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プーチン大統領の領土問題発言

2018.11.25.

プーチン大統領は11月15日、前日行われた日ロ首脳会談を受けて、安倍首相が1956年の日ソ共同宣言に基づいて領土問題の解決を図ることでプーチン大統領と合意したという発言を行ったことに関して記者の質問に答えました。また、ロシア大統領府のペシュコフ報道官(11月18日)及びロシア外務相のザハロワ報道官(11月22日)もプーチン大統領の発言を補足する発言を行いました。
 これらの発言から明確になったロシア側の問題意識は次の諸点にまとめることができます。
 第一、日ソ共同宣言は「引き渡す」ことについては定めているが、「これら諸島を引き渡す法的根拠、引き渡し後の管轄、あるいは日本に引き渡す手続きについては」何も定めておらず、今後の交渉次第であること。
 第二、日ソ共同宣言が締結された1956年当時と今日との間では国際情勢が大きく変化したことを考慮に入れなければならないこと。
 第三、新たな合意を達成するに当たっては両国の国益が害されるようなことがあってはならないこと。
 第四、(以上の第二及び第三の点にかかわって)日米軍事同盟で日本がアメリカに対して負っている義務が「引き渡し」にいかなる影響を及ぼすかを考えなければならないこと。
 第五、安倍首相の口約束(二島への米軍基地配備を認めない)は何の担保にもならないこと。
 第六、ロシア側は日本が第二次大戦の結果(浅井注:ポツダム宣言)を道化止めているかについて重大な関心を持っていること。
 北方4島の返還に関するプーチンからの「色よい返事」を取り付けたいあまりの安倍首相の軽はずみな言辞は、ロシア側の問題意識の所在を引き出した点では「成果」がありましたが、「返還」のハードルはあまりにも高いことを突きつけるものでした。
 安倍首相がいくら口約束をしても、日米安保条約第6条(「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。」)及び「米軍の行動を円滑かつ効果的にするために日本側がとる措置に関する法律」(米軍支援法)の重みが変わるわけがありません。ロシア外務省のザハロワ報道官が皮肉交じりに言ったように、「書き物で保証されていない口頭の約束」は何の法的重みを持たないのです(安倍政権が未来永劫に続くのであればともかく、最長で数年後に退陣する安倍政権の口約束など何の意味もありません)。安倍首相は功を急ぐあまり、「パンドラの箱の蓋を開いてしまった」と言うべきでしょう。
 以上を確認して、プーチン、ペシュコフ及びザハロワの発言を紹介します。

