的問題として「アメリカの脱退後のJCPOAに対する正しいアプローチとは何か」と提起し、「第一点は、問題を現実的に見ることであり、可能性に望みをかけてはならず、その点について人民との間で明示的かつ現実的に共有することだ」と述べた。第二点目としてハメネイ師は、「現在の状況のもとにおけるJCPOAに対する正しいアプローチ」について、イラン経済が「欧州のJCPOA」を通じて固定化されることがあってはならないと概括した。そして、「欧州企業の(対イラン投資の)放棄や逡巡、E3当局者の発言などの多くの証拠が示すとおり、イラン経済は欧州のJCPOAを通じては発展させることはできない」と付け加えた。
 ハメネイ師は核問題をめぐる2000年代初期のE3の裏切り及び不正直に言及した上で、「欧州は約束破りを繰り返さないことを証明しなければならない」と付け加えた。ハメネイ師はアメリカがJCPOAの精神及び既定に対する違反を繰り返したことに対して欧州諸国が抗議しなかったことを批判し、「欧州諸国がアメリカに抗議していたならば、事態は今のようにはならなかったかもしれない。欧州はこの手抜きの埋め合わせをしなければならない」と付け加えた。…
 ハメネイ師は欧州との間でJCPOAを続けていく条件として、「E3のトップはミサイル及びイランの地域におけるプレゼンスという問題を絶対に取り上げないと約束しなければならない」と述べた。また、欧州がアメリカの対イラン制裁に明確に反対することをもう一つの必要条件とし、「イランは長期より防衛を含む軍事力を絶対に放棄しないことを知らしめるべきだ」とした。またハメネイ師は、戦略的縦深はイランの力のもう一つの構成要素であると述べて、「地域におけるプレゼンス及び地域諸国に対するイランの支持はイランの戦略的縦深であり、賢明な政権はこれらの力を高める要素を無視することはない」と付け加えた。
 JCPOA継続に関して欧州から取り付ける必要のある条件についてハメネイ師は、「アメリカがイランの石油輸出を遮断することに成功する場合は、欧州はイランが必要とするだけの石油輸入を保証しなければならない」、また第2点として、イランとの取引額に関する欧州の銀行からの保証を得ることを挙げた。ハメネイ師は、「イランはE3と喧嘩はない。しかし、欧州の過去の記録を考えると彼らを信用することはできず、したがって彼らはホンモノの保証を提供しなければならない」と述べた。そして、「欧州がイランの要求に対してグズグズする場合は、中止している原子力の運行を再開する権利を留保する」と強調した。その上でハメネイ師はイラン原子力庁に対してこれらの活動を再開する可能性について備えるように要求し、「現在は20%濃縮を開始しない。しかし、JCPOAが何の利益にもならないと分かったときは、JCPOAで中止している活動を再開しなければならない」と付け加えた。
 「ハメネイ師は欧州との間でJCPOAを続けていく条件として、「E3のトップはミサイル及びイランの地域におけるプレゼンスという問題を絶対に取り上げないと約束しなければならない」と述べた。また、欧州がアメリカの対イラン制裁に明確に反対することをもう一つの必要条件とし、「イランは長期より防衛を含む軍事力を絶対に放棄しないことを知らしめるべきだ」とした。またハメネイ師は、戦略的縦深はイランの力のもう一つの構成要素であると述べて、「地域におけるプレゼンス及び地域諸国に対するイランの支持はイランの戦略的縦深であり、賢明な政権はこれらの力を高める要素を無視することはない」と付け加えた。」という箇所を見るだけでも、今回のEUの声明は正に「虎の尾を踏んだ」に他ならず、ハメネイ師の怒りのほどを推し量ることができます。ただし、正確に見ておく必要があるのは、ハメネイ師の上記発言はイラン政府が欧州諸国及びEUと交渉をすることを禁じたものではないということです。

2.いわゆるFATF問題

