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急展開の朝鮮半島情勢と日本政治

2018.06.28

*あるメディアの誘いで書いた一文です。実は、6月24日付の文章も別のメディアの誘いを受けて書いたものでした。私の頭の中では、この2つの文章はいわば前編と後編であり、両者あいまって自己完結するものです。今回の文章を読む前に、もう一度前回の文章を読んでいただくと嬉しいです。

<朝鮮の外交攻勢>
本年に入ってからの朝鮮半島情勢のめまぐるしい展開(3月の金正恩訪中と中朝首脳会談、4月の南北首脳会談、5月の金正恩の再訪中、6月の米朝首脳会談、同月の金正恩の3度目の訪中)は、何人もの想像力を超えるものがある。まさに驚天動地と形容するにふさわしい。朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」)のめざましい外交攻勢は、地球上で唯一冷戦構造が残存し、支配してきた朝鮮半島に風穴を開ける勢いだ。
<日本の政治的惨状>
それに引き比べ、日本政治は眼を蔽うほかない惨状を呈している。内政では、森友及び加計学園問題で露呈された安倍晋三(敬称略)による政治の私物化(その極めつけが財務省の公文書改ざん)。外政では、急展開の朝鮮半島情勢に完全に取り残され、事態打開のメドさえ立てられないでいる外交の醜態。
 しかし、私が安倍政治以上に深刻に思うのは、主権者・国民の政治意識のありようだ。
両学園問題に関する新事実が暴露されるたびに安倍に対する支持率は低下する。しかし「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で安倍批判の意識が長続きしない。このままでは、9条改憲に賭ける安倍の居座りを許してしまう可能性が大きい。
国民は朝鮮半島情勢のダイナミックな動きには度肝を抜かれている。しかし、朝鮮問題に関する国民的関心は相変わらず「拉致問題の解決」以上には出ず、何故に安倍外交が国際的に取り残されているのかという根本問題には考えが及ばず、無為無策を許してしまっている。
中選挙区制のもとで自民党内に派閥の政治力学が働いていたときであれば、自浄能力が働き、安倍はとっくの昔に政権の座から引きずり下ろされていたはずだ。しかし、小選挙区制のもとでの自民党では、総理・総裁が国会議員候補選定の決定権を握っており、ほとんどの者が安倍の顔色を窺って反旗を翻す気概もなく、「安倍一強体制」を許してしまっている始末だ。
 特に対朝鮮政策に関しては、ひとり自民党のみならず、多くの野党も朝鮮に対するステレオタイプの見方で凝り固まってしまっている。したがって、旧態依然の安倍外交に代わる、有効な対朝鮮政策を示すことなど夢のまた夢であり、主権者・国民に問題の所在を示すことを野党に期待するのも馬鹿げているほどの体たらくだ。
<安倍政権の対朝鮮外交>
 安倍政権の対朝鮮外交を一言で表せば、安倍自身が口頭禅のようにくり返す、「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化なし」だ。具体的には、朝鮮に拉致されて生存している被害者全員を朝鮮が帰国させない限り、日本は国交樹立には応じないということだ。
 しかし朝鮮は、生存者5名は帰国させ、日本が提起した安否不明の拉致被害者12名のうち、8名は死亡(情報も提供済み)、4名は朝鮮に入っていないとし、いわゆる「拉致問題」は解決済みという立場だ。
 対立する日朝間の主張を打開する試みも断続的に行われた。その結果、2014年5月の日朝政府間協議でいわゆる「ストックホルム合意」が成立した。
この合意においては、①朝鮮側は、拉致被害者や行方不明者を含むすべての日本人に関して包括的、全面的な調査を行い、日本人に関するすべての問題を解決すること、②日本側は、朝鮮側の措置に応じ、最終的に日本が独自にとっている制裁措置を解除すること、をそれぞれが約束した。朝鮮側は同年7月、特別調査委員会を立ち上げて合意に基づく調査を行うことを公表した。
