朝鮮半島核問題と日本政治

2018.02.03.

(核心)
朝鮮半島核問題は、金正恩の2017年7月4日の発言及び本年の「新年の辞」に込められたメッセージを韓国の文在寅大統領がしっかりと受け止め、アメリカ・トランプ政権の強硬一本槍政策に対して断固とした対話による問題解決の立場を堅持すれば、解決への道筋が開けてくる現実的可能性がある。
安倍政治は、9条改憲を推進するためには「北朝鮮脅威論」が唯一の頼りであり、そのためには私たちを核戦争に巻き込む危険にさらそうとしている。いまこそ私たちは、安倍政治に引導を渡し、憲法問題及び朝鮮半島核問題に対する主導権を回復しなければならない。

1.朝鮮半島核問題
「朝鮮核問題」といまや言い慣わされている言葉はきわめて不正確な用語である。
2003年に開始されたいわゆる6者協議(朝韓米中ロ日)は、朝鮮半島に平和と安定を実現することを目的とし、そのための主要課題として、朝鮮半島の非核化及び米朝・日朝・南北の関係正常化を段階的(「行動対行動」原則)に実現していくことを設定した(2005年9.19合意)。
9.19合意にいう「朝鮮半島の非核化」とは、朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」)の核開発放棄とアメリカによる対朝鮮核威嚇政策(拡大核デタランス戦略)撤回の双方を意味する。ところが、「朝鮮核問題」において含意されているのはもっぱら朝鮮の核開発放棄である。
したがって本稿では、9.19合意の上記目的及び主要課題を包括的に捉える用語として「朝鮮半島核問題」を使用し、同合意の目的である朝鮮半島の平和と安定を実現するために国際社会が対処することを迫られている課題を整理し、課題解決にとって不可欠なポイントを提起することを目的とする。
<朝鮮の核開発に関する2つの「脅威」論>
朝鮮の核ミサイル開発は国際社会に対する「脅威」とする見方が定着している観がある。それは核不拡散体制(NPT)が公共善であり、朝鮮の核開発はそれを脅かすものだという認識に由来する。
NPTは、核兵器国の核軍縮努力、核兵器国以外への核拡散防止及び原子力の平和利用を3本柱として成り立っている。NPTについては、大国による核兵器独占の固定化、独立主権国家の対等平等性という国際関係の大原則に根本的に抵触する等の重大な問題があることは周知の事実だが、本稿ではこの問題には立ち入らない。本稿は、「朝鮮の核開発はNPTが最重視する核不拡散体制の根幹を揺るがしかねず、したがって国際の平和と安全に対する脅威を構成する」という国際的に広く共有されている見方・問題の解決へのアプローチのあり方を探ることを目的とする。
以上の意味における「脅威」という見方とは別に、米日両国では「朝鮮の核ミサイル開発は両国の安全に対する脅威」とする見方が支配的である。したがって、正確な議論を行うためには、この二つの「脅威」を厳密に区別することから始めなければならない。
まず、米日で流布されている「北朝鮮脅威論」に関していえば、噴飯物以外の何ものでもない。つまり、軍事的な意味における「脅威」とは、「攻撃する能力」と「攻撃する意思」をともに備えるときにはじめて成立するということは古典的常識だ。朝鮮の核ミサイルは確かに攻撃能力を備えている。しかし、仮に朝鮮が先手をとって攻撃を仕掛ければ、次の瞬間にアメリカの無差別大量報復攻撃で朝鮮が地上から抹殺されることは、朝鮮自身が知悉している。したがって、朝鮮には先手をとって攻撃を仕掛ける意思はあり得ない。「北朝鮮脅威論」が噴飯物であるゆえんだ。
では、朝鮮の核ミサイル開発の本質は何か。それは、核ミサイルこそが大量破壊兵器の中でも極めつきの究極兵器ということにある。すなわち、朝鮮はアメリカによる攻撃を思いとどまらせるには核ミサイルに頼る以外にないと思い極めている。つまり、朝鮮が追求するのは核デタランスの構築である。ちなみに、デタランスとは、「報復する能力」プラス「報復する意思」によって構成される。
