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第2回米朝首脳会談
-見通しとその後の問題-

2019.02.06.

朝鮮半島問題に関するビーガン特別代表の発言から、第2回米朝首脳会談実現に向けたアメリカの基本的ポジションの輪郭が浮かび上がってきているように思います。それは、昨年のシンガポールにおける第1回米朝首脳会談(シンガポール・サミット)で合意された諸原則に立ち戻り、それら諸原則を忠実に履行し、実現するという方向にアメリカが腹を据えて舵を切ったということです。それはとりもなおさず、膠着状態にあった米朝交渉を軌道に戻すべく金正恩・朝鮮が主張してきたことをトランプ・アメリカが丸呑みするということであり、同時にトランプの「個人的見解」が今やアメリカの公式の政策的立脚点に据えられたということでもあります。もちろん、ペンス副大統領、ボルトン補佐官などの存在、そしてなによりも支離滅裂なトランプ大統領の予測不可能性という要素を無視することはできませんが、第2回米朝首脳会談の実現に向けてのトランプ政権の方針は一応固まったと見ていいのではないでしょうか。
 シンガポール・サミットでトランプ大統領と金正恩委員長との間で合意された諸原則とは何か、第2回米朝首脳会談開催で何が合意される可能性があるのか、そして第2回米朝首脳会談後の展望は如何、この3点について頭の整理をかねて作業してみます。

1. 第1回米朝首脳会談で合意された諸原則

私は、シンガポールでトランプ大統領と金正恩委員長が合意した、朝鮮半島の平和と安定及び非核化という2大目標を実現する上での諸原則を以下の4点に整理します。

〇基本:「相互不信から相互信頼へのパラダイム転換」(浅井注:ハンギョレ新聞イ・ジェフン先任記者の見事な形容の受け売り)の精神に立脚すること。
〇目標
-「朝鮮半島の平和と安定の実現」:アメリカの対朝鮮敵視政策の終了、具体的には休戦協定の平和条約への転換及び米朝国交樹立
-「朝鮮半島の非核化の実現」:朝鮮の非核化及びアメリカの朝鮮半島における核戦略撤去
(浅井注:アメリカは明確にコミットしたことはない)
〇プロセス
-「段階別、同時行動原則を順守する」(朝米首脳会談に関する朝鮮中央通信報道文)
-できるだけ短期間(浅井注:願わくばトランプの任期中)に完了すること
〇出発点:プロセス開始の出発点として、停戦協定締結65年の今年中に終戦宣言を行うこと(板門店宣言第3項③)(浅井注:2018年末まで未達成)
(参考)
-「北と南は、停戦協定締結65年になる今年に終戦を宣言して停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための北・南・米の3者、または北・南・中・米の4者会談の開催を積極的に推し進めていくことにした。」(板門店宣言第3項③)
-「2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向け、努力することを約束する。」(米朝共同声明3)

3.第2回米朝首脳会談を予測する手がかり

ビーガン特別代表の1月31日の発言(2月4日付コラム参照)は、金正恩委員長の今年の「新年の辞」が膠着状態に陥っていた米朝交渉に対するアメリカ側の前向きの姿勢を引き出す重要な契機となったことを明らかにしています。それはまた、シンガポール・サミットで米朝首脳が合意した基本原則「相互不信から相互信頼へのパラダイム転換」をアメリカが再確認するということでもありました。金正恩の発言を額面通りに受け取るということは、上記1の「基本」原則を第2回米朝首脳会談実現に向けてのアメリカ側の基本として確認したということに他なりません。

