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トランプの対朝鮮外交(ハンギョレ文章)

2018.09.01.

米朝首脳会談後の米朝関係の足取りが停滞しています。その影響は南北関係にも影を落としはじめています。そのもっとも顕著な最新の事件(?)は、南北間の鉄道を連結するための点検事業に国連軍司令部(その後ろにトランプ政権がいることは明らか)が「待った」をかけた事案です。文在寅政権は、この問題は安保理制裁決議の対象にはならないという立場であるようですが、アメリカのごり押しに対して毅然と対応できるか否かは、今後の南北関係にも影響を及ぼしかねません。
 私は、本年に入ってから6月の米朝首脳会談までの怒濤の流れは、勇猛果敢の金正恩、剛毅木訥の文在寅、猪突猛進のトランプという3人の役者、そして舞台づくりの陰の主役・習近平(金正恩及びトランプの双方と意思疎通ができる)の4者という組み合わせがあって始めて可能になったと説明してきました(8月30日付コラム)。しかし、トランプという役者は、オバマ(朝鮮に対して「戦略的忍耐」という兵糧攻め作戦で政権交代実現をねちっこく推進)のやってきたことにはすべて反対のことをやるという一点で、「朝鮮の政権交代は追求しない」という「新機軸」を打ち出したのであって、朝鮮に対する戦略・政策があるわけではないことを明確に認識しておく必要があるわけです。現在の米朝関係が行き詰まり・停滞を呈しているのは、ある意味当然のことでなんら驚くには当たりません。トランプが、米朝関係の停滞を、米中貿易戦争に直面した中国が陰で金正恩・朝鮮に働きかけて「足を引っ張っている」ためだと強弁しているのも、商売人根性による浅はかな、とってつけた理由づけという深謀遠慮の欠如をさらけ出すもの以外の何ものでもないわけです。
 猪突猛進のトランプという役者の存在があったために米朝首脳会談は可能となった。しかし、本質は支離滅裂のトランプという役者の存在によって米朝関係もまた他の重要な国際問題同様に翻弄されざるを得ない制約を抱え込んでいる。私たちは、トランプ政権の対朝鮮外交を見ていく上では、この制約をよく踏まえておく必要があると思います。
この制約を克服するためには、勇猛果敢の金正恩、剛毅木訥の文在寅が理想主義的リアリズムの外交路線を明確にしている習近平・中国(及び一役買う用意を持っているプーチン・ロシア)と緊密に意思疎通を図り、朝鮮半島の平和と安定及び朝鮮半島の非核化実現という大道へとトランプ・アメリカを導いていく必要があるというのが私の基本的判断です。
 8月31日付ハンギョレ・日本語版WSは、「めまいを引き起こすトランプ」と題する、同紙ワシントン特派員・ファン・ジュンボムの文章を掲載しています。トランプ・アメリカの「足取りの定まらない様」に対する途方に暮れた韓国側の受けとめ方を示すものとして紹介します。

「トランプはトランプだ」
 ワシントンに来る前、ソウルのある米国人大学教授がドナルド・トランプ米大統領に関してこのように話した。既成政治・マスコミなどワシントン主流の文法を破壊し、自分の意地と度胸で金正恩(キム・ジョンウン)北朝鮮国務委員長との歴史的な初の朝米首脳会談を成功させたことについての対話の中で出てきた言葉だ。その表現には、猪突的ながらも予測を許さないトランプ・スタイルに対する冷笑のようなものも混じっていたと思う。
 停滞期に陥っていた朝米関係に、最近再び視線を集中させるトランプ大統領を見て「トランプはトランプだ」という言葉を思い浮かべた。トランプ大統領は、マイク・ポンペオ長官が4回目の訪朝を発表してからわずか24時間後にツイッターで取り消しを発表した。四日後、ジェームズ・マティス国防長官は「韓米合同軍事演習をこれ以上中断する計画はない」として、演習再開カードを持ち出した。韓国と米国のマスコミは「朝米関係がシンガポール首脳会談以前に戻る」という解説を吐き出した。ところが、またその翌日にはトランプ大統領がツイッターを通じて「現時点で多くのお金がかかる合同演習を実施する理由はない」とあっさり覆した。
 トランプ大統領が足早に朝鮮半島の緊張強度を引き下げたことは幸いだが、このようなめまいにいつまで耐えなければならないのか、苦々しい思いを拭うことはできない。「火炎と怒り」のような戦争直前の言辞から「朝米首脳会談開催受け入れ」と「首脳会談取り消し発表」を経て「予定通りに進行」に至ったきわどい「トランプ・ジェットコースター」を経験した私たちだ。だが、朝鮮半島と全世界に途方もない波及力がある米国の外交が、このような形で毎日シーソーのように続いてもいいのだろうか。
 現在、朝米間の膠着は完ぺきな相互信頼を積めないまま、それぞれ「終戦宣言」と「非核化措置」を先に要求し対抗しているが、双方にとって決断が必要な問題だ。だが、朝米膠着、南北停滞、米中葛藤、そして韓米亀裂説が出てくるまで、米国が振り返ってみなければならないことも少なくない。
 トランプ大統領は、シンガポール首脳会談の後「前任の大統領が数十年間できなかったことを、私は数カ月でやり遂げた」として「もはや核脅威はない」と自慢した。最近では「北朝鮮が非核化措置を取ったと信じる」と話して、朝米間に何らかの進展がなされているのではないかという観測を呼んだ。米国は韓国政府の「南北関係の過速」を牽制しているが、トランプ大統領のこうした楽観気流が周辺国に「肯定信号」を与えたのではないか、振り返ってみる必要がある。
 米国が北朝鮮問題に関する懸案を韓国と深く共有しているのかも疑問に感じる。マティス国防長官が言及した「韓米合同軍事演習再開の可能性」という敏感な事案に関し、韓国政府は事前に全く聞いていなかった。米国はむしろ南北の鉄道事業共同点検計画を不許可にし、「主権侵害」論議まで引き起こした。トランプ大統領が北朝鮮非核化問題に米中貿易戦争を取って付けたことについては、米国内でも問題解決をさらに難しくし「カオス(混沌)にした」という指摘が出ている。
 朝鮮半島の非核化と平和構築の大きな礎石を置いた初めての朝米首脳会談は、両首脳の出会い自体が途方もない成果だ。だが、その履行過程は具体的な合意と実践を積んでいかなければならないから、はるかに難度が高い。それだけに双方を行き来する水面下の交渉と公開的メッセージも緻密で慎重でなければならない。だが、最近トランプ大統領が駆使しているシーソーは、「もしかしたらの反転」を期待した交渉術とだけ見るには不安だ。このような形が続くなら、朝米が非核化と関係改善措置の実行に着手するとしても、信頼を裏切らず重々しく持続させることができるのだろうか。