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文在寅・トランプ電話会談(ワシントン・ポスト記事)

2018.01.23.

1月21日付のコラムで文在寅大統領の年初発言に対する朝鮮の厳しい批判について紹介しました。私がとりわけ半信半疑の思いで接したのは、同大統領が、南北の接触が可能になったのはトランプ大統領の朝鮮に対する超強硬アプローチが功を奏したためという趣旨の発言を行ったということを朝鮮側が激しく糾弾した点についてでした。なぜならば、朝鮮の対米アプローチの真骨頂は、アメリカのいかなる恫喝にも絶対に屈しない、ということにあるからです。文在寅大統領がそのことを認識していないはずはないというのが私のきわめて常識的な理解でした。しかし、本当に文在寅大統領がそういう発言を行ったとするのであるならば、同大統領及び政権はそういう認識を備えていないか、あるいは、ある程度はそういう認識があるにせよ、朝鮮の怒りの琴線に触れるほどのことではないという程度の生半可な認識しか備えていないという重大な問題を露呈したという結論になるほかありません。私が半信半疑だったのは、文在寅大統領・政権がそれほどいい加減な存在ではないだろうという思い込みがあったからでした。
 ところが、1月21日付のイラン放送・英語版WSで、「米大統領は文在寅に北朝鮮との対話について彼のおかげとするよう求めた」(US president urged S Korea's Moon to give him credit for N Korea talks)と題する記事を見つけ、その記事がソースとしている1月20日付のワシントン・ポストの記事の所在を知りました。ワシントン・ポストWSで検索したところ、アンナ・フィフィールド署名のほぼ同タイトル(Trump asked Moon to give him public credit for pressuring North Korea into talks)のソウル発記事を確認しました。この記事は、1月4日に行われた文在寅・トランプ電話会談で以下のようなやりとりが行われたと紹介しています。

 元ビジネスマンであり、巧みなネゴ-シエータ-であることに誇りを持つトランプは、二つの朝鮮の間で突然持ち上がったオリンピック関連の外交の成果のほとんどを自分のおかげだと主張し、しかも、思いどおりにしている。
 以下の会談について事情を知る人々によれば、1月4日の電話会談で、韓国の指導者は北朝鮮との対話のプランについて米大統領にブリーフしたが、トランプは文在寅に対して、対話のための環境を作り出した点について、文在寅がトランプのおかげだと公にするように求めた。…
 その日の夜、トランプはツイッターで、「もし私が北に対して断固として、強力で、全「力」を使う意志がなかったならば、対話は起こっていなかっただろう」とつぶやいた。
 6日後の記者会見で、文在寅は南北の対話に関してトランプは「大きな評価」に値することに同意した(韓国大統領は、北朝鮮をテーブルに引き出すことについてトランプのおかげだとしたのだ)。

この記事が韓国メディアに対して与えたショックは大きかったようです。私が毎朝チェックしているハンギョレ、朝鮮日報及び中央日報の日本語WSはいずれも22日付でこの記事を紹介する記事を掲載しました。というのも、1月21日付のコラムで記しましたように、文在寅の年初記者会見について各紙が注目したのはほとんどがいわゆる「従軍慰安婦」問題に関する文在寅の発言だけであり、上記「おかげ」発言には何の注目も払っていなかったからです。
 ただし、1月22日付の中央日報・日本語WSは、「青瓦台「「トランプ大統領、南北対話の功労を認めてほしいと発言したことはない」」と題する記事で、次のように釈明したことを伝えています。

青瓦台(チョンワデ、大統領府)は22日、トランプ米大統領が文在寅大統領に南北対話ムード醸成を自分の功労にしてほしいと要請したというワシントン・ポストの報道に関連し、「トランプ大統領がそのような言葉を述べたことはない」と否認した。
青瓦台関係者はこの日、「首脳間の電話会談は内容を公開しないのが原則だが、トランプ大統領のワーディングを紹介する報道があったので真偽を確認する」とし、このように述べた。
続いて「むしろ文大統領が記者会見で立場を明らかにしたように、トランプ大統領の政策基調が南北対話の過程で有効だったようだというレベルで言及したのであり、トランプ大統領がそのような発言をしたことはない」と強調した。文大統領は10日の新年記者会見で、南北対話の実現においてトランプ大統領の功労はどの程度だと思うかという質問に対し、「非常に大きいと考える」と答えた。

しかし、私に言わせれば、トランプがどのような言葉遣いで文在寅にアプローチしたかどうかは問題の本質ではありません。冒頭に述べたとおり、文在寅がトランプの対朝鮮強硬アプローチが朝鮮をして南北対話に応じる妥協を導いたという認識を持っていることにこそ、朝鮮としては絶対に看過し得ない重大な問題があるわけです。
 文在寅大統領も、南北対話の先行きに不安感を持っているらしいことは、1月22日付の朝鮮日報・日本語WSの「文大統領が南北対話に警戒感 「現在のムード続くか楽観できず」」という記事からうかがうことができます。

【ソウル聯合ニュース】韓国の文在寅大統領は22日午後、青瓦台(大統領府)で開かれた首席秘書官・補佐官会議で「現在の(南北)対話ムードがいつまで続くか、誰も楽観できない状況だ」とし、「平昌五輪のおかげで奇跡のように生まれた対話の機会を、平昌以降に生かしていく知恵と努力が必要だ」と述べた。(以下省略)

問題は、文在寅が何故に南北対話の先行きが「楽観できない状況」なのかについて、正確な判断を備えているとは見えない点にあります。文在寅が朝鮮の絶対に譲ることができない原則的立場を正確に理解し、したがってトランプの唯我独尊かつ支離滅裂なアプローチに対して毅然とした原則的立場を備えることができるかどうか、ここにこそ南北対話の先行きを決定づける核心があることは間違いありません。
 文在寅が金大中及び盧武鉉の真の後継者として歴史に名を刻むことができるかどうかは、ひとえに彼の胆力と戦略眼にかかっている、と今一度指摘しておく次第です。