-「本年初の金委員長の新年の辞は非核化及び経済現代化に対する彼のコミットメントを再確認した。その3週間近く後、ポンペイオは金英哲が率いる北朝鮮代表団を迎えた。この訪問により、我々は多くの主要問題を扱うことができたし、トランプ大統領の1時間にわたる会見において第2回首脳会談計画がスタートした」
-「金委員長の新年の辞を見たとき、彼はアメリカに対してではなく朝鮮の人民に対して非核化する決定を行ったと宣言していた。そのことは、我々の追求するゴールに向かえるという希望に基づいてこの交渉を始める空間を作り出した。彼が人々に対して経済建設に重点を移すというとき、それは我々が一緒にできることだ。それは全然敵対的アプローチではない。トップからのメッセージ、トップ・ダウン外交が作り出したスペースというものは今回の外交を進める上で極めて違ったポテンシャルを作り出している」
このことは、トランプが気まぐれ(でまかせ)で言っていたかもしれない対朝鮮政策の根本的見直し発言を今や第2回米朝首脳会談の実現に向けた基本方針に据えることにつながりました。つまり、上記1の「目標」に関わる原則に立ち戻るということです。ビーガンの以下の発言がそのことを裏付けます。
「トランプ大統領は戦争を終結させる用意がある。我々は北朝鮮を侵略するつもりはない。我々は北朝鮮政権をひっくり返そうとはしない。我々は北朝鮮に対しても明確にメッセージを送る方法で非核化計画に沿って外交を進める必要がある。我々は違った未来への用意がある。それは非核化以上のものだ。それは非核化の基礎の上に立脚するが、我々にとってのチャンスであり、我々が北朝鮮側と議論しようとすることだ」
 朝鮮の一貫した対米メッセージを真摯に受け止め、トランプが口にしていたことを政策に具体化するということは、なによりもまず、朝鮮が主張する「行動対行動」(同時行動」原則をアメリカが受け入れるということになります。それはとりもなおさず、上記1の「プロセス」に関わる原則を踏まえるということです。ビーガンは次のように述べました。
-「これまでのアプローチは我々の政策ではない。我々が話していることは、関係改善の方法、より安定して平和的な、最終的にはより平和的な法的レジームを進めていく方法を同時的に探すということだ。トランプ大統領がシンガポールで紹介した追加的な次元の話は北朝鮮のより明るい経済的未来に向けて我々がどうしていくかということだった。ゴールはこれらすべてを同時にやっていくということだ」
-「我々は北朝鮮側に対して、シンガポールでの共同声明において両指導者が行ったすべての約束を同時的かつ平行して追求する用意があること、それとともに、北朝鮮がFFVDを満たす用意があることを条件に、朝鮮人民の明るい未来そして制裁が解除され、朝鮮半島が平和になった暁に訪れるであろう新たな機会について計画を持っていることを伝えた」
 「行動対行動」原則に立つとすれば、これまでアメリカが固執してきた対朝鮮アプローチである「朝鮮が非核化を完全にやり遂げるのを見届けるまではアメリカは何もしない」という政策の代名詞であるCVIDに固執することはできません。むしろ、ポンペイオが口にしてきたFFVD、その含意は「朝鮮の非核化プロセスとアメリカの対応措置を同時並行的に進める」ということ、を公式な方針として据えることを意味します。ビーガンは次のように述べました。
「トランプ大統領は戦争を終結させる用意がある。我々は北朝鮮を侵略するつもりはない。我々は北朝鮮政権をひっくり返そうとはしない。我々は北朝鮮に対しても明確にメッセージを送る方法で非核化計画に沿って外交を進める必要がある。我々は違った未来への用意がある。それは非核化以上のものだ。それは非核化の基礎の上に立脚するが、我々にとってのチャンスであり、我々が北朝鮮側と議論しようとすることだ」
*CVID:「完全かつ検証可能で、不可逆的な非核化」(Complete, Verifiable, Irreversible Denuclearization)
*FFVD:「最終的で完全に検証可能な非核化」(Final, Fully Verified Denuclearization)
 以上の基本、目標及びプロセスに関わる原則を踏まえることについてアメリカが明確に朝鮮に伝え、朝鮮も納得した結果、朝鮮の非核化に向けた措置及びアメリカの対応措置に関する米朝間の実務協議も軌道に乗ることになりました。ビーガンは以下のように具体的に述べています。彼は言及していませんが、上記1の「出発点」としての終戦宣言の問題も第2回米朝首脳会談の「成果」として取り上げられる可能性も排除できないでしょう。
「平壌における南北首脳会談において、金委員長はトンチャンリ(浅井注:東倉里ミサイル発射場)の完全な撤去と取り壊しを検証するための国際査察員の受け入れを認めることにコミットした。ポンペイオとの昨年10月の平壌での会見においても、金委員長はプンゲリ(浅井注:豊渓里核実験場)の完全な取り壊しを保障するためのアメリカ人専門家招待を約束した。…金委員長は平壌南北首脳会談の共同声明及びポンペイオとの10月の平壌での会見において、北朝鮮のプルトニウムとウランの濃縮施設の解体撤去についてもコミットした。ニョンビョン以上に及ぶこれらの施設は北朝鮮のプルトニウムとウランの濃縮計画全体をカバーする。金委員長は、北朝鮮のプルトニウム・ウラン濃縮施設に関してはアメリカが対応する措置を執ることを条件とした。次の北朝鮮側との会合では、このアメリカ側の対応措置が議論される。…プルトニウム・ウラン濃縮施設の解体撤去に関する約束について説明する際、北朝鮮側は「それ以上」という重要な言葉を付け加えた。…トランプ大統領は、北朝鮮が金委員長の約束を実行すれば、アメリカもこれまでに可能と考えられてきたこと以上の見返りを行うことを明確にしている。…サミット前の事務レベル交渉においては、具体的な実行可能な一連の措置を達成するべく、交渉上のロードマップとそれから先に向けた宣言、そして共同の努力による望ましい結果に関する共通理解を達成しようとしている」
なおビーガンは、米朝交渉を進める上で先行する南北交流(特に重要なのは軍事面での協力)について積極的に評価する発言を行っています。また、人道支援問題についても前向きに取り組んでいることを紹介しましたし、中国及びロシアとの意思疎通を行っていることを示唆しました。韓国(及び日本)で懸念の声が聞かれる、在韓米軍駐留問題が米朝間で取引されるのではないかという声についても明確に否定しました。つまり、第2回米朝首脳会談の実現に向けた条件整備も進めているということです。関連発言は以下のとおりです。
〇南北交流(軍事を含む)の積極的評価:「朝鮮半島においては、過去15年間にはなかった南北間の協力が行われており、そのレベルは過去のいかなる時よりも勝っている。南北首脳会談に加え、多くの南北プロジェクトが行われており、それには人的交流、人道支援そして半島の鉄道道路インフラに関する重要な調査が含まれる。このインフラ調査は非核化に伴う経済協力の可能性を促進し、具体化するものであり、朝鮮半島の恒久平和につながるだろう。北と南の軍は国連司令部及び在韓米軍と協力しつつ活動しており、非武装地帯における脅威と緊張を低くするための信頼醸成及び安全保障の多くの措置を執ろうとしている。まだ多くのことが残されているが、非武装地帯が初めて本当に非軍事化されつつある」
〇人道支援制限の緩和:「ポンペイオの指示で12月に、北朝鮮で活動している人道支援グループと検討し、北朝鮮人民に対する正統な人道支援の提供に関するルールを緩和した。現在我々は、国連制裁検討委員会で積み重ねられてきた承認の滞貨を一掃するための速やかな進展を図っている」
〇在韓米軍駐留問題:「その問題はまったく議論されたこともない」
〇中国及びロシアとも意思疎通を進めていること:「中国とロシアとの間でも、朝鮮半島非核化及び恒久的な平和実現についての約束がある」

