21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

朝鮮半島情勢(中国軍事専門家文章)

2018.01.11.

人民日報にしばしば文章を載せる千里岩(検索サイト「百度」によれば、解放軍国際関係学院修士で、国連PKO活動にも参加した経験を持つ軍事問題専門家とのこと。ちなみに、「千里岩」は中国語でも「千里眼」と同じ発音です)が、中国新聞社WSの「中国新聞週刊」(第3号)で「冬季オリンピックをチャンスとしてなり立った朝韓交渉」と題する文章を寄せています(1月10日付)。この文章は、金正恩の「新年の辞」における対韓アプローチは「意表を突くものだった」と素直な受け止め方を示しつつ、金正恩のアプローチは「戦術的」考慮に出るもので、戦略的転換を示すものではないとする基本的判断を示し、アメリカの対朝鮮強硬アプローチにも変化の可能性が極めて乏しいことと合わせると、韓国のせっかくの努力もいつ何時「ゼロ」の結果に終わるかもしれない、とする厳しい見方を示しています。中国の軍事専門家の一つの見方を示すものとして、参考までに要旨を紹介しておきます。

 緊張した朝鮮半島情勢が突然緩和の兆しを迎えている。2018年元旦に、金正恩が「新年の辞」を発表し、意表を突く形で平昌冬季オリンピックの成功を願うと表明し、朝鮮も参加する意思があること、そのことに関して韓国と早急に会談を行う用意があることを表明した。過去2年における朝鮮当局の韓国に対する態度表明と比べるとき、朝鮮核危機の中で朝鮮が初めて示した情勢緩和の意図表示といえるものだ。
 しかし、朝鮮は昨年末に「火星15」ICBMの実験後の文章の中で、今後朝鮮が実験を暫時停止することを示唆していた(浅井注:私も、昨年12月31日付のコラムで、朝鮮側報道に基づいてそのことを指摘しました)。そのとき以来、韓国側の最大の関心は、「朝鮮が平昌冬季オリンピックに参加するかどうか」となっていた。ところが朝鮮は、2017年12月1日の(オリンピック参加申請締め切り)期限になっても沈黙を守ったままだった。「オリンピック休戦」という不文律の伝統を利用することは、朝韓にとって得がたいチャンスである。今回、朝鮮は突然態度を変え、進んで冬季オリンピックに参加すると言いだし、韓国は直ちに積極的に応じた。
 しかし、今回をきっかけとして、半島の困難な局面が緩和に向かうことができるかと言えば、それは時期尚早だろう。「アメリカが朝鮮半島問題のカギを握っている」(全国人民代表大会外事委員会主任の傅瑩の言葉)以上、朝鮮半島問題が真の解決を得ることができるかどうかは、朝鮮及びアメリカの態度如何にかかっている。
 国際的制裁及び深刻な孤立の下で、朝鮮は相変わらず一切を顧みずに核ミサイル開発を行っており、その目的はきわめて「単純」であり、非対称的な安全保障上のバランスを作り出し、それによって米朝平和条約を締結し、自国の戦略的安全保障を確保するということだ。朝鮮が核ミサイルを自国の生死存亡の支柱と見なす限り、本当に信頼できる代替品が見つからない限り、朝鮮が核ミサイルを簡単に手放すことはあり得ない。
 以上のロジックに基づけば、現在朝鮮が示している緩和のジェスチャーは戦略的転換を行おうとしているのではなく、自らの置かれた状況を改善するための「戦術」的行動である。
 朝鮮半島情勢を決定するもう一方のアメリカについて言えば、朝鮮半島が平和と安定の局面に向かうことを必ずしも歓迎していない。アメリカがその東アジア戦略を維持するための二つのキーストーンは米日同盟と米韓同盟だ。トランプ政権は、オバマ政権の「アジア太平洋リバランス」戦略を放棄したとしているが、アメリカの戦略方向には何の変化もなく、先般トランプが発表した「国家安全保障戦略」を見ても、アメリカは中ロを戦略的ライバルと見なすことを明確にしており、「インド太平洋」という概念まで提起している。
