21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

米中貿易戦争に対する中国の立場

2018.09.17.

アメリカから猛烈な貿易戦争を仕掛けられている中国ですが、泰然自若としている姿には驚きを越えて一種畏敬の念すら覚えます。これが日本だったらどうでしょうか。「第二の黒船来襲」という新聞の大見出しが踊り、強烈なパニックが襲ってくることは間違いないでしょう。中国のこのような落ち着き払った態度のもとにあるのは、①21世紀の国際関係における多国間主義(国際主義)及び自由貿易主義という大潮流に逆らうトランプ政権のアメリカ一国主義及び保護主義が通用するはずはないし、中国としてはそれに打ち勝つ国際的責任があるという自覚、また、②貿易戦争においてはいずれの側も大きな痛みを味わわされる(勝者と敗者はなく、いずれも敗者になる。下記の耿爽報道官発言参照)けれども、中国のレジリエンスはアメリカのそれを凌駕しており、根比べには自信があるという自負(下記環球時報社説参照)です。
 中国の泰然自若ぶりをよく示しているのが中国外交部の定例記者会見における報道官の発言ぶりです。陸慷報道官は8月21日、23日及び24日に、また、耿爽報道官は9月14日に記者の質問に対して次のように述べています。

<8月21日>
(問)報道によれば、トランプ大統領は昨日、まもなく始まる米中経済貿易協議に対して大きな期待を抱いていないと述べたが、あなたは交渉にいかなる期待を抱いているか。
(答)アメリカ側の度重なる要請を受けて、中国商務部の王受文副部長が率いる交渉団がアメリカ側代表団と経済貿易問題について協議する。…
 中国側に関していえば、交渉を行う以上は良い結果が得られることを希望する。しかし分かってほしいのは、中国は協議の前に様々な声を発することは好まないということであり、双方が静かに、実務的に座について、対等、平等、誠実をベースにして良い結果を出すことを希望するということだ。
<8月23日>
(問)中米は今日新たに互いに関税を増やす措置を開始した。同時に中米はワシントンで貿易協議を行っている。協議の進展状況を紹介してほしい。すでに双方が互いに関税を増やしている状況で、協議はどのような意義があるのか。 (答)アメリカが160億ドルの中国商品に対して関税を増やしたことに関し、‥多角的貿易体制を守り、中国の合法的権利を擁護するため、中国は必要な対抗措置をとった。
 中米が行っているワシントンでの貿易協議に関して‥我々が望むことは、アメリカが中国と向き合い、理性的、実務的な態度で、中国側とともに良い結果を生み出すことだ。具体的な協議内容に関しては紹介するのは控える。…
<8月24日>
(問)アメリカ政府の高官は最近、中米経済貿易協議について語るとき、アメリカの経済状況は極めて良好だが、中国の状況は良くないとしきりに強調する。アメリカ高官のこの種の発言を如何に見ているか。
(答)中国は協議、交渉、対話を行う前に様々な声を出すことは好きではないと言ったことがある。今回の経済貿易協議も同じで、良い結果を出したいと思うのであれば、静かに協議を行うべきであり、大声を張り上げ、肝っ玉をひけらかす必要はない。
 我々もアメリカの高官たちが時として、中国の経済のファンダメンタルズが良くないのに対して、アメリカの経済のファンダメンタルズは良いと述べていることには留意している。分からないのは、こういう発言を誰に聞かせようとしているのかということだ。仮に中国人に聞かせようとしているのならば、事実が証明しているように無駄であり、何の意味もないことを彼らは知るべきだ。アメリカ国内向けであるならば、そうしなければならない必要があると感じているからだろう。
<9月14日>
(問)報道によると、アメリカ側は最近、中米貿易戦争でアメリカ側が被った損失は中国側より少なく、中国が直面する圧力はアメリカより大きいと述べている。中国経済は見たところ極めてまずい状況であり、商業及び投資は正に「崩壊」中だという。中国側の反応如何。
(答)中米経済貿易摩擦問題に関する中国の立場は明確で一貫している。我々がずっと強調していることは、貿易戦争では問題は解決できず、相手を傷つけ自分をも害するということだ。中国の諺に、「敵に千の傷を負わせ、自らに800の損失を与える」というのがある。誰が千の損をし、誰が800の損をしたかを論じるのは何の意味もないと思う。
 皆さんも聞き及んでいると思うが、近日、2000億ドルの中国製品に対する関税加重に関するアメリカの公聴会で、絶対的多数の代表は関税加重がアメリカ企業に損害を産み、ひいては関連業種を破滅させると考えているとした。アメリカ商工会議所が提出した書面による意見によれば、関税加重はアメリカの消費者、労働者、企業そしてアメリカ経済に対して顕著な損害を産むとしている。…
 昨日には、在中国アメリカ商工会議所及び在上海アメリカ商工会議所が報告を出し、2/3に近い在中アメリカ企業がアメリカの最初の500億ドルの関税加重によってすでに中国における業務に影響を受けており、70%を越える在中アメリカ企業が2000億ドルの関税加重はマイナスの影響を生み出し、米政府の関税措置は予期とはまったく逆の結果を生むだろうとしている。…
 中国経済の状況についていえば、最新の統計によると中国の上半期のGDPの伸びは6.8%だった。1月-8月期の輸出入総額の対前年同期比の伸びは9.1%、全国で新たに設立された外国投資企業も対前年同期比で102.7%だった。外部環境には不確定で不安定な要因が増えているが、中国経済は全体として安定的に良い方向に向かっている状況に変化はない。中国政府は、引き続き安定的かつ健全的に経済の発展を確保することに確信と能力を持っている。
 最後に、‥中国はすでにアメリカの新たな経済貿易問題に関する協議の要請を受け取っており、これを歓迎する。貿易衝突のエスカレーションはいずれの側の利益にもならず、平等及び誠意に立って対話と協議を進めることが唯一の正しい道筋である。

