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金正恩「新年の辞」

2018.01.07.

今年(2018年)も金正恩の「新年の辞」が発表されました。2013年以来の6回目となる「新年の辞」ですが、今年の「新年の辞」は特に朝鮮半島統一問題に関して力のこもった、また、具体的に踏み込んだものとなりました。
 私は今回、2013年以来の「新年の辞」の比較対照表を作り、これまでの「新年の辞」との比較を行うことによって、今年の特徴を抽出する作業を行ってみました。また、6年間を通した比較対象を行うことによって、私としての新たな「発見」を行うこともできました。大きくいって、①朝鮮民主主義人民共和国創建70周年に当たる本年を強く意識した南北問題前進に向けた金正恩の並々ならぬ強い意欲(それに匹敵するのは、祖国解放及び朝鮮労働党創立70周年に当たった2015年の「新年の辞」のみ)、②やはり建国70周年に当たる本年における経済建設に対する新しい言及の仕方、そして③6年間の比較対象を行うことで初めて(私としては、ですが)確認できた、金正恩の労働党の再建・指導力確立に向けた取り組みの軌跡、以上の3点です。皆様のご参考までに、文末に2013年ー2015年及び2016年ー2018年の比較対照表(PDF)を添付しますので、ご興味のある方は、本文とともに参照してくださると幸いです(浅井注:申し訳ありません。PDFが反映されないようです。息子にチェックしてもらってアップできるようになるまで少々お待ちください。)。

1.南北関係前進に対する取り組み

金正恩の「新年の辞」は、建国70年の2018年を強く意識して、「今年を民族統一に特記すべき画期的な年として輝かせなければならない」と提起し、そのために「平和的環境を作り出す」決意を示しました。具体的には、「北と南はこれ以上情勢を激化させてはならず、軍事的緊張を緩和し、平和的環境を作り出すために共同で努力」することを呼びかけ、「北と南が決心すれば十分朝鮮半島で戦争を防止し、緊張を緩和していくことができる」と強調しました。そして「民族の和解と統一を志向する雰囲気を積極的に作り出す」必要性を指摘しました。
 前者(緊張緩和)に関して「新年の辞」は、韓国側による米韓合同軍事演習の中止を要求するだけです。しかし、「北と南の共同の努力」と言う以上、米韓合同軍事演習の中止に対する見合いとして、朝鮮が核ミサイル実験の中止(停止)に応じる用意があるという含意を込めていることは明らかです。
 後者(雰囲気醸成)に関しては、「新年の辞」は、「北南間の接触と往来、協力と交流を幅広く実現して相互の誤解と不信を解く」、「相手方を刺激し、同族間の不和と反目を激化させる行為を断固終息させる」、そして「北南関係改善の問題を真摯に議論し、活路を果敢に開く」とう3点を提起しました(強調は浅井)。すなわち、今後の接触・交流は幅広く行う用意があるとしたこと、相手を刺激する行為は断固終息させるとしたこと、関係改善の活路を果敢に開くとしたことがきわめて注目されるのです。
 一般には、第3点目の具体化として、金正恩が平昌冬季オリンピック問題を提起したことだけに注目が集まっていますが、金正恩はさらに幅の広いかつ奥行きのある南北共同の行動を提起しているのです。第2点目に関しては、朝鮮中央通信が年末まで盛んに報道してきた文在寅政権に対する激越な批判は、年初以来ぴたっと止まりました。
 以上から確認できることは、金正恩の南北改善に向けた意欲はホンモノであるということです。巷間まことしやかに解説されているのは、金正恩は韓国に対する融和姿勢を示すことによって米韓関係の離間を図ろうとしているという類いのものです。そういう意図が金正恩にないことはあり得ないでしょうが、金正恩の念頭の中心に座っているのは、建国70周年という意義ある年に南北関係に突破口を開くことであることは間違いありません。
 このことを理解する上では、2015年の「年頭の辞」がきわめて参考になります。2015年は祖国解放及び朝鮮労働党創立70周年の記念すべき年に当たっており、「新年の辞」は、「昨年、北南関係の改善のための重大提案を提起」したと指摘した上で、「北南間の対話と協商、交流と接触を活発に行って、関係の大転換、大変革をもたらす」、「中断された高位級接触も再開し、部門間の会談も行う」、「雰囲気と環境がもたらされ次第、最高位級会談も開催」と踏み込んだ具体的提案を行ったのです。
 2015年に事態がどのように展開していったかということは、2018年における南北関係を展望する上で非常に参考になります。すなわち、2015年においては、朝鮮のいう「8月事態」(38度線付近で韓国軍兵士が地雷に触れて負傷したことをきっかけに、一触即発の軍事緊張が起こり、南北トップ・レベルの直接交渉で辛うじて戦争勃発を回避した事件)によって、南北関係改善の可能性は水泡と消えました。
 2018年の今年においては、「新年の辞」が間接的ながら明確に提起した「米韓合同軍事演習中止と朝鮮の核ミサイル実験中止」(ちなみに、これは中国及びロシアが提起している「双方暫定停止」に該当します)というメッセージに対して、文在寅政権がどこまで真摯に対応するかがカギとなるでしょう。私のきわめて個人的な見方を参考までに紹介しますと、朝鮮も米韓合同軍事演習の完全中止(それが朝鮮にとってもっとも望ましいことは当然です)は一気に実現可能とは考えていないと思います。やはり、米韓関係の長年にわたるしがらみを文在寅政権がきっぱりと断ち切ることができるとは、金正恩も考えないでしょう。たとえば、「斬首作戦」、米軍の戦略兵器・装備の投入等の明らかに「度の過ぎた」演習内容を文在寅政権が阻止する(アメリカの圧力をはねのける)だけの誠意を示せば、金正恩としてもそれなりの柔軟さを持って対応する用意はあるのではないかと思います。
 しかし平昌冬季オリンピック・パラリンピック終了後、文在寅政権が「双方暫定停止」という金正恩のメッセージの重要性を読み切れず、あるいは、読んだとしてもアメリカの圧力に抗しきるだけの胆力を持ち得ないのであれば、それは2015年の「8月事態」と変わらない意味を持つことになるほかないでしょう。したがって、今後の事態の展開如何は、優れて文在寅政権の南北関係改善に対する決意がどれだけホンモノであるかにかかってくると思います。

