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トルコ経済問題とトルコ・アメリカ関係(中国専門家見方)

2018.08.28.

私は8月13日付のコラムで、トルコのエルドアン大統領の外交政策に関する環球時報社説を紹介しました。社説は、エルドアンの外交政策がトランプ政権の深謀遠慮を欠く対トルコ政策によって基調修正を余儀なくされていることを指摘するものであり、私はなるほどと思ったのでした。しかし、中国専門家のトルコ内外政に関する分析文章を読んでいますと、環球時報社説の指摘だけに基づいて物事を判断することは単純すぎることにも気付かされます。トルコ問題を専門に扱っている方にとっては先刻承知のことかもしれませんが、私を含め多くの日本人はトルコ内外政の深奥については深い知識・理解もないのが現状だと思いますので、いくつかの中国人専門家の分析を紹介しておくべきだと思い立ちました。分析内容、論旨は様々ですが、今日の中国では、客観的分析にかかわる問題であれば百花斉放・百家争鳴であることがお分かりいただけると思います。
 ちなみに中国もトルコ情勢に深い関心を持っていることは、8月18日の中国外交部WSが、同日行われた王毅外交部長とトルコのチャヴシュオール外相との電話会談(トルコ側の申し入れで行われたものと紹介)の内容を紹介していることに窺うことができます。

<8月16日付中国網 中国現代国際関係研究院中東所・李亜男助理研究員「トルコ・リラ暴落 伏線は前々から」>
 8月以来、トルコ・リラの対米・ドル・レートは歴史上の最低レベルを記録しており、‥世界市場に恐慌をもたらし、EUのユーロ及び南アフリカ、メキシコ、インドネシア、インドなどの新興市場諸国の通貨は軒並み下落している。…
 今回のリラ暴落の直接的原因は米土関係の悪化だ…が、リラの引き下げ圧力は2013年以来一貫して存在しており、‥仮に米土関係の悪化がなかったとしても、トルコ経済危機が爆発するのは時間の問題だったのであり、それはトルコ自身の脆弱性に基づくものだ。
 第一、トルコ経済の弱点は明確であり、早急な改革が必要だ。
 トルコは典型的な輸出指向型経済であり、‥「輸出自体が高度に輸入に依存する」という尋常ではない局面を作り出している。経常収支の赤字は毎年膨大であり、2018年の赤字規模は国内総生産の6%以上に達すると見こまれており、これは、世界新興市場国の中で最悪である。
 第二、経済政策は長期にわたって選挙政治に服従しており、経済改革が停滞している。
 エルドアン及び彼の党の支持率は主にトルコ経済の発展によるところが大きい。2012年にトルコ経済の高度成長は収束し、本来であればトルコ政府は産業構造高度化、構造改革、労働生産性向上を推進し、経済の長期的発展のための布石を行うべきだった。しかし、その時期に国内政治の矛盾が拡大し、加えてエルドアンが大統領制への準備を開始し、大統領直接選挙(2014年)、議会選挙(2015年)、憲法改正国民投票(2017年)及び改憲後の議会選挙(2018年)などでの勝利を確実なものにする必要があったため、経済の「発展繁栄」を維持することで得票する必要があり、がむしゃらな経済刺激政策を採用した。
 国内貯蓄の深刻な不足、貿易の毎年の赤字、融資のほとんどは外からの借款しかも短期資本であったことは国際的ホット・マネーの大量の流入を招き、企業債務はうなぎ登り、インフレは深刻化(現在のインフレ率は15.4%で、過去14年来で最高)、生産コストもうなぎ登りとなった。失業率15.39%は2003年以来で最高である。GDPに占める対外債務の比率は50%を超えており、十分な外貨準備はない。
 外からの圧力に関しては、強含みの米ドルがトルコ経済にとって弱り目に祟り目となって働いた。アメリカ連邦準備局が金利を引き上げたことは国際資本の先進国への還流を引き起こし、その結果、新興市場諸国に対する融資コストの上昇を招き、債務状況は悪化し、通貨の深刻な下落につながった。トルコも免れることはできず、「BRICSに次いでもっとも潜在力がある国家」からプアーズ公式発表の「脆弱5国」のトップに陥った。海外は、トルコ経済が「台風級」の危機を引き起こすことを懸念し、その懸念が世界に広がった。
 この結果は大げさに言い立てているわけではない。世界経済に占めるトルコの比重は限られてはいるが、リラが下がり続けるならば、経済全体の動揺を引き起こし、それはEU全体に直接の影響を及ぼす。第一、トルコに来る外からの投資、トルコの債務及び銀行資産の大部分はEU諸国からのものであり、仮に債務不履行が生じれば欧州経済に対して巨大なショックを与える。第二、トルコ情勢が不安定になれば、欧州と中東との間でトルコが果たしている「壁」としての機能を弱めることは必然で、難民危機が再び押し寄せるだろう。欧州にいったん経済及び社会的安全上の問題が出現すれば、その波及は急速に拡大する。
