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イラン情勢:アメリカのJCPOA脱退後の動き

2018.06.19

<二次的制裁>
5月8日にトランプ大統領がイラン核合意(JCPOA)からの一方的脱退を発表するとともに、同日署名した覚書で、一連の国内法(国防授権法(2012年度)、イラン制裁法(1990年)、イラン脅威削減及びシリア人権法(2012年)、イラン自由及び拡散対抗法(2012年))で定めていたイランに対する制裁の復活を明らかにしました。ここで特に問題となるのが、いわゆる二次的制裁(secondary sanction)です。
 イランに対する二次的制裁とは、アメリカの法律に基づき、イランと取引する第三国の個人及び法人をアメリカによる制裁の対象にすることです。トランプ政権は、JCPOAに従って停止していた二次的制裁を復活させることを決定しました。この行動は、アメリカ自身が加わって採択した、JCPOAを遵守することを国連加盟国に義務づけた安保理決議をトランプ政権が踏みにじる行為です。これは、国連憲章第25条(「国際連合加盟国は、安全保障理事会の決定をこの憲章に従って受諾し且つ履行することに同意する」)に違反するきわめて重大な行動です。アメリカはこれまで、朝鮮が安保理諸決議に違反しているとして糾弾してきましたが、今回の行動により、アメリカがアウト・ローとなったということです。
 朝鮮の場合、核実験を行うに当たっては、非核兵器国による核兵器開発を禁止(NPT第2条)しているNPTを脱退することにより、国際法上の違法性を問われない措置を取りました。人工衛星打ち上げは宇宙条約上の権利行使であるという立場です。ミサイル開発に関しては国際法上の規制枠組みは存在しない以上、不法性を問われる所以はないという立場です。要するに、朝鮮が安保理決議を受け入れないとする主張は法的根拠に基づいているのです。
 しかし、トランプ政権の行動はまったく一方的であり、「前政権が行ったのは最悪の合意だからチャラにする」というだけのものです。イランが「トランプ政権の行動は国際法そのものに対する挑戦であり、国際関係の基盤そのものに対する挑戦である」と厳しく批判するのは当然です。
以上を確認した上で二次的制裁に戻れば、イランは、アメリカが脱退した後も、他のJCPOA当事国(英仏独EU中露)がJCPOAに基づくイランの経済的権利を十全に保全することを確約すれば、JCPOAから脱退する権利を行使しないという用意を表明しました。そこで問題となるのが英仏独EU及び中露の去就如何です。イランが特に警戒しているのは、英仏独・EUがダラダラと決定を引き延ばすことです。その点に関してイラン外務省のアラグチ次官は5月13日、交渉期限を45-60日と設定すると明らかにしました(同日付イラン通信社IRNA英語版WS)。ということは、タイム・リミットは最大限7月初・中旬までということになります。
まず、イランを全面的に支持する立場を明らかにしている中国及びロシアは、国連安保理決議に基づかないで各国が一方的にとる制裁は違法であり、認めないという明快な立場です。中露両国もアメリカによる一方的制裁で苦しめられています。イランも中露の取っている立場には疑念を持っていません。なお、中露両国の個人及び法人もアメリカのイランに対する二次的制裁の対象に該当するものは出てきますが、その数は限定的です。
しかし英仏独及びEUは、JCPOA堅持を表明し、トランプ政権の二次的制裁復活を批判し、反対する立場を表明しましたが、JCPOA成立後にイランに積極的に進出してきた域内及び自国の企業の被害を救済し、保護する対策に苦慮しています。イランが最大に問題視するのはまさに欧州諸国の対応です。そういう状況のもと、フランスの自動車企業・プジョー、石油企業・トータルなどの多国籍企業は続々と撤退の意思を明らかにしています(イランとの取引に固執することで世界規模の経済的利害を犠牲にはできないという論理)し、アメリカ企業のボーイングはもちろん、約100機の航空機をイランに輸出する契約を結んだ欧州企業のエアバスも、その製品の約10%がアメリカ製品であることもあり、先行きが危ぶまれる事態になっています(イランは、長年にわたる制裁で航空機の老朽化が進んでおり、エアバスの去就に対しては特に敏感になっています)。