FATF(Financial Action Task. Force)とは、1989年のフランスのアルシュで行われた第15回先進国首脳会議(アルシュ・サミット)の経済宣言によって設立された政府間機関で、マネー・ロンダリング対策やテロ資金対策などに関する国際的な協調指導、協力推進を行うことを主要任務としており、日本では金融活動作業部会と訳されています。2018年11月4日付のIRNAの報道(イランの新聞Iran Dailyに掲載されたSadeq Dehqan署名文章)は、FATFにおけるイランの扱いについて要旨次のように紹介しています。

 2007年から2016年にかけて、イランは常にFATFのブラック・リストに載せられてきた。2009年からはFATFは加盟諸国に対してイランとの金融・銀行取引について公然と注意喚起を行うようになった。当時イラン政府はFATFのブラック・リストからイランを除くことを政策課題に挙げた。イラン政府は2010年にマネー・ロンダリング防止ロード・マップを作成し、改革計画の実行を開始した。その結果、マネー・ロンダリング防止とテロ資金撲滅(CFT)に関する2つの法案作成となった。CFT法案の通過により、FATFは2016年7月にイランのブラック・リスト掲載を一時停止した。…FATFはイランによるFATFの行動計画行動プラン実行進展を認め、イランが残っている改革を完成する期限として2019年2月を設定した。
 またネット検索してみたところ、たまたま財務省WS上で、「高リスク及び非協力国・地域」FATF声明(2018年2月23日 於パリ 仮訳)を見つけました。柱書では「金融活動作業部会(FATF)は、資金洗浄・テロ資金供与対策に関する国際的な基準策定機関である。資金洗浄・テロ資金供与のリスクから国際金融システムを保護し、資金洗浄・テロ資金供与対策の基準の遵守強化を慫慂するため、FATFは重大な欠陥をもつ国・地域を特定し、これらの国・地域と協働して、国際金融システムにリスクをもたらすそうした欠陥に対処していく」と述べた上で、「FATFがその加盟国及びその他の国・地域に対し、対抗措置の適用を要請する対象とされた国・地域」として朝鮮を、また、「FATFがその加盟国及びその他の国・地域に対し、当該国・地域から生じるリスクに準じ、強化された顧客管理措置の適用を要請する対象とされた国・地域」としてイランを挙げています。イランに関する部分の既述は次のとおりでした。
2016年6月、FATFは、イランによる資金洗浄・テロ資金供与対策の重大な欠陥に対処するための高いレベルの政治的コミットメント、及びイランのアクションプランの履行に向けた技術的支援の要請の決定を歓迎した。イランによる政治的コミットメント、及びイランが講じてきた関連措置の履行を考慮し、FATFは2017年11月対抗措置の停止を継続することを決定した。2017年11月より、イランは現金申告制度を制定し、資金洗浄・テロ資金供与対策法について修正案を導入した。しかし、イランのアクションプランは現在、大部分の項目が未達成のまま、履行期限が到来した。イランは、①「他国による占領を終焉させ、植民地主義、及び人種差別主義の根絶を図る」指定団体への適用除外の削除を含む、テロ資金供与の適切な犯罪化、②関連する国連安保理決議に沿ったテロリストの資産の特定及び凍結、③適切かつ強制力のある顧客管理制度の確保、④資金情報機関の完全な独立性の確保及び未遂取引にかかる疑わしい取引の届出の要請、⑤当局が無許可の資金移動業者を如何に特定し、制裁を課しているかについて証明すること、⑥パレルモ条約とテロ資金供与防止条約の批准と履行、及び司法共助の提供能力の明確化、⑦電信送金に送金人及び受取人の完全な情報が含んでいることを金融機関が証明することの確保、⑧資金洗浄罪の違反に対する罰則のより広範な確立、⑨価値に相当する財産の没収のため、適切な法律及び手続の確保を含め、残存するアクションプランの項目に完全に対処するべきである。イランは、現在、法律草案が議会審議前であることを考慮し、FATFは、今週の会合にて対抗措置一時停止の継続を決定した。アクションプランの履行完了に向けたイランの進捗に応じて、FATFは2018年6月に更なる措置をとる。