ところが、米ソ冷戦終結以後の歴代アメリカ政権は、自らの世界覇権戦略に対して障碍・妨害となる要素(「様々な不安定要因」)をすべて「脅威」と断じて、軍事的に押しつぶす戦略を追求してきた。また、日本では、天動説的国際観が災いし、自らの思いどおりりにならない存在を「敵」「脅威」と決めつける習性が古くからある。米日のいう「脅威」が軍事的意味における「脅威」とはまったく別物であることは、「脅威」に関する以上の定義を踏まえれば自明である。
それでは、「朝鮮の核開発はNPTが最重視する核不拡散体制の根幹を揺るがしかねず、したがって国際の平和と安全に対する脅威を構成するとする見方」に関してはどうか。この問題について正確な認識を得るためには、まず前提として、朝鮮はなぜ核開発に踏み切るに至ったのかという歴史的背景について考えることが不可欠である。
<朝鮮の核開発の歴史的背景>
 朝鮮が核ミサイル開発に邁進するに至った理由は、朝鮮戦争(1950-53年)以来の朝鮮が一貫して置かれてきた厳しい国際環境を抜きにしては理解できない。朝鮮が直面してきた国際環境は、朝鮮からすれば「不正義だらけ」という表現が適切だろう。
朝鮮は、朝鮮戦争において早くもアメリカによる核攻撃の危険に直面した。1953年の休戦協定成立以後も、大韓民国(以下「韓国」)に常駐した米軍及びアメリカの核兵器による脅威にさらされてきた。それでも、1980年代まではソ連及び中国という同盟関係の後ろ盾が曲がりなりにも存在した。しかし、ソ連が崩壊し、中国が改革開放路線に乗り出した1990年代以後の朝鮮は、「3頭の肉食猛獣(米日韓)に取り囲まれ、逃げ口を封じられたハリネズミ(朝鮮)」という国際的に孤立無援な状況に陥った。
朝鮮はこの苦境を克服し、独立と安全を確保するべく、最大の脅威であるアメリカとの関係を改善する努力を試みた。最初は、クリントン政権との間のいわゆる米朝枠組み合意(1994年)であり、今ひとつは冒頭に述べた6者協議における9.19合意(2005年)である。
しかし、両合意とも、朝鮮を「ならず者国家」と決めつけたブッシュ政権によって頓挫を強いられた。日本国内では、両合意が崩壊したのは朝鮮の「挑発」(前者ではいわゆる「核開発疑惑」、後者ではマカオにおけるマネー・ロンダリング疑惑)が原因とされるが、かかる批判は失当である。アメリカが真に朝鮮半島の平和と安定を希求するならば、単なる「疑惑」を理由に両合意を崩壊させるはずはない。
朝鮮は、アメリカの「背信」を二度も体験することにより、本格的に核ミサイル開発に邁進する決意を固めるほかなかった、というのが歴史的真実だろう。この苦い体験はまた、戦後長期にわたって蓄積されてきた朝鮮の対米不信感をさらに増幅しただろうし、米朝和解の前途にますます高いハードルを設定することにもなった。
21世紀に入ってからの国際環境も、朝鮮にとってきわめて厳しい状況が続いている。例えば、日本では世界的な「民主化」の流れの一環として肯定的に捉えられることが多い「アラブの春」だが、朝鮮からすれば、アメリカが朝鮮と同じく「ならず者国家」と見なしたイラク及びリビアにおいて、サダム・フセイン及びカダフィに無残な運命を強いた、「次は自分」と身構えるほかない不吉な事件以外の何ものでもなかった。
また朝鮮は、核ミサイル開発に当たって、国際法違反を問われないように行動してきた。慣習的国際法はともかく、成文国際法(条約)は締約国に対してのみ拘束力を持つというのは国際法上の大原則である。宇宙の平和利用の権利は宇宙条約によって万国に認められている。朝鮮は同条約に基づく権利の行使として、最初の人工衛星打ち上げを行った。また朝鮮は、国際法違反という批判を避けるため、NPTを脱退したうえで核実験に踏み切った。