 目下のところ、トルコ政府はリラのレートを安定させる措置を取ることを約束しているが、アメリカが今後も追加制裁を行うならば、いかなる政策の効果も「のみ込まれる」こととなるだろうから、短期的には、米土関係を改善することが波及的連鎖の悪循環を断ち切るもっとも直接的な方法だろう。
 しかし、「ブランソン牧師問題」はアメリカとトルコとの間の矛盾においては小さい比重を占めるに過ぎず、シリアにおける利害の深刻な衝突、クルド武装勢力問題における真っ向からの対立、ギュレン師引き渡し問題における立場の違いを調整することは不可能、さらにはトルコとロシアが接近していることはアメリカとNATOの焦りを増大している、エルドアンはエネルギー輸入の観点からアメリカのイラン制裁に同調しようとしない等々、米土関係が好転することは難しい。
 仮に最終的にエルドアンが圧力に屈して譲歩し、対米関係を緩和するとしても、金融状況悪化、投資筋の対トルコ信用不安、経済管理におけるまずさなど多くの問題があり、経済危機の暗雲は長期にわたってトルコを覆い続けるだろう。
<8月14日付環球時報 陝西師範大学歴史文化学院副院長兼トルコ研究センター主任・李秉忠「土米関係に横たわる構造的矛盾」>
 アメリカのトランプ大統領によるトルコの鋼鉄及びアルミ製品に対する関税4倍措置の発表は、トルコ・リラの大幅な下落を導き、土米関係悪化プロセスはさらに深刻となった。土米関係の悪化は長いプロセスを経ているが、今回の外交危機はアメリカのトルコ内政に対する不満の表れという性格が大きい。また、両国関係の悪化と国際情勢の不確実性も連結しており、国際パラダイムの変化の一種の表れでもある。
 シリア問題、エジプトにおける軍政、ギュレン師及びイスラエル問題における立場の相違により、土米関係は2013年には亀裂が生じていた。すなわち、2013年末にエルドアンは駐土米大使をペルソナ・ノン・グラータと示唆し、彼がエルドアン政権の転覆を謀っているとした。2016年のクーデター未遂事件及び2017年の大統領制国民投票を経て、西側はトルコが親西側デモクラシーの道から離れようとしていると見なすようになった。アメリカの2017年の国家安全保障戦略報告においては米土戦略パートナーシップに言及せず、このことは米土関係が長期的に後退していることを象徴するものだった。アメリカの政府及び学界ではトルコに対するデタランスという主張が現れ、そのことは本年6月のF-35戦闘機引き渡しの暫定停止、トルコ2閣僚に対する制裁実施、そして今回の関税措置へとつながっている。
 土米関係には構造的矛盾が横たわっており、これが両国関係悪化の根本的動因となっている。例えば、クルド問題とトルコの親西側外交との間には調和させようのない矛盾が存在しており、これは構造的問題そのものだ。湾岸戦争当時、トルコはアメリカとの友好を証明するために対イラク作戦に加わったが、その結果はイラク北部のクルド人自治を生むこととなった。クルド人の少なくとも半分はトルコで生活しているため、このことは根本的にトルコの国家利益を損なうものだった。この教訓に基づき、トルコは同国南部に対イラク第二戦線を開くというアメリカの要求を拒否するという「親不孝」を働き、トルコは必ずアメリカの戦略に従うはずだとするアメリカ側の固定観念をひっくり返した。対シリア戦争になると、トルコとアメリカの衝突はさらにハッキリしてきた。トルコはクルド人武装勢力を敵と見なしたが、アメリカは彼らをイスラム国に共同で対処する重要な地上勢力と見なした。「敵」に対する米土両国の認識の根本的対立もまた両国の国家利益の衝突を示すものだった。
 このような国家利益の衝突はトルコの国家としての方向性にも表れ、これまた土米間の構造的矛盾の今一つの表れだった。アメリカが受け入れるのは、世俗的で、親西側、しかも中東問題でアメリカの国家利益に服従するトルコの存在だけである。…しかし、西側の現在のトルコに対する基本的判断は、政治的イスラム及びトルコ民族主義の力が異常に強くなったトルコは西側がますます飼い慣らすことができる同盟国ではなくなっているということだ。‥現在のアメリカとトルコの外交危機は、アメリカがトルコの内政に対して不満を抱いていることによるところが大きい。
 アメリカが現在発動している「経済戦争」は疑いもなくトルコ経済に対して深刻な打撃を与えている。2016年のトルコ経済の活力は下降現象を呈したが、財政的刺激政策のおかげで2017年には引き続き消費、投資及び輸出の大幅な伸びを達成した。しかし、拡張的財政政策は特にインフレ増大、高失業率、リラの下落等の問題をも引き起こしたのであり、さらに難民問題も加わって、トルコ経済は重荷に耐えられなくなった。すなわち、トルコ経済に内在していた構造問題がリラ暴落の根本原因であり、アメリカの制裁は傷口に塩だった。
