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安倍政権の対韓政策(韓国側見方)

2019.01.31.

日韓関係の厳しい現状について、非の大半は安倍政権(というより安倍首相自身)にあり、文在寅政権を非難するのは当たらないという私の基本認識については、1月27日のコラムの冒頭で指摘したとおりです。米朝関係が動き出したために「北朝鮮脅威論」を喧伝することができなくなった安倍首相は、いわゆる「従軍慰安婦」問題及び徴用工問題で、尊厳に立脚して毅然とした態度をとる文在寅大統領の存在が我慢ならない感情を抑えることができず、日本国内世論も「韓国叩き」に加担する雰囲気を背景に、施政方針演説では日韓関係を正面から取り上げることすらやめるという子供じみた行動にすら訴えています。
 安倍首相の以上の行動に対して、韓国の保守的な新聞である中央日報も朝鮮日報も早速報道しました(ともに28日付日本語WS)。内容的には同工異曲なので、中央日報の記事を紹介します。

<「安倍氏、施政演説から韓国関連の部分はまるごと抜いた」>
安倍晋三首相が28日の国会施政方針演説で韓国関連の部分をまるごと抜いた。施政方針演説は韓国で言えば定期国会施政演説に該当する。
首相官邸が事前に配布した演説文によると、これまで韓国関連の部分は比重の大小に関わらず安倍首相の演説の中で外交分野に欠かさず登場していたが、今回は消えた。
「韓国」という単語が登場したのはたった1回、北朝鮮との関係改善意志を明らかにした部分だった。安倍首相は「北朝鮮との不幸な過去を清算して、国交正常化を目標にする」とし「そのために米国や韓国など国際社会と緊密に連係していく」と述べた。
続いて「北東アジアを安定した平和と繁栄の地にしていくために今までの発想にしばられない新しい時代の近隣外交を力強く展開していく」と述べた。だが、近隣外交を展開する対象に韓国を具体的に取り上げなかった。
昨年の演説で、安倍首相は「韓国の文在寅大統領とは、これまでの両国間の国際約束、相互の信頼の積み重ねの上に、未来志向で、新たな時代の協力関係を深化させていく」と述べた。
2017年12月末、韓国政府が韓日慰安婦合意に対する検証結果を発表して合意破棄論争が起きて両国関係が揺れていた時期だ。
慰安婦合意を念頭に置いて「国際約束」という表現を使い、2017年の演説に含まれた「戦略的利益を共有する最も重要な隣国」という表現を抜いた。
安倍首相はその間、両国関係の変化の流れを見ながら演説の内容を調節してきた。2012年の再執権直後の2013年2月の演説の時は「自由や民主主義といった基本的価値と利益を共有する最も重要な隣国で(中略)21世紀にふさわしい未来志向で重要なパートナーシップの構築を目指して協力していく」と明らかにしていた。
ところが大法院(最高裁)徴用判決とレーダー照準、慰安婦財団解散問題で関係が悪化すると、今年は韓国関連の部分そのものを最初から削除した。
安倍首相は代わりに日米同盟の強化、中国との関係改善、ロシアとの領土交渉、北朝鮮問題は詳しく説明した。さらに中東平和とアフリカ開発支援問題にも言及した。
10日の文在寅大統領の新年会見の全ての発言に日本に対する言及がないため、日本メディアや政府内からは「日本に無関心だ」「韓日関係改善の意志がない」という批判が出てきた。
この日の演説は結果的にこれを同じように返す形となった。安倍首相のこのような態度は、韓国に対する強硬対応を望む国民世論と無関係ではないという分析だ。28日に公開された日本経済新聞の世論調査(25~27日)で、レーダー照準問題に対して「もっと強い対応をとるべきだ」という回答が62%に達した。「静観すべきだ」は24%、「もっと韓国側の主張を聞くべきだ」は7%だけだった。内閣不支持層でも「もっと強い対応をとるべきだ」との回答は57%にも達した。
読売新聞の調査(25~27日)では「受け入れがたい主張を韓国がしている限り、関係が改善しなくてもやむを得ない」という回答が71%で、「関係の改善が進むよう、日本が韓国に歩み寄ることも考えるべきだ」という回答は22%にとどまった。
