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脱パワー・ポリティックスを志向する習近平外交

2018.07.08.

6月22日及び23日に中共中央外事工作会議が開催(前回は4年前)され、習近平が中国外交について演説を行いました。会議を主催した李克強首相はこの演説について、「党及び国家の事業という全局に基づいて第18回党大会以来の対外工作において獲得した歴史的成果を全面的に総括し、中国及び世界の発展の大勢を正確に把握し、新時代における対外工作を如何に行うかに関する理論および実践にかかわる問題について答えを出し、新時代の対外工作を全面的に推進するために前進する方向を明確化し、根本的な拠りどころを提供した」と指摘しました。また、中央外事工作委員会弁公庁主任の楊結篪は総括演説において、「今回の会議の最重要の成果は習近平外交思想の指導的地位を確立したことだ」と指摘するとともに、「習近平外交思想は'習近平新時代中国特色社会主義思想'の重要な構成要素であり、習近平を核心とする党中央の治国理政思想の外交領域における重要な理論的成果であり、新時代における中国の対外工作における根本的拠りどころ及び行動指南である」と規定しました(6月23日付中国外交部WS)。
私はかねてから習近平外交に注目しています。日本国内(をはじめとするいわゆる西側諸国)では、「大国外交」を正面から押し出す習近平外交に対して、「大国主義」というレッテルを貼って批判の対象とするステレオタイプの見方が支配的です。しかし、国際政治学におけるイギリス学派の泰斗であるヘドレー・ブルの古典的名著"the Anarchical Society"を待つまでもなく、国際社会における「大国」とはマイナス価値とは無縁な、国際社会を成り立たせる制度(institution)の一つです(確かに大国は、しばしば自らの利益を追求して中小国を犠牲にすることがあることは事実ですが)。つまり、国際社会における大国は、中小国にはない、国際社会を社会として成り立たせる制度としての役割を担う存在なのです。中国は、そういう制度としての「大国」が国際社会・関係において担う役割を明確に認識し、責任ある大国として外交を行うことを鮮明にしています。
 今回の習近平演説の全容はまだ明らかにされていません。しかし、6月23日-26日の4日間の新華社電で紹介された「中央外事工作会議の精神を貫徹実行する」と題する人民日報評論員文章(以下「評論員」)及び6月25日付の新華社WSに掲載された「習近平外交思想 中国の特色ある大国外交における新局面創造を導く」と題する文章(以下「新華社」)は、その主要な内容及び特徴を紹介するものとして注目されます。両文章に拠りながら、習近平外交思想の概要を紹介したいと思います。
 評論員は、①中国大国外交の根本的拠りどころ及び行動指南、②国際情勢に関する正確な把握、③大国外交の成果からくみ取った知恵と力、④中国の特色ある大国外交の結晶、以上4つの部分から構成されます。これに対して新華社は、評論員の③の部分はなく、評論員の①の部分を「習近平外交思想の精髄・要点」、評論員の②に当たる部分を「正しい歴史観・大局観・役割観の樹立」、そして評論員の④に当たる部分を「新時代の対外工作の重点」という見出しで紹介しています。内容的には新華社の見出しの方がそのものズバリで分かりやすいと思いますので、以下では新華社の見出しに従って①「精髄・要点」②「歴史観・大局観・役割観」、④「重点」とし、新華社では触れられなかった評論員の③の部分については「知恵・力」とします。

<習近平外交思想の「精髄・要点」:脱パワー・ポリティックス>
