21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

米朝(トランプ-金正恩)交渉の新しい性格
-「性悪説」から「性善説」へのパラダイム転換-

2018.06.16

6月12日の米朝首脳会談に関しては、5月27日及び6月5日のコラムで行った分析・判断を大きく超えるものではなく、私としてはほぼ予想どおりの結果だったと思います。しかし、そのことは米朝首脳会談が実現したという歴史的大事件の意義をいささかも否定する意味ではありません。すなわち私は、米朝首脳会談が実現したことの一事をもって、最大のかつ歴史的な成果だったと評価します。中国の外交学院の王帆副院長は、「まず、肯定すべきは両者が相まみえたことだ。朝鮮戦争以後、両国の指導者が今回のように会ったことは一度もなかった。今回一緒に席を共にしたこと自体が巨大な成功であり、朝鮮半島が非核化に向けて重要な一歩を踏み出したということは非常に素晴らしいスタートであり、十分に肯定する価値がある」(6月15日付中国新聞週刊掲載のインタビュー発言)と述べていますが、私も全く同感です。日米のいわゆる専門家諸氏は「具体的成果がなかった(特に朝鮮が明確にCVIDにコミットしなかった)」として低く評価しますが、これは自分が勝手に決めたモノサシで物事を判断するものであり、1950年以来徹底した敵対関係にあった米朝関係の歴史の重みを踏まえないものです。
 内容に関しても、6月13日に朝鮮中央通信が発表した今次会談に関する報道文(その内容についてトランプ政権がなんらの意思表明もしない事実は、この報道文について米朝が予めすりあわせをしていることは間違いなく、朝鮮側の一方的立場表明とするのは誤りです)を読めば、金正恩自身の発言として、「朝米双方が早い時日内に今回の会談で討議された問題と共同声明を履行していくための実践的措置を積極的に講じていく」と発言したことを紹介しており、このことは、彼がトランプの「短期決戦」プロセスに基本的にコミットしたことを示唆しています。13日に訪韓したポンペイオ国務長官は、2年から2年半の間(即ちトランプの任期中)に朝鮮の非核化を成し遂げたい」と発言しましたが、これは彼の場当たり的なものではなく、金正恩の短期決戦へのコミットを踏まえたものであることは明らかです。即ち、CVIDとCVIGに対する明示的言及はありません(私が6月5日のコラムで指摘したように、多くの困難な課題が前途には横たわっていますから、言葉が先走りすることを避けるとしても当然でしょう)でしたが、米朝双方がこの両者を明確に念頭において前進する意図を持っていることは明確です。
 具体的アプローチに関しては、朝鮮中央通信が、金正恩とトランプとの間で交わされた次のやりとりを紹介している点が極めて重要です。

金正恩「朝鮮半島における恒久的で強固な平和体制を構築するのが地域と世界の平和と安全保障に重大な意義を持つ…差し当たり相手を刺激して敵視する軍事行動を中止する勇断から下すべきだ」
トランプ「朝米間に善意の対話が行われる間、朝鮮側が挑発と見なす米国・南朝鮮合同軍事演習を中止し、朝鮮民主主義人民共和国に対する安全保証を提供し、対話と協商を通じた関係改善が進むことに合わせて対朝鮮制裁を解除することができる」
金正恩「米国側が朝米関係改善のための真の信頼構築措置を講じていくなら、われわれも引き続きそれ相応の次の段階の追加的な善意の措置を講じていくことができる」
両者「朝鮮半島の平和と安定、朝鮮半島の非核化を進める過程で段階別、同時行動原則を順守するのが重要であることについて認識を共にした」

