21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

「今後の朝鮮半島情勢のゆくえ」

2018.08.30.

7月14日に朝鮮大学校の集会でお話しした内容を起こしていただいたので紹介します。すでに2ヶ月近くも経っているではないかと思われるかもしれませんが、読み返してみて、現在の米朝関係の膠着状態を理解する上でも十分に参考する価値がある内容であると思います。9月4日には、都内の集会でお話しする機会があるのですが、その内容はいわばフォローアップという位置づけになると思います。

みなさま、こんにちは。浅井でございます。よろしくお願いいたします。
 私がこちらからいただいたテーマは四つありまして、情勢をどう見るかという問題と、二番目に北南首脳会談、そして三番目が朝米首脳会談、そして最後に、朝日関係についてお話するということです。
 時間的に、40分でございますので、1テーマに10分いただいたということで、かなりきついんですけれども、さわりのところをお話したいと思います。レジュメを見ながら聞いていただけたらありがたいと思います。
 まず、情勢の問題ですけれども、私は今年に入ってからの事態の急展開というのは、金正恩委員長の戦略と政策が根底にあると思います。私が金正恩委員長の最も評価、端倪すべからざるところとして考えるのが、目的と手段ということを非常に明確に分けて考えているということであります。
 目的と言うのは、朝鮮国家体制の尊厳ある確立を確保すること、そして経済建設に全力を傾けるということであります。それを達成するためにはやはり、外的環境を整えなければならない。特に、存立を脅かしてきたアメリカに対して平等な立場で話をするという、そのための究極的なカードを取得しなければいけない。それが手段ということでありますけども、それが先ほど康先生も言及されました核デタランスを構築するということであります。つまり、アメリカが簡単には朝鮮に戦争を仕掛けることができない、そういう手段として核デタランスを構築するということであります。
 デタランスというのは、通常みなさんは抑止力ということで理解されていますけれども、私は意図があってデタランスと言っております。そこまで立ち入ると時間が来てしまいますので省略せざるを得ません。申し訳ありません。  そして、目的と手段の関係ということを言いましたけれども、手段である核デタランスというのは、朝鮮国家の尊厳ある存立、そして経済建設という目的を実現するための取引材料ということであります。
 アメリカが休戦協定を平和条約に置き換える。そして米朝国交関係の正常化に応じる、ということと引き換えに、朝鮮は非核化に応じる用意があるということであります。
 つまり、目的が実現すれば、手段は役割を終えるわけでありますから、非核化ということを日程にのぼらせることができるということであります。
 康先生もおっしゃったように、去年まで金正恩委員長はシャカリキに核デタランス構築に邁進してきた、と。その目途がついたということで、今年に入ってから目覚ましい外交攻勢に打って出て来ている、ということであります。  そこで、やっぱり主役は金正恩委員長ですけれども、今日の情勢の急展開ということを考える上では、主役である金正恩委員長の他に、やはりあと二人が必要である。つまり、文在寅大統領であり、トランプ大統領である、ということであります。
 私は歴史というものの面白さというものを今つくづく堪能しているのですけれども、世界の主要な事件というのは全て偶然の産物なんですね。まさに、金正恩、文在寅、トランプという三人の役者が揃ったというのは、全く歴史的偶然であります。
 しかし、情勢の展開というのはやはり歴史的な法則に従っているということを私は実感しているわけでありまして、歴史は自らを貫徹する、ということであります。
 私は三人の立役者をこういうふうに規定しております。
 勇猛果敢の金正恩委員長、剛毅木訥の文在寅大統領、それから、猪突猛進のトランプ大統領、ということであります。