 習近平外交の「精髄・要点」は「10の堅持」としてまとめられています。すなわち、①党中央の権威を擁護することを統率として、党の対外工作に対する集中的統一的指導の強化を堅持すること、②中華民族の偉大な復興を実現することを使命として、中国の特色ある大国外交の推進を堅持すること、③世界平和を擁護し、共同発展を促進することを趣旨として、人類運命共同体の構築を推進すること、④中国の特色ある社会主義を根本として、戦略的自信を強化すること、⑤共商共建共享を原則として、一帯一路建設を推進すること、⑥相互尊重及び合作共贏を基礎として、平和的発展の道を歩むこと、⑦外交的布石を深化することに依拠して、グローバル・パートナーシップを作り上げること、⑧公平正義を理念として、グローバル・ガバナンス・システムの改革を導くこと、⑨国家の核心的利益をボトム・ラインとして、国家の主権、安全及び発展上の利益を擁護すること、⑩対外工作の優良な伝統と時代的特徴の結合を方向として、中国外交の独特のスタイルの創造を堅持すること、です。
 以上の「10の堅持」のうち、①、②、④、⑨及び⑩は中国外交の立脚点にかかわるものですが、③、⑤、⑥、⑦及び⑧は習近平外交思想の特徴的要素をあげたものです。私流に一言でまとめれば、ゼロ・サムの権力政治を排し、ウィン・ウィンの脱権力政治を志向することに特徴があると言えます。すなわち、習近平外交のキー・ワードは人類運命共同体構築、一帯一路建設推進、合作共贏、グローバル・パートナーシップ、そしてグローバル・ガバナンス・システム改革の5つです。
 私はかねがね、21世紀国際社会を20世紀までの国際社会と画然と区別する特徴は、人間の尊厳(普遍的価値)の国際的確立、国際相互依存の不可逆的進行、地球的規模の諸問題の山積にあると指摘してきました。この3つの特徴に共通するのはゼロ・サムの権力政治を過去の遺物とし、ウィン・ウィンの脱権力政治を必然的に要請する点にあります。そういう私の確信に基づけば、習近平外交の精髄・要点、特に以上の5つのキー・ワードは実に正しい方向性を備えていると言えるのです。私が習近平外交を高く評価する所以はまさにここにあります。
 巷間で支配的な見方は、習近平外交を特徴づけるのは、9番目に掲げる「国家の核心的利益」を「ボトム・ライン」とする立場の堅持、特に南シナ海、東シナ海における領土的「拡張主義」である、とするものです。しかし、この点だけを特筆大書して習近平外交のすべてだと決めつけるのはあまりにも偏っています(「10の堅持」の一つ、しかも⑨番目にあげられているという事実に鑑みても)。
 また、この問題の歴史的経緯を知る者である限り、以上の領土問題をもって中国の「拡張主義」を云々するのは失当であることは明らかであると言わなければなりません。
南シナ海の島嶼(東沙、西沙、南沙)に関する中国の領有権に関して言えば、1970年代に至るまで中国の領有権は国際的に広く承認されていました(いわゆる「九段線」の国際法上の説得力は別問題)。1970年代にこの海域に石油・天然ガスの埋蔵が報告され、中国が文化大革命のさなかにあって外に目を向ける余裕がなかったときに、ヴェトナム、フィリピンなどがいくつかの島々に領有権を主張し、軍隊を駐留させたために、問題が「国際化」したのです。中国はこれら諸国の行動を批判しましたが、改革開放で国力が伸張したことを背景に、近年になって対抗措置(いくつかの島礁における埋め立て、軍事基地建設)を執ることとなりました。この行動が「拡張主義」と批判されるのは、中国にとってはまったく受け入れることができないものです。
 東シナ海(具体的には尖閣)に関していえば、1972年の日中国交正常化に際し、両国首脳間で「棚上げ」が合意され、1978年の日中友好平和条約批准の際に訪日した鄧小平の発言においても再確認されました。ところが日本政府は、民主党政権時代に「棚上げ合意」は存在しないと主張しはじめ、安倍政権もその立場をちゃっかり引き継いだのです。中国からすればまさに「売られたけんか」なのです。
<習近平外交の「歴史観・大局観・役割観」:戦略的アプローチ>
 新華社が解説する習近平の「正しい歴史観」の要諦とは、「現在の国際情勢がいかなるものであるかを見るだけではなく、歴史という望遠鏡を通して、過去を回顧して歴史的法則性を総括し、将来を展望して歴史の前進する大勢を把握する」ことです。改めていうまでもなく、安倍外交だけではなく、日本外交にもっとも欠けているものです。評論員は具体的に次のように解説しています。
