2019.01.13.
金正恩委員長の恒例の「新年の辞」は、構成は例年どおりでしたが、内容は2018年の赫々たる外交的成果を反映して斬新なものとなりました。私の主たる関心は金正恩・朝鮮の対外政策にあります。しかし、ハンギョレ・日本語WSに掲載されている1月7日付のイ・ジョンソク元統一部長官・世宗研究所首席研究委員署名文章「この頃、北朝鮮が飢えない理由は「多収穫農民」」は、金正恩政権が内政(農業政策)においても非常に重要な改革(中国が改革初期に実行した「農家生産請負制(包産到戸)」的な「圃田担当責任制」)を推進していることを本年の「新年の辞」において明らかにしていることを指摘し、また同10日付のイ・ジェフン先任記者署名文章「金委員長の製薬会社「同仁堂」訪問に注目集まる」は、第4回の訪中に際して金正恩が同仁堂を訪問したことが「新年の辞」との関わりで理解する必要があることを指摘したもので注目されます。両文章は一読する価値のあるものだと思いますので末尾に掲載します。
本年の「新年の辞」のもっとも重要な注目点は大胆に要約すれば、北南関係、朝米関係、朝中関係そして、ほとんど注目されていないと思うのですが、「自力路線」強調の4点です。
第一の北南関係に関していえば、昨年の「新年の辞」で打ち出した果断な対南アプローチ以来の外交上の成果を踏まえつつ、文在寅大統領との間で築き上げた信頼関係を基礎とする2018年の北南関係を肯定的に評価し、本年もさらに同大統領との信頼関係を前提として北南関係を発展させることに強い意欲を示していることです。
特に、「板門店宣言と9月平壌共同宣言、北南軍事分野の合意書は、北南間に武力による同族間の争いを終息させることを確約した事実上の不可侵宣言であり、実に重大な意義を持ちます」と述べて「事実上の不可侵宣言」と指摘している点は重要です。文在寅はかねてからこういう位置づけを行ってきましたが、金正恩が同じ認識を表明しているのです。
2018年の北南関係の具体的な進展について、金正恩が満足感をあらわにして極めて肯定的な評価をしていることをしっかり確認しておきたいと思います。朝鮮側の報道では、韓国国内における様々な北南関係推進を妨げる事象に対する批判記事がしばしば現れますが、金正恩は大所高所の立場から2018年の北南関係の進展を総合的に高く評価していることを踏まえるべきです。すなわち金正恩は「北と南が志を合わせ、知恵を集めて、不信と対決の最極端にあった北南関係を信頼と和解の関係に確固と転換させ、過去には想像もつかなかった驚異的な成果が短期間にもたらされたことについて、私は非常に満足に思っています」という表現(特に「過去には想像もつかなかった驚異的な成果が短期間にもたらされた」という認識)で肯定的に評価しているのです。「北と南が志を合わせ、知恵を集めて」という表現からは文在寅に対する金正恩の厚い信頼を読み取ることができます。
2019年の北南関係については、「歴史的な北南宣言を徹底的に履行し、朝鮮半島の平和と繁栄、統一の全盛期を開いていこう!」というスローガンを提起し、「北と南が平和・繁栄の道を進むと確約した以上、朝鮮半島情勢緊張の根源となっている外部勢力との合同軍事演習をこれ以上許してはならず、外部からの戦略資産をはじめ戦争装備の搬入も完全に中止されなければならない」と主張して、米韓合同軍事演習の停止、米戦略兵器の搬入中止を明示して要求しました。朝鮮からすれば当然の要求ですが、足腰が定まらないトランプ政権を相手にする文在寅政権にとってはハードルの高い課題設定です。
このほかにも、①対峙地域における軍事的敵対関係の解消を地上と空中、海上など朝鮮半島全域に広げるための実践的措置、②開城工業地区と金剛山観光の無条件再開などの具体的提案も行っています。そして、③「停戦協定当事者との緊密な連係の下に、朝鮮半島の現在の停戦体系を平和体制に転換するための多者協商も積極的に推進して、恒久的な平和保障の土台を実質的に築かなければなりません」と呼びかけました。「停戦協定当事者との緊密な連係の下」としているのは、いうまでもなく休戦協定の当事国に中国が含まれていることを念頭に置いたものです。また「現在の停戦体系を平和体制に転換するための多者協商」というのはいわゆる6者協議を念頭に置いたものでしょう。
韓国(文在寅)に対して、「北と南が固く手を握り、同胞の団結した力に依拠するならば、外部勢力のあらゆる制裁と圧迫も、いかなる挑戦や試練も民族繁栄の活路を切り開いていこうとするわれわれの行く手を阻むことはできないでしょう」という間接的表現で、北南関係を推進することに対するアメリカ(及び日本)による妨害を排除する必要性を強調しているのも見逃すことはできません。