ところが、アメリカは、そのいずれもが国連憲章第7章にいう「国際の平和と安全に対する脅威」を構成するとして国際的制裁を追求した。核拡散防止を重視する中国及びロシアがアメリカに協調したことで、対朝鮮制裁安保理決議が採択された。それに反発した朝鮮の核ミサイル開発推進と、これにさらなる制裁で押さえ込もうとしたアメリカ主導の安保理決議採択という構図のもとで、朝鮮半島情勢は緊張の一途をたどることになった。
朝鮮に対する一連の安保理制裁決議こそ、冒頭に述べた朝鮮に関する2つの「脅威」認識が混在した「果実」である。
中国とロシアは、朝鮮の核ミサイルが自国の安全に対する脅威を構成するとは考えていない。両国がもっとも懸念するのは、朝鮮の核開発を看過するとき、その「脅威」を口実にして日本が核開発に乗り出し、核拡散が現実となる危険性だ。しかも、歴史を学ばない日本の核武装は中ロ両国の安全に対する正真正銘の脅威となる。
伝統的かつ正統的な国際法の原則に立つ朝鮮からすれば、アメリカが国連憲章第7章を濫用することはもちろん、利己的理由からアメリカに同調し、国際法の大原則を無視した中ロ両国の安保理における行動も理不尽であり、不正義以外の何ものでもない。
2017年、朝鮮は核ミサイル開発に邁進し、アメリカに対する核デタランスを構築することにほぼ成功した。この事実は朝鮮半島核問題のありようを根底から問い直すことにならざるを得ない。
<朝鮮半島核問題の新局面>
冒頭で紹介した9.19合意の要諦は、朝鮮の独立と安全を保証する米朝・日朝・南北の関係改善を見返りとした朝鮮の核開発放棄の実現を目指すことだった。しかし、朝鮮が対米核デタランスを構築した事実は、朝鮮半島核問題の今後のありように重大な変更を加えることを必然にする。特に、9.19合意の目的(朝鮮半島に平和と安定を実現すること)を達成するための主要課題(朝鮮半島の非核化及び米朝・日朝・南北の関係正常化の段階的実現)については、根本的な再定義が必要となる。
まず、議論の混乱及び迷走の危険をあらかじめ排除するため、二つの基本問題についての認識を統一しておくことが不可欠だ。
一つは、在韓米軍の去就、したがって米韓軍事同盟の存在は朝鮮半島核問題を考えるうえでの争点であるか否かだ。アメリカのアジア太平洋戦略について云々し出すと泥沼に陥るが、それ以前の問題として、朝鮮の対米要求の内容を確認すれば、答えが自ずと引き出される。すなわち、朝鮮の対米要求は対朝鮮敵視政策の撤回であり、具体的には、休戦協定を平和協定で置き換えること、そして米朝国交正常化である。そこには在韓米軍の撤退(米韓軍事同盟の廃止)は含まれない。朝鮮半島核問題を考えるという本稿の問題意識に徹する限り、在韓米軍の去就(米韓軍事同盟)という問題は論点からはずことができるし、また、そうするべきである。
今ひとつの基本問題は、金正恩・朝鮮における目標と手段との位置づけ如何である。具体的にいえば、核開発そのものが何ものにも勝る、朝鮮にとって譲ることのできない目標なのか、それとも、核開発はあくまでも朝鮮の独立と安全という目標を実現するための手段という位置づけなのか、という問題だ。
米日韓の対朝鮮強硬派の多くは前者の判断に立ち、したがって軍事手段に訴える以外に朝鮮を押しとどめる方法はないと主張する。しかし、その不可避的結果は核戦争であり、全員が敗者で終わる悲惨な結果になることについては、彼らは黙して語らない。
私は、ICBM発射実験を指導した金正恩が行った2017年7月4日の発言(「米国の対朝鮮敵視政策と核威嚇が根源的に一掃されない限り、われわれはいかなる場合にも核と弾道ロケットを協商のテーブルに置かないし、われわれが選択した核戦力強化の道からたった一寸も退かない」)は、目標と手段に関する彼のもっとも明確な意思表示であり、アメリカに向けたメッセージであると確信する。