つまり、互いに相手を刺激し合うのではなく、善意の対話に立脚して、段階的、同時的に行動を重ねていく非核化プロセスを約束し合っているのです。つまり、不信が支配してきた米朝関係を信頼と善意に基づくものにして行くということであり、それゆえに「新しい米朝関係」というトランプの大胆な発言につながるのです。この点についても、朝鮮中央通信報道文は、「金正恩委員長とトランプ大統領は、敵対と不信、憎悪の中で生きてきた両国が不幸な過去を伏せて互いに利益になる立派で誇るに足る未来に向かって力強く前進し、もう一つの新しい時代、朝米協力の時代が開かれるようになるとの期待と確信を披れきした」とする紹介で確認しています。これは、米朝関係のあり方を根本から変えるということであり、特筆大書に値します。
 私の勝手な思い込みではないことを示す意味で、ハンギョレのイ・ジェフン先任記者の2つの文章(要旨)を紹介します。彼は「「性悪説」から「性善説」へのパラダイム転換と言える」とまで言い切っています。トランプは、「どうして金正恩を信用できるのか」という記者の質問に対して、「根拠はないが、私の直感だ」と述べています。この発言ほど、イ・ジェフン先任記者の見解を支持するものはないでしょう。金正恩はまず習近平の信頼を得て、次に文在寅の信頼を我がものとし、今回はトランプの信頼をも獲得したということです。
 もちろん、本質的に支離滅裂でアバウトなトランプですので、いつ何時その判断が変わるかもしれないことは踏まえておかなければなりません。まさにそれを承知しているからこそ、ポンペイオは次々に具体的「成果」をあげることによって、トランプが「心変わり」することがないように物事を進めようとしているのでしょう。ポンペイオの今回の共同声明(したがって問題解決)に対する思い入れの深さは、米朝両首脳による署名式にあたり、国務長官である自らが立会人を務めた事実(朝鮮側は金与正)に表れています。イ・ジェフンの第二の文章に関しては、このことも踏まえていただきたいと思います。

