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当代随一のならず者国家「アメリカ」と中国・エルサルバドル国交樹立

2018.08.25.

トランプ政権のアメリカは当代随一の「ならず者国家」です。その無法ぶりがもっとも顕著に発揮されたのは、アメリカ自身も賛成して成立した安保理決議によって全国連加盟国を拘束することが約束されたイラン核合意(JCPOA)から一方的に脱退したのみに留まらず、同合意に違反する対イラン制裁措置を発動するという挙に出たことです。しかもそれだけではありません。朝鮮に対する制裁に関しては、安保理制裁決議を盾にして各国に対して制裁決議に違反する行動をとるなと迫っているのです。
 仮に他の国(例えば、中国、ロシア、朝鮮)がトランプ政権と同じ行動をとったことを考えてみて下さい。日本を含む西側のメディアは総掛かりで糾弾するに違いありません。トランプ政権に対しては批判的な立場をとる米欧のメディアですが、トランプ政権の国際法破りのひどさに対してはほとんど批判の声が上がりません(私が寡聞の故かもしれませんので、情報をお持ちの方は教えて下さい)。日本のメディアも右に倣えです。
 しかし、無政府的国際社会(ヘドレー・ブルのいうanarchical international society)を辛うじて「社会」の体をなさしめているのは国際法の存在であり、しばしば破られるけれども、アメリカを含む国々が国際法上の義務を原則として受け入れ、その法的拘束力を承認しているからなのです。
 例えば朝鮮は、人工衛星を本格的に打ち上げるに際しては宇宙条約に加盟し、同条約上の権利行使として打ち上げています。また、核実験を行うことはNPTによって禁止されていますが、朝鮮はNPTから脱退した上で核実験を行いました。朝鮮がそういう手続きを踏んだのは、国際法の拘束力を認めていればこそなのです。
 しかしアメリカはもともと、国際法に対する国内法の優位性を主張する数少ない国の一つです。しかもアメリカは、国際社会という「社会」の存在に関する概念が希薄です。アメリカにとっては無機的な概念であるinternational system、さもなければアメリカ的価値観に共鳴ないし同調する国々で構成されるinternational communityという概念(アメリカの理念に同調しない国々は「ならず者国家」として排除の対象にされる。日本でいう「村八分」)しかありません。したがって有り体にいえば、アメリカにとっての国際法は、利用できるときには利用する「手段」としての位置づけしかないのです。
 それでも、トランプ政権以前の歴代アメリカ政権は、アメリカの圧倒的優位性を前提できる国際環境(経済におけるIMF・GATT(WTO)体制、政治における権力政治体制)があったこともあり、国際法に真っ向からチャレンジしなければならない場面は少なかったのです。しかし、トランプ政権は、アメリカ自身が作り出したそういうシステム自体に不都合を見いだしているわけです。しかもそれもきわめてご都合主義です。
すなわち、アメリカの圧倒的に優位な国際金融システムはそのまま利用するけれども、GATT/WTOシステムに対してはこれを目の敵にする。軍事同盟システムに関しては、アメリカの世界覇権戦略はそのままにして、同盟国に対してカネを払えと迫る。イラン(JCPOA)に関していえば、娘婿クシュナーがユダヤ系アメリカ人であることからイスラエルに肩入れし、イスラエルが最大に敵視するイランを締め上げようとする。
トランプ政権の無法ぶりを抑えなければ、国際社会はジャングルの掟(弱肉強食)が支配するヤクザの世界になってしまう危険性が大きいのです。国際社会を作り出した歴史を持つ欧州ではさすがにこの危険性に対する問題意識が生まれているようですが、この危険性を真剣に受けとめているのはむしろ中国であり、ロシアであり、そしてイランなどの国々なのです。