日経調査で安倍内閣支持率は前月より6%ポイント上昇した53%、「支持しない」という比率は7%ポイント下落した37%だった。読売調査でも支持率は2%ポイント上がった49%、「支持しない」は5%ポイント下落した38%だった。
安倍内閣の支持率上昇をめぐり、「首相に期待する政策について」で外交・安全保障を選択した者が8%ポイント上昇したが、これは「韓国海軍艦艇による自衛隊機への火器管制レーダー照射問題などが影響したとみられる」(日経)という分析がある。
韓日関係に精通した日本側消息筋は「安倍首相の立場では、すでに日韓関係による支持率上昇効果を享受しているので、あえて施政演説で韓国に言及する必要を感じなかったのだろう」としながら「今の日本国内の世論の流れからも、むしろ言及しないことが韓国を配慮したものだと主張することもできる」と述べた。
一種の「一撃離脱戦法」というものだ。日本政府関係者は「28日の施政演説に続き、連日国会に出席する安倍首相には韓国に対する強硬対応を注文する与野議員の質問が多く浴びせられるほかない」とし「安倍首相もどのような形せよ、同調する発言をする可能性が高い」と話した。関係者は「150日間続く日本の通常国会(定期国会)の日程で、韓国内の反日雰囲気をさらに高める三一節が両国関係にとっては峠」と展望した。
進歩的と定評があるハンギョレの見方はもっと率直かつ辛辣です。1月28日の日本語WSはパク・ミンヒ統一外交チーム長署名コラム「安倍首相の弱点」を、そして翌29日日本語WSでは東京/チョ・ギウォン特派員・パク・ミンヒ記者連名記事「安倍首相、施政演説で韓国を意図的に無視…3つの狙い」、さらに社説「最悪の韓日関係を「意図的放置」する無責任な安倍」まで発表して徹底的に安倍首相を批判しています。もちろん感情的になっている面もありますが、安倍首相の対韓外交の本質を剔抉していることは確かです。それぞれのさわりの部分を紹介します。
<「安倍首相の弱点」>
 1931年9月18日、関東軍将校の板垣征四郎、石原莞爾らは、中国の奉天(現在の遼寧省瀋陽)近郊の柳条湖で満州鉄道を爆破する自作劇を行い、張学良の部下である中国東北軍の仕業だと主張して、軍事作戦を開始し満州を占領した。大恐慌の余波で危機に陥った日本は、外国侵略で危機を突破しようとし、その後東アジア全域が戦火に包まれた。…
 日本の歩みがとどまることを知らない。韓国と日本が米国の東アジア同盟体制に編入された以後、想像を越える事態が起きている。安倍政権と右翼勢力が、戦略を新たに組み立てているという不安な信号だ。彼らの動きに、日本が過去に行った侵略戦争の影を想起せざるを得ない。日本の"戦後"が、軍国主義右翼勢力、朝鮮半島を侵略し日本の利益を守らなければならないという征韓論勢力を正しく克服できなかったという兆候がますます明確になっているためだ。
 …「拉致問題」と北朝鮮たたきをベースに首相になった安倍の政治人生は、母方の祖父である岸信介が夢見た改憲を実現し日本帝国の栄光を再現すること、そして拉致問題の解決という二つのスローガンに要約される。安倍首相は、北朝鮮と中国に対する恐怖心を利用して、右翼の結集と再武装化を推進してきた。
 ところが、米国でトランプ大統領が登場し、北朝鮮との対話に乗り出し、北朝鮮脅威論が力を失った。トランプは、同盟に一層の負担を要求し、日本が力を入れてきた環太平洋経済パートナーシップ協定(TPP)から脱退し、米日自由貿易協定(FTA)を要求した。「アベノミクス」の将来も大言壮語できなくなった。
 安倍の戦略修正は不可避になった。中国、ロシアとの和解に乗り出した。尖閣(釣魚島)の軋轢以降初めて昨年10月に北京を訪問し、習近平主席と首脳会談をした。新たな敵が必要だった。韓国最高裁(大法院)の強制動員被害補償判決に対する日本国内の拒否感を煽り、韓国との軍事的対立を高めることは、安倍政権の支持率上昇、改憲支持世論の結集、自衛隊戦力強化など多目的の布石として利用できる。日本は、米国が介入する素振りを見せないことを確認しながら、韓国を狙った攻勢を長期化する態勢だ。