 私は最初、支離滅裂のトランプ大統領と言っていたのですけれども、彼にも一貫しているものが一つあるのです。それは要するに、前任者のオバマのやったことは全てひっくり返す、という考え方であります。したがって、支離滅裂という表現はやはり少し語弊がある。したがって猪突猛進と言い変えました。
 トランプについて補足すれば、要するに彼の判断と行動を動かしているのは損得勘定。商売人上がりとしての損得勘定。それからやはり商売人として培った直感的判断。そして三番目が反オバマ、ということであります。
 今回も金正恩委員長と会った時に、1分あればいいって言ったので。それは要するに、彼は自分の直感的判断力に、ものすごい絶対的な自信を持っている。会って1分で「よし、彼とは話が出来る」と踏んだのです。
それからもう一つ絶対に忘れてはならないことは、そういう三人の役者が舞台で演ずるわけですけれども、その舞台を作る影の主役が居なければなりません。それが中国であります。
 中国は、2003年のいわゆる六者協議をお膳立てした時から今日まで一貫して舞台づくりの役割を演じてきております。今、習近平主席に関して言えば、トランプとの間で経済問題があって米中貿易戦争と言われていますけれども、そういう関係にあるにも関わらず、トランプは習近平に対しては一目置いているということであります。
 そしてまた今年、金正恩委員長が電撃的に訪中することによって、習近平との関係を非常に緊密なものにした。逆に言うと、習近平はトランプにも話が出来る、金正恩委員長にも話が出来る、そういうことで非常に大きな役割をこれからも担うということであります。
 やはり中国なくして朝鮮半島という舞台の平和づくりというのは非常に難しいということは、私たちは着目しておく必要があると思います。
 先ほど舞台裏でお聞きしましたら、金正恩委員長が今回また再び訪中しているというニュースが入っているそうであります。やはり朝米首脳会談の結果を自ら習近平に紹介し、そして今後の作戦についても中国の見解を徴するということだろうと思います。
 さて、第二の問題である北南首脳会談ですけども、これについて私は、成果・意義としまして三つあると思います。
 一つは、金正恩、文在寅という両首脳間の個人的信頼関係を確立したということであります。これが私は最も大きいのではないかと思います。
 そして二番目の成果は、首脳会談が全世界に生中継されるということで、金正恩委員長に対する国際的イメージが劇的に改善されたということがあると思います。これも今後朝鮮が国際社会と渡り合っていく上では非常に重要な要素です。何をしでかすか分からない相手、悪魔のような存在と見られていたのが、話してみれば結構にこにこしてるじゃないかというこのイメージは非常に大きいと思うのです。
 そして三番目は人口に膾炙しておりますけれども、板門店宣言ができたということで、これの非常に大きな意味として両首脳が口を揃えて言っていたのは、失われた11年の二の舞をくり返さないということであります。失われた11年というのは、盧武鉉大統領が訪朝して結んだ声明が何一つ実行に移せなかったということであります。そのために今回の宣言においては、非常に具体的な交流計画・協議計画というのを盛り込んでいる。年内いっぱいの計画です。それで今皆さんもご存知のように、着々と具体化されつつある。そういうことによって、たとえ国際環境が、特に朝米にかかわる環境がおかしくなっても、何とか北南関係を維持していくということについての非常に具体的なステップを盛り込んでいるということであろうと思います。
 次に、朝米首脳会談でありますけれども、私はその成果・意義というのは、やはり朝米首脳会談が実現したこと。そのことが最大の成果だろうと思います。レジュメに6月13日付韓国・ハンギョレの社説の一節を紹介しておきましたけれども、要するに、1972年の米中首脳会談。ニクソン訪中ですね。それから、1986年のレーガン、ゴルバチョフの首脳会談。これに匹敵する歴史的事件であるということは間違いない。もちろん、米中、当時の米ソは世界的な関係であり、今回の朝米首脳会談というのはやはり、朝鮮半島を中心とする北東アジアに関わることで、地理的な限定はあるのですけれども、歴史的事件としては、私はやはりこの三つの事件は並び称せられるべき大変な出来事であると思います。
