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金正恩政権下の朝鮮経済(李 鍾奭元統一部長官文章)

2018.09.13.

9月10日付のハンギョレ・日本語WSは、盧武鉉政権で統一部長官を務めた李鍾奭(イ・ジョンソク)世宗研究所首席研究委員による寄稿文「恵山市の変化と金正恩の非核化の動機」を掲載しました。20年間にわたって行ってきた中朝国境沿いの朝鮮の変化を観察で、金正恩政権になってからの活気に満ちた変貌を見届け、金正恩が今年に入って並進路線から経済建設重視へと国内政策の基調を転換するとともに、対外政策においても果敢な外交攻勢に打って出たのも朝鮮を経済富国にする熱望ゆえだと指摘するものです。
 私は、朝鮮中央通信に反映される朝鮮の論調の変化をフォローするマクロ的観察で、金正恩の勇猛果敢な内外政策の変化を読み取ってきましたが、イ・ジョンソク氏は一種の定点時系列観察というミクロ的観察によって私と同じ変化を読み取っています。とても興味深い内容なので、以下に紹介します。

金正恩委員長が非核化を受け入れたのは、「現在の飢え」の責任から逃れるためではなく、制裁の解除を通じて経済成長の土台を作り、北朝鮮を経済富国にするという熱望のためだ。米国の官僚グループはこの点を見逃しているようだ。この状況では彼らが好む「北朝鮮の先核放棄を通じた非核化」の実現は難しい。
 先週、中朝国境地域の現地調査から戻ってきた。劣悪な道路事情や中国国境守備隊の統制でいつも困難な思いをするが、1990年代半ば以降、公職生活期間を除けばほぼ毎年行う定例行事だ。最初は文献や脱北者の証言だけでは足りない北朝鮮の経済事情を把握したいという思いで、この旅程に取り組んだ。
 しかし、いくら北朝鮮と近い国境と言えども、その外観を観察するだけで内部事情を知ることは難しかった。それにめげず現地調査を続けながら、北朝鮮経済の実状を知るために時系列的な変化を追跡してきた。この方法が外部観察を通じて北朝鮮内部の変化を読み取れる唯一の道だったからだ。このようなやり方で観察してきた20年間、北朝鮮の国境都市や村は、家一軒も新築されるようすが見られないほど、立ち遅れた状態で変化がなかった。
 ところが、金正恩(キム・ジョンウン)時代に入ってから情況が一変した。2014年から国境の至る所で変化の兆しが見えはじめ、2015年にはその現象が著しかった。至る所で共同住宅や公共機関などの新・改築活動が活発に行われ、輸送車両が増加しただけではなく、畑の開墾でぼろぼろになった山肌の一部に植林が始まった。北朝鮮経済の成長を証明する動きが様々なところで見受けられた。
 北朝鮮の6回目の核実験で、強力な対北朝鮮制裁が発効された昨年は、事情により現地調査に行けなかった。そして今年、いつになく特別な関心を持って再び国境の現地調査に乗り出した。果たして最大の圧迫と制裁は、ようやく再生を始めていた北朝鮮国境地方の経済活力をどれだけ低下させただろうか? すでに韓国銀行が2017年の北朝鮮の実質GDP(国内総生産)成長率は3.5%減少したと発表したところだった。
 結果は逆に驚きを隠せず、衝撃的だった。北朝鮮各地で2年前よりもさらに活発に建設活動が行われていた。鴨緑江上流の両江道恵山(ヘサン)市は、数十年間の景気低迷から脱し、大型マンション工事の真っ最中だった。汽車駅や税関なども再び建てられていた。荷物や鉱物を積んだトラックとタクシーなどが絶え間なく行き来しており、満浦(マンポ)と恵山を繋ぐ鉄道線で、久しぶりに貨物を満載した列車を見ることができた。工場の稼動がさらに活発になり、小さな畑の退化がさらに顕著になり、造林地の面積も大幅に増加した。調査23年目にして初めて、鴨緑江中流・上流で農地の保護のためのセメント堤防を建設している光景も見た。
 今回の踏査で、いつになく活気を帯びている北朝鮮経済を目撃した。最大の圧迫と制裁に苦しんでいるとは思えないほどだった。この経済活力が現在進行中の朝中経済協力と大きく関連性があるようには見えなかった。中国では、北朝鮮観光が活発になっただけで、貿易業者たちは依然として制裁による苦情を訴えており、北朝鮮レストランですら北朝鮮産の海産物を見かけられなくなった。制裁戦線に異常はなさそうだった。  結局、北朝鮮経済の活力は内部の自力の発展動力を通じて確保されているとしか考えられなかった。その原因を全て把握することは難しくても、金正恩時代に朝中貿易で輸入主力品目が既存の鉱物類や穀物などから電気機器、機械、車両及び部品などに変わってきたが、その結果が経済的拡大再生産の基盤を整える方向で現れたのは間違いないようだった。韓国銀行の北朝鮮GDP統計は、北朝鮮経済活力に影響を与える一部の経済要素を見過ごしているように思えた。
 それなら、強力な対北朝鮮制裁や北朝鮮の経済活力の間に発生した乖離が、韓国に投げかける意味は何だろうか。何よりも、制裁が北朝鮮経済を極端的な状況に追い込んでいない証拠であり、制裁基調の変化が必要だというシグナルだ。最大の圧迫と制裁によって北朝鮮経済が限界に達し、金正恩がやむを得ず非核化の意志を明らかにしたなら、北朝鮮の非核化のためにもこの制裁を続けるのは確かに効果的だろう。ところが、制裁にもかかわらず、依然として北朝鮮住民たちが一日三食に困らないという事実は、金正恩が当面の経済的難関を回避するため、非核化の意志を明らかにしたわけではないことを意味する。
 金正恩委員長が非核化を受け入れたのは、「現在の飢え」の責任から逃れるためではなく、制裁の解除を通じて経済成長の土台を作り、北朝鮮を経済富国にするという熱望のためだ。米国の官僚グループはこの点を見逃しているようだ。この状況では彼らが好む「北朝鮮の先核放棄を通じた非核化」の実現は難しい。互いにやり取りするしかない。だからこそ、今は金正恩委員長に制裁解除のビジョンを積極的に提示し、これを非核化と連動させる方がむしろ効果的かもしれない。