3.第2回米朝首脳会談後の展望

私は、仮に第2回米朝首脳会談が成功裏に開催されるとしても、その後のプロセスは平坦ではないだろうと予測します。それは主に2つの理由によります。一つは関係当事国が今後の交渉を通じて実現しようとする政策目標は多くかつ錯綜しており、交渉は難航することが予想されるからです。特に私が注目するのは、「朝鮮半島の非核化」は朝鮮の非核化だけではなく、アメリカの朝鮮半島に対する核政策も対象としていることです。以前はアメリカの拡大核デタランス(「核の傘」)戦略が対象でしたが、今やアメリカが韓国に配備しようとしているTHAAD配備問題を中国及びロシアが多国間交渉の中で取り上げるであろうことは十分に予想されます。特に、トランプ政権がINF条約を廃棄する動きを示す中で、米ロ及び米中の間では核戦略のあり方をめぐって深刻な対立が起きつつあることは深刻な懸念材料です。
 また、多国間交渉では、朝鮮及びこれを支援する中ロ対アメリカという対決の構図が浮かび上がります。いわゆる「拉致」問題に固執する安倍・日本ははじめから「蚊帳の外」でしょうが、鍵を握るのは文在寅・韓国がいかなるスタンスで臨むかです。

〇朝鮮
-終戦宣言⇆米韓合同軍事演習の終了
-安保理制裁決議の段階的かつ最終的な撤廃
-原子力平和利用の権利確認(NPT):原子力発電所建設支援獲得
-宇宙平和利用の権利確認(宇宙条約):平和目的人工衛星打ち上げ支援獲得
〇アメリカ
-運搬手段(弾道ミサイル)の段階的かつ最終的な廃棄
-核ミサイル関連施設の段階的かつ最終的な廃棄
-検証メカニズム構築
〇中国・ロシア
-安保理制裁決議撤廃促進→朝鮮経済建設支援
-朝鮮に対する原子力発電所建設支援
-平和目的人工衛星打ち上げ支援
-多国間交渉メカニズム構築イニシアティヴ(6者協議再起動の可能性を含む)
-アメリカによる韓国THAAD配備計画取り消し
-一帯一路(中国)・ユーラシア経済圏構想(ロシア)への朝鮮半島の組み込み
〇韓国
-2つの共同宣言(2018年4月27日及び9月19日:「事実上の終戦宣言」)の着実な履行
-終戦宣言
-開城工業団地及び金剛山観光再開
-鉄道及び道路連結工事
-対朝鮮全面的経済支援(文在寅政権のもとで低迷する韓国経済浮揚の起爆剤にすること)
もう一つの問題は改めていうまでもなく支離滅裂のトランプ大統領が今後も最大の不確定要因になり続けることです。猪突猛進(オバマのやったことの反対をやる)のトランプは米朝首脳会談の実現を可能にしました。しかし、支離滅裂(商売人的直感だけに頼り、なんらの戦略眼も持ち合わせていない)のトランプは先行きを不透明にしています。恫喝によって相手の一方的譲歩を引き出そうとするトランプの商売人的アプローチと、政策を立案・実行するに当たって硬軟のスタッフ(ボルトン・ポンペイオ)を配して無手勝流に使い分ける投機的手法は、原則を重んじる朝鮮には通用しません。トランプに求められるのは、国際関係規範・ルールを弁え、朝鮮を対等平等な交渉相手として遇する基本姿勢です。
したがって、第2回米朝首脳会談後の今後の先行きについては、勇猛果敢の金正恩、剛毅木訥の文在寅、深謀遠慮の習近平及び冷静沈着のプーチンが緊密な協力・緻密な意思疎通を通じて、支離滅裂のトランプを朝鮮半島の平和と安定及び朝鮮半島の非核化への大道に導いていくことができるかどうかにかかっていると思います(頑迷固陋の安倍晋三ははじめから蚊帳の外)。

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