 もう一つ私が今回の首脳会談で非常に特徴的だと思うのは、トランプも金正恩氏も、互いに相手に賭けてみようという、そういう決意で行動しているということであります。それがやはり、言葉としては信頼と互恵ということになるわけです。朝鮮中央通信の報道文に非常にそういう点が活写されている。ちょっと読みますと、「金正恩委員長とトランプ大統領は、敵対と不信、憎悪の中で生きてきた両国が、不幸な過去を伏せて互いに利益になる立派で誇るに足る未来に向かって力強く前進し、もう一つの新しい時代、朝米協力の時代が拓かれるようになるとの期待と確信を披歴した」と。これはまさに、信頼と互恵に基づいて今後の朝米関係を律していくのだということであります。ハンギョレのイ・ジェフン専任記者の文章で、非常に大胆に「不信から信頼へのパラダイムの転換」と形容しております。そこまで私は言い切る気持ちはありませんけれども、それほどに大きなパラダイム転換を行おうとしていることは事実だと思います。
 さらにこの朝鮮中央通信の報道文では、まず金正恩委員長が、さしあたり相手を刺激して敵視する軍事行動を中止する勇断から下すべきだ、と。これに対してトランプが、朝米間に善意の対話が行われる間、朝鮮側が挑発とみなす米国、南朝鮮合同軍事演習を中止しその安全保障を提供する、と。そして更に関係改善が進むことに発して、朝鮮制裁を解除することが出来るとの意向を表明した。それで、それに対してまた再び金正恩委員長が、アメリカが朝米関係改善のための真の信頼構築措置を講じていくならば、我々も引き続きそれ相応の、次の段階の追加的な善意の措置を講じていく、と。こういうふうにやり取りしているのです。つまり、善意によって行動を積み重ねていく。それの繰り返しをやるということです。今までは不信に出発して、相手が何かをやったら俺は何をやろうという、相手がやらなかったら俺もやらないよという、そういうマイナス思考だったのです。それが今度はプラス思考になっている。私はまずやるよ。そしたら俺もこれやるよ。そしたら、また私も追加的行動をとる。こういう非常に前向きのアプローチというものを明らかにする。
もっとも、今言ったこの相互プロセスですけども、金正恩委員長が相手を刺激して敵視する軍事行動を中止する勇断をすべきだと言ったと朝鮮中央通信の報道文が書いています。みなさん気が付かれたかも知れないですけれども、トランプは、いや、これを言い出したのは俺だとツイッターで主張しているということがあります。それはおそらくアメリカ国内における、トランプは金正恩に譲歩しすぎたという批判に対して、「いや、何を言ってるんだ、俺から言ったんだ」ということで対抗しようということだと思います。
 それからもう一つ大きなことは、みなさんも言葉としてお聞きになっていると思いますけれども、CVIGとCVIDに向けた合意を行ったということであります。CVIGというのは、完全な、検証可能で不可逆的な体制保証、ギャランティですね。それとCVIDとうのは、完全で、検証可能で不可逆的な非核化ということです。この言葉が明示的に入っていないから、アメリカにとって大きな成果はなかったという評価が行われていますけれども、私は極めて皮相的な見方だと思います。実質的にはそれに向けた合意が行われている。これも朝鮮中央通信の報道文ですけれども、新しい朝米関係の確立と、朝鮮半島における恒久的で強固な平和体制の構築に関する問題に関する、包括的で深みのある議論が行われた。これはまさに、内容的にCVIGとCVIDを指すことは明らかであります。
そしてそれを受けて金正恩委員長が、早い時日内に今回の会談で討議された問題と共同声明を履行していくため実践的に、積極的に講じて行くと言っています。これはまさに、CVIDに対するコミットメントであります。そしてそれを受けて両者が、朝鮮半島の平和と安定、朝鮮半島の非核化を進める過程で段階的同時行動原則を遵守していくということで、このCVIGとCVIDを相互的に、同時的に積み重ねていくということを言っているわけであります。