 以上、ごく簡単にトランプ政権のアメリカの危険性を紹介した上で、その危険性を例証するケースとして、中国と中米のエルサルバドルの国交樹立に対するトランプ政権のハチャメチャな行動に対する中国の厳しい批判を紹介します。
中国は8月21日にエルサルバドルと国交を樹立しました。これは、5月27日のアフリカのブルキナファソ、6月12日の中米のパナマに続くものです。中国は「一つの中国」原則を堅持しており、中国との国交を樹立する国家は当然のこととして台湾と断交することになります。この結果、台湾で独立志向が強い蔡英文が総統に就任してからの2年間で台湾は5つの国家と断交することとなり、台湾が外交関係を維持しているのは17国だけとなりました。ちなみに、台湾と外交関係を維持しているのは、オセアニアのキリバス、ソロモン諸島、ツバル、パラオ、マーシャル群島、ナウル、アフリカのスワジランド、カリブ海のセントクリストファー・ネイビス、セントルシア、セントビンセント・グレナディーン、ハイチ、中米のグアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、ベリーズ、南米のパラグアイ、欧州のバチカンです。グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、パラグアイ及びバチカンを除けば、私も地図上でどこにあるかを記憶できていません。
 今回の中国とエルサルバドルの国交樹立に対して、8月23日の中国外交部の定例記者会見における記者の質問(浅井注:アメリカ国務省WSはまだ掲載していない。トランプ政権になってからの国務省や国防省のWSの情報更新の速度の遅さはまったく問題で、少なくとも数日遅れがざらです。したがって、間接情報によらざるを得ないことをお断りします)によれば、エルサルバドルの台湾との断交決定に深い失望を表明、同国との関係について検討中、中国が一方的に現状を変更したことを非難、台湾人民に危害を及ぼす脅迫的手段を執らないよう中国に自制を促す、などを内容としたスポークスマンの発言を出し、在「エ」アメリカ大使も、「エ」と台湾の断交は米「エ」関係に影響を及ぼすと発言し、アメリカの在台湾協会も、中国の台湾現状を一方的に変更する行為は地域の安定を損なうと述べ、アメリカの上院議員がアメリカの対「エ」援助を取り消すべきだと発言したなど、これまでにない強硬な反応を示しました。
 自ら「一つの中国」原則を承認して中国と国交関係を樹立したアメリカ(1972年の上海コミュニケ、1979年の国交樹立コミュニケ及び1982年の対台湾武器輸出に関する共同コミュニケでこの原則を再三確認)が、その原則に基づいて中国と国交を樹立し、台湾と断交したエルサルバドルを非難するのは、国際関係上の大原則の一つを土足で踏みつける行動であり、いかなる正当化も許される行為ではありません。これは、トランプ政権が国際法、国際ルールを踏みにじることをまったく意に介さない、当代随一の「ならず者」政権であることを改めて再確認させるものに他なりません。中国側が激しく反応し、批判するのは無理からぬことです。以上に引用した記者の質問、及び24日の定例記者会見における記者の質問(23日にホワイトハウスが声明を出し、エルサルバドルの今回の行動はアメリカ全体の経済及び安全に影響を与えるとし、「エ」が中国の西半球諸国の内政に干渉することを受け入れたことに対して深刻に懸念し、米「エ」関係を改めて検討する、アメリカは中国が西半球に政治的に関与することに今後も反対していく、と述べたことに対する中国側のコメント如何)に対する陸慷報道官の発言、並びに8月23日付の環球時報社説「アメリカの中「エ」国交樹立に対する粗暴な干渉 無鉄砲さの自認」の内容を紹介します。

<陸慷報道官8月23日発言>
 中国と「エ」は独立主権国家であり、自国の対外関係を決定する権利を持つ。両国が一つの中国原則の基礎の上で国交を樹立したのは、歴史の流れに従い、国際法及び国際関係準則に合致し、両国人民の根本的利益にも合致するものであり、それぞれの国家が他の国家との関係を発展させることに影響しない。