 それでは安倍首相の"弱点"は何か?安倍首相の戦略的計算を逆利用してみよう。まず、日本の挑発には毅然と対応するものの、興奮したり偶発的衝突が起きれば罠にはまるということを肝に銘じよう。次に、南北関係を発展させ非核化と朝米和解を進展させ、北東アジア平和体制を推進することだ。安倍首相が韓日間の民族主義的憎悪を煽り立てようとしていることに対抗し、日本国内にも安倍首相の政策と改憲に反対する多くの市民がいることを記憶し、反日感情に巻きこまれず平和体制と非核地帯に向けた連帯の空間を作ることも重要だ。南北が共存・繁栄し、東アジア平和体制が強固になれば、韓国と日本の冷戦保守勢力の立つ瀬がなくなることを覚えておこう。z
<「安倍首相、施政演説で韓国を意図的に無視…3つの狙い」>
 安倍首相が韓国に対して"戦略的無視"カードを取り出したのは、3つ理由のためと見られる。安倍首相のこの日の演説で目につく部分は、バラク・オバマ米大統領在任の時"グローバル同盟"に強化された米日関係、最近関係が急速に改善された中日関係に対する自信だった。安倍首相は、米日関係に対しては「日米同盟は歴代最も強い同盟になった」と話し、中日関係は「昨年秋(私の)中国訪問で完全に正常軌道に乗った」と話した。日本には韓日関係を当分放置してもかまわないほどの外交的体力があるという自信が伺える。
 第二に、昨年初め以後、北朝鮮の核・ミサイル脅威が大幅に減り、韓日安保協力の戦略的重要性が減った点を挙げることができる。日本は2013年の「防衛計画大綱」では、韓国と軍事秘密情報保護協定(GSOMIA)と相互軍需支援協定(ACSA)を推進すると明らかにしたが、昨年の防衛大綱では「地域の平和と安定のために(日米韓)3国間の連帯を強化する」という抽象的表現にとどまった。
そして最後に、韓日対立は改憲を"一生の課題"と考える彼にとって思いがけない"政治的機会"を提供しているという計算が作用したと見られる。日本経済新聞の28日の世論調査結果によれば、日本国民の62%が自衛隊哨戒機の低空飛行問題と関連して、自国政府に「強い対応」を注文した。今回の対立で、安倍内閣の支持率は先月より6%ポイント上がった53%を記録した。z
<[社説]最悪の韓日関係を「意図的放置」する無責任な安倍>
 日本の安倍晋三首相は28日、施政演説で韓日関係についてまったく言及しなかった。韓日の軋轢が日帝強制占領期の慰安婦や強制徴用などの過去の問題で、そして最近では日本哨戒機の低空威嚇飛行などの軍事分野にまで拡大している厳重な現実を意図的に無視したのだ。両国の関係を改善するよりも、現在の不和と対立をそのまま放置するという意図に見える。安倍首相の無責任な態度に深い遺憾を表わさざるをえない。…
 安倍首相が2012年の2度目の政権以降、韓日関係を毎年格下げしてきているのは事実だが、今回のように儀礼的な関係改善の意思表明すらしないのは過度に意図的であり政治的だ。相手を無視する形で腹いせをするという幼稚なことこの上ない発想と見られる。最近、韓日の衝突が激化して安倍内閣の支持率が上がったという世論調査に励まされた面があるという日本のマスコミの報道もある。しかし、これまでの韓日関係の経験に照らしてみると、両国の不和が長期化するのは両国ともに損なことは明らかだ。にもかかわらず、安倍首相が問題解決に乗りだすよりも国内の政治的メリットのために、むしろ楽しんでいるかのような態度を見せていることは、責任ある国家の指導者の姿勢とは言いがたい。
 古びた韓日の軋轢の火種が軍事分野まで広がった責任は日本にある。日本は昨年突然「東海上で韓国海軍の駆逐艦が射撃統制レーダーで自国の海上哨戒機を照準する威嚇的な行動をした」と公けに主張し、混乱を引き起こした。その後も日本海上の哨戒機が低空近接飛行を続けて軍事的緊張を高めている。それなのに新年の施政演説でこれに関する何の言及もなしに、知らぬふりをして無視するばかりとは、韓日関係を今後どのようにしていこうというのか、安倍首相に厳重に尋ねたい。