もうひとつ大きな成果は、米朝首脳会談の実現によってボトムラインができたことです。仮に、現在の朝米関係改善プロセスがある所で行き止まっても、もう朝鮮半島情勢は2017年以前の最悪状態に戻ることはあり得ない、ということです。レジュメには四つ理由を書きました。
第一に、「悪者朝鮮」というイメージは、もはや国際的に通用しない。いくらトランプが怒鳴ってもそれはもはや通用しないということです。
第二に、中国とロシアは、朝鮮支持で行動するという立場を鮮明にしていることです。これは2017年までの状況と全く違います。非常に大きなことであります。中国とロシアがアメリカの独断専行を阻止する立場で動くということであります。
第三に、国連事務局のグテーレス事務局総長という田舎のおじさんのような風貌ですけれども、なかなか気骨のある人に事務総長が変わったということでありまして、国連事務局は今までアメリカ一辺倒でしたけれども、今後は是々非々で行くということ。これも大きな要素であると思います。
第四に、韓国の文在寅政権も南北関係改善に腐心する。先ほどの板門店宣言に具体化してあるように、たとえ国際情勢が悪化しても北南関係は維持していく、と。守っていくのだという堅い考えを持っているということであります。 したがって、様々な的外れな批判がありますけれども、私はこれらの批判については一顧だにする価値もないと思っております。
今後の課題ですけれども、朝鮮の目標である体制の安全保障と、アメリカの目標である短期決戦による朝鮮の非核化ということをいかに両立させるかということであります。今回、一時朝米首脳会談の中止ということをトランプが言った経緯があったこともご存知ですけれども、それに対して、朝鮮外務省のキム・ケグァン第一次官が所感を発表して、そこでトランプ方式に対してひそかに関心を持っていたと言ったということです。その発言が示すのは何かというと、トランプが追求しようとしている短期決戦ということに朝鮮もうまみを感じている、ということであります。つまり、トランプ政権があと数年で一期だけで崩壊すると、次の政権がトランプと同じように朝鮮の政権崩壊を追求しないという立場を維持するという保証は全くないわけです。ですから朝鮮としては、むしろトランプ政権の期間中に物事を進めてしまった方がいい、という判断をしているということは間違いないだろうと思います。
ですからポンペオ国務長官は13日に、トランプ政権期間内に全てを実現することを望んでいると明言しましたけれども、それはおそらく朝米の一致した立場になっていると思います。
それから他方でアメリカは、今までは一瞬で全てを解決するという立場をとって来たのですけれども、朝鮮特使の訪米によって、外交・軍事問題のずぶの素人のトランプも、やっと問題の難しさ、複雑さというものを理解してきました。
したがって、やはりこの問題はプロセスとして考えなければいけないということを言い出したわけです。ですからやっぱりいっぺんには解決できない。ただし、なるべく短期間で物事を達成するということで、朝米の認識が近寄っているということだろうと思います。そういう点では、朝米間に本質的な立場の違いはなくなっている。立場の違いはなくなっているというよりも立場が非常に近づいてきている、ということは言えると思います。
むしろ今後の問題は、問われているのは朝鮮の非核化ではなくて、朝鮮半島の非核化ということです。日本国内では、またアメリカの多くの人も、朝鮮の非核化ということを考えている。しかし、2003年に始まった六者協議以来取り上げられている課題は、朝鮮半島の平和と安定の実現と朝鮮半島の非核化。この二つの課題をどのように実現するかということであります。この二つは非常に違う。朝鮮の非核化と朝鮮半島の非核化というのは違うのです。全く違う概念です。それがどう違うかと言うと、もちろん朝鮮の非核化もあるのですが、それと同時にアメリカ側の、朝鮮半島に対する核政策もまな板に載せなければいけないということなのです。具体的には二つあります。一つは、アメリカの韓国に対する核の傘をどうするか、という問題です。もう一つは、みなさんも言葉としてはお聞きになっているでしょうけれども、THAADの問題です。アメリカが韓国に置こうとしている、いわゆる迎撃ミサイル体制のTHAADという問題であります。