<イランの反応>
 イラン政府は5月11日、アメリカのJCPOA脱退を批判する声明を発表し、イランの立場を明らかにしました。主要点は以下のとおりです(5月11日付IRNA)。
〇アメリカの脱退(による被害)が完全に補償されず、イラン国民の利益が完全に保証されなければ、最高指導者が示したとおり、適当と見なす相互主義的措置をとる法的権利を行使する。
〇JCPOAの他の当事国、特に欧州3国は、協定を守り、その約束を実行する必要な措置を取らなければならない。
〇JCPOAの規定及び時間的枠組みは再交渉の余地はない(イランの地域的プレゼンス、弾道ミサイル開発に対するアメリカ及び欧州3国の動きを牽制・批判)。
〇5月8日のロウハニ大統領の指令に基づき、ザリーフ外相は他のJCPOA当事国から必要な保証を取り付けるべく措置を取る(5月13日から中露及び欧州を歴訪)。
〇その間、イラン原子力庁(AEOI)長官は、制限のない工業規模ウラン濃縮を実施するために必要なあらゆる準備をとる任務を与えられた。
 またイラン議会は5月12日、アメリカの行動に対抗するための法案を提出しました(5月12日付IRNA)。
〇欧州諸国(及び中露)から信頼できる補償を要求することを政府に義務づけ。
〇欧州諸国の保証は完全かつ包括的であること、また、交渉は1ヶ月を超えてはならないこと。
〇欧州諸国が必要な保証を提供せず、また保証提供後に違えた場合には、政府は完全な燃料サイクルを開始すること。
〇欧州諸国が信頼できる保証を提供しない場合は、政府はウラン濃縮を190,000SWU以上の水準まで引き上げること。
 ロウハニ大統領は5月13日、イギリスのメイ首相と電話会談を行い、JCPOAに関連する重要課題として、石油・ガス・石油製品(浅井注:イランの対外取引の大部分はドル建てのため、アメリカの二次的制裁で取引ができなくなる)、銀行関係及び対イラン投資に関するイランの利益が明確に保証される必要があると伝えました(同日付イラン大統領府WS)。そして、すでに紹介したように、イラン外務省のアラグチ次官は同日、欧州諸国とイランの交渉期間は45-60日だと表明しました(同日付IRNA)。
<ハメネイ師の欧州3国に対する警告>
 最高指導者・ハメネイ師は5月10日の演説で、独仏英三国を信用するなとする強硬な認識を表明しました(同日付の最高指導者・英語版WS)。即ち、ハメネイは、「アメリカを信用するな」といってきたが事態はその通りになったと指摘した上で、「欧州3ヵ国と交渉する上でも、彼らを信用するなと言う。すべての契約について真誠かつ実際の保証を取り付けなければならず、そうでない限り、我々はこのようなことを続けていくことはできない」と明言したのです。
 そしてハメネイは、欧州諸国との交渉に当たるイラン当局者に対して警告・要求を行いました。即ち、「当局者は、国家の名誉と力を守るか否かという「大きな試練」のもとにある。国家の尊厳と利益は文字どおり確保されなければならない」、「この目的を実現するためには、欧州人とは注意深く、警戒心を持って接しなければならず、欧州の当局者の言葉は信用してはならない。なぜならば、言葉にはなんらの信用性もなく、彼らは外交の世界ではまったく道徳的ではないからだ」と発言したのです。
 ハメネイは5月24日、ロウハニ大統領以下のイラン政府当局者との会合でさらに厳しい発言を行いました(同日付の最高指導者・英語版WS)。
彼はまず、アメリカにかかわる経験と教訓として6点(アメリカは義務を守らないから相手にできない;アメリカのイランに対するものすごい敵意;イランが立ち向かうことで、西側諸国を退却させることができる;重要なケースでは、欧州はアメリカの側に立ってきた;国内経済問題の解決策としてJCPOAに頼ることは間違い)を指摘しました。そして、核交渉のゴールは制裁解除だったが、その多くは解除されなかった上に、更なる制裁を復活させようとしているとし、当局者はJCPOAに対する正しい、公正なかつ合理的な批判に耳を傾けなければならないと指示しました(ただし、社会を二分させるような非難はあってはならず、団結と一致を破ってはならないとも指摘)。
