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イラン核合意(JCPOA)をどうするか(中国専門家提言)

2018.02.05.

イランと安保理常任理事国5カ国+ドイツとの間で締結されたいわゆる「イラン核合意」(JCPOA)に関しては、アメリカのトランプ政権が一方的脱退を辞さないという強硬姿勢です。トランプ政権は、アメリカがこの合意にとどまるためには、イランのミサイル開発問題及びイランの地域政策(主として、アメリカがテロリスト集団とするレバノンのヒズボラ及びパレスチナのハマスに対するイランの支持並びにシリアのアサド政権に対する軍事支援)をチェックするべくJCPOA見直しを要求するとしており、欧州諸国に同調を要求しています。
EU及び欧州諸国は、JCPOAそのものの見直しには強い難色を示していますが、アメリカを合意から脱退させないために、アメリカが提起している問題について何らかの妥協策を講じられないかという動きもあるようです。中国及びロシアはイランの立場を支持し、トランプ政権の対イラン政策を一貫して厳しく批判しています。
 私は、JCPOAの帰趨如何は中東情勢全体にも重大な影響を及ぼす問題であること、また、朝鮮半島核問題の平和的解決を考える上でもきわめて重要であること(トランプ政権が一方的に脱退すれば、ただでさえアメリカに対して強い不信感を持つ朝鮮がさらに交渉による平和的解決の可能性に対する懐疑を強めることは不可避。以下のラブロフ外相発言のとおり)から、この問題については関心を持ってフォローしています。
 そういう私にとって、1月20日にロシアのラブロフ外相がニュー・ヨークで行った記者会見における以下の発言は、私のこれまでの理解(アメリカが一方的に脱退しても、中ロ英仏独がJCPOA堅持の立場をとる限り、イランも脱退することはなく、したがってJCPOAは守られる)を「かき乱す」ものでした。

(質問)あなたは、アメリカがJCPOAに違反すれば、北朝鮮及び類似した他の国際協定に対して深刻な結果を招くと発言した。この合意を救うチャンスはまだあるか。あるとすれば、アメリカの参加なしに如何になし得るか。トランプが合意をスクラップしないようにするための解決策及びフォーミュラについて欧州諸国と議論しているか。
(回答)もし参加国のいずれかが同意から離脱すれば、合意は実行できなくなる。合意は終了するだろう。我々はそういう見方から出発している。全員が完全にそう考えていると思うし、アメリカが同調するように迫っている欧州諸国がまずそう考えている。現在は決定的なときだ。  北朝鮮が状況を見守っているという指摘は正しい。イランとの合意は、制裁からの解放の見返りにイランが軍事的核計画をストップするというものだ。北朝鮮との間でも同じ取引が提案されてきた。しかし、イランとの合意が政治的、地政学的なゲームの中で取引材料にされてしまうのであれば、いつ何時スクラップされるかどうか分からないような取引に北朝鮮が同意するようにすることができるだろうか。

以上のラブロフ発言を読む限り、アメリカがJCPOAを脱退すれば、JCPOAも終わりになるしかないという考えを、ロシアだけではなく欧州諸国も共有していると読むしかありません。これが正しいとすれば、私のこれまでの理解は「甘い」と言うほかありません。
 しかし、イラン外務省のアラグチ次官(かつて駐日大使を務めていたときに広島を訪問して、私とも意見交換したことがある人物で、JCPOA交渉にも参画してきました)は、1月30日のイランのテレビ番組における発言で、イランにとってはウラン濃縮の権利が承認されることが重要であり、その利益が確保される限り、この取引にとどまるだろうと述べた、と同日付のIRNA(イラン放送英語版WS)が伝えています。もちろん彼は同時に、「我々が保有するべきものが得られず、他の国々が自らの約束に対して忠実でないと我々が感じたときには、我々は自らの利益にしたがってどうするかを決定するだろう。我々の利益が取引から脱退することを含む場合は、我々は間違いなくそうする」とも述べました。しかしまた、「我々がJCPOAから利益を得る限りは、我々はJCPOOAにコミットし続けることは明確だ」とも述べました。
 2月2日付の環球時報は、牛新春(中国現代国際関係研究院中東研究所所長)署名文章「「ポスト・アメリカ時代」のイラン核合意のために準備しよう」を掲載しました。この文章の内容は、私のこれまでの理解してきたことが総じて見当外れではないことを確認するものであり、アメリカが一方的に脱退しても、ほかの国々がJCPOAに忠実であれば、この合意は守っていくことができるとして、そのための準備をするべきだという政策提言を行うものです。その論旨は明快ですし、牛新春が指摘する3つの可能性の一番目については、イランの強硬姿勢から言って見通しが甘いと言わざるを得ませんが、その点を除けば、私の理解をおおむね反映しているので、大要訳出の上紹介します。
 なお、文中で牛新春は、アメリカによる域外制裁措置で損害を被るEU諸国の企業に対してはEUが補償措置をとる制度があることを指摘しています。2月3日付IRNAの記事は、EUのスポークスマンが、アメリカがJCPOAから脱退する場合は、EUの企業の正統な利益を支援する、と述べたことを伝えました。