上記①の「対峙地域における軍事的敵対関係の解消を地上と空中、海上など朝鮮半島全域に広げるための実践的措置」についてはともかく、②の「開城工業地区と金剛山観光の無条件再開」に関しては安保理制裁決議による制約があり、一筋縄ではいかない難問です。その点について、1月11日付の聯合ニュース「開城団地再開へ現物支給検討? 韓国高官「現金流入しない方法必要」と題する記事が以下のように説明しています。
韓国高官が、操業が中断している南北経済協力事業の開城工業団地を再開するには、大量の現金(バルクキャッシュ)が北朝鮮に流入しない方法を模索する必要があるとの考えを示した。第二は、朝米関係の膠着状態を打破するために、トランプがリーダーシップを発揮することを強く求めていることです。トランプ政権に対するメッセージは、「朝鮮半島に恒久的で、かつ強固な平和体制を構築し、完全な非核化へと進むというのは、わが党と共和国政府の不変の立場であり、私の確固たる意志」と述べて極めて明快です。ただし、「完全な非核化」の主語は朝鮮半島であり、朝鮮だけではないことは当然です。そして、「われわれの主動的かつ先制的な努力に、アメリカが信頼性のある措置を講じ、相応の実際の行動によって応えるならば、両国の関係は、より確実かつ画期的な措置を講じていく過程を通じて、すばらしく、かつ速いテンポで前進するでしょう」「一日も早く過去にけりをつけ、両国人民の志向と時代の発展の要求に即して新しい関係樹立に向けて進む用意があります」と述べているのは、アメリカ側の原因で朝米関係が停滞しているにもかかわらず、朝鮮の立場は不変であることを確認するものです。
同高官は10日に記者団に対し、私見と断った上で「(国連安全保障理事会の)制裁免除を受けるため、バルクキャッシュが(北朝鮮へ)流れ込まない方法を探る必要がある」と述べた。開城工業団地の操業再開を可能にするには大量の現金の北朝鮮への移転を禁じる安保理の対北朝鮮制裁を迂回する必要があり、そのために同団地で働く北朝鮮労働者への賃金を現金ではなく「現物」で支払う案を南北が検討する必要があるとの趣旨の発言と受け止められる。
2016年11月に採択された安保理決議は国連加盟国の金融機関の北朝鮮への事務所・銀行口座開設を禁じているため、開城工業団地の操業を再開したとしても、16年2月に当時の朴槿恵政権が操業を中断するまで取っていた「送金」による給料支払いはできない。
給料を金銭で払うことになれば大量の現金の移転は避けられないとみられるが、13年3月に採択された安保理決議は北朝鮮の核・弾道ミサイルなど大量破壊兵器(WMD)の開発や安保理の制裁決議に反する活動に寄与し得る大量の現金の北朝鮮への移転を禁止している。こうした状況から、開城工業団地の操業に関して制裁問題をクリアするには賃金の支払い方法に関する創意的なアイデアが必要になっている。
開城工業団地と、同じく中断している金剛山観光は北朝鮮の外貨収入源となっていた。同高官は、北朝鮮の金正恩国務委員長(朝鮮労働党委員長)が両事業の再開を優先していることは明らかだとしながらも、制裁の枠内でアプローチする必要があり、容易ではないとの認識を示した。ただ、金剛山観光は開城工業団地に比べ、制裁問題の解決に困難が少ないと見込んでいる。
文在寅大統領は10日、北朝鮮との経済協力こそ韓国経済に新たな活力を吹き込む画期的な成長の原動力になるとの見解を示した。青瓦台で行った新年記者会見で述べた。第四は、「新年の辞」では中国についての言及が極めて制限的なことです。「停戦協定当事者との緊密な連係の下に、朝鮮半島の現在の停戦体系を平和体制に転換するための多者協商も積極的に推進して、恒久的な平和保障の土台を実質的に築かなければなりません」という表現で、朝鮮半島の平和と安定実現には中国の参加が不可欠であることを述べたことはすでに指摘しました。しかし、中国に対する直接の言及は「3度にわたるわれわれの中華人民共和国訪問とキューバ共和国代表団のわが国訪問は、社会主義諸国間の戦略的な意思疎通と伝統的な親善・協力関係を強化するうえで特記すべき出来事となりました」と指摘している部分だけです。
文大統領は、韓国経済が構造的に厳しい状況にあり、過去のような高度成長は見込めないと指摘。
南北経済協力のような機会は「われわれだけにあるものだ」としながら、「その機会をいつ使うことになるかは分からないが、われわれにもたらされる一つの祝福だ」と述べた。