これは、アメリカも韓国も表向きは朝鮮の弾道ミサイルを迎撃するための仕組みである、と言っているのですけれども、もし朝鮮の核ミサイルに対抗するためであるのならば、朝鮮が非核化すれば要らなくなるわけです。しかしアメリカの本音は、朝鮮に対するものではなくて中国およびロシアの中長距離弾道ミサイルを監視する。常にその動きを監視して、要するに中国、ロシアの戦略的核ミサイル体系を裸にするというところに真の狙いがあります。
アメリカは、欧州には既に二か所に、そういう同じようなシステムを置いている。そしてアラスカにも置いている。そして今韓国にも置こうとしている。そして今問題になっているのは日本にも置くということです。
これは結局、中国、ロシアを東西両方から監視するという、そういう仕組みになるわけです。ですから中国とロシアは、このTHAAD問題に大きな警戒心を持っている。したがって当然のことながら今後の交渉においては、中国とロシアはこのTHAADの韓国への配備をやめろ、と。取り下げろということを必ず言ってくると思うのです。この点では、この13日にロシアのラブロフ外相の発言がありまして、それはロシア外務省の英文版のウェブサイトで私は読んだのですけれども、しっかりと、くどいまでに言っている。朝鮮の非核化ではないですよ。問題は朝鮮半島の非核化です。こういうことを言っているということは、今後朝鮮が仮に、自分は非核化して、したがってTHAADは置いてあったってそれは朝鮮にとっては何の問題もないことだと本心では思うでしょう。しかし、朝鮮半島の平和と安定を確立するという点では、やはり中国、ロシアも巻き込んだ国際社会全体として、朝鮮半島の平和と安定のシステムを保障してもらわなければ困る。そうなると、朝鮮としては自分自身の問題ではないけれども、中国とロシアが非常に大きな関心を持っているならば、それはしっかり解決しなければいけないというふうになっていくだろうと思うのです。
したがって、今後の問題の中で非常に大きいのは、ほとんどの人が指摘していませんけれども、私はTHAAD問題にあるということだと思います。その点はみなさん見ておいていただきたいと思います。
そういうことをこれからやるにおいて、色々な交渉メカニズムというのが考えられる。それから、暫定中止になった米韓合同軍事演習も、今後そういう交渉の中で如何に具体化していくか、ということがあります。あるいは、米韓軍事同盟をどうするかという問題もある。
端的に私の理解を言えば、朝鮮にとっては、アメリカと話がつけば米韓合同軍事演習を行っても、もう脅威ということにはならなくなる。米韓軍事同盟の存在だって、それはもう日米軍事同盟と同じように、アメリカのアジア・太平洋プレゼンスの一環として理解すれば何ら脅威ではない。したがって、朝鮮自身にとっては死活的な関心ではなくなってくるだろうと思いますけれども、しかし、それらの問題をどうするのかということが、具体的に上がって来ると思います。
最後に、日朝関係について申し上げます。
私はまず、安倍外交というのはもう時代錯誤で、どうしようもない代物だと思っております。それはやはり彼はゴリゴリのパワーポリティクス、権力政治という見方であって、したがってその立場から世界で一番強いアメリカに徹底的に付き従うという、そういう路線です。もちろん安倍政権も、アメリカの力がかつてほど絶大なものではないということは分かっていますけれども、しかしその軍事力はやはり圧倒的であるということで、その対米追随にしがみついている、ということであります。
それから、もう一つの大きな特徴は、北朝鮮脅威論を持ち出すことによって九条改憲を実現する、と。そしてあの軍事大国化路線。もちろんアメリカに付き従う形での軍事大国化路線をやろうとしているということであります。