9月14日付の環球時報は「中米交渉は良いことだが、中国は焦って物事を達成しようとする必要はない」と題する社説で、根比べには絶対負けないという中国の姿勢を次のように述べています。

 トランプ政権が新たな交渉を申し込んできたのには以下のような要因があるだろう。
 まず、対中貿易戦争がアメリカ経済にマイナスの影響を生み出しており、この影響が徐々に政府に対する圧力に転化し、ホワイトハウスはこれに対応する必要に迫られている。
 第二、11月の中間選挙が次第に近づいており、北京と新たな交渉を行って、仮に協議がまとまれば共和党にとって大きな利点となるし、協議がまとまらない場合でもアメリカ世論に対して自分たちは「力を尽くした」と宣伝することで人々の不満を和らげることができる。
 第三、ホワイトハウスの情緒は安定しておらず、一方で圧力によって北京を屈服させようと思っているが、他方では北京の態度が断固としており、アメリカ国内の反対の声はますます高まっていて、貿易戦争を留まることなく続けていった場合にどうなってしまうのかについてまったく当てがなく、焦りが昂じている。
 総じて見るとき、今のところトランプが対中貿易戦争について心変わりした兆候はなく、困難な交渉を通じて貿易戦争を終結する決意であるということだろう。ワシントン全体の態度は相変わらず強硬であるが、作戦としては「交渉でまとめる」ことは拒否せず、これによってアメリカ社会の焦燥をなだめるとともに、徐々に中国の意志を突き崩していくことを願っている。
 双方が交渉できることはもちろん良いことだが、中国社会としては基本的な心づもりが必要だろう。それはすなわち、近々に中米が協議をまとめることはできないということだ。
 ワシントンが北京と真剣に交渉するようになるためには、以下の二つの条件のうち少なくとも一つが生まれることが必要だ。
 一つは、アメリカがどんなに圧力を加えても自らが望んでいる目標は達成できず、貿易戦争を続けていけばアメリカはさらなる損失を被るだけで、交渉を通じて得られるもの以上のものは絶対に得られないということを確信することだ。ホワイトハウスは圧力行使を開始したときは極めて自信を持っていたが、今や明らかに疑い、ためらい始めている。しかし、ホワイトハウスはなおもともとの考え方を捨ててはおらず、加うるに妥協してしまう場合の政治的なマイナス効果を心配しており、動揺期に入っているかのようだ。
 今ひとつは、アメリカ世論の圧力がトランプ大統領及び共和党の支持率に深刻な影響を及ぼすまでに強くなり、ホワイトハウスとしては後退する以外になくなることだ。今のところ、貿易戦争に反対する世論は不断に高まってはいるが、ホワイトハウスが即刻回れ右するまでの臨界点には達していない。
 したがって当面、中国の基本的アプローチは「継続してふんばる」ということだ。我々は2000億ドルの関税加重という棍棒が落ちてくることを辛抱する必要があり、この挙は中米双方に損失を生むことになるが、我々としては中国の総合的なレジリエンスはアメリカのそれより確実に大きいことを証明する必要がある。この戦役を受けて立つことに成功すれば、対米貿易戦争において中国は半分勝利することになる。
 したがって、中国の交渉代表は来る中米交渉で協議をまとめることを急ぐ必要はまったくない。中国人は今や次のことをはっきりと分かるに至っている。すなわち、この貿易戦争は中国が台頭する途上で避けて通れない関門であり、国内世論においても恨み辛みを抱くものがあるとしても、それは極めて正常なことである。しかしそれは、いかなる代価を払うことも惜しまないでアメリカと仲直りする(道を追求する)という中国社会の願いをまったく代弁するものではない。今後の貿易戦争が多大な実際的困難を意味するとしても、みんなで我慢するまでだ。