朝米首脳会談の歴史的意義と今後の課題

2018.06.24

<朝米首脳会談の歴史的意義>
 朝米首脳会談の結果について、アメリカ主流メディアをはじめとする既成エスタブリッシュメントの評価はきわめて辛辣なものが多いようだ。それは、朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」)に対する牢固とした不信・敵意と、反エスタブリッシュメントを売り物にし、既成政治(特にオバマ)の成果物を次々に破壊するズブの政治的素人・トランプに対する反感・軽蔑に基づく、偏見に囚われたものだ。遺憾なのは、アメリカ主流メディアの圧倒的影響力のもとにある日本のマス・メディアの評価もおしなべて批判的であり、そのことがまた、国内世論の受けとめ方をも支配していることだ。
 しかし、今回の朝米首脳会談は、第二次大戦終結後の現代史において、1972年の米中首脳会談(ニクソン訪中)及び1986年の米ソ首脳会談(レイソキャビック)を継ぐ画期的・歴史的な事件である。もちろん地政学的には、米中及び米ソ首脳会談のような世界規模のインパクトは持ちえない。しかし、1945年以後の世界を支配してきた冷戦構造が地上において唯一残存してきた朝鮮半島が、今やその足かせを最終的に脱する第一歩を記した事実はやはり特筆大書に値する。
 この歴史的ドラマの最大の立役者はもちろん金正恩である。アメリカと対等に渡り合える唯一のカードとして核デタランス確立に邁進(その間は対中関係が谷底まで落ち込むことも厭わなかった)し、カードを手にした年初以来は果敢な外交を展開して、朝中、北南そして朝米の首脳会談を実現させた手腕は、これまた世界の外交史に名を連ねるだろう。
 また、今回のドラマは歴史の妙味をも実感させる。勇猛果敢の金正恩、剛毅木訥の文在寅、猪突猛進のトランプ、この絶妙な役者のまったく偶然の組み合わせによってのみ今回のドラマが成立した。しかし、その偶然を通じて歴史は自らを貫徹するということだ。
 この歴史的ドラマを可能にした陰の主役は中国だ。中国は2003年以来のいわゆる6者協議(北南中露米日)を主導してきた。習近平は、トランプが敬意を素直に口にする数少ない人物であると同時に、金正恩の3度にわたる訪中(しかもわずか3ヶ月の間に)が如実に示すように、金正恩とは肝胆相照らす仲を構築した。習近平の介在なしに朝米首脳会談の実現はなかっただろう(3度目の朝中首脳会談で、金正恩は「中国の党と政府が朝米首脳の対面と会談の成功裏の開催のために積極的で真心こもった支持と立派な協力を与えたことに謝意を表した」と朝鮮中央通信は報道した)。
 また、①朝米首脳会談実現までの一連の経緯を経て朝米間の立場の隔たりが重要な点で埋まる可能性が生まれたこと、また、②トランプが朝鮮の体制交代(レジーム・チェンジ)を追求しない点で歴代政権と異なることを(おそらく習近平の助言を得ることによって)納得した金正恩と、商売人として培った直感力に絶大な自信を持ち、金正恩と相まみえた瞬間に彼を交渉相手として認めたトランプとの間に一種の「信頼」が成立したことも重要である。
 前者に関しては、長期にわたる同歩的互動の積み重ねによる問題解決を目指してきた朝鮮は、トランプ政権の目指す短期決戦方式に「うまみ」を見いだした。なぜならば、トランプの後の大統領が朝鮮の「体制交代」を追求しない保証はまったくないからだ。他方、朝鮮半島問題の複雑さ・解決の至難さに無知だったトランプは、ようやくそれを認識し、「プロセス」を踏むことが必要であることを口にすることとなった。ポンペイオが議会証言で表明した「CVIDとCVIGの取引」が朝米双方において実現できる可能性として認識された意義はきわめて大きい。
