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米ロ関係と中国の核戦略(環球時報社説)

2018.07.29.

トランプ大統領は米ロ関係改善に強い意欲を示しており、プーチン大統領も積極的に応じる姿勢を示していますが、アメリカ国内の抵抗力は強大で、米ロ関係は迷走しています。この問題について、7月18日付の環球時報社説「トランプが自分で作り出した米ロ友好のドタバタ」は、米ロ関係の現状・本質を理解する上で、非常に冷静で、有益な分析を加えています。中国の他者感覚の働きが非常に豊かであることを示す教科書的事例です。
その一方で、米ロ関係をことのほか重視するトランプの発想の根底にあるのはロシアの軍事力特に核戦力にあるとの判断に立って、7月21日付の環球時報社説「拡張大国・ロシアに敬意を払うトランプが示唆すること」は、米中戦略関係における中国の弱点は軍事力特に核戦力であるとし、アメリカと対等に渡り合うためには、従来の限定核デタランス戦略を転換する必要があることを公然と主張しています。この社説の主張に接する米日(政権担当者のみならず私たち核兵器廃絶を主張するものも含む)の反応は、「習近平・大国主義の表れ」として非難・批判することでしょう。
しかし、私としては、社説の主張そのものには同意できない(朝鮮のごく限られた核デタランスを前にして戦略転換を強いられたアメリカ・トランプ政権が、中国の確実な核第二撃能力を過小評価しているはずがない)ながらも、アメリカの冒険主義的軍事挑発のすべての可能性を未然に消し去るためには最大の保険をかけておく必要があるという発想を中国当局が持つことは理解できます。私たちがこの社説から真に汲みとるべきは、核軍拡競争を引き起こすのはアメリカであること、真に核軍縮・廃絶を目指すためには、元凶であるアメリカの核戦略をまな板に乗せなければならない、ということだと確信します。
両社説(要旨)を紹介します。