また、北朝鮮に対する国際制裁が解除された後、北朝鮮経済が開放されインフラが建設されれば中国など海外資本が競って参入する可能性があるとの見通しを示すとともに、市場を先取りし主導権を確保するために韓国がタイミングを逃さないことが非常に重要だと強調した。 対北朝鮮制裁が解除された場合に備えた事前の調査・研究は制裁とは無関係であるため、あらかじめ進め、必要なら地方自治体との協議も行う計画だと述べた。(強調は浅井)
注意する必要があるのは、2018年における朝鮮半島情勢緩和と中朝関係の改善発展との間には一種の内在的なロジック関係が存在することだ。…第一回の非公式訪問は2018年3月25日から28日までだったが、‥これは正にポンペイオが3月31日から4月1日にかけて朝鮮を初めて訪問する3日前だった。第2回の非公式訪問は2018年5月7日から8日までだったが、‥これはポンペイオが5月9日に第2回訪朝する1,2日前だった。第3回目の公式訪問は2018年6月19日から20日までだったが、‥これは6月12日にシンガポールで米朝首脳会談が行われた一週間後だった。
金正恩の訪中時期のアレンジを総合して分かるのは、朝鮮はアメリカの指導者と会見する前後に習近平とタイミング良く戦略的意思疎通を行っており、中朝首脳の緊密な交流が内外における中朝関係に対する誤った認識を自ずと改めてきたということだ。中国が半島の安全保障メカニズム推進において発揮してきた建設的な役割に対する朝鮮の肯定的姿勢もまた、中国のこの地域の問題に関する発言権を高めてきた。中朝友好の内実を維持し充実することは、半島の平和と安定を維持する上で重し的な役割を発揮するだけではなく、半島に利害を有する関係国が東北アジア地域の安全に関する協力に関する共通認識を形成することを促し、半島の平和メカニズムの形成に好ましい政治的基礎を固めることにも役立っている。
(参考1)イ・ジョンソク元統一部長官・世宗研究所首席研究委員文章
金正恩時代に突入して様々な改革的な実験の末に、個人に特定農地を耕作させ、それにともなう分配を施行する「圃田担当責任制」を定着させた。この制度は、生産と分配の単位が個別農民レベルに下りてきたもので、北朝鮮農業の根本的な改革を意味する。事実上、生産競争の基本単位を集団ではなく個人に再設定したのだ。
今年、金正恩北朝鮮国務委員長の新年の辞に対する関心は、非核化と朝米関係の部分に集中したが、私の視線をひきつけたのは農業部門の成果を評価して使った「多収穫を成し遂げた単位と農場員たち」という表現だった。「協同農場」に象徴される北朝鮮の既存社会主義的集団主義農業方式では生産・分配単位としての個人(農場員)は存在できない。集団主義に反するためだ。農場、作業班、分組があるだけだ。
ところが、北朝鮮最高指導者の新年の辞に「多収穫農場員(農民)」が登場した。何を意味するのだろうか?北朝鮮で、個別農民が生産と分配の基本単位になる構造的な農業改革が進行していて、これを公式化するという意味だ。
この頃の北朝鮮を観察して、最も不思議で気になっていたのが食料事情だった。わずか20年前に、少なくとも数十万人の餓死者が発生し、全国が流浪乞食をする住民であふれた北朝鮮だった。2000年代に入ってからも、食料事情が好転するほどの特別な契機はなく、毎年対外援助と大規模食糧輸入でかろうじて餓死状態をまぬがれる程度だった。
それで多くの人が、最近数年間に加えられた高強度の対北朝鮮制裁によって北朝鮮で深刻な食糧難が発生するだろうと予想した。しかし、そうしたことは起きなかった。北朝鮮に対する国際社会の食糧支援が中断されてから相当の期間が経過した。最近4~5年間、北朝鮮が中国やロシアからとうもろこしや小麦を大規模で輸入したこともない。そのうえ、住民が食料を得るために不法に作った菜園も造林されたり放置されて、むしろ減っている。
どういうことだろうか?食糧生産が増加しているのだ。多くの専門家が、北朝鮮の慢性的食糧難は集団主義的農業方式に起因すると診断してきた。この方式では、農民の中から生産競争や生産熱意を引き出すことはできないため、食糧増産のためには中国のように個別農家と請負契約を結ぶ方式の個体農の形態に構造改革がなされなければならないと主張した。しかし、北朝鮮が個人主義と市場経済の拡散に追い立てるこうした改革を断行しにくいというのが大勢の見解だった。
ところが、北朝鮮が本当に生産増大を目標に「圃田担当責任制」という農業改革を推進している。北朝鮮で「圃田」とは「穀類やそれ以外の作物を植え育てる田畑」を意味する。北朝鮮も大規模集団を基準とした生産・分配システムが農民の生産意欲を下げるということを経験的に知り、これまで協同農場の末端生産・分配単位を15~20人程度に縛った班管理制を運営してきた。しかし、これも食糧増産には特別役に立ちえなかった。