 イラン核問題について、アメリカがまた新たな攻勢をかけている。ロシア・ノーボスチ通信社の1月31日付の報道によると、米国務省員が「欧州諸国がイラン核合意の欠陥について糺す措置に着手しないならば、アメリカは同合意から脱退する」と述べた。この人物はまた、「イラン核合意の問題をどう解決するかについて欧州諸国と引き続き協議するだろう」「これが最後のチャンスだ」とも述べた。
<3つの可能性>
 米国務省員のこの新しい動きは意外というほどのことではない。というのは、前回トランプがイラン核合意に対する制裁免除を再度延長した際、米議会、欧州諸国が120日以内に核合意を修正しないならば、これが最後の免除となるという最後通牒を付け加えていたからだ。トランプ政権は、イラン核合意について、イランに対する査察が厳格ではない、核問題の恒久的解決になっていない、イランのミサイル開発を制限していない、イランの中東政策の変更を含んでいない等の深刻な瑕疵があると非難している。そして、これらの問題が解決される場合にのみ、アメリカは核合意を引き続き遵守するとしている。
 明らかなことは、アメリカの核合意に対する不満というのはウソで、イラン問題の一括解決というのが狙いであるということだ。JCPOAはアメリカがイラン及び国際社会を恐喝する「人質」になっており、イラン核問題は再び岐路に立たされている。
 今後3ヶ月の間に、イラン核合意には3つの可能性が待ち構えている。
 一つは、米英仏独中ロ6カ国がJCPOAの枠組みの中で微調整を行い、イランに対する核査察の効率を向上させることだ。同時に、6カ国とイランは、イランのミサイル開発、中東政策問題等について新しい交渉を行う。このようにすれば、JCPOAは引き続き有効で、他の諸問題も新しいチャンネルを通じて解決することになり、これがベストの結果となるだろう。そのための前提条件は、①こうした微調整にトランプ政権が納得すること、②ミサイル、地域政策に関わる新たな負担の増大が加わってもイランがJCPOAを脱退しないことだ。このような見通しはないとはいえないが、難度はきわめて大きく、関係諸国の協力、妥協、誠意が必要となる。
 第二の可能性は、アメリカ議会が一方的かつ実質的に核合意を修正し、同合意が深刻に破壊されることだ。アメリカは名目上は脱退しないが、実質的に合意を破壊することになるので、イランは必ず脱退し、核合意は死ぬことになる。
 第三の可能性は、米議会、欧州諸国が有効な動きをとらず、あるいは、そうした動きがトランプを満足させず、120日後にトランプが核合意脱退を宣言することだ。核合意は名目、実質ともに死亡する。
 核合意の命運は、イランを含む7カ国の合従連衡によって決定される。座標軸上に各国を並べるならば、アメリカとイランが両極に位置し、欧州3国はややアメリカ寄り、中ロはややイラン寄りだ。最近、米欧間では緊密な協議が行われており、その意図は同盟国間で統一戦線を作ろうということであり、トランプが引きつけようとしているのも欧州だ。欧州は同時にイランとも意思疎通を図っており、アメリカとイランの仲立ちをしようとしている。イランは、一方では欧州を引っ張ろうとしつつ、他方ではロシア及び中国と協調し、最大限の統一戦線を作ろうとしている。
 トランプが米大統領に当選して以来、欧州、中ロ、イランとの距離は日増しに拡大しており、欧州、中国、ロシア及びイランの間の距離は相対的に縮小しつつある。この外交上の駆け引きを通観すると、中国、ロシア及び欧州の間の協調が欠けており、情勢の変化に追いついていない。
<中ロ欧の主導性>
 イラン核合意を守る可能性は依然として存在しており、中国、ロシア及び欧州はこの軌道上でアメリカとイランとの間で斡旋し、最良の結果を勝ち取るべきである。今回のイラン核危機の出火元はアメリカであることに鑑み、中ロ欧伊は団結し、新たな外交メカニズム、交渉チャンネルを作ることにより、ダブル・トラック同時並行で行くべきだ。すなわち、新しいメカニズムは、アメリカに対して圧力を加え、アメリカがさらに間違った方向に進むことを回避するようにすることができる。他方、アメリカが本当に脱退するならば、そのマイナスの影響を最小限に食い止め、イラン核合意の実質的内容を確保することができる。