逆に言うと、北朝鮮脅威論というかっこ付きのものがなくなってしまうと、九条改憲を正当化する論理が全面的に破算するということです。ですから安倍首相が、今もう朝米関係改善への動きが本格化しようとしているという時で、彼自身も言葉の上では軌道修正せざるを得ない。だから、日朝首脳会談についても模索するということを言わざるを得なくなっている。これ自体が彼にとっては、非常に苦しい状況です。彼としてはむしろ、ふたたび朝米関係がうまくいかなくなり、北南関係がうまくいかなくなって、ふたたび北朝鮮脅威論を吹聴する、そういう条件が生まれることを望んでいるに違いない。これ自体が私にとってはもう本当に許せないのですけれども、そういう、彼が今苦しい立場にあるということであります。彼が今までやってきた朝鮮半島問題に関する言説。拉致問題の解決なくして国交正常化なし。北朝鮮の核ミサイルが飛んできたらどうする。北朝鮮は何をしでかすかわからない。最大限の圧力を行使して北朝鮮を交渉に引きずり出す。こういうことを言って来た。
私たち日本人の多くの人も、そう言われるとたじたじとしてしまう。平和憲法を守れとは言う。改憲を許すなとは言う。しかしそう言っても、こういう言説を突き付けられると押し黙ってしまうということがあるわけです。それは結局、我々日本人の多くも、平和、平和と、戦争反対とは言うけれども、結局安倍外交と同じで、やっぱり脅威というものに対して対処せざるを得ない、身構えざるを得ないという見方をしているということです。
まさに、私たち自身がパワーポリティクスの古い考え方に憑りつかれているということです。ですから、そういうことを考えると、安倍政治・安倍外交に引導を渡すためには、やはり主権者である私たち日本人の政治責任ということを深刻に考えなければいけないということであります。
私はその点で、朝鮮に関わる基本認識を正すということが非常に重要だと思います。
客観的可能性として、朝鮮半島で起こる戦争は確実に核戦争です。核戦争となったら、もう勝者はいない。敗者しかいないということです。日本に関して言えば、核の廃墟になる。朝鮮の核ミサイルが報復攻撃として、三沢、横田、岩国、嘉手納、この四か所の米軍基地に飛んできただけで、日本は死の灰に覆われることは確実であります。そうなったら、あとは何をやるのか。何もやれないということです。そういう問題である。
したがって私たちとしては、絶対に朝鮮半島で戦争を起こしてはいけないということを確信として持たなければいけない。北朝鮮が攻めてきたらどうする、核ミサイル飛んで来たらどうすると言われたら押し黙ってしまうというのは、いかに我々が朝鮮半島で起こる戦争が核戦争であるという客観的な重い事実を受け止めていないということを表してもいる。いかに私たちの認識が皮相的であるか、ということでもあるわけです。
したがって、安倍外交の朝鮮敵視政策は犯罪的な誤りであるということを批判し尽くさなければならない。また、最大限の圧力を行使して北朝鮮を交渉の場に引きずり出すというのは、いかに朝鮮の民族的プライドをなめてかかっているかということであります。これは安倍首相の、朝鮮をなめてかかる一種の朝鮮蔑視の端的な表れです。それを本当に批判しつくさなければならない。しかも、核戦争になったら全て終わりということは、安倍首相は口が裂けても言わない。要するに、攻めてきたらどうするとは言うけれども、戦争が起ったらそれはもう全て終わりということは絶対に言わない。これもいかに私たちを欺瞞しているかということです。そういうところも私たちはしっかり見直さなければならないと思います。
私が確信しているのは、日本は実は非常に大きな可能性を持っている。何と言っても世界第三位の経済大国であります。したがって、その日本がアメリカに追随する政策をやめるということ。これだけで国際情勢は、国際的な構図はガラッと変わるわけです。今は米日対中ロ、そして他の非同盟諸国ということになるわけですけれども、それが、米欧対日中ロ、そして非同盟諸国ということになれば、いかに国際的な構図が変わるかということはみなさん理解できると思うのです。そういうものすごい可能性を日本は持っている。それも、私たちは一向に気が付いていない。ここを、私は数十年前から口を酸っぱくして言ってきたのですけれども、悲しいかな誰にも聞き入れられていないということですが、今のこの情勢の展開の中で、私の言っていることの正しさは段々と多くの人が受け入れることになるだろうと思います。
