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JCPOAをめぐる動き(フォロー・アップ)

2018.07.16.

<イランの動き>
5月19日のコラムでイラン核合意(JCPOA) に関するトランプ大統領による一方的脱退発表後のイラン内外の動きをまとめて紹介しました。イランがJCPOAに今後も留まるかどうかのカギは、他の締約国(英仏独EU中露)、特に欧州諸国が、アメリカが再開するイランに対する制裁措置、特に二次的制裁によってイランが被ることになる被害をどこまで無害化できるかにかかっています。イランは、欧州側が回答をズルズル引き延ばすことを警戒しており、欧州側ができる限り早く明確かつイランが納得できる解答を出すことを要求しています。
 ちなみに、アメリカによるイランに対する制裁は、8月7日及び11月5日に発動されることとなっており、制裁対象は次のとおりです(海外投融資情報財団調査部上席主任研究員である寺中純子氏「米国のイラン核合意離脱と制裁復活」表1から)。

〇2018年8月7日以降
 ・イラン政府による米ドル紙幣購入や取得
 ・イランとの金や貴金属の取引
 ・グラファイト、アルミニウム及び鉄鋼などの金属の原料または半完成品、石炭、産業用ソフトウェアのイランに対する直接または間接的な販売や供給、それらのイランへのまたはイランからの移転
 ・イラン・リアルの購入や販売に関する相当額の取引、イラン国外にある相当額のイラン・リアル建て資金や口座の維持
 ・イランの公的債務の購入、引受、発行促進
 ・イランの自動車産業にかかわる活動
〇2018年11月5日以降
 ・イランの港湾運営、海運、船舶建造部門(イラン国営会社IRISL、South Shipping Line Iran、これらの関連企業)にかかわる活動
 ・石油関係、特にイラン国営石油会社NIOC、Naftiran Intertrade Company (NICO)、イラン国営タンカー会社NITCとの、イランからの石油、石油製品、石油化学製品購入などにかかわる活動
 ・2012年度国防授権法(NDAA)第1245条に基づく、外国金融機関によるイラン中央銀行CBIや制裁対象のイラン金融機関との取引
 ・CBI及びイランの大量破壊兵器取得やテロ支援活動、マネーロンダリングなどの促進につながるような取引を行うイラン金融機関に対する特定の金融メッセージサービスの提供
 ・保険引受、保険または再保険の提供
 ・イランのエネルギー・セクターにかかわる活動
 6月12日、ロウハニ大統領はフランスのマクロン大統領と電話会談を行い、「イランが協定(JCPOA)の利益を享受できないのであれば、JCPOAに留まることは現実的に不可能である」と述べました。また、イラン外務省のアラグチ次官はユーロニューズとのインタビュー(6月22日)の中で、5月10日のハメネイ師発言(5月19日のコラム参照)を受ける形で、「ほとんどのイラン人は欧州を信用しておらず、したがって欧州側はイランの人々の信用を勝ち取るためにもっと努力するべきだ」とし、具体的に「我々にとって重要なことは、欧州企業のイランにおけるプレゼンス継続、いかなる障碍もなしに原油を販売し、石油収入を銀行口座に預けること」、「イランと欧州の間の銀行間のリンクを維持するために欧州側が適当なチャンネルを見つけること」であると指摘しました(同日付IRNA)。アラグチ次官は、JCPOAが今や緊急治療装置の中にある状態であり、数週間という期限はもうすぐオーバーになるとも警告しました(イラン放送・英語版WS)。同次官は翌6月23日に、6月末までにEUがJCPOAを救済するためのパッケージ案を提案することを約束したとも発言しました(同)。
 イランは最悪の事態に備えて、国内的に様々な行動を取る(最高指導者ハメネイ師の国民を鼓舞する演説(6月30日)、三権の長の会合による協調した国内対策を行うことの合意(同日)とともに、ロウハニ大統領が活発な外交活動も展開しました(7月2-4日のスイス及びオーストリア訪問-オーストリアは7月からEUの輪番制議長-。7月5日のメルケル首相及びマクロン大統領との電話会談)。
<JCPOA第1回合同委員会>