 その上で、ハメネイは「アメリカ脱退後のJCPOAに対する正しいアプローチは何か」という基本的問題を提起しました。
第一点は、「問題を現実に即して見ることであり、可能性に頼ってはならず、人民に対して明確かつ現実的に情報を提供すること」です。この
点に関してハメネイは、JCPOA締結後に1000億ドルが流入するという幻想をふりまいた者がいると非難しました。  第二点は、「イラン経済を「欧州のJCPOA」によって決められてはならないという真実」です。ハメネイがその証拠として例示したのは、欧州大企業の行動であり、欧州3国当局者の言動でした。ハメネイはさらに、核問題に関する2000年代初期における欧州3国の裏切り・不正直(浅井注:具体的に何を指しているかは私には分かりません)を指摘して、「約束を破ることをくり返さないことを証明しなければならない」と要求しました。また、欧州3国がアメリカによるJCPOAに対するくり返しての違反に抗議しなかったことを批判し、「3国がアメリカに抗議していたならば、事態は今日のようにならなかったのであり、彼らはこの過失の埋め合わせをしなければならない」とも指摘しました。そして、「アメリカのJCPOAからの脱退は安保理決議2231の違反であり、欧州はアメリカに対する安保理決議を起案してアメリカの行動に抗議しなければならない」と要求しました。
 ハメネイは、欧州諸国との間でJCPOAを継続するための必要条件として、「3国首脳は、ミサイル問題及びイランの地域的プレゼンスを絶対に提起しないことを約束し、誓約しなければならない」、「欧州諸国はアメリカのいかなる制裁に対しても明確に反対する」という2点を示しました。その上で、「アメリカがイランの石油取引を妨害する場合、欧州は、イランが要求するとおりの購入を保障すること」、「イランとの取引に関連する受け取り及び支払いに関する欧州銀行の保証を獲得すること」を具体的に示し、「欧州がイランの要求を引き延ばす場合には、停止している原子力の運用を再開する権利を留保する」とし、イランの原子力エネルギー庁(IAEO)が活動再開を準備するように求め、「当面は20%の濃縮は始めないが、JCPOAが(イランにとって)何の利益もなくなるときには、(濃縮)活動を再開させなければならない」と付け加えました。
<ロウハニ大統領の発言>
 5月24日、ハメネイが以上の発言を行う前に、ロウハニ大統領が以下のように発言しました。そのニュアンスはハメネイ発言とは微妙に違うように私には感じられるのですが、最高指導者・英語版WSと大統領府・英語版WSはほぼ同じ内容で紹介しています。
〇アメリカがJCPOAを脱退する中で、正統でない政権(注:イスラエル)及び少数の小国を除けば、世界のすべての国々はこれに反対しており、このことは政治的法的次元におけるイランの勝利を示している。
〇最高指導者は政権の引率者及び管理者である。
〇今日、我々はJCPOAの他の5ヵ国と協議中であり、彼らはJCPOAにコミットしていると言っているが、彼らが行動でどう示すかを見なければならない。
〇5ヵ国が我が国の利益、特に経済的利益をJCPOAの中で満たすのであれば、我々はアメリカなしのJCPOAとやっていく。そうでないときは必要な決定を行う。
〇(ロウハニ政権下の経済実績を上げた上で)我々は今回の可能性(アメリカの脱退)を数カ月前から予想しており、JCPOAのない条件の下でも必要な計画を行ってきた。
<欧州諸国の対応>
 欧州3国及びEUは、5月15日にブラッセルでザリーフ外相との外相レベル協議を行い、JCPOAを救うための協議・行動を開始しました。5月16日、ブルガリアのソフィアで行われたEU諸国首脳会議の一致した支持に基づき、欧州委員会は以下の4つの措置を取ることを提案しました。