最後に、朝鮮半島に関する基本姿勢を正すということです。つまり、私たち日本人は、本当に歴史的健忘症です。歴史というものを見つめない。あるのは現在、今だけである。したがって過去に起こったことは全て干からびた事実関係であり、何の価値もないというふうになってしまう。
しかし、厳然たる事実は、日本国民は朝鮮半島を植民地支配し、敗戦後の北南分断に道を拓いた、そういう日本国家の歴史責任を負う主権者である。個人個人としてはその歴史責任を負わないということは言えます。しかし、私たちは逃げることが出来ない日本国家の主権者です。その主権者である限りは、そういう過去の犯罪を行った日本国家の政治的責任を自覚しなければいけないし、その政治責任を償っていないならば、それを現在でも償う責任がある。その生きた証がドイツです。その点をやはり私たちはしっかり認識しなければいけない。そして、日本政府が北南和解に資する朝鮮半島政策を行うことを担保する。そういうことを、つまりそういう政権を生み出すということが私たち主権者国民のもう一つの政治責任である、ということだと思います。この点は、この会場に来ておられる日本の人たちに、私は声を大にして申し上げたいことであります。
ちょうど時間が参りました。失礼します。
※最後にコメント
 三点だけ簡単に申し上げます。
一つは、李先生も金記者も、トランプがかなり戦略眼を持ち、情勢認識がしっかりしていて、今の朝米関係の改善が行われているというふうにおっしゃったように私は受けとめたのですけれども、私は正直に言って、トランプには戦略眼は無いし、国際情勢の的確な認識も無いと思います。したがって、朝米関係のプロセスを今後順調に進めるためには、朝鮮側が常に誠意に基づく暫定措置を次々と取っていくことによって、トランプがアメリカはこれについていくことが得なのだと、そういう現実的な判断ができるようにすることがとても大事だと思います。そうしないと、心変わりの早いトランプですからいつ何時気が変わってしまうか分からないと、私はその点は冷めて見ています。
二番目は、習近平・中国ですけれども、習近平は去年の4月に訪米して、トランプと協力して朝鮮に制裁を強化したというのは二つの考慮があるのです。一つは、トランプはオバマと違って朝鮮の体制転換を求めないということを確認し確信したから、このトランプには可能性があるという判断をしたということだと私は確信します。だからこそ今年の金正恩訪朝において、そのことについても中国の認識が示されて、それが金正恩委員長の対米アプローチに大きな影響を与えた可能性は大きいと私は思っています。それからもう一つ、習近平・中国が最も警戒するものは日本の核武装です。したがってNPT体制を堅持するということは非常に大きな目的です。ですからそのためにも、朝鮮が非核化するということはNPT体制を維持するためには大事なことだと思っているということです。
それから三番目が、最後のまとめでみなさんもおっしゃったように、私は安倍政権の政策全体が本当にダメだと思いますけれども、そういう安倍政権のダメダメさを、私たち国民が本当に徹底的に批判しきれないというその弱さ。そこに私は最大の問題があると思います。何か新しい文書が出て来るとその度に安倍批判が高まるのですけれども、喉元過ぎれば熱さを忘れるのです。すぐに元に戻っているではないですか。今また、安倍政権に対する支持率が回復しているのです。こういう状況を許してしまう私たちの政治感覚の無さ、国際情勢認識の乏しさ、こういうところに全ての原因があると、私は思います。
私は正直言ってかなり悲観的です。日本は外圧が無ければ変わることができないという歴史を持っています。ですから今後恐らく、みなさんもおっしゃったように、色々な外圧、例えば日本につけが回って来るとか、「日本は何をやってるんだ」という声が高まることによってはじめて、私たちは強制的に目を覚まさせられる状況になるのではないかと、非常に悲しく現実認識をしております。以上です。