2.経済建設

経済問題は2015年の「新年の辞」を除き、常に党の問題に先んじて取り上げられてきました。添付した比較表では、経済問題の冒頭のくだりだけを取り上げています。朝鮮経済は、厳しさを増す安保理決議に基づく国際制裁の下でも、2017年には約3%の成長率を遂げたと韓国銀行が推定しているように、かなり健闘していることは間違いありません。そのことを可能にしたのは、中国の改革開放政策採用初期におけると同じような、事業単位における一定の独立採算制が導入され、「やる気」を起こさせることに成功したからだと説明されています。しかし、2013年から2017年までの「新年の辞」では、企業・農村における「改革」をにおわす言及はありませんでした。
 しかし、本年の「新年の辞」では、5カ年戦略の3年目の「今年、経済部門全般において活性化の突破口を開く」とし、経済建設における中心的課題として「人民経済の自立性と主体性を強化」することが提起されました。経済に素人の私があれこれ言う立場にはありませんが、建国70周年の今年、大胆な経済改革政策を行う決意の表明であることは間違いないと思います。

3.労働党再建

私が6年間の「新年の辞」を読み比べて「発見」したのは、金正恩が当初から党組織の再建に強い意欲を持って取り組んでいたということでした。父親の金正日が「先軍政治」を掲げて、労働党自体の存在感がなくなってしまった状況を、金正恩としては、政権についてから一貫して、本来の姿に戻そうとしたのだと思います。
 ちなみに、党の問題については、2015年を除き、一貫して経済問題の後に扱われています。ところが、2015年だけは経済問題に先立って党の問題が取り上げられています。このことにも意味があるように思いました。
 2013年の「新年の辞」では、「党組織の戦闘的機能と役割をいっそう高めるべき」だとしています。2014年になると、「党を組織的、思想的に強化」すること、そして「党内に唯一的指導体系を確立」することとなり、党の団結を害する行為と要素は「徹底的に排撃」するとしています。その結果、2015年になると、「党の指導力と戦闘力を強化するうえで新たな里程標をもたらす」、「党の唯一的指導体系を確立する活動を絶えず深化」させるという表現に変わりました。以上から、2015年初の段階で党の再建と指導力の再確立が基本的に完成したとする金正恩の認識をうかがうことができるのです。その自信の表れが党問題を経済問題に先んじて取り上げたことにも反映されているのではないかと思われます。ちなみ、2016年以後は、党の役割・活動に関する具体的な要求が中心になっています。

(終わりに)

私が興味を持ったのは、2017年と2018年の「新年の辞」の末尾に、金正恩の個人的な思いが記されていることでした。すなわち、2017年には次の言葉が盛り込まれています。

「新しい一年が始まるこの場に立つと、私を固く信じ、一心同体となって熱烈に支持してくれる、この世で一番素晴らしいわが人民を、どうすれば神聖に、より高く戴くことができるかという心配で心が重くなります。
いつも気持ちだけで、能力が追いつかないもどかしさと自責の念に駆られながら昨年を送りましたが、今年は一層奮発して全身全霊を打ち込み、人民のためにより多くの仕事をするつもりです。」

2018年には次のような言葉になりました。

「新年の壮大な進軍路が始まる今、人民の支持を受けているがゆえにわれわれの偉業は必勝不敗であることを確信して私は心丈夫であり、全力を尽くして人民の期待に必ずこたえるという意志を固めています。」

2017年には「弱気」とさえ受け取られる気持ちを表しています。しかし、2018年にはそのような「弱気」は消え、自信をのぞかせているのです。この気持ちの変化は、核デタランス確立の前と後とにおける金正恩の心の有り様を反映しているとみることもあながち的外れではないように思います。
 このような個人的な思いを記すことが今後の「新年の辞」でも受け継がれるとするならば、2019年以後の「新年の辞」の見所もそれだけ増えるということになるでしょう。

<添付>
1.2013-2015年の「新年の辞」
2.2016-2018年の「新年の辞」