つまり、この発言のメッセージは、朝鮮の独立と安全を脅かす「米国の対朝鮮敵視政策と核威嚇」が「根源的に」「一掃」されるならば、朝鮮は「核と弾道ロケット」を「協商のテーブル」に置く用意があるということだ。金正恩の以上のメッセージを正確に読み取ることによって、またそれによってのみ、朝鮮半島核問題の平和的な解決への道筋が切り開かれる。
次に生産的な議論を行うための前提として行うべきは、朝鮮の核開発の「脅威」に関する既述の2つの見方の混在について整理することだ。具体的には、①アメリカ(及び日本)が強調してやまないいわゆる「北朝鮮脅威論」のウソ(朝鮮の核ミサイルはデタランスとしては実在だが、脅威としては不在である)を明確にすること、そして、②「朝鮮の核開発はNPTが最重視する核不拡散体制の根幹を揺るがしかねず、したがって国際の平和と安全に対する脅威を構成するとする見方」について国際的に如何に対処するか、ということだ。
最初の点についてはすでに述べた。第二点に関しては、中国、ロシア及び国連事務局が担うべき役割が大きい。
すでに述べたとおり、中ロ両国は、核不拡散体制を維持することを最優先するあまり、条約は締約国のみを拘束するという国際法上の大原則を無視し、安保理でアメリカと協調するという初動における重大な誤りを犯し、その後もその誤りを繰り返してきた。
しかし、両国がアメリカの覇権主義を批判するうえで常に強調する「民主的な国際関係の確立」に取り組む意思がホンモノであるならば、国際法を厳格に遵守する姿勢が何よりも両国に求められなければならない。具体的には、すでに成立した安保理諸決議を無効にすることは無理であるとしても、今後は「国際法の原則に違反する朝鮮制裁の安保理決議採択には同調しない」ことを明確にし、アメリカと一線を画さなければならない。この点では、国連事務局が中ロの立場を法的に補強する役割を担いうる。
米ソ冷戦終結後の国連事務局(特に歴代事務総長)は、世界一極支配を目指すアメリカと寄り添う形で自らの復権を追求してきた。しかし、2017年に就任したグテーレス事務総長は、イラン核問題、シリア情勢等の主要国際問題で、アメリカの政策を批判する認識を公然と表明してきたし、朝鮮半島核問題についても、潘基文前事務総長とは一線を画する姿勢をとっている。
朝鮮は、同国の国連常駐代表の国連事務総長宛て手紙(2017年10月24日付及び11月13日付)で、朝鮮を制裁する安保理諸決議の国際法的合法性について見解を糺した。これを受けて、国連のフェルトマン政務担当事務次長が訪朝(同年12月5-8日)した。
その結果、朝鮮と国連事務当局は外交接触の定例化に合意した(朝鮮中央通信「国連事務次長の訪朝に関する報道」)。また、国連事務総長スポークスマン事務室発表文も、「すべての関連ある安全保障理事会決議の全面的な実行の必要性を強調し」、及び「国際共同体は、増大する緊張を警戒し、朝鮮半島情勢の平和的解決の実現にコミットしていると強調した」。
また、2017年12月に訪日したグテーレス事務総長は、日本記者クラブでの会見の席上、「我々の目的は朝鮮半島の非核化を平和的な方法で成し遂げることだ」と述べ、さらに「すべての関係国が同意」するという条件をつけつつも、「必要ならば(朝鮮に)行く用意がある」と明言した。