 したがって、仮にアメリカが朝韓関係緩和を許してしまうのであれば、米韓同盟はその重要な存在基盤を失ってしまうし、米日同盟の存在の基礎をも弱めかねない。アメリカにとって朝鮮は「価値ある敵」なのだ。敵意に充ち満ちた朝鮮の存在は、アメリカとしては、韓国及び日本をして自らの戦略に従わせるうえでの格好の材料である。したがって、アメリカが曖昧で矛盾した態度を示すのは理解できることなのだ。マティス国防長官は、平昌冬季オリンピックが行われる間は米韓年次合同軍事演習を延期すると言ったのであって、取り消すとは言わなかった。トランプは、金正恩と会談を行う用意があるとは言ったが、同時に会談を行うには前提条件があるとし、それは朝鮮が核ミサイルを放棄することに同意することとしたのだ。
 もちろん、アメリカにとっても、敵意を抱いた朝鮮の存在は代価を伴わないということではない。朝鮮が思いの外速やかに核ミサイルを開発していることは確かに地域のバランスを崩しており、これはアメリカにとって好ましいことではない。しかし、その開発の程度は(アメリカにとって)気が気ではないという段階からはほど遠い。アメリカ本土ではミサイル防衛システムが完成に近づいているし、海外米軍及び同盟諸国においてもミサイル防衛システムを編成しており、朝鮮の限られた核ミサイルはアメリカの防衛に圧力をある程度増すだけで、「相互確証破壊」のレベルからは遠く隔たっている。したがって、短期的に見る限り、アメリカが朝鮮に対する態度を変化させることはあり得ない。これこそが、朝鮮半島情勢の難しさの根源である。
 以上のように、アメリカと朝鮮の戦略目標がかくも隔たっている以上、何らかの重大な変数の変化によってどちらか一方が戦略アプローチを変えざるを得なくなるということがあればともかく、そうでもない限り、今後長期にわたり、朝鮮核問題の解決は依然として困難である。
アメリカは、朝鮮に対して強大な軍事圧力をかけ続けることはできるが、現在のアメリカの国力から判断するとき、朝鮮に対して戦争を発動するとなると、その規模及び激しさはとうていコントロール不可能だ。経済的サポートという限られた視点から見ても、ようやく不況を脱しつつあるアメリカ経済は再び限りなく重い負担を背負い込むことになる。このことは、アメリカ自身の発展からして耐えきれるものではないのみならず、世界の他の問題に対するアメリカのリーダーシップをも失わせる可能性が大きく、最終的にはアメリカの覇権という地位をも徹底的に動揺させる可能性がある。
 韓国は、南北対決の第一線にあって安全保障上の厳しい圧力を背負っているが、文在寅がいかに南北関係改善に対して強烈な意志を持っているとしても、その能力はしょせん限られている。韓国軍が相変わらず米軍の支配下にあるという事実だけを考えても、韓国には独立した外交政策を推進するだけの基本的柱に欠けているということだ。韓国ができることはせいぜい緩和のために雰囲気を全力で作り出すことであり、そのような努力も、アメリカと朝鮮が政策・手段を変えることで、いつ何時「ゼロに帰する」ことにもなりかねない。
 日本は、朝鮮からの安全保障上の圧力に直面するとともに、中国の台頭をも恐れており、戦略上の唯一の選択はアメリカにぴったり従うということだ。同時にまた、「普通の国」になることを寝ても覚めても追求している日本は二面的手法をとらざるを得ない。すなわち、一方では自国の安全保障上の必要と称して、アメリカをして日本の重武装化を大目に見させ、他方では、朝鮮との関係緩和を図ることで朝鮮による核攻撃のリスクを低めるということもやるかもしれない。
 朝鮮にとって、核ミサイル開発は「生存を追求する」ということであり、アメリカの東アジア戦略に真正面から挑戦して自らの滅亡を招くということは簡単にはあり得ず、これまで採用してきた政策は、大国間の駆け引きの空間を利用して、自らの行動の限界を巧妙に計算するということだった。しかし、このような計算も代価がないというわけではない。すなわち、朝鮮が態度を変えない限り、遭遇している制裁と孤立によって朝鮮経済は徐々に衰退を余儀なくされ、自給自足で何とかやっていくとしても、それは低レベルの水準を維持するだけで、大躍進を遂げることはきわめて困難であり、そのことこそがアメリカの狙い所だ。
 オリンピックを契機にした朝韓交渉は、朝鮮核危機という難局を打ち破る好ましい期待を外部世界にもたらしているが、米朝間のそれぞれの戦略的意図及び計算と比べるとき、大鍋の湯の中にひとつまみの胡椒を入れたみたいなもので、最初は少し味がしても、たちまち姿形を消し、味もなくなるということになる可能性がある。