 後者に関しては、70年以上にわたって不信と敵意が支配してきた朝米関係が首脳間の信頼と善意によって置換される可能性が生まれるというにわかには信じがたい状況が現出しつつある(朝鮮中央通信報道文は「(両指導者が)敵対と不信、憎悪の中で生きてきた両国が不幸な過去を伏せて互いに利益になる立派で誇るに足る未来に向かって力強く前進し、もう一つの新しい時代、朝米協力の時代が開かれるようになるとの期待と確信を披れきした」と紹介)。韓国紙・ハンギョレは「性悪説から性善説へのパラダイム転換」と形容したほどである。
 今一つ、朝米首脳会談の歴史的意義として忘れてはならないことは、今回の首脳会談を経た朝鮮半島情勢はもはや2017年以前の最悪の事態に逆戻りすることはあり得ないということだ。仮に朝米関係が暗転しても、「悪者・朝鮮」という国際的イメージはもはや通用しない。米日が国際的制裁を叫んでも説得力はない。朝鮮は中国という後ろ盾を確保したし、極東開発に取り組むプーチン・ロシアも朝露関係改善に意欲的だ。国連のグテーレス事務総長も、対米追随だった前任者(潘基文)とは異なり、対米自主独立の姿勢を貫く。さらに、韓国・文在寅政権は北南首脳会談の成果である板門店宣言に基づいて北南関係を改善することに大きな使命感をもって取り組む決意である。要するに、朝鮮を取り巻く国際環境は大きく変わったということだ。
<今後の課題>
 朝米関係は最初にして大きな第一歩を踏み出した。しかし、朝鮮半島の非核化とその平和と安定を実現するために解決するべき課題は山積しており、前途は決して安易な楽観を許さない。
 第一、トランプ政権の国内基盤が脆弱であり、しかもトランプ自身が短気かつ気まぐれであって先が読めないこと。反オバマにおいてのみ一貫性があるトランプの支離滅裂は、いわゆる「朝鮮核問題」の解決には前向きであるのに、イランに関する核合意(JCPOA)については、オバマ政権が同意した「最悪の合意」として一方的に脱退するという行動に端的に現れている。トランプがいつ「心変わり」するかという不確実性は常につきまとう。
 第二、2003年の6者協議以来一貫したテーマは「朝鮮半島の非核化」であって、「朝鮮の非核化」ではないということ。つまり、朝鮮の非核化だけではなく、アメリカの対朝鮮半島核戦略・政策そのものも対象であるということだ。具体的には、アメリカの韓国に対する拡大核デタランス(核の傘)及びアメリカが韓国に配備を進めつつあるTHAADの問題だ。
アメリカの拡大核デタランス戦略は世界規模のもの(欧州、日本にもかかわる)であり、アメリカが簡単に交渉のまな板に載せることに応じるとは考えにくい。仮に韓国について応じれば、欧州及び日本の反核世論を激発するだろう。
 韓国へのTHAAD配備に関して言えば、アメリカの真意はロシア及び中国の核ミサイルに対する世界的監視網展開の一環という位置づけである。米韓はこれまで、朝鮮の核ミサイルに対するデタランスとして正当化してきたが、その理屈からすれば、朝鮮の非核化に伴い不必要となるはずだ。中国とロシアが6者協議という枠組みにこだわるのは当然だ。
 第三に、「CVIDとCVIGの取引」そのものに内在する困難を極める問題の存在。「できるだけ短い時間内に非核化プロセスを完了させる」点では合意したが、C(完全)、V(検証可能)、I(不可逆)のいずれも簡単ではない。VとIは主として技術的範疇の問題だが、Cは優れて政治的だ。大きくいって二つの問題がある。一つは、完全な非核化というが、NPTで認められている平和利用の権利まで朝鮮から取り上げることには、朝鮮は強く反発するだろう。今一つはミサイル開発を禁止するとしても、宇宙の平和利用の権利まで奪うことには朝鮮はやはり抵抗するだろう。
 これらの問題を仮にクリアできるとした場合にも、「朝鮮半島非核化」と「朝鮮の平和と安定」を同歩的に進めるロード・マップとタイム・テーブルに朝米及び他の4ヵ国(韓中露日)が短時間で合意に達しうるかという問題が残る。ここでも、第一にあげたトランプの短気かつ気まぐれがいつ何時激発しても不思議はない。
 以上を要するに、朝米首脳会談の歴史的意義はきわめて大きい、しかし、朝鮮半島非核化への道のりはそれにも増して険しいものがある、ということになるだろう。