 歴史的に見る時、中華民族が立ち上がって豊かになるまでの毎回の飛躍は、‥きわめて複雑で厳しい内外情勢のもとで、長期にわたる卓絶した艱難辛苦の闘争を経て実現したものである。中国はすでに歴史における新しい起点に立っており、中華民族の偉大な復興を実現する輝かしい見通しを迎えているが、前途には様々な難題及び挑戦があり、多くの新たな歴史的特徴を体した闘争を果敢に進めなければならない。
 新華社が解説する習近平の「正しい大局観」とは、「現象の細々したところがどうであるかを見るだけではなく、本質及び全局を把握し、主要矛盾、矛盾の主要面をがっちり掴み、多彩で変化に富む国際的事象の中で方向を見失い、枝葉末節にこだわることを避ける」ことです。まさに弁証法的アプローチであり、日本外交に著しく欠けているものです。評論員は具体的に次のように解説します。
 大局的に見れば、世界は今大発展、大変革、大調整の時期にあり、平和と発展は引き続き時代の主題であり、現在世界に現れている様々な乱れた現象は平和と発展という主題が適切に解決されていないことを反映したものである。我々は、平和と発展という大勢は不可逆であることを確信し、平和、発展、協力、共贏という旗を引き続き高く掲げ、相互尊重、公平正義、協力共贏の新型国際関係の建設促進に努力し、人類運命共同体構築を推進し、人類の平和及び発展という崇高な事業を不断に推進していく。
 新華社が解説する習近平の「正しい役割観」とは、「冷静に様々な国際現象を分析するだけでなく、自らをその中に投じ入れて中国と世界との関係の中で問題を見つめ、世界のダイナミックスの変化の中における中国のポジション及び役割を見極め、中国の対外方針及び政策を科学的に制定する」ことです。これは、自己中心で物事を考える私たち日本人とは異なり、「他者感覚」が豊かな中国人が自らをも「他者化」して、自らの国際的役割をも客観的に見る目を持っていることを示しています。評論員は具体的に次のように説明します。
 中国はますます世界という舞台の中央に歩み寄っており、中国の発展は対外関係とさらに緊密になっている。中国の世界に対する影響は不断に深まるし、世界の中国に対する影響も不断に深まっている。中国は確固として平和的発展の道を歩むべきであり、自国をして発展せしめれば世界にチャンスをもたらすし、中国としてはさらに積極的にグローバル・ガヴァナンスに参与し、国際関係において更なる役割を発揮する必要がある。…
 現在、国際情勢は深刻かつ複雑に変化しつつある。我々は、世界の多極化の流れが加速していることを把握するとともに、大国間関係が大きな調整を遂げる傾向にあることも重視するべきだ。経済のグローバル化が発展し続ける大勢を把握するとともに、世界経済のダイナミックスが深刻に変化している動向も重視するべきだ。国際環境が全体として安定している大勢を把握するとともに、国際安全保障上の朝鮮が錯綜して複雑であるという局面も重視するべきだ。様々な文明が交流し、学び合う大勢を把握するとともに、異なる思想、文化が互いに激しくぶつかり合っている現実も重視するべきだ。
 中国の発展における歴史的な収斂の時期と世界の発展におけるモデル・チェンジに向けた過渡的な時期とが相乗的にもたらしている様々なリスク及び挑戦に適切に対処し、それを取り除くことは、対外工作が担わなければならない重要な職責である。
<習近平外交思想の「知恵・力」:理想主義的リアリズム>
 評論員は、習近平外交が、大所高所に立ち、全局を総攬して、中国の特色ある大国外交の新たな道筋を切り開いてきたとして、8点のポイントにまとめています。私はかねてから、政治(内政であると外政であるとを問わない)におけるアプローチのあり方として、現実主義的現実主義(保守)、現実主義的理想主義(改良)、理想主義的現実主義(改革)、理想主義的理想主義(理想)の4つの類型があると考えています。私自身が目指すのは第三の理想主義的現実主義(リアリズム)ですが、習近平外交もまさにそれであり、私としては首肯できる点が多いわけです。評論員があげている8点は以下のとおりです。
第一、(中国と世界との関係において歴史的な変化が起こっており、相互関係が日増しに密接になっていることを踏まえて)国内及び国際の二つの大局を統一的に計画することを堅持すること
