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南北関係と文在寅(李敦球文章)

2018.02.16.

2月14日付の環球網WSは、中国青年報所掲の李敦球署名文章「文在寅は「新章開幕の主役」になれるか否か」を掲載しました。新年に入ってからの環球網WSは主に同紙及びWS掲載の文章のみを紹介するようになっています(私にとっては不満)が、その中で李敦球署名文章は別格扱いを受けています(彼が環球時報の特約評論員であることもあるでしょうが)。やはり、李敦球は中国の朝鮮半島問題専門家の重鎮であることの表れでしょう。今回の文章の内容は、2月10日付のコラムで紹介した環球時報社説と基本的に同旨(文在寅の知恵と胆力が今後の決め手)ですが、以下にあえて要旨を紹介するのには訳があります。
 実は、2月8日付の朝鮮中央通信が、「8日付の朝鮮の各中央紙に掲載された正筆の文「何を得るための卑陋な干渉なのか」の全文」として紹介した正筆署名文章に、私にはややこだわりがあるからです。
中国を批判する「正筆」署名文章が最初に登場したのは、2017年2月23日(「汚らわしい処置、幼稚な計算法」)であり、次いで4月21日(「他国の笛に踊らされるのがそんなにいいのか」)でした(同年2月23日(24日補筆)及び4月23日付のコラムで確認してください)。それは、中国が国連安保理でアメリカに同調して、朝鮮に対して制裁を強化する行動をとったことに対する不満をぶつけたものでした。朝鮮に対する安保理制裁決議には根本的に瑕疵がある(朝鮮の宇宙条約上の権利行使をとがめる法的権限は安保理になく、NPT脱退の上で核実験に踏み切った朝鮮に対しても安保理は誰何する法的権限はない)と判断する私からすれば、それなりに説得力があるものでした。
 しかし、今回の正筆署名文章は、中国メディアにおける南北関係の新たな動きに関する報道内容を厳しくとがめるものです。最後に「時代に対する判断において明き盲の役を引き続き演じるなら、鶏を追っていた犬の境遇を免れないということを知るべきである。定見なき干渉は、「大国」の体裁にふさわしくない」として強引に中国に対する批判で締めくくっていますが、中国メディアの報道内容が中国の対朝姿勢を反映しているとする決めつけは、中国言論界の百家争鳴の現実を考えると、中国に対して酷な感じがします。
 すでに紹介した環球時報社説も、今回紹介する李敦球署名文章も、南北関係がアメリカ(米日)の妨害をはねのけて前進することを心から願い、声援していることは間違いのない事実です。「新年の辞」以来の金正恩の南北関係改善にかける本気の取り組みに疑う余地はなく、そのことを斜に構えて見る論者が中国国内にいるということは私にとっても「そこまで斜に構えなくとも」と思うところではありますが、朝鮮としても、中国における主要論調の所在をしっかり認識することが必要だと思います。