<プーチン発言(ロシア大統領府英語版WS)>
 我々は、1956年の宣言の基礎の上で日本側と対話を開始、より正確に言えば再開した。そして、このことは日本側が言い出したことだ。
 こうした状況がどのように展開したかについて想起しておこう。私はこのことを度々議論してきたのだが、もう一度言っておこう。領土の境界決定及び国境合意を含め、第二次大戦後いくつかの合意が行われた。
 これらの合意は国際的な法的文書として確定されており、この点に関して何の問題も困難もない。現状は大戦後に確定された国際法文書に基づいていると確信している。それにもかかわらず、日本はこの問題について異なる見方をしている。我々は彼らと一働きする用意がある。
 1956年にソ連は日本との間で1956年の宣言と呼ばれる文書に署名した。そこでは何と言っているか。そこでは、ソ連は平和条約署名後に日本に対して南の諸島の二つを引き渡す用意があると述べている。
 そこではこれら諸島を引き渡す法的根拠、引き渡し後の管轄、あるいは日本に引き渡す手続きについては何も述べていない。しかし、そこではソ連がこの二つの諸島を日本に引き渡す用があることを確定している。
 その後、ソ連の最高会議及び日本の国会は宣言を批准した。日本はその後この合意を尊重することを拒否した。
 この状態が長く続いたため、ゴルバチョフ政権の時期にソ連はこれ以上この文書を尊重することを拒否した。日本側はその後、この宣言の基礎の上で問題を議論することに戻るよう問うてきた。しかし、この議論の間に重心が移動し、1956年宣言からそれることとなった。
 確かに日本首相は昨日の会見において、日本は1956年宣言のもとでこの問題の議論を再開する用意があると述べた。しかし、当然のことながら、この提起については独立した、追加的かつ真剣な評価が必要であり、また、あなたたちも聞き及んでいるように、そしてたった今私が述べたように、宣言の諸側面全体が明確さからはほど遠いことを心にとめておくべきである。
 原則として、文書はソ連が南の諸島の二つを引き渡す用意があると述べているだけであり、引き渡す法的根拠及びその後の諸島の管轄については何も述べていない。これらのついては詳細な分析が必要であり、日本自身がかつてこの合意を尊重することを拒否したことがあるだけになおさらそうである。
<ペシュコフ報道官発言(新華社電に基づく)>
11月18日、ロシア第一チャンネルは、ロシア大統領報道官のペシュコフの発言として、ロシアが日本との間で領土を引き渡すことで何らかの合意を達成したとする様々な推測が行われているが、そのようなことはない、プーチン大統領は安倍首相と1956年の日ソ共同宣言を領土問題解決の基礎とすることとしたが、このことはロシアが一部の領土を日本に自動的に引き渡すということを意味するものではない、露日双方は南千島問題に向き合う必要はあるが、問題解決はそれぞれの国益に反することがあってはならない、双方は平和条約締結について交渉するが、さらに「日本の同盟国に対して負っている義務」についても考慮する必要がある、ロシアはNATOとの関係でその東方拡大という深刻な教訓を得ており、日米同盟という要素を考慮せざるを得ない、と伝えた。
<ザハロワ報道官発言(ロシア外務省定例記者会見)>
 問題の重要性に鑑み、露日平和条約交渉の現状を概括しておこう。11月14日にシンガポールで、プーチン大統領と安倍首相は1956年共同宣言に基づいて交渉を加速することに合意した。
 この文書についてはよく知られているとおりだ。それは戦後の露日関係を規定する法的基礎である。宣言は両国の議会によって批准され、国連に国際条約として寄託された。宣言はソ連と日本との間の戦争状態を終結し、外交関係の回復を保証した。…
 長くて困難な交渉プロセスが進行中である。その結果はいずれの国の国益に反するものであってはならないということに留意しておくことが重要だ。さらに、宣言が特定の歴史的及び地政学的な状況の下で署名されたということを指摘しておきたい。ところが日本はその後宣言に基づく約束を尊重することを拒否した。しかも、現在の国際情勢は1956年以前とは根本的に異なっている。第二次大戦の結果に基づいて南千島諸島がロシアの正統な一部であることを含め、東京が第二次大戦の結果を全面的に承認する点について、東京が宣言をどのように解釈しているかを理解することが重要だ。日米軍事同盟がどう日露間の合意に影響するかは明確ではなく、今後の話し合いでクリアされるだろう。
 以上は質問に関して浮かんでくる問題の一部である。相互の理解及び信頼を改善し、我々がもっとも難しい二国間関係の問題を解決することに資するような、中身ある露日関係を創造するために多くのことをする必要があるのは明らかである。
 (米軍基地の二島への配備を許さないという安倍首相の約束は二島の日本への引き渡しの法的根拠となるのか、という質問に対して)そうではない。…今日、我々は条約から脱退し、無効にし、国家、国民、人民に代わって指導者が署名した義務を尊重しない国々を目の当たりにしている。こういうことが瞬間的決定で行われているのだ。書き物で保証されていない口頭の約束についてはいうまでもない。
 不幸なことだが、国際社会及び指導的国々が国際法を踏みにじるという最悪の例を示している。数年前までは、国際的な条約、協定及び約束は厳格に受け止められていた。…今日では、国家元首が国際条約に基づく約束を無効にする気まぐれな姿勢が合意を危険にさらしているのだ。これが流れであることはとても悲しいことだ。