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安倍の金、キム・ボクトンの金

2019.02.09.

2月8日付ハンギョレ・日本語版WSに掲載されたコ・ミョンソプ論説委員署名文章「安倍の金、キム・ボクトンの金」は、先日亡くなった「従軍慰安婦」キム・ボクトンの生前の活動について安倍首相との対比において記しています。一人でも多くの日本人に読んでほしいと思いました。ここに全文を転載します。

[コラム]安倍の金、キム・ボクトンの金
 シェークスピアの戯曲『アテネのタイモン』の主人公タイモンは、海岸の洞窟で黄金を発見し、こう叫ぶ。「これは、黒を白に、醜いものを美しくさせる。悪を善に、老いたものを若く、卑しきものを高貴にさせる」。黄金、すなわち金は「ハンセン病を愛らしく見せ、泥棒を栄光ある席に座らせ、泥棒に爵位と跪拝と権力を与える」。金こそ「黄金の光の救援者、目に見える神」だ。青年マルクスは『経済学・哲学草稿』でタイモンのこの叫びを引用し、金の属性を分析する。金は全てのものを買うことができ、すべての対象を自分のものにすることができる。金は「覆す力」だ。「憎しみを愛に、悪徳を徳に、奴隷を主人に、愚を聡明に」変える。どれほど邪悪で卑劣な人間も、金があれば尊敬を受ける。金が尊敬を買い入れるためだ。金は実状を隠し仮想を作り出す。金は偽を真に覆す力だ。
 日本の安倍晋三首相が2015年の「韓日慰安婦合意」後に拠出した10億円は、実状を隠す仮想として金の属性を如実に見せた。慰安婦被害者が望んだものは、日本政府の真の謝罪と賠償だった。しかし、安倍首相は10億円という金が謝罪に代わりうると言わんばかりに、「金を出したからもうすべて終わった」という態度で一貫した。外相を通じて間接的に謝罪の意向を明らかにしたのがすべてだった。1年後、国会で「慰安婦合意」に明示された謝罪メッセージを手紙に書いて伝えるつもりがあるかとの問いに「毛頭ない」と断言することによって、過日の謝罪発言が「毛の先ほどの」真正性もないということを自ら暴露した。10億円という金は、安倍の先祖が犯した罪を隠し、歴史の恥部を隠す目隠しだったに過ぎない。
 しかし、金は偽を真に変えるためだけに使われるのではない。ゲオルク・ジンメルは『貨幣の哲学』でマルクスの診断を受け入れながらも、他方で「貨幣は個人の最も固有な内面で成就できる最も内面的であることを守る守門将でもある」と述べた。貨幣は、内面の真実を守る力になったり、人間の偉大さを見せる証拠になったりもする。先週、蝶となって亡くなったキム・ボクトンさんの金がそのようなケースだ。ハルモニは、少ない金を分けて紛争地域の子どもたちの奨学金に使い、女性人権賞の受賞で受け取った5000万ウォン(約500万円)を他国の戦争性暴力被害女性のために使い、日本で差別を受けている朝鮮学校に数千万ウォンを寄付した。14歳で性的奴隷として連れていかれ、むごい歳月を過ごしたが、その暴力の歳月もハルモニが抱いた内面の意志と夢を押し倒すことはできなかった。金は痛みに傷ついた人々とキム・ボクトンの苦難に満ちた人生を一つに繋ぐ紐だった。
 生前のキム・ボクトンさんは、幼くして負ったおぞましいトラウマのために、日本語を聞いただけでもびくっと震えたという。それでも2011年に東日本大地震が起きた時、最初に被害者救援運動に参加して100万ウォンを出した。嫌いなのは歴史を歪曲する日本の政府であって、苦痛を味わっている日本の市民ではないというハルモニの意思が、その100万ウォンには含まれていた。すべてを渡したハルモニの通帳には、160万ウォン(約15万円)が残っていた。その最後のお金まで、2017年に作成した約定書に従って朝鮮学校を助けるために使われるという。金は、偽装と虚勢の手段であるだけでなく、真心を伝達する媒体、連帯の表現、希望の伝令にもなりうることを、キム・ボクトンさんの人生は見せてくれた。苦難の繭から生まれた"キム・ボクトンの蝶"の羽ばたきが、ヒューマニズムの大きな風を起こし、最も頑迷な人まで目を覚まさせる日が来ることを祈る。