しかし安倍は、朝鮮が4回目の核実験(2016年1月6日)を行ったのに対して、朝鮮への送金の報告義務などの独自制裁を再開した。そして、朝鮮の人工衛星打ち上げ(同年2月7日)に対しては、「人工衛星打ち上げと称する弾道ミサイル発射」と断定して、本格的な独自制裁を発動することを決定した。これに反発した朝鮮は、調査中止と特別委員会の解体を発表し、ストックホルム合意は頓挫した。
 安倍は、アメリカ大統領選でトランプが当選すると、いち早く訪米して会談する最初の外国首脳となった(2016年11月)。親密な個人的関係をベースとする日米協調体制の構築という、いかにも日本的でウェットな発想だった。特に朝鮮問題では、トランプが「最大限の圧力と対話」を掲げたことは、「北朝鮮脅威論」を全面に掲げる安倍にとって歓迎すべきものと受けとめられた。しかし、安倍のそうした目論見は、ドライな損得勘定で物事を判断する、商売人的発想のトランプには通用しなかった。
そもそもトランプは、「最大限の圧力」を公言したが、その目的は米歴代政権が追求してきた朝鮮の「レジーム・チェンジ」(政権交代)にはない。トランプに賭けた安倍の致命的誤りはここにあった。朝鮮が核ミサイル戦力(対米核デタランス)を構築した上で、年初以来、アメリカに取引(体制保証対非核化)を持ちかけてきたことで、局面は大きく変わった。
さらに、商売人・トランプが交渉相手としての金正恩を値踏みする上で耳を傾けたのは、対朝鮮強硬論一本槍の安倍ではなく、中朝首脳会談を実現して金正恩の政治指導者としての資質を評価した習近平であり、南北首脳会談で金正恩との個人的信頼関係を築いた文在寅だった。そしてトランプは、金正恩との直接の対話(米朝首脳会談)を通じて彼に満点に近い評価を与え、かくして取引(体制保証対非核化)が成立したのだ(ただし、トランプは短気で、感情に支配されるから、この取引が長続きする保証はない)。
 完全に目算が狂った安倍に今突きつけられているのは対朝鮮戦略の根本的見直しである。
窮地に追い込まれた安倍は、とってつけたように日朝首脳会談を実現したいとしきりに言う。しかし、彼が本気であるならば、自らが吹聴してきた「北朝鮮脅威論」を公に撤回し、在日朝鮮人社会に対して加えてきた様々な弾圧を取り下げるなど、最低限度の誠意を示すことが求められるはずだ。
また、拉致問題「解決」の唯一の手がかりだったストックホルム合意を自ら断ち切った安倍は、「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化なし」としてきた自らの主張について、日朝両国及びその国民が納得できる「落とし前」をつけなければならない。
以上の難関をクリアした上で、日朝双方の合意文書である平壌宣言に基づく日朝国交正常化へのロード・マップを示すことが求められるのだ。安倍にとって厳しい茨の道であることは間違いない。
<主権者・国民に求められる政治責任の自覚>
 主権者・国民の政治意識のありようの惨状についてはすでに述べた。しかし、この政治意識を根本的に改めない限り、安倍を政権の座から引きずり下ろす主体的力量は生まれるべくもない。また、「北朝鮮脅威論」を信じ込まされ、「拉致問題」が日朝関係のすべてだと思い込まされている国民的な対朝鮮不信感を払拭しない限り、日朝関係を打開する国民的な牽引力が湧き出てくるはずもない。
 主権者・国民に求められるのは、朝鮮に対する偏見(それは根強い蔑視感情に基づく)を正し、日本国家が朝鮮半島に対して行った残虐な植民地支配という歴史的責任を自覚し、日朝両政府が合意した平壌宣言に基づいて日朝国交正常化に誠意を持って取り組む政治勢力を政権の座につける(安倍政治に引導を渡す)ことだ。
くり返すが、主権者・国民という自覚を私たちが我がものにすることができない限り、日本政治(対朝鮮政策を含むことはもちろんだ)を変革する主体的力は生まれることはあり得ない。「お上」意識に緊縛される私たちであり続ける限り、日本には韓国における「ろうそく革命」の如きは起こり得べくもなく、日本政治の変化は「外圧」による強制によってのみ起こる、という歴史のくり返しを待つしかないだろう。しかも、安倍による政治の私物化で日本のデモクラシーは今や風前の灯だ。主権者・国民よ、目を醒ませ!