21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

トランプ政権の対朝鮮「鼻血作戦」(韓国側報道)

2018.02.04.

トランプ政権内部で、朝鮮に対する限定的軍事攻撃作戦の可能性を検討しているという報道が韓国で相次いでいます。「鼻血作戦」(bloody nose strike)と名付けられているものです。2月2日付の朝鮮日報と2月3日付のハンギョレが解説記事を掲載しています。双方の報道は必ずしも整合性がとれていない内容もあります。しかし、朝鮮半島情勢の今後を考える上では見過ごせない危険な動きであることは間違いありません。参考までに両記事を紹介しておきます。
 なお、ハンギョレ記事によれば、「鼻血作戦」に関する最初の出元は1月8日付のウォールストリート・ジャーナルの記事ということなので、検索してみたところ、Gerald F. Seib署名記事 "Amid Signs of a Thaw in North Korea, Tensions Bubble Up:Trump administration weighs a risky strategy as Seoul and Pyongyang prepare to meet"であることを確認しました。本文にはアクセスできないのですが。

○「北の象徴1-2カ所、米国はいつでも「鼻血」出させる攻撃可能」(朝鮮日報)ユ・ヨンウォン軍事専門記者 , チョン・ヒョンソク記者
 駐韓米大使に米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)韓国部長のビクター・チャ氏を充てる人事案が撤回されたのをきっかけに、米国がいわゆる「鼻血作戦(Bloody Nose Strike)」を真剣に検討していることが明らかになり、騒動が広がっている。
 「鼻血作戦」は、北朝鮮を象徴する施設1・2カ所を狙って爆撃するというものだ。北朝鮮の核・ミサイルを取り除くのではなく、北朝鮮に対して米国の軍事行動意志や能力を知らしめるのが目的だ。「首を取らずに鼻血を出させる程度の攻撃」により北朝鮮が恐れを成し、核兵器放棄交渉のテーブルに就かせるもので、「北朝鮮は下手に報復攻撃に出られないだろう」と前提している。しかし、韓米両国では「さまざまな弾道ミサイルや長射程砲を保有している北朝鮮は必ず報復攻撃に出るだろう。最悪の場合、全面戦争につながる可能性も高い」という懸念も高まっている。
■「米の軍事行動意志を示すのが目的」
 「鼻血作戦」は北朝鮮の強度の高い挑発行動が差し迫っていなくても可能だという点で、「予防攻撃(preventive strike)」の一環と見なされている。敵の攻撃の兆候が見られた時に攻撃する「先制攻撃(preemptive strike)」とは違う。
 米政府や米軍は鼻血作戦について具体的に公表したり、認めたりしてはいない。だが、専門家の間では既に米国の爆撃対象が取りざたされている。寧辺核施設(平安北道寧辺郡)、豊渓里核実験場(咸鏡北道吉州郡)、大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」など各種ミサイルを生産する山陰洞ミサイル工場(平壌郊外)、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)潜水艦基地(咸鏡南道新浦市)といった施設だ。しかし、こうした核・ミサイル中核施設は即時に北朝鮮の反撃を誘発する可能性があるため、米国は避けるだろうとの見方もある。このため、非軍事的象徴物が優先的に検討されるとも言われている。ある外交筋は「北朝鮮が1968年に拿捕(だほ)し、平壌市内の普通江に戦利品として展示している米海軍情報収集艦『プエブロ号』が対象になる可能性もある」と話す。