国連事務総長及び事務局の朝鮮半島核問題に対する積極姿勢はこれまでなかった新しい可能性をもたらす。すなわち、国連事務当局が国連憲章を体して行動する場合、アメリカとしてもむげに無視できない。 したがって今後、中ロ両国が推進する6者協議と国連ルートが相互補完的に動く可能性が生まれている。このアプローチの有効性は、イラン核問題の国際的解決(JCPOAの安保理決議による国際的担保)及びシリア内戦終結に関する国際的取り組み(ロシア・イラン・トルコ主導のアスタナ会議と国連事務総長特使仲介のシリア和平国際会議)における先例も存在する。 以上の諸点に関して国際的認識が統一されることを前提として、朝鮮半島核問題を解決するうえでの最初の重要なステップは、金正恩「新年の辞」を契機に進み出した南北対話の機運を最大限に尊重し、米朝対話による問題解決につなげていくことである。そこで決定的に重要な問題は、韓国の文在寅大統領が南北対話の継続及び発展に対する決意が不退転のホンモノであるか否かだ。
この点に関して、金正恩「新年の辞」は実に重要な示唆を行っている。「新年の辞」は、建国70年の2018年を強く意識して、「今年を民族統一に特記すべき画期的な年として輝かせなければならない」と提起し、そのために「平和的環境を作り出す」決意を示した。
具体的には、「北と南はこれ以上情勢を激化させてはならず、軍事的緊張を緩和し、平和的環境を作り出すために共同で努力」することを呼びかけ、「北と南が決心すれば十分朝鮮半島で戦争を防止し、緊張を緩和していくことができる」と強調した。
具体的に「新年の辞」は、韓国側による米韓合同軍事演習の中止を要求した。しかし、「北と南の共同の努力」と言う以上、米韓合同軍事演習の中止に対する見合いとして、朝鮮が核ミサイル実験の中止・停止に応じる用意があるという含意を込めていることは明らかだ。
したがって、文在寅にとっての最初の関門は、平昌冬季オリンピック後まで「延期」された米韓合同軍事演習について、トランプ政権に対して確固とした方針で臨むことができるかどうかだ。 朝鮮は演習の完全中止を要求している。しかし、従来どおりの演習を主張しているアメリカに抵抗して、文在寅が演習内容・規模の縮小を実現するならば、朝鮮は南北対話の継続に応じるだろう。
最初の関門を乗り切った後に文在寅が本腰を入れて取り組むべきは、金正恩が「新年の辞」に込めた重要なメッセージをしっかり受け止め、朝鮮の核ミサイル開発の停止に対する見返りとしての米韓合同軍事演習の停止をアメリカに受け入れさせることだ。それは正に、中国及びロシアが提案している「双方暫定停止」の実現に他ならず、文在寅がアメリカを説得できれば、6者協議再起動への道筋が開けることになる。
朝鮮は中ロが提案している「双方暫定停止」に対する公式の反応を示したことはない。しかし、1月24日にティラーソン国務長官と電話会談したラブロフ外相は、「平壌は対話の用意があること、問題の解決を外交的手段によってのみ、また、露中のイニシアティヴに留意して、行う用意があることを明らかにした」と指摘した(同日付ロシア外務省WS発表のプレス・リリース)ことはきわめて重要だ。つまり、金正恩「新年の辞」に込められたメッセージは、「双方暫定停止」の実現を6者協議再起動につなげる用意があることまで含意したものである可能性があるということだ。
以上の諸点をすべての関係国が正確に認識して行動すれば、朝鮮の独立と安全の「根源的な」保証(具体的には米朝・日朝・南北関係の抜本的改善)と朝鮮の核デタランス放棄による朝鮮半島の非核化実現(国際的核不拡散体制の安定)とを最終的かつ同時的に実現することを目指すことができることになるだろう。
2.日本政治と朝鮮半島核問題
朝鮮半島核問題との関わりで考えるべき日本政治の問題は、大きく言って3点である。すなわち、安倍政治の犯罪的危険性、日本国民の朝鮮及び核意識のありよう、そして朝鮮半島核問題に対する日本の関わり方、である。
<安倍政治の犯罪的危険性>
安倍首相が目指すのは、「北朝鮮脅威論」を売り物にすることによって悲願である9条改憲の実現を図ることにある。彼は、「厳しい国際環境」を前面に押し出すことで、9条に基づく「非武装・日本」は非現実的とするが、彼が強調してやまない「厳しい国際環境」を代表するのが「北朝鮮脅威論」だ(彼が本気で脅威と考えているのは中国だが、日中関係の客観的重要性を無視できないので、朝鮮を「身代わり」にする)。