<7月18日付社説>
 米ロ首脳のヘルシンキ会談後の記者会見は、アメリカの一部議員及び主流メディアにより、トランプの振る舞いは「恥ずべきもの」「吐き気を催させるもの」などといった猛烈な批判を浴び、ひどいのに至っては「国賊」とまで非難された。これらのエスタブリッシュメントは、トランプが「敵と友を逆転した」ことが到底耐えられず、彼がNATO首脳会議出席及び訪英期間中に同盟国を攻撃したことを並べ立て、また、この様をトランプがプーチンに対して敬う姿勢と対比させた。特に彼らが怒り狂ったのは、ワシントンのモスクワに対する「長年にわたる愚かさ」が米ロ関係悪化に責任がある、とトランプが公言したことだ。
 以上から分かることは、トランプがロシアとの関係を改善しようとしても越えられない大山に直面しているということだ。米ロ関係は凍えきっているが、トランプが手にしているのはたった一杯の熱湯でしかなく、春をもたらす魔法の杖は持っていない。トランプとプーチンの個人的関係には障害は見受けられないが、そのプライベートな関係は米ロ関係のカギとなるほどのプラスの資産にはなり得ず、そのエネルギーははなはだ限られている。
 米ロ関係が大きく改善しない根本原因は、アメリカが総じて相変わらず覇権追求の神話にどっぷり浸かっており、トランプの「アメリカ第一主義」がアメリカ人の特権意識を強め、トランプ自身がアメリカ覇権主義の新たな担い手になっているところにある。つまり、米ロ関係改善に必要な新しい戦略的発想と新しい思想的ダイナミズムを共に欠いているのだ。
 多くのアメリカ人は、トランプが何故モスクワとの関係を改善したがっているのかが分かっていない。この大統領は新機軸を打ち出すことが好きで、世論の関心を引きつけることに熱心であるため、多くのものは、米ロ首脳会談をトランプがショックを引き起こそうとする典型事例だと見なしている。
 本当のことをいえば、米ロ関係改善は米ロ両大国にとって益こそあっても害はないし、グローバルな戦略的安定にとっても積極的な意義がある。ところが、トランプ政権には、木を見て森を見ず、誰彼なく罵る、ということが多すぎるので、米ロ・サミットにおける友好的で建設的な雰囲気は逆に「分かりにくい」ものとして際立ってしまうのだ。換言すれば、ホワイトハウスがやることは常に信頼できないために、たまに信頼できそうなことをやっても、世論はまったく付いていけないのだ。
 この世界に根っからの反米国家はいない。なぜならば、反米であることは打撃圧力を受けることと同義であり、それは国家の利益にはならないからだ。ワシントンが「敵対国」と見なす国々はすべてアメリカとの間にある敵対的意識をなくし、友好関係を築きたいと願っている。これらの国々が対抗せざるを得なくなるのは、アメリカが覇権追求政策を放棄しないが故の強いられた選択なのだ。
 トランプの対外政策が乱れている原因は、一つには選挙目当ての私心、二つには自らの直感力に対する絶対的自信と国際関係の基本ルールに対する軽蔑、三つには冒険が好きだということにある。彼の対外的行動は常にポピュリズムに直結しており、プロフェッショナリズムによって濾過されていないために、そのもたらす効果は運次第ということになる。
 アメリカの現下の外交政策は長期的戦略の一環とは到底言いがたく、様々な方向での政策的変動はことのほか一時的な性格が強い。トランプは彼としての執政上の烙印を残すだろうが、その烙印がどれほどに深いものになるかとなると、きわめて不確実性が大きい。
 米ロ関係は、アメリカの側から見れば引き裂かれた状態にあるが、このこと自体、アメリカという国家の内部における権力の中心があまりに多いということを描き出すものである。非西側国家がアメリカとの関係をうまくやることが非常に難しいのは、アメリカにおいては牽制し合う力が多いだけでなく、それぞれが大きな力を持っていることにある。この点を理解することは、中国及びロシアにとっておそらく非常に重要である。
<7月21日付社説>
 トランプは一再ならず、ロシアとアメリカは世界で二つの最大の核保有国であり、両国の核兵器を合わせると世界の90%を占めるのであるから、アメリカはロシアとうまくやっていかなければならないと強調する。米ロ関係を発展させるという問題に関しては、トランプは頭脳がしっかりしているというべきだ。
 ロシア経済は目下のところかなり弱く、GDPでいえば世界の10位以下であるが、軍事力特に核戦力によって、世界でもっとも影響力のある国家の一つという地位を維持している。ロシアとアメリカは中東及び欧州で深刻な地縁政治上の対立にあるが、トランプがアメリカの対ロ強硬政策を突然転換し、プーチンに低姿勢を示すのは、彼自身がいうように、ロシアが核大国であることによるものだ。
 米ロが関係を改善することは一朝一夕にしてなるものではなく、両国は欧州及び中東における戦略的妥協を実現することはきわめて難しいし、関係が改善するとしてもまた新たな摩擦が生まれ、両国関係は新たな潰瘍に苛まれるだろう。
 とは言え、トランプがロシアに対して示す特別の尊重という点については、我々としてもじっくりその意味を考える価値がある。トランプは実力だけを重んじる人物であり、軍事力、何よりも核戦力こそがトランプの重視するものだ。有り体にいえば、これは伝統的な地縁政治学における典型的な考え方であり、すべてのゲームは究極的には最終的力を以てするゲームである。
 アメリカはすでに中国を戦略的ライバルと規定しており、中国に対する圧力を次第に強化するであろうし、貿易戦争はその序の口に過ぎず、両国間の緊張はさらに多くの領域に向かって拡散していくリスクがある。間違いないことは、このプロセスの中でホワイトハウスは多くの評価を行うだろうが、その中には、中国がどれぐらいの核弾頭を持っているかという、中米の現実の摩擦から見るとかなり遠くにある問題に関する計算も含まれるだろうということだ。
 中国とロシアとの違いは、中国の経済的実力が大きく、ゲームの手段は多様であるということで、これは我々の優位な点だ。しかし、中国の軍事力は相対的に弱く、この点は我々の弱点だ。その中でも中国の核戦力はアメリカとの差が甚だしく、これが中国にとっての重大な弱点となっている。
 中国の戦略サークルで支配的な見方は、核兵器はある程度で十分であり、多すぎる核兵器を持つのはコストがかかりすぎるし、他国の警戒心を引き起こして法外な戦略的不確実性をもたらす、とするものだ。この見方に基づけば、中国は戦略的核兵器の数量を増やす必要はなく、核兵器の現代化に重点を置くことで、確実な第二撃能力を確保すべきだとする。しかし我々は、以上の見方は大国の戦略的核態勢に関する深刻かつ誤った判断だと考える。
 中国は今やグローバルな影響力を持ったパワーであり、我々が直面している戦略的リスク及びゲーム上の圧力は小国と比較して格段に大きく、何をもって「ある程度で十分」とするかについては改めて考える必要がある。すなわち、中国の核兵器は第二撃能力を確保する必要があるだけではなく、外部勢力が中国に対していかなる軍事的恫喝をも行うことができないだけの強大なデタランスを備えることを促進するべきであり、核デタランスは基盤的役割を担うべきである。大国間でいったん軍事的摩擦が起きれば、必然的に互いの対決する上での究極的意志を推し測ることになり、その際の意志の最終的頼りは核の力だ。アメリカがソーセージを切り取るようにNATOの東方拡大を行いながらも、ウクライナやシリア等の具体的摩擦においてはロシアと真っ向勝負に出ることができない最大の原因は、おそらく超弩級の核の力を有するロシアがアメリカの邪魔をすることを恐れるからだろう。
 南シナ海や台湾海峡でアメリカが時として居丈高な振る舞いをするのは、中国の核の力が「十分でない」ことを知っているからだ。アメリカの中国に対する戦略的傲慢は、相当部分がアメリカの対中核絶対優位によるものである。我々が憂慮するのは、アメリカがこの傲慢さをもってさらに冒険主義的な対中軍事挑発を行う日が来るかもしれないということであり、そうなれば、中国はきわめて厳しい試練に直面することになるだろう。
 中国は戦略的核戦力の開発のスピードを速めるべきであり、様々な先進的ミサイルもタイミング良く登場させるべきだ。我々は強大な核戦力を確実に保有すべきであるのみならず、この核戦力に支えられた、国家の核心的利益を守り抜く確固とした意志があることをすべての外部勢力にハッキリと確信させるべきである。
 言うまでもないが、中国が他の重要な経済発展上の利益を犠牲にするなど、すべてを犠牲にしてまで核戦力を強化すべきだと考えているわけではない。しかし、核戦力強化は最重要事項の一つとして計画し、不断に実行に付すべきである。我々は、核戦力強化は一刻もおろそかにすることができないという認識を持たなければならない。