 米国はB-2ステルス爆撃機、B-1B爆撃機、F-22・F-35Bステルス戦闘機などで統合直接攻撃弾(JDAM)などを投下してこれら施設を精密攻撃する可能性がある。これらのステルス機は北朝鮮のレーダー網をかいくぐって侵入し、作戦を遂行可能だ。軍消息筋は「鼻血作戦は爆撃による被害規模が重要なのではない。米国が決意さえすればいつでも密かに侵入して爆撃できるという恐怖心を北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に植え付けることが重要だ」と話す。精密爆撃のほか電磁パルス(EMP)攻撃やマイクロウエーブ弾などで北朝鮮のミサイル電子回路を破壊し、発射できないようにする案も「鼻血作戦」の一部として検討されているという。
■「北朝鮮が報復しないことを期待するのは『賭け』」
 「鼻血作戦」が米国の意図どおりに進むには、金正恩委員長が戦争拡大に対して恐れを抱き、報復攻撃に出ないことが前提となる。韓国合同参謀本部の次長だったシン・ウォンシク氏は「米中間に了解があれば、米国が実際に『鼻血作戦』に乗り出すこともあり得る。追い詰めずに退路を作ってやれば、金正恩委員長が報復攻撃せずに非核化の対話に乗り出してくるかもしれない」と述べた。しかし、こうした見方には反論も多い。チャック・ヘーゲル元米国防長官は31日(現地時間)、米軍時専門紙「ディフェンス・ニュース」のインタビューで「北朝鮮を攻撃しようとする際、金正恩委員長と北朝鮮人が報復しないと思っているなら、それは非常に大きな賭けだ。もっとスマート(賢明)になろう」と言った。ビクター・チャ氏も「(鼻血作戦は)敵が理性を持っているという前提で組まれたもので、金正恩委員長が予測不能かつ衝動的・非合理的なら、果たして緊張の高まりをコントロールできるだろうか」と疑念を呈した。
 北朝鮮が保有している長射程砲は計340門余りで、1時間に最大1万5000発の砲弾を韓国・ソウル首都圏に浴びせることができると軍当局では分析している。このため、韓国国民だけでなく、韓国国内に居住している米国人23万人が直接被害を受けることになる。また、ペンニョン島・延坪島など西北島しょや非武装地帯(DMZ)などに対する砲撃、潜水艦侵入による魚雷攻撃、首都圏などへのテロ、大規模サイバー攻撃などを仕掛けてくる可能性もある。外交消息筋は「同盟国である韓国が攻撃されても、韓国国内の米国人が被害を受けても、米国にとっては耐えがたい災難になる得る」と語った。
○「南北会談控え「鼻血作戦」に流れるホワイトハウス強硬派の内心は」
登録:2018-02-01 22:59 修正:2018-02-03 22:10 ハンギョレ ワシントン/イ・ヨンイン特派員
 ビクター・チャ駐韓米国大使内定者の指名撤回理由の一つが、制限的な対北朝鮮予防打撃を意味する「鼻血戦略」(ブラディ・ノーズ)をめぐるホワイトハウスとの政策の意見の違いのためという外信報道が出てきて、ドナルド・トランプ行政府内部の対北朝鮮政策気流に対する憂慮と関心が高まっている。「鼻血戦略」の現実性と実行可能性に対して、疑念混じりの見解が少なくない。
 31日(現地時間)、トランプ行政府の内情に明るい複数のワシントン消息筋の話を総合すれば、対北朝鮮強硬派と穏健派が政策路線をめぐり熾烈な争闘を行っているという。強硬派側にはマイク・ペンス副大統領、ハーバート・マクマスター国家安保補佐官と、彼を補佐するマシュー・ポッティンジャー国家安全保障会議アジア担当先任補佐官、マイク・ポムペオ中央情報局(CIA)局長、ニッキー・ヘイリー国連駐在米国大使が布陣している。穏健派側には、レックス・ティラーソン国務長官とジェームズ・マティス国防長官が主軸を成している。
 トランプ行政府発足以後、二つの集団が常に緊張関係にあったが、対北朝鮮強硬派の声や動きが最近になって急速に活発になった時点は、偶然にも金正恩(キム・ジョンウン)北朝鮮労働党委員長の新年の辞の発表、それに続く平昌(ピョンチャン)冬季五輪を契機とした南北接触ムードと密接にかみ合っている。
 ワシントンで「鼻血戦略」議論が水面上に急浮上したのは、先月8日付のウォールストリート・ジャーナルの報道が起爆剤になった。米国の官僚らが全面戦争を触発しない範囲で北朝鮮の核やミサイルに制限された打撃を加えることが可能なのかについて議論中という内容だった。偶然にも南北高官級会談を目前にした時点だった。