 ただし、トルコが被っている打撃がどれほどのものかについては、アメリカの制裁がどれだけ続くか、制裁の範囲が拡大するか否か、今後のトルコの経済政策がどういう選択をするか等の要因を見る必要がある。しかし全体としてみれば、トルコは畢竟するに中東の経済大国にして重要な新興経済国であり、その経済的脆弱性を誇張するのは妥当ではない。トルコは最終的に国家利益に合致するような経済政策の調和を図るであろうし、EU、ロシア等諸国はトルコが選択できる経済パートナーだ。また、中東情勢の前途が予想できない状況のもと、アメリカのトルコに対する「お仕置き」にも一定の限度があるべく、過度に拡大することはないだろう。
 以上を総じて見ると、土米関係は短期間で根本的に改善する可能性は乏しく、双方は現在の「冷却」状態を維持していくだろう。トルコが現在行っている政策、ギュレン師に対する立場並びにシリア問題に関する立場及び行動も短期的には変化しないだろう。アメリカのシリア政策、トルコに対するブランソン釈放要求の決意及びギュレン師引き渡し問題に対する態度も短期的には変わり得ない。きわめて可能性が高いのは、双方がブランソン問題で何らかの突破口を探し、メンツを保ちながら危機を適当な範囲内でコントロールするということだろう。  最後に指摘する必要があるのは、土米関係の悪化は世界的な意味を持っているということだ。トランプ当選後のアメリカのふらつき、欧州におけるポピュリスムの台頭及び世界経済の動揺は、目下の世界秩序を第二次大戦終結以来かつてないほどに不確実で予測困難なものにしている。トルコとアメリカという60年以上にわたる戦略的同盟国同士がますます疎遠になりつつあること、エルドアン及びトランプという二人の性格の強さによる不確実性、これに加えてトルコとロシアの関係の急速な改善、アメリカの強引さがさらに強まっていること、これらの趨勢と変化は現在の世界のパラダイムにおける不安定性及び予測困難性に注釈をつけるものである。
<8月23日付解放日報 中国国際問題研究基金会高級研究員(元大使)・呉正龍「米土同盟 袂を分かつことはない」>
 (米土の伝統的同盟関係は深刻な試練に直面しているという問題意識を述べた後)今回の米土外交紛争は、事実上、2016年のトルコにおけるクーデター未遂事件後に米土間に蓄積した矛盾と怨念の集中的な爆発である。アメリカはトルコにおける政変期間中高みの見物を決め込み、「クーデターの黒幕」であるギュレン師の引き渡し・帰国を拒絶した。トルコは、シリア問題解決でロシア及びイランと緊密に協力した。アメリカはシリアのクルド人武装勢力を支持し、トルコはこれを彼らの勢力増大を支援するものと見なした。さらに、双方はイラン核問題等の中東のホット・イッシューにおいて尖鋭に対立した。
 今回の米土外交紛争がこれまでと違う最大の点は、アメリカがトルコに対して最大限の圧力を行使し、トルコが服従することを迫ろうとしていることだ。ムニューシン財務長官は、トルコがブランソンを釈放することを拒むならば、アメリカは更なる制裁を課す計画だと警告した。
 アメリカの制裁に対してエルドアンは、トランプ政権はトルコに対して「背中から切りつけている」と非難し、「新しい友人、同盟国」を探すと脅かした。米土同盟は終わりで、双方は袂を分かつのか、という問いが必然的に出てくる。しかし、答えは明らかにノーだ。
 トルコにとっては、西側との経済貿易及び軍事協力は重要な紐帯だ。経済貿易についていえば、トルコの80%の外資は米欧からのもので、EUはトルコの輸出入の最大の相手先だ。防衛面では、トルコはNATOのメンバーであり、アメリカがトルコに提供している国境情報及び無人機による監視は、トルコがクルディスタン労働党の活動を監視することの助けとなっている。トルコの10の企業工場がF-35戦闘機の部品生産に参画しており、生産額は100億ドル以上になる。仮にトルコがアメリカとの関係を断絶するならば、この空白を埋めることができる国家はない。そうであるが故にトルコは、アメリカに反撃すると同時に、アメリカを「NATOの戦略的パートナー」と強調するのだ。
 アメリカ及び西側全体についていえば、トルコはユーラシア大陸にまたがり、中東地域を扼し、地縁政治戦略的意義は重要だ。アメリカはトルコに空軍基地を置いており、この基地は中東の累次危機において重要な役割を発揮した。仮にトルコを追い出すのであれば、アメリカは戦略的支えの一つを失うこととなるし、欧州も難民流入を抑える壁を失うこととなる。これはアメリカの利益にならないのみならず、トルコをロシアの胸元に追いやることにもなる。
 米土間の矛盾の根本原因は、トルコはアメリカの「コマ」になることを望んでおらず、NATOの「二流公民」になることも望んでおらず、独立自主の外交を行い、様々な経済及び安全保障の機構にフル・パートナーとして参加することにある。その意味からすると、今日トルコが遂行している外交政策は、「脱亜入欧」から「脱欧入亜」ではなくて「欧亜両重」であり、そのことによって更なる戦略的なマニューバビリティを獲得して自国の利益を最大限に実現するということなのだ。