これに対し、金正恩時代に突入して様々な改革的な実験の末に、個人に特定農地を耕作させ、それにともなう分配を施行する「圃田担当責任制」を定着させた。この制度は、生産と分配の単位が個別農民レベルに下りてきたもので、北朝鮮農業の根本的な改革を意味する。事実上、生産競争の基本単位を集団ではなく個人に再設定したのだ。2018年から圃田担当責任制に言及し始めた労働新聞は、農場園別に責任を負う圃田の規模を能力に応じて差別化して、それにともなう分配で差別を強調している。特に分配における平均主義が、農民の生産熱意を下げる主犯だとし、これを社会主義分配原則の違反と規定して、強力に警戒している。同じ班の中でも農民別に生産量と目標達成の有無により所得格差が発生せざるをえないという見解だ。
このように最近の北朝鮮は、農業管理方式を根本的に改革し、食糧増産の転換期的契機を設けた。もちろん北朝鮮の食料事情は、国連食料農業機構(FAO)が昨年にも64万トンがさらに必要と話すほど、相変らず厳しい。しかし、過去に比べれば持続的に顕著に改善されている。
金正恩委員長の農業改革意志を推し進めているのは、経済発展に対する熱望だ。彼は新年の辞で「人民により多くの肉と卵」を供給するために、これまで消極的に許容してきた「個人副業畜産」活動を公開的に推奨した。その背景は、より多くの生産が可能ならば、集団も個人も共に必要だという認識だ。
結局、北朝鮮は経済発展のために「一人は全体のために」服務した社会の限界を突破するために、全体が一人の持つ個別的能力を評価して、制度的にこれを保障する方向で改革を始めた。この変化は、今後の南北協力と朝鮮半島の未来に重大な影響を及ぼすだろう。非核化問題に劣らず、これに対する精密な分析と対応が必要な時だ。
(参考2)イ・ジェフン先任記者文章
北朝鮮の金正恩国務委員長が中国訪問3日目の9日午前、北京経済技術開発区にある「同仁堂」の工場を訪問した。同仁堂は、350年の歴史を誇る中国の代表的な漢方製薬会社だ。第4回訪中期間に唯一の経済関連現場訪問日程だ。金委員長が1日、新年の辞で「製薬工場と医療機器工場を現代化し、医療機関を一新して医療奉仕の水準を高める必要がある」と強調した問題意識の延長線上にあるものと見られる。
実際、金委員長は昨年の第1~3回訪中の時も、経済関連施設の視察に多くの時間は費やさなかった。長くは10日近い日程で中国各地の経済現場を視察した父親の金正日総書記とは異なる。
ただし、金委員長が第1~4回の訪中期間に視察した場所を見ると、関心事の「中国経験の参照」という明確な目的意識が窺える。焦点は「全(人)民の科学技術人材化」(2016年5月6~7日、第7回党大会事業総和報告)と、今年の新年の辞で「党と国家の第一の重大事」と強調した「人民生活の改善」に当てられている。
昨年3月の最初の訪中当時、金委員長の唯一の視察日程は「率先行動研磨粉塵-第18回党大会後の中国科学院革新の成果展示会」だった。中国科学院は「中国のシリコンバレー」と呼ばれる北京の中関村にある。金委員長が銀河科学者街(2013年)や衛星科学者住宅地区(2014年)、未来科学者街(2015年)を新たに作り、科学技術殿堂の完工にあわせて現地指導(2015年10月28日)を行って、「全(人)民の科学技術人材化」を強調したことの延長線上にある。
史上初の朝米首脳会談を控えた昨年5月の第2回訪中の際は、視察日程がなかった。ただし、金委員長の「一部の随行員ら」が大連東港商務区と華録グループを視察した。商務区は大連沖合を埋め立て、商店街や娯楽、文化、体育、住居施設を集めた地域で、華録グループは「京劇アプリ」など先端文化事業を行う国営企業だ。
金委員長は第3回訪中の際は、中国農業科学院国家農業科学技術革新院を訪れ、「農業の工業化」に向けた努力を高く評価して、芳名録に「深く感服」したと書いた。北京市の軌道交通指揮センターでは、「高度の自動化レベルと統合操縦体系」に「驚嘆」したと、「労働新聞」が報じた。2カ所共に第2回訪中直後、党中央委で「教育・科学」分野を担当し、「教育担当」のパク・テソン副委員長が率いる「親善観覧団」が視察した場所だ。金委員長は訪中後、「平壌無軌道電車工場とバス修理工場」(「労働新聞」8月4日付1面)と「京城郡温布温室農場建設準備事業」(「労働新聞」8月18日付1面)を現地指導した。"視察"と"実践"が緊密に結びついていると言える。