これらを背景として、7月6日にウィーンで、EU上級代表のモゲリーニを議長に、イラン及び英仏独中露外相の出席のもとでJCPOA第1回合同委員会が開催され、JCPOAを完全かつ効果的に実行することを呼びかける声明を発表しました。同日付のイラン通信社IRNA英語版WSは声明全文を伝えました。その主な内容は次のとおりです。
〇合同委員会がJCPOAの実行を監督する責任を負うこと(第2項)
〇以下の目標に関するコミットメントの確認(第8項)
 ・イランとの経済的及び部門ごとの関係の維持及び促進
 ・イランとの実効的な金融チャンネルの保全及び維持
 ・イランによる石油及び液化天然ガス、石油製品並びに石油化学製品の輸出継続
 ・海上(輸送及び保険を含む)、陸上、航空及び鉄道による輸送関係の維持
 ・輸出信用保険の促進
 ・イランと取引する事業者(特に中小企業)に対する明確で実効的なサポート
 ・イランにおける更なる投資の奨励
 ・事業者が行うイランにおけるまたはイラン関連の投資その他の商業的及び金融的活動の保護
 ・イランとの貿易及びイランにおける投資に関する実際的サポート
 ・アメリカの制裁の領土外適用から企業を保護すること
  参加国は、EUがEU加盟国の会社を保護するためのEU阻止法を改訂中であり、また、欧州投資銀行の対外貸し付け権限をイランに及ぼすべく改訂中であることに留意した。
  参加国は、二者間の努力を通じ、また、国際的パートナーがイランとの経済関係において類似のメカニズムを設けて同じ政策に従うことを促すための取り組みを通じて、以上の課題に取り組む。
〇共通の努力を促進する目的での合同委員会(閣僚レベルを含む)の再招集合意(第10項)
<合同委員会及びその声明に対するイランの立場・行動>
 上記合同委員会に出席するべくオーストリアを訪れたフランスのドリアン外相は7月6日、「アメリカの制裁をやり過ごすための金融メカニズムを作るつもりだ」、「そのメカニズムを8月及び11月に制裁が課されることになる前にやろうと努力している。ただし、8月までというのはやや時間が短すぎ、我々としては11月までにはやるべく努力している」と発言し、ドイツのマース外相も、新たなアメリカの制裁のためにイランを去ろうとする企業を完全に補償することはできない」と述べていました(同日付イラン放送・英語版WS)。上記声明もそういう内容として理解されます(例:第8項中の「イランと取引する事業者(特に中小企業)に対する明確で実効的なサポート」)。
 このような発言及びそれを受けた声明の内容は、トランプのJCPOA脱退及び制裁再発動発言に対して45-60日以内に欧州側がイランの利益を完全に保証する具体的で実効的な措置を講じることを求めていたイラン側の立場とは大きく離れています。したがって、今回の声明に対するイラン側の受けとめ方が注目されるわけです。
 これまでのところ、イラン側の反応は比較的抑制されたラインで推移してきています。
 合同委員会の終了後、イランのザリーフ外相は記者団に対して次のように発言しました(7月6日付IRNA英語版WS)。
・我々としては、合同委員会声明に盛り込まれた、我々が議論し、合意した諸点を相手側が実行するかどうかを見守ろう。
・(提案されたパッケージが実行可能かと問われて)我が方の見解では、十分でもないし、詳細でもない。パッケージに入っていないいくつかの点は声明の中には入っており、交渉当事者はそれらの残りの点についても(最終)パッケージに盛り込むことを政治的、法的に義務づけられている。
・(パッケージがいつまとまるかについて)パッケージはほとんどできあがっており、約束は明確だ。運用されるのを待つだけだ。
・パッケージを実行に移すのは段階的であり、実行に移すのに時間がかかるものもある。
・重要なことは、世界の貿易コミュニティ及びイランの貿易コミュニティが将来に対して確信と信用の気持ちを持つことだ。私はイラン国民特に事業者が将来に対する確信を持って行動することを希望する。
・アメリカ以外の当事国は、アメリカが抜けたJCPOAがイランの経済的利益を保証するべく、今日の会合において非常に真剣で建設的な努力を行った。
・アメリカの違反に対して、イランは(JCPOAに基づき)必要な行動をとる権利があるが、他の当事国の要請に応じ、イラン国家の利益が満たされることを当該他の当事国が確保するべく、行動をとることを延期した。最初に、我々は彼らが約束を行動に移すチャンスを与える。今日、彼らはどのように行動に移すかについて説明した。…彼らが約束に違えた場合には、我々は行動をとることを考えることになるだろう。