「北朝鮮脅威論」のウソ(既述)が明らかになれば、安倍首相の9条改憲の論拠は失われる。したがって彼にとって、朝鮮は「脅威」でなければならず、そのためには朝鮮を徹底して「悪者」に仕立て上げる必要がある。朝鮮半島核問題の対話による平和的解決の可能性を潰し、国際社会が朝鮮との対決を維持するべく、彼が血道を上げるゆえんである。
しかし、朝鮮が核デタランスを確立したことは、安倍首相が推進する国際的対決政策の危険性をあらわにせざるを得ない。安倍首相は、圧力によって朝鮮は最終的に膝を屈する(あるいは自壊する)に違いないという手前勝手な前提に立っているが、「侵略に対しては核戦争を辞さない」とする朝鮮の決意を疑ってかかる余地はあり得ない。つまり、対決政策の行き着く先は戦争以外になく、その戦争は直ちに核戦争である。核戦争となれば、朝鮮はもちろん、韓国そして日本も地獄と化することは必然である。
一国の指導者の最大の責任は自国民の平和と安全を確保することだ。しかし、「北朝鮮脅威論」を売り物にする安倍首相の9条改憲策動の行き着く先は、日本を核戦争による廃墟に導く。そのような政治は犯罪以外の何ものでもない。
<日本国民の朝鮮及び核意識>
日本の悲しいまでの現実は、圧倒的大多数の日本国民が「北朝鮮脅威論」によって洗脳され、したがって安倍政治の危険きわまる本質を見抜けないでいることだ。マス・メディアが垂れ流す朝鮮に関する悪意に満ちた報道は国民的な「北朝鮮脅威論」意識を増幅し、そうした「世論」はさらに過激な朝鮮報道をマス・メディアに促す。こうして、政府とマス・メディア及び世論との間で負の相乗作用が働いている。
日本国民の核意識が確かなものであるならば、この負の相乗作用をチェックすることが期待できる。ところが、「核は絶対悪」と言いながら「アメリカの核の傘は必要」と言って何らの矛盾をも感じないのが日本国民の核意識の現実である。アメリカに対する好意を持つ国民が8割を超える日本社会では、「アメリカさえいれば日本は安全」という「安全神話」も相変わらずだ。そのため、朝鮮が核デタランスを構築したという事実が何を意味しているかについて、圧倒的に多くの国民はまったく深刻に受け止めることができないままでいる。
<朝鮮半島核問題と日本政治>
以上の2点を踏まえた上で、朝鮮半島核問題に対する日本の関わり方について考えるべき問題は何か。紙幅が限られてきたので、ポイントの指摘だけにとどめる。
最優先課題は、日本社会が安倍政治及びマス・メディアによって翻弄され続けるならば、その行き着く先は核戦争という悲惨きわまる運命が待ち構えている、という危機意識を国民的に確立することだ。その意識のみが惰性に流されている日本政治を打開する力となるだろう。
以上の危機意識に立つことにより、安倍政治に対して根本的異議申し立てを行わなければならないという政治意識が国民的に共有される可能性が生まれるだろう。国内的には「北朝鮮脅威論」に立つ9条改憲策動を阻止し、対外的には対話による朝鮮半島核問題解決を支持する、という世論醸成のための条件が生まれてくる。
このように日本政治の姿が根本的に改められれば、朝鮮半島核問題の解決に対して日本が積極的に関わる可能性も出現する。アメリカの朝鮮に対する強硬一本槍の政策を批判する日本は、韓国の文在寅大統領にとって強力な援軍としての役割を担うことができる。6者協議も、中ロ韓朝に日本も与すれば、アメリカは孤立無援となり、再起動に向かって大きく前進するだろう。
要するに、日本国民の政治意識が180度転換することにより、日本政治は大きく変わり、朝鮮半島核問題をはじめとする国際関係のあり方にも大きな変化をもたらすことが可能になるのだ。日本政治はいま戦後初めてと言って過言ではない重大な岐路に立っている。