 金与正は金正恩の特使という身分で文在寅に金正恩の親筆の手紙を渡し、金正恩の文在寅に対する訪朝招請のメッセージを口頭で伝達した。金正恩は親筆の手紙の中で、文在寅と速やかに会見する意思があり、文在寅が適当な時期に朝鮮を訪問することを正式に要請した。この爆発的ニュースは世界を驚かせ、平昌冬季オリンピックにおける政治的駆け引きに大きなうねりをもたらした。
 金正恩が文在寅に対して二国間関係改善の平和的なボールを投げた以上、文在寅としては受け入れるほかなく、これからの世界の注目点は文在寅がどのように受け止めるかに集まることになる。それだけではなく、米日等を含む関係諸国も対策を考えざるを得ないのであり、文在寅訪朝に反対するものもいれば、支持するものもおり、傍観するものもいる。2018年の朝鮮半島は必ずや一大劇場となるであろうし、平昌冬季オリンピックは序曲にしか過ぎない。
 序曲を巧みに演奏するべく、金正恩は十分な誠意を示した。朝鮮は平昌のために8代表団を送り込み、良好な成果を生み出し、民族的感情を激発した。特に提起しておく価値があるのは、朝鮮が派遣した高級代表団は歴史上でも最高のものであり、二人の非常に重要な人物が含まれているということだ。一人は金永南であり、彼は朝鮮最高人民会議常任委員会委員長であり、朝鮮憲法に規定する国家元首である。もう一人は金与正であり、その身分は特殊であって、韓国メディアは、朝鮮金氏家族メンバー初の韓国訪問だと紹介した。朝鮮がこれほどのハイ・レベルの代表団を派遣した以上、韓国としても重視するしかない。
 韓国政府は熱情的に朝鮮高級代表団をもてなし、3日間の訪問期間中、文在寅は前後5回にわたって面会した。文在寅としては、朝韓和解・協力を是非とも実現したいという気持ちであり、金正恩の朝鮮訪問の招請を受け入れたいところであろうが、制約要因も非常に多く、ためらわざるを得ないところであって、外部に対しては曖昧で、矛盾すらあるシグナルを送っている。
 報道によれば、文在寅は金永南、金与正一行と会見した際、「南北関係はあらゆる手段を尽くして当事者によって解決するべきだ」と述べ、朝韓関係及び半島問題において外部の干渉を排除して、自主性を強めたいとする意向を表明した。しかし同時に文在寅はまた、「(朝鮮訪問には)有利な客観的環境条件を作り出す必要がある」「朝韓関係の発展を実現するためには、朝鮮とアメリカの間で早急に対話を行うべきであり、朝鮮がアメリカと積極的に意思疎通を行うことを希望する」とも述べた。以上から明らかなように、矛盾とグジグジした心情が文在寅をかき乱しているようだ。
 文在寅の以上の反応ぶりは、朝韓関係改善の阻止力がアメリカであることを承認しているようなものだ。アメリカのペンス副大統領は2月3日に文在寅と会談を行ったが、双方は記者会見を行わず、会談に温度差があったことが読み取れる。対朝鮮政策上の韓米の違いは以下の3つに表れている。一つは朝鮮に対する制裁を緩和するべきか否か。二つ目は平昌オリンピック以後も韓米合同軍事演習を延期ないし中止するか。第三はアメリカが堅持する米朝対話の前提は朝鮮が無条件で核を放棄することであり、朝鮮の合理的な安全保障上の関心を考慮しないことだ。日本はアメリカの対朝鮮政策にぴったり寄り添っており、高度の一致が存在する。文在寅は2月9日に安倍晋三と会見し、米韓合同軍事演習及びいわゆる従軍慰安婦問題に関する安倍の非合理的な要求をその場で不満とし、拒絶した。これは、韓国政府の自主性が増大していることを表している。
 最近ネット上では、9日の開幕式における写真が広く出回っている。朝韓選手団が半島旗を掲げて入場する際、会場は熱気に包まれ、観衆が立ち上がって拍手で歓迎し、文在寅夫妻、金永南及び金与正も一斉に立ち上がって声を発し、拍手して敬意を表した。ところが近くに座っていたペンスと安倍は立ち上がることもなく、感激することもなく、むしろ困った表情を浮かべた。この一幕は、いったい誰が半島の平和を希望しており、誰が半島の平和を希望していないかについて一目瞭然で物語っている。
 10日に文在寅が朝鮮高級代表団と会見した際、金永南は文在寅に対して、「北と南の関係が全盛期の状況を迎えようとしているとき、確固とした意思で決断することができるのであれば、予想できないような難関でも突破することができる」と呼びかけた。つまり、朝鮮側は南北関係を改善するために相応の準備をすでに行っているということであり、朝韓関係が発展するかどうかは優れて韓国側の今後の決断次第であるということだ。金与正も文在寅に対し、「速やかに平壌でお会いしたいし、文大統領が新章開幕の主役になることを希望している」と述べた。
 文在寅が「新章開幕の主役」になることができるか否か、冷戦同盟関係の束縛及びさまざまな障碍を突き破って訪朝招請を受け入れることができるか否かは、文在寅の政治的知恵及び戦略的決断力を試すだけではなく、韓国政治及び韓国社会が真の自主と成熟に向かって進むことができるかどうかを示すものとなるだろう。