CVIDないが…トランプ大統領「信頼できなければ署名しなかっただろう」(6月13日付)
 「そちらが実行した分だけこちらも実行する」という「性悪説」に基づき、2005年6カ国協議での9・19共同声明で「『公約対公約』『行動対行動』の原則」として掲げた「厳格な相互主義」から、「互恵主義」へと転換するわけだ。「性悪説」から「性善説」へのパラダイム転換と言える。…
 例えば、トランプ大統領は金委員長と「共同声明」の合意・署名・発表後に行った記者会見で、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)はどこに行ったのか」という記者団の執拗な追及にも、「(金委員長を)本当に信頼する」、「信頼できなければ署名しなかっただろう」、「金委員長の(核廃棄への)意志を確認した」と繰り返し強調した。金委員長は「私たちの足を引っ張る過去、目と耳を塞ぐ偏見と慣行をすべて乗り越え、ここまで来た」とし、「世界はおそらく重大な変化を見ることになるだろう」と決然たる意志を明らかにした。‥両首脳が「成功的な会談」と評価するのは、このような共感があったためとみえる。非核化関連の具体的・画期的処置が公表されなかったとしても、"見掛け倒しの会談"とは言い切れない情況だ。
 金委員長とトランプ大統領の会談後に公開された「共同声明」に盛り込まれた非核化関連の文言は、前文に二つ、本文に一つの合わせて三つだ。「4・27板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力することを約束する」(第3項)は、"目標"の規定だ。板門店宣言は「完全な非核化を通じて核のない朝鮮半島を実現するという共同の目標を確認した」(第3条4項)と明記している。「完全な非核化」がCVIDを念頭に置いたものなら、「核のない朝鮮半島」は「朝鮮半島非核化共同宣言」(1991年12月31日採択)を念頭に置いた表現だ。朝鮮半島非核化共同宣言は、核兵器の実験や製造、生産、持ち込み、保有、保存、配備、使用の禁止(第1条)と核再処理施設とウラン濃縮施設の保有禁止(第2条)を規定している。
 このような非核化の目標を達成する朝米の態度と方法論は、‥「互恵」と「信頼」がそのキーワードだ。「金正恩委員長は、朝鮮半島の完全な非核化に向けて、揺らぐことのない確固たる約束を再確認した」というのは、「トランプ大統領は、北朝鮮の体制保証を提供することを約束しており」という文言と一対になっている。「非核化-体制保証」の交換だ。まさに「互恵」だ。「相互信頼の構築(mutual confidence building)が朝鮮半島の非核化を促進できると認める」という文言も、「新たな朝米関係の樹立が朝鮮半島と世界平和、繁栄に貢献すると確信」するという文言と対をなしている。
 金委員長とトランプ大統領が「直談判」によって交換した非核化プロセスの核心的な動力源であり、方法論は、結局「相互信頼の構築が促進する非核化」だ。これまでのやり方で、ただし、さらにスピードをあげて取り組んでいくということだ。
米国、金委員長への信頼示し「非核化のタイムテーブル」を提示(6月15日付 原文は14日付)
6・12会談以降の米国の戦略と行動は、‥ポンペオ長官の"言葉"だけでなく、"動線"を合わせてチェックすることで、はっきりと浮かび上がってくる。
 13日午後、韓国に到着したポンペオ長官は、6・12会談がもたらした新たな朝米関係の樹立に向けた歴史的機会を強調し、北朝鮮の金正恩国務委員長に対する"信頼"を示した。さらに、米国が設定した「非核化の期限」を提示した。朝米関係の再設定に向けた意志を明らかにすると共に、北朝鮮への信頼を強調し、迅速な非核化を求めるということだ。非核化だけに圧迫していた以前とは180度変わった態度だ。6・12会談がもたらした新しい対北朝鮮戦略だ。
 例えば、ポンペオ長官は14日、韓米日外相会談後の記者会見で、6・12会談が「両国関係を根本的に再設定した巨大なチャンス」であり、「歴史的に朝米関係における大きな転換点」だと大きな意味を付与した。彼はこれに先立ち、「(北朝鮮と交渉した)全てのことが最終文書(共同声明)に盛り込まれているわけではない」とし、「2年半以内に"重大な非核化"が達成されることを望んでいる。そのことが実現されるのを楽観視している」(13日午後、ソウルヒルトンホテルでの米国記者懇談会)とし、2020年までのトランプ大統領の第一期任期が終了する前に北朝鮮の非核化を事実上終了することを目指しており、北側とまだ公開していない多くの話をしたという意味だ。
 さらに、14日午前に行われた韓米日外相共同会見で「金正恩委員長は非核化の期限が迫っていることを認識しており、非核化を速やかに履行すべきということを理解していると我々は信じている」と強調した。ただし、一方的要求ではない。彼は「我々は完全に国際社会の一員となった北朝鮮の姿を描いており、金委員長はシンガポールでこのようなビジョンを共有することを示唆した」としたうえで、「金委員長がこれを実現するため、次の段階(非核化)措置を取ることを期待する」と述べた。さらに、「米国は歴史の新たなペ―ジを開く準備ができている」と強調した。「6・12シンガポールの共同声明」に明示された「相互信頼の構築が後押しする非核化」という文言の精神に忠実にしたがうという言及だ。
 ポンペオ長官は13日の懇談会で、トランプ大統領が言及した「韓米合同軍事演習の中止」と関連し、「大統領の意図は、北朝鮮の非核化と関連し、生産的な対話をする機会を得ること」だと説明した。北朝鮮の非核化を促進する米国側の"信頼構築の措置"ということだ。…
 ポンペオ長官の動線も重要な分析対象だ。彼はシンガポールから韓国に直行した。13~14日の二日間にわたり文在寅大統領を表敬訪問し、韓米外交長官会談と韓米日外相会談を相次いで行なった。14日午後には北京に到着し、習近平国家主席を表敬訪問したのに続き、楊潔チ外事工作委員会弁公室主任兼政治局員と王毅外交部長と面会した。
 しかし、自ら「鉄のごとく強固な同盟関係」と描写した日本には立ち寄らなかった。日本は"枝葉"だ。河野太郎日本外相がポンペオ長官に会うために韓国を訪れた。詳しい外交消息筋は「3カ国外相会談は日本側の執拗な要請によって実現されたもの」だとし、「同会議の隠された目的は、日本の反発を抑制することにある」と指摘した。
 実際、河野外相は会見で「北朝鮮が非核化の約束を履行するのが重要だ」とし、「米国がまだ体制保証措置を行っていない点に注目」しており、「日米安保公約と在日米軍には変化がないだろう」として、韓米外相とは温度差が感じられる発言を行った。今年に入り、対決と軋轢から和解と平和に向けて急速に進んでいる朝鮮半島情勢とはかけ離れた日本のこのような時代錯誤的な行動は、朝鮮半島における冷戦構造の解体プロセスでもう一つの悩みの種となっている。

ちなみに、イ・ジェフンの最後の指摘は重要だと思います。ワラをもつかむ思いの安倍首相は、トランプが伝えてきた言葉(「金正恩は日本との対話にオープンだった」)にしがみついて日朝首脳会談実現に向けて慌ただしく動き始めていますが、アバウトなトランプとは違い、ポンペイオは実務家らしく、「足を引っ張るだけのこれまでの日本」について十分認識していることが窺われます。