 ハンギョレの取材の結果、この報道以後にポッティンジャー先任補佐官が米国内の朝鮮半島専門家たちの非公開の集いで「トランプ大統領は真剣に鼻血戦略を検討している」という発言をしていたことが分かった。ポッティンジャー先任補佐官は「制限的な対北朝鮮打撃がトランプ大統領の中間選挙に役立つ」という趣旨の発言もしたと伝えられた。ワシントンの朝鮮半島専門家たちの間で、ホワイトハウスが本当に軍事行動を真剣に検討しているという信頼が広がった背景だ。
 専門家たちは、強硬派の動きと保守マスコミの報道のタイミングを考慮する時、彼らの狙いは南北関係の雪溶けにブレーキをかけることと分析している。特に、トランプ大統領が4日に文在寅(ムン・ジェイン)大統領との電話通話で「南北対話を100%支持する」と発言した以後、彼らが強く当惑したと伝えられた。
 「鼻血戦略」の実行をトランプ行政府内部でどれほど真剣に検討しているかも依然として疑問だという見解が少なくない。まず、「鼻血戦略」は米国が先制的に予防打撃をしても、北朝鮮が体制の絶滅を憂慮して米国に報復しないという前提の下にのみ成立する。金正恩委員長が「理性的」であってこそ成功可能な戦略であるわけだ。だが米国の強硬派は、金委員長が「残忍で非理性的」なので交渉と予測は不可能だと判断している。鼻血戦略自体が論理的矛盾を抱いているわけだ。
 第二に、「鼻血戦略」を作戦として実行することも現実的に難しいという評価が多い。金委員長が理性的であると"100%"確信できないならば、北朝鮮の報復可能性に必ず備えなければならず、被害を最小化するためには在韓米軍を撤収させるなり米軍人の家族など非戦闘員を先に疎開させなければならない。だが、北朝鮮はこれを先制攻撃の兆しと判断して先制攻撃を加える危険が今なお残る。
 また、米軍を撤収させずに打撃を加えるには、在韓米軍基地および在日米軍基地に対する最大限の防御装置を用意しなければならず、準備のためには少なくとも数カ月かかり、韓国および日本政府の協力なしには不可能だと軍事専門家たちは指摘した。
 こうした理由からワシントンの事情に明るいある専門家は「トランプ大統領は中間選挙を控えて"勝つ戦争"ではなく"利益が残る戦争"を望むだろう」とし「状況がどのように展開するかわからない対北朝鮮制限打撃を"利益が残る戦争"と考えるかは疑問」と指摘した。別のワシントンのシンクタンク関係者は、いくら非公開の集いであっても専門家たちに話せばすぐに外部に知らされる状況を知らないはずがないポッティンジャー先任補佐官が「鼻血戦略」を話したこと自体が「これを深刻に考慮していないことの傍証」と解説した。心理戦である可能性が大きいと見ているわけだ。
 ワシントンポストのコラムニスト、ジョッシュ・ロジンもこの日「数人の行政府官僚と専門家が、昨春に汎省庁検討を通じて決定し、トランプ大統領が承認した『交渉条件創出のための最大の圧迫』という対北朝鮮政策には変わりがないと話した」と伝えた。国防部の事情に精通した消息筋も「すべての軍事オプションを準備しているのは事実だが、実際にはオプションとしてのみ持っているだけ」と言い切った。
 強硬派に押されていた穏健派が、以前よりは多少力を持ち始めたという評価も出ている。国務部の事情に詳しい消息筋は「党から派遣された国務省高位官僚が、職員に対しティラーソン長官が今後も残留するだろうと話した」と明らかにした。トランプ大統領が、国連パレスチナ難民機構に対する支援金の全額削減を主張したニッキー・ヘイリー大使に対抗して半減を支持したティラーソン長官とマティス長官の手を上げた"小さな勝利"も話題になった。
 だが、穏健派の影響力がまだ制限的であることも事実だ。ホワイトハウスの事情に明るい消息筋は「トランプ大統領の文大統領支持発言が、強硬派の公開的な抵抗の動きを加速している局面」だとし「文大統領とトランプ大統領の個人的な信頼関係が継続するかがカギ」と分析した。別の消息筋は「結局、北朝鮮が平昌以後にどんな態度を見せるかが、トランプ行政府および専門家らの北朝鮮に対する世論の地形を左右することになる」と見通した。