 まず、中ロ欧伊は正式な多国間会議を開催し、アメリカが将来的に核合意を脱退するか否かにかかわらず、各国はJCPOA合意内容すべてを遵守すると公に宣言するべきだ。中ロ及び欧州はそれぞれ、イランに対してそういう考え方を伝えてきている。イランは、自らが率先して核合意を脱退することはないと表明しているが、アメリカが脱退した後にイランがどうするかについては態度表明していない。
 アメリカが自らの義務を履行しない場合にも、イランが引き続き核合意上の義務を履行するかどうかということはイランにとって大きな試練であり、イランは現在のところ確信を持つに至っていない。同時に、このような多国間協議はアメリカに対して強力な道義的圧力をかけることができ、アメリカをして熟慮の上で行動することを迫るだろう。「ポスト・アメリカ時代」の核合意のために準備するとともに、アメリカが核合意にとどまるように圧力を増大するということで、一石二鳥というべきだ。
 次に、中ロ欧伊が協調しさえすれば、アメリカの有無如何に関わらず、核合意は生き続けることができる。アメリカが一方的に脱退して、イランに対する経済制裁を復活させても、イランに対する影響はきわめて小さい。2017年におけるイランの対外貿易額は約1000億ドルで、中国が最大の相手先であり約360億ドル、EUが200億ドル前後、アメリカはほぼゼロだ。2017年におけるイランに対する外国からの直接投資額は約30億ドルで、主にアジア欧州諸国からであって、アメリカはゼロだ。2017年にイランが獲得した外国からの融資もアメリカからはびた一文もない。
 さらに、過去2年間、アメリカの対イラン金融制裁は実質的に取り消されておらず、今後アメリカが金融制裁を復活させても、イランに対する影響は顕著ではない。以上要するに、中国、欧州及びロシアがアメリカと行動を共にしなければ、アメリカがイランに対して制裁するか否かで大きな違いがないということだ。
 最後に、アメリカが報復することを防止するため、中国、ロシア及び欧州は予防措置に万全を期し、アメリカの治外法権に対抗する必要がある。つまり、アメリカが一方的に核合意から脱退しても、イランを痛めつけることはできないばかりか、アメリカは耐えられそうもない孤立状況に陥るわけで、そうなると、アメリカが窮鼠猫をかむ可能性を排除できない。
 アメリカには、第三国の個人、企業に対して経済制裁を実施する資源も能力もある。この点ではアメリカはホンモノの虎であり、噛みつくことがあるので、最悪の事態に備える必要がある。つまり、アメリカは国内法により、いかなる個人、企業に対しても制裁措置を講じて重罰を科し、あるいはアメリカ市場から放逐することが可能だ。これに対しては、如何に巨大で、実力がある企業といえども、米政府と対抗する能力はない。核合意を守るためには、中国、ロシア及び欧州諸国政府の実力に頼ることが不可欠だ。EUは早くも1996年に、アメリカの治外法権に対抗するべく、欧州企業がアメリカの制裁条項を履行することを禁じ、それによって損失を被る企業に対しては補償を行うという条項を制定した。この条項はこれまで使用されたことはないが、そのデタランスは健在だ。EUがこの条項を掲げ、中ロもこれに追随すれば、アメリカの治外法権に対する強力なチャレンジとなり、アメリカの単独制裁を無力にすることになるだろう。
 イラン核危機の時計の音は日増しに大きくなっており、国際社会は120日が過ぎることを座視して待つのではなく、主導的、積極的に危機に対処し、最良に着目しつつ、最悪の準備をするべきだ。アメリカはいま、欧州を取り込み、中ロ欧伊を分断して、アメリカ中心の統一戦線を構築しようとしている。イランは中ロ欧3者の間で工作しているが、単独では非力であり、統一戦線の大旗を担ぐ能力はない。いまは中ロ欧が共同で出馬し、「ポスト・アメリカ時代」の核合意のために準備をするべきである。