第二、(千々に乱れる現象に惑わされず、艱難辛苦を恐れない)戦略的自信を堅持し、戦略的レジリエンス(定力)を保つこと
第三、(人類運命共同体構築、新型国際関係構築、正しい義利観の提起などの)外交上の理論および実践における創造推進を堅持すること
第四、(全方位外交の積極及び展開、グローバルに行きわたらせるパートナーシップのネットワークの形成等による)戦略的プランニング及びグローバルな布石を堅持すること
第五、(台湾独立活動に対する断固とした反対及び防遏、反中勢力の浸透に対する防遏及び打撃、国家主権・安全保障・領土保全の断固たる擁護など)国家の核心的利益の防衛を堅持すること
第六、(協力共贏を旗幟鮮明にし、ゼロ・サムを行わず、唯我独尊にならず、中国と世界との協力共贏の新たなダイナミックスを切り開き、途上国に対しては能うかぎりの援助を提供し、信義を語り、情義を重んじるイメージを樹立することで)協力共贏及び義利相兼を堅持すること
第七、(相互尊重、平等相待を主張し、以大欺小、以強凌弱に反対する)相互に尊重し、互いの利益及び関心を考慮することを堅持すること
第八、(国際情勢における不安定、不確実、予測不可能な要素が増え、中国の発展が胸突き八丁の時に差し掛かっていることを踏まえ、様々なリスク及び挑戦を防止し、解決するとともに、能力を超えたことをせず、決定的な間違いを犯さない)ボトム・ライン思考及びリスク意識を堅持すること
<習近平外交の「重点」:中国にとっての歴史的節目を意識した意欲的な外交的取り組み>
 評論員は、2018年の今年は第19回党大会の精神の開始及び改革開放40年の年、2019年は建国70周年の年、2020年は全面的に小康社会の建設を完成させる年、2021年は中国共産党成立100周年の年、2022年は第20回党大会開催の年と指摘し、今後5年間が中国にとって特に重要な歴史的節目に当たっていることを強調しています。対外工作においても、このことを座標軸とし、全般的に思考をめぐらし、ステップを積み重ね、総合的な効果を発揮させる必要があるとしています。具体的には次の7点です。
 第一、人類運命共同体構築の旗印を高く掲げ、グローバル・ガヴァナンス・システムが公正かつ合理的な方向に向かって発展することを推進すること。中国は「天下を以て己の任とし」、新型国際関係の建設を推進し、人類運命共同体の建設に一体となって取り組むべきである。中国は一貫して、世界平和の建設者、全世界の発展の貢献者、国際秩序の擁護者である。
 第二、一帯一路の建設を強力に推進し、対外開放を新たなレベルに高めることを推進すること。共商共建共享の原則を堅持し、第2回一帯一路国際協力サミット・フォーラムを開催し、一帯一路建設を深々と実施に移し、確実にあまねく行きわたらせ、人類運命共同体構築という目標に向かってたゆみなく邁進する。
 第三、大国関係を巧みに運営し、総体的に安定し、均衡的に発展する大国関係の枠組みの構築を推進すること。中国は、他の大国との間で、対話を強化し、相互信頼を増進し、協力を発展させ、立場の違いをコントロールし、世界の平和と安全を擁護し、世界の発展と繁栄を促進する。
 第四、中国周辺に対する外交工作を適切に行い、周辺諸国との環境をより友好的、より有利なものとすることを推進すること。親誠恵容の理念、与隣為善及び以隣為伴とする周辺外交方針に基づき、周辺諸国との関係を深め、共同で周辺運命共同体建設する。
 第五、途上諸国との団結協力を深め、携手共進、共同発展の新局面の形成を推進すること。正しい義利観及び真実親誠の理念を守り、途上諸国との協力の質及びレベルを高め、団結互信、共同発展、親近交融の良好な関係を構築することに努力する。
 第六、中国と世界との深入交流、互学互鍳を推進すること。文明交流によって文明障壁を乗り越え、文明互鍳によって文明衝突を乗り越え、文明共存によって文明優越を乗り越え、異なる文明の和諧相処、包容発展を促進する。  第七、共産党の統一指導を強化し、協同かつ有力な対外工作のダイナミックス形成を推進すること。