 「エ」政府は国連及び他の177ヵ国が行った正しい決定を行ったものであり、他人がこのことに対してあれこれいちゃもんをつけたり、ましてや乱暴に干渉したりするなどのいわれはない。アメリカ自身、40年近く前に中国と国交を結んだ。今のアメリカは、一方で、他の主権国家が一つの中国原則を承認して中国と正常な国家関係を発展させることを妨げ、さらには脅迫し、他方では、蔡英文がアメリカに入って活動することを許している。アメリカのこの手のやり方はまったく道理がなく、中国人民は断固反対だ。我々は、アメリカが一つの中国原則及び三つの米中共同コミュニケの規定を遵守し、中「エ」国交樹立を正しく見守り、台湾関連問題を慎重かつ適切に処理し、「台湾独立」勢力に対して間違ったシグナルを発出せず、中米協力及び台湾海峡の平和と安定を損なわないようにすることを促す。
<陸慷報道官8月24日発言>
 昨日、私はすでにアメリカが他国同士が正常な関係を発展させることに対する干渉に反対であるという厳正な立場を表明した。「エ」は一つの中国原則の基礎の上で中国と国交を樹立したのであり、理にかなった至極当たり前のこと、光明正大なことである。我々は、アメリカが正しく中「エ」国交樹立に相対することを促す。
 8月21日以前の段階で、中国は米州のアメリカを含む25国と国交があり、同地域の発展と安全に影響を与えていないし、積極的にそれを促進している。21日以後に米州に第26番目の国交樹立国ができたわけだが、このことが何故地域の発展と安全に影響するのか、私にはわけが分からない。
 「エ」は国連及び他の177ヵ国と同じ立場に立って一つの中国原則を承認して中国と国交を樹立したのであり、これは歴史の潮流に従い、国際情勢に従い、国際法及び国際関係の基本原則に合致し、中「エ」両国及び両国人民の根本的利益にも合致するものである。他の国がこれをあれこれあげつらうことこそが「エ」の内政に干渉することではないか。一体誰がこの地域に対して政治的に干渉しようとしているのか。答えは言わずもがなだろう。
 ラ米及びカリブ海地域は、世界の多極化及び経済のグローバル化の中における、独立自主で日々発展するパワーである。我々は(アメリカに対し)、他国が自主的に内外問題を決定する権利を尊重し、覇権主義的行動を停止することを懇ろに勧めるものだ。
 (アメリカの一人の上院議員が、台湾と国交を結んでいる国が引き続き台湾と外交関係を維持し、中国大陸と国交を樹立しないようにする法案を準備していることに対するコメントを聞かれたのに対し)アメリカの個々の政治屋が中「エ」国交樹立に対して雑音を出していることに対しては、「エ」大統領及び政府がすでに公式に声明を出し、中国との国交樹立は国際的大勢に合致するだけではなく、「エ」人民の根本的利益にも合致すると述べている。「エ」人民のみが、何が自らの利益に合致するかを知っていると確信する。
 我々は、関連諸国は他の主権国家が自らの対外政策を選択し、制定する権利を尊重し、他国の内政に干渉するようなことを再び行わないことを希望する。
<環球時報社説>
 アメリカ国務省は21日、中「エ」国交樹立にめったにないほど激しく反応し、中国がこのようなことをするのは「一方的に現状を変更する」ものであると表明するとともに、「エ」との関係を念入りに検討していると述べた。アメリカ上院の二人の議員は居丈高に、「エ」は「深刻な誤り」を犯したとし、2019年度国防授権法修正案を提出して対「エ」援助を制限すると述べた。
 中国と「エ」は主権国家であり、両国の国交樹立に関していかなる国の同意を得る必要もない。アメリカが中「エ」国交樹立に対して乱暴に干渉することは現代外交史上きわめてまれに見ることだ。アメリカは、一つの大国が一つの小国に対して他国と国交樹立するかしないかに関して悪らつな先例を作った。
