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JCPOAと米朝首脳会談(イラン専門家文章)

2018.03.12.

3月12日付のイランの通信社IRNAは、Kaveh L. Afrasiabi署名の「北朝鮮のブレークスルーはイラン核合意にとってのプラス材料」(North Korea breakthrough, a plus for Iran Deal)と題する文章を掲載しています。とても興味深い文章でした。検索したところ、Afrasiabiはイラン人学者で、テヘラン大学のほか、ボストン大学でも教えてきた経歴の持ち主であり、ハーバード大学、カリフォルニア大学バークレー校にも訪問学者として滞在したことがある経歴の持ち主です。バランスのとれた、中身の濃い文章であることも納得できた私でした。
 米朝首脳会談の問題がイラン核合意(JCPOA)の将来とも緊密に関わっているという指摘は、実質的にきわめて重要なポイントであるとともに、私たちの国際感覚を豊かにしてくれます。文章自体は日本語に訳すには一文一文が長くてやっかいですが、論旨ははっきりしているので、要旨を訳出して紹介することにします。

 アメリカの嫌悪感のために暗雲が厚く立ちこめているイラン核合意だが、5月にセットされた米朝の非核化の話し合いの結果如何では薄雲になる可能性が出てきた。
 我々が忘れてはならないのは、この5月こそ、トランプ大統領が最近行った最後通牒により、JCPOAを再確認するか、それとも脱退するかを決定する月に当たっていることだ。論理的にいえば、アメリカがJCPOAを破っておきながら同時に北朝鮮に対してはアメリカを信用しろと説得することはきわめて不格好なことだろう。
 このことは、ケリー元国務長官などの交渉担当者が繰り返し言ってきたこと、すなわち、アメリカが一方的にJCPOAを脱退することはアメリカの信用に対する打撃となり、不信を招くことになる、ということにほかならない。したがって、来たるべき米朝サミットの最終的結果が何であれ、JCPOAにとっては間接的な利益が転がり込む可能性があると考えることができる。このサミットは1回ぽっきりの取引ではなく、長い外交プロセスの始まりであり、その結果として積極的な結果が出るかどうかも分からない。現段階では、両国の間のギャップは相当なものであり、北朝鮮は朝鮮半島の非核化を主張しているのに対して、アメリカが主張しているのは北朝鮮の非核化だけだ。
 つまり、米朝とJCPOAとの間には直接の関連性はないのだが、将来的には積極的及び消極的なつながりが表面化する可能性がある。消極面について言えば、アメリカがJCPOAから脱退すれば、朝鮮との交渉における信用を傷つけるだろうし、積極面から言えば、アメリカがJCPOAに基づく義務を履行し続けるならば、アメリカの朝鮮に対する外交力を高め、北朝鮮に対しても、「賢い外交」によって得られるものを具体例で示すことにより、「イラン・スタイル」の取引に応じるようにプッシュすることができることになる。
 もちろん、ごり押し外交という中毒に陥っているアメリカであることを考えれば、JCPOAをチャラにすることで、アメリカは妥協ムードにはないことを朝鮮に示す可能性もある。トランプ政権における混乱した政治環境だから、短い時間の間に突発的政策が出たかと思えばすぐさま取り消されることもあるわけで、この政権からは何が出てきても驚くには値しないのであって、合理的な政策決定によって、今や絶滅危惧種のJCPOAが生きながらえるチャンスが出てくることを願うほかない。ちなみに、JCPOAは、マティス国防長官やティラーソン国務長官も認めているように、アメリカの国益にもかなう、すべての関係国にとってウィン・ウィンというメリットを持っている。
 不幸なことに、トランプ政権は、いかなる法的または核関連の基準によっても支持されない国際法の真空状態の中で、自分だけの勝手なリストに基づいてJCPOAを改定することを要求し続けている。アメリカ外交が欧州諸国その他からの支持を取り付けられないでいるのは正にそれが故なのだ。
 しかし、米朝核外交の新章が開けられようとしていることにより、アメリカが朝鮮との間で核不拡散の取り決めを交渉するに当たって、JCPOAの価値についてアメリカが再考するきっかけになるかもしれない。トランプが個人的にJCPOAを嫌っていることには関係なく、アメリカはJCPOAに残るのではないかという上記の慎重な楽観論が出てくるゆえんだ。アメリカがそのようにはせず、JCPOAを一方的に脱退するならば、対朝鮮戦略を含む多くの点でアメリカの利害を損なうことになるだろう。