FATFは、必要な資金洗浄・テロ資金供与対策の必要な改革を完了させ、実施すること、特に必要な法律を成立させることにより、アクションプランにおいて残存する全ての項目への対処を確保するため、改革の道を迅速に進めることを強く期待する。イランは、アクションプランの全てを完了するまで、FATF声明にとどまる。同国がアクションプランにおいて特定された欠陥に対処するために必要な措置を履行するまで、FATFは同国から生じるテロ資金供与リスク、及びそれが国際金融システムにもたらす脅威について憂慮する。したがって、FATFは、FATF勧告19に則し、イランの自然人・法人との取引に対し、強化された顧客管理を適用するよう、自国の金融機関への助言を継続することをFATF加盟国に要請するとともに、全ての国・地域に強く求める。
 FATFはその後イランに対して、イランをブラック・リストから除くためにイランが所要措置をとるべき期限を同年10月と設定し、さらにイラン国内の進展を勘案して期限を2019年2月としました。イラン国内の動きについては、IRNA及びイラン放送WSをフォローする限りでは、その英文が分かりにくいこともあって正確に把握することは難しいです。しかし、大まかには次のような進展をたどってきています。
〇イラン議会は2018年10月7日、賛成143、反対120、棄権5でテロ資金供与防止条約(CFT)への加盟関連4法案を可決。
〇イスラム革命評議会(The Guardian Council。GC すべての法律について、合憲性及び宗教法・シャリアとの適合性を審査する権限を持つ)は11月4日、CFT加盟に関する法案について22項目の問題点を挙げ、シャリア及び憲法に反し、かつ曖昧であるという理由で拒否し、議会に差し戻し。
〇議会はGCの見解に見合う法案修正を行った上でGCに再送付。
〇GCは議会の行った修正のいくつかについては受け入れたものの、残りについては公益判別会議(The Expediency Council。EC)の審査に付託。
ECは1988年にホメネイ師の命によって設立された機関(198年の憲法改正で憲法上の機関に編入)で、すべての政策事項について最高指導者に助言を行うこと及び立法機関としての機能を営むことを2大機能としています。立法機関としての機能は、革命評議会が2/3の多数で法案を公益判別会議に送付する場合、議会が送付した内容で法律を通過するか、革命評議会が要求した修正をつけて法律を通過するか、それとも他の方法に基づいて法律を通過するかを決定することになっています(出所:Iran Data Portal)。
 IRNA及びイラン放送WSは上記4法案の何が具体的に問題なのかについて肝心なことを報道していません。唯一手がかりを与えているのは2018年11月5日付のイラン放送WSが伝えている下記部分です。
 イランがFATFに加盟する問題については国内に反対者がいる。彼らによれば、FATFに加盟することにより、レバノンのヘズボラなどの抵抗運動グループに対する支援は、彼らが「テロリスト」と見なされているために不可能になる、という理由だ。
 しかしイラン政府は、第三者の定義に従った財政行為については回避するように法案は規定していると主張している。ロウハニ大統領は、FATF加盟国となることと抵抗・解放諸組織に対する支援継続が両立するように法案は規定していると述べている。
 財務省WSに掲載されているFATF声明には「①「他国による占領を終焉させ、植民地主義、及び人種差別主義の根絶を図る」指定団体への適用除外の削除を含む、テロ資金供与の適切な犯罪化、②関連する国連安保理決議に沿ったテロリストの資産の特定及び凍結」が明示されています。FATFはレバノンのヘズボラ、パレスチナ・ガザを支配するハマスに対するイランの支援継続を問題視していることは明らかです。ロウハニ大統領が主張するように、FATF加盟とこれら組織に対する支援継続が両立する「妙案」があるのか、また、その「妙案」をFATFさらにはEUが受け入れるのか、そしてE3の打ち出したINSTEXについてFATFとは切り離して進めていく用意があるのか否かが今後の実質的争点となっていくことはほぼ間違いのないところだと思います。