・今日の会合で、アメリカの緊密な同盟国である3国(英仏独)がワシントンに対決する決心であることを知った。
7月7日には、三権の長による第4回経済協調最高会議が開催されました。この会議の席上でロウハニ大統領は、彼のスイス及びオーストリア訪問並びに英仏独首脳との電話会談に言及して、欧州諸国はJCPOAに基づくイランとの経済協力に関する政治的意思を持っているが、それを実行するためには彼らが現実的ステップを取ること、明確な行政的決定を行うことが必要だと述べました(同日付大統領府英語版WS)。
 また、イラン外務省のアラグチ次官は7月10日、JCPOAに関するウィーン会合はアメリカの国際的孤立を明らかにしたと述べるとともに、会合において石油及び銀行業務について一定の具体的事項が議論されたと指摘しました。また会合の成果について問われ、最終声明はJCPOAを廃棄させようとするアメリカの意思とは裏腹に、これを維持させようとする加盟国の決意を強力に示すものだったと評価しました(同日付IRNA英語版WS)。
 7月11日にイラン外務省のカセミ報道官は、トランプのJCPOA脱退以後、イラン政府は多くの国々にイランの立場を説明するべく特使派遣を行っていると説明する(5月10日にロウハニ大統領が上海協力機構の会合に出席するために訪中したことも中露首脳との協議という意味があったと説明)とともに、その一環として、ハメネイ師の外交問題シニア・アドヴァイザーのヴェラヤティ氏が7月11日から、JCPOAに関するイランの立場を明確に伝えるために、ロシア(7月12日にプーチンと会談して、ハメネイ師及びロウハニ大統領の親書を手交)及び中国の歴訪に出発すると発表しました。カセミ報道官は、JCPOA実行継続を保証する欧州側の合理的かつ現実的な提案が早く提出されることへの期待を示しました(同日付イラン放送・英語版WS)。
 7月15日、ハメネイ師はロウハニ大統領以下の内閣と会見し、欧州側はJCPOAの実行継続に関する所要の保証を提供しなければならないと発言すると同時に、ロウハニ大統領が最近の欧州旅行でとった「強力な」立場を賞讃しました(同日付イラン放送英語版WS)。その後での閣議では、政府を支持したハメネイ師の明確な発言が高く受けとめられました(同日付大統領府英語版WS)。ハメネイ師がロウハニ大統領及び内閣の政策を肯定したわけです。このことは、イラン国内の「原理派」(IRNAなどもprinciplistという表現で紹介。マスコミのいう「強硬派」?)のロウハニ政権批判・攻撃の気勢をそぐもので、ロウハニ政権としては力強い後ろ盾を得たということでしょう。
 以上から明らかなとおり、イランとしては合同委員会声明をとりあえず評価し、今後の欧州諸国の対応を見守っていく方針であることが窺えます。当初は早急な対応を求めていたイランですが、トランプ政権の対イラン制裁が出そろうのは11月初であることを考えれば、11月までを待たずに性急な決定を行うことは適切ではないとする判断に至ったと考えられます。
 また、今後の可能性としては、イランでの石油開発からのトータルなどの撤退に対してはロシア(及び中国)企業が開発を引き受ける動きも報道されています。イラン石油の輸出を封じようとするアメリカの動きに対しては、トルコ、インドがすでに国連安保理制裁決議以外には従わない立場を明確にしています。ロシアも石油と商品との取引などの手でイランに協力する可能性を提起しています(ポンペイオ国務長官自身も、石油取引については国ごとの弾力的対応の可能性を示唆)。
また老朽化が深刻なイラン航空業にとって、アメリカによる二次的制裁発動を避けたいエアバス、ボーイング、ATRが契約を履行できなくなることに対しては、ロシア製の航空機に目を向ける動きも伝えられています。可能性としての話ですが、多国籍企業のイランからの撤退については、欧州諸国としては手の打ちようがないとしていますが、その分野についてはロシア及び中国が可能な限り穴を埋める(露中大企業による代位)ことで、JCPOA全体の実効性(イラン経済にとっての利益確保)を確保することも考えられている可能性があります。すでに述べたヴェラヤティ氏のロシア及び中国訪問の動きが注目される所以です。
 今後も予断できない情勢が続きます。引き続きフォロー・アップしていこうと考えています。