 絶対に指摘しておかなければならないことがある。世界の国々が台湾と「断交する流れ」が始まったのは1970年代であり、アメリカはその時代に「台湾海峡の現状を変更する」先導者だったということである。アメリカは1972年に中国と公にハイ・レベルの外交的接触を回復し、1979年に国交を樹立し、同時に台湾と「断交」した。このプロセスは今日まで約40年間継続しており、「エ」は対中国交問題において「アメリカ・モデル」を採用した最新国である。
 ワシントンが中国と国交を樹立する小国を脅迫するということは一種の堕落だ。それはいかなる法理的根拠もなければ依拠しうる外交的伝統もない。仮にアメリカがこの脅迫を実行に移すのであれば、これまた再度歴史の流れに逆らって動くということであり、自らに新たな罠を作ることになる。
 中国の発展が停まることはあり得ず、現在台湾と国交を結んでいるすべての国々が中国と国交を樹立する可能性考えている。なぜならば、これら諸国の外交正常化において欠くこと能わざる二国間関係だからだ。仮にアメリカがこれら諸国のこの願望を潰そうとするならば、脅迫だけに頼るのではどうにもならず、これら諸国が中国と国交を樹立しないことによって被る様々な損失を補償してやり、これら諸国がそうすることでもっとうまくやっていけるようにする必要がある。
 ワシントンはおそらく、「エ」が中国と国交を樹立することで中国の中米における影響力が増大することを心配しており、それゆえにその反応がことのほか強烈なのだろう。しかし、中国と「エ」は正常な外交関係を樹立し、正常な協力を発展させるだけのことであり、仮にアメリカが中米諸国と中国とのこの種の交流すべてを受け入れられないというのであれば、それはすなわちグローバル化した時代の国際関係の基本的受け皿そのものとそりが合わないということであり、アメリカはますます敏感となり、ますますつらくなるだけのことだ。
 アメリカにピッタリくっついてる限り、中国とは国交を樹立できないというのか。アメリカが中米諸国にそれを迫るということは、これら諸国をして「二流主権国家」に変えることに他ならない。これら諸国はアメリカの覇道に対して反感を抱くだけではなく、台湾に対しても恨みを抱くだろう。なぜならば、これら諸国が台湾との国交を維持してきたのは自ら望んでのことであり、それが今後は強いられてそうするということになるのであれば、永遠に台湾と不義の仲でやっていく必要があるということになるからだ。そうなると、これら諸国は何故早くに台湾を捨て、中国大陸と国交を樹立しなかったのかと後悔することになるだろう。
 以上のすべては、蔡英文当局が「九二・コンセンサス」(浅井注:1992年に中台間で達成された、中台は一つの中国に属し、両岸は国と国の関係ではないとする、両岸関係の基本的性格についての共通認識)を承認することを拒否していることが招いた災いである。蔡英文は、時勢に逆らい、馬英九時代の両岸路線を放棄し、大陸が高速で台頭する時代に、台湾の振り子を分離主義へ押しやっており、これが台湾の戦略上到底支えきれない重石になっている。アメリカの正しいやり方は蔡英文当局に圧力をかけて一線を越えさせないことであるのに、トランプ政権は軽率にも蔡英文の冒険主義を中国に対処する上での新たなテコとして利用しようとしている。
 一つの中国は北京がいかなるコストを支払ってでも断固死守するボトム・ラインであり、蔡英文当局はといえば、「独立を、しからざれば死を」ということではなく、このテーマを弄んで島内における選挙政治に利用する線上ダンスをしているだけのことだ。ワシントンは蔡英文を利用しようとしているが、それは正に一つの中国にチャレンジするという血迷った戦いに間違って入り込もうということであり、絶対に勝ちはない格闘リンクである。
 仮にアメリカが一つの中国を本気でやっつけようとするのであれば、長年にわたって陥ったことがないような超弩級の泥沼に身を突っ込むことになるだろう。その場合にアメリカは、上院議員があげた「エ」に対する援助とはおよそ比較にもならない膨大な資源をつぎ込む準備をする必要がある。しかもワシントンは、台湾海峡問題に関しては、アメリカに付き従って無茶をする同盟国をおそらく見つけられないだろう。