 第一に、1996年に制定された「阻止法」(the Blocking Statute 欧州域外の機関が制定した法律を欧州域内で無効とするもので、具体的にはアメリカの対キューバ制裁の一環で二次的制裁の対象となる欧州企業の救済を目的とした法律)を更新し、アメリカの対イラン制裁リストに対抗できるように活性化させる公的プロセスを開始すること。この法律は、EU企業がアメリカの制裁における域外適用に従うことを禁止し、同制裁による損害を回復することを認めるとともに、制裁に基づく外国法廷による審判の効果をEU内で無効にする。
 第二に、欧州投資銀行(EIB)が、イランにおける(企業の)諸活動に対してEU予算のもとで保証の決定を行う上での障害を除去する公的プロセスを開始すること。この措置は特に中小企業のイランにおける投資に資するだろう(浅井注:フランスのマクロン大統領は別途、多国籍企業は自らの判断で行動することになるだろうと発言しています)。
欧州議会及び欧州理事会は、2ヶ月以内に以上の第一及び第二の措置に対して反対できる(浅井注:反対がなければ、アメリカの第一次対イラン制裁が発動される8月6日以前に発効)。
 第三に、信頼醸成措置として、欧州委員会は引き続きイランとの間で進行中の分野別協力及び支援(エネルギー分野及び中小企業を含む)を強化する。
 第四に、欧州委員会は加盟国に対し、イラン中央銀行に対する銀行振り込みの可能性を検討することを奨励すること。これにより、特にイランとの石油取引を行うEU企業に対するアメリカの制裁の場合に、イラン側が石油関連の収入を受け取ることが可能になるだろう(浅井注:ただし、この措置が取られても、世界規模の取引を行う多国籍石油企業がイランから撤退することをチェックすることはできないとする見方が大勢)。
<EU提案に対するイランの反応>
 ザリーフ外相は5月20日、欧州28ヵ国のJCPOA実行に関するコミットメントにもかかわらず、欧州主要企業のイランからの撤退表明が行われていると指摘し、欧州のJCPOAに対する政治的支持は不十分であり、一層の実際的措置とより多くの投資を行うべきだと表明しました(同日付IRNA)。
 そして6月4日、ハメネイ師は演説を行い、イラン原子力委員会に対し、当面の間はJCPOAの枠組みの範囲内で、遅滞なく190,000SWUのレベルまでウラン濃縮を行う準備を行うように命じました(6月5日付最高指導者府WS)。この演説でハメネイは、敵の陰謀は経済的圧力、心理的圧力及び現実的圧力の3つから成っていると指摘し、特に原子力開発、弾道ミサイル開発及びイランの地域的プレゼンスに対する心理的圧力を重視する認識を表明し、それらの圧力に決して屈してはならないと檄を飛ばしました。
 また、ロウハニ大統領は6月12日、フランスのマクロン大統領との電話会談の中で、「イランがJCPOAの利益を享受できないならば、それに留まることは実際的に不可能だ」と述べました(6月13日付イラン放送WS)。
(若干のコメント)
 欧州諸国の対応措置は5月16日の欧州委員会の提案内容がすべてという感じです。しかし、イランが重視しているのは欧州籍多国籍企業のイランに対する大規模投資であり、これら企業が続々とイランからの撤退の意向を示していることに鑑みれば、イランの要求レベルと欧州側対応能力との間には大きなギャップが存在していることは明らかです。
 双方は今後も、アメリカの対イラン制裁が発動されることになる8月6日までの間に協議・交渉を続けるでしょう。双方の間の巨大な(と私には思われる)ギャップを埋めることができるのか、それとも、イラン側が欧州側の努力を評価して折り合いをつける用意を示すのか、いずれも多難としか考えられません。特にハメネイ師が欧州諸国に対して強い不信感を明確に表明した以上、ロウハニ大統領が柔軟性を発揮する余地は非常に限られているでしょう。 また欧州諸国はアメリカに対して、欧州企業に対する二次的制裁の適用を除外するように申し入れてはいますが、トランプがこれに応じる可能性はほぼゼロでしょう。中国及びロシアの大企業が欧州籍多国籍企業撤退の穴を埋めるだけのウルトラCを提供して、イランと欧州との溝を埋めることができれば打開の可能性はまだ残されていると思いますが、どうでしょうか。