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イランに関する核合意(JCPOA)とトランプ政権

2018.05.01

<5月12日のデッドライン>
イランに関する核合意(JCPOA)に関するトランプ政権の最終的決定(留まるか脱退するか)のデッドラインである5月12日を間近に控え、フランスのマクロン大統領及びドイツのメルケル首相が相次いで訪米して、2025年以後のイラン核活動、イランの弾道ミサイル計画及び中東地域におけるイランのプレゼンスという3つの問題に関して、JCPOAの枠外でイランと交渉を行うことを条件に残留を働きかけ、イギリスのメイ首相も独仏首脳との電話会談で独仏の立場を共有することを示しました。これに対して、イランの主張(後述参照)を熟知する中国とロシアはJCPOAの無条件維持で足並みをそろえています(中露外相会談での合意)。欧州3国の上記動きに対してイランは、アメリカの義務不履行を強く批判し、その無条件履行を主張し、再交渉を目指す欧州3国の動きに対しては、いかなる形の再交渉もあり得ず、all or nothingという立場です。ザリーフ外相は、アメリカが脱退するならば、イランもJCPOAを脱退すると明言しました(ただし、アメリカ以外の5カ国が無条件でJCPOAを維持することにコミットする場合の対応には含みを持たせています)。
 トランプ政権の内部でも、中東諸国歴訪中のポンペオ国務長官が脱退する可能性を明言したのに対して、マティス国防長官及びボルトン安全保障担当補佐官はまだ最終決定には至っていないと含みを持たせる発言を行っています。正に、トランプの胸先三寸という状況です。

<JCPOAと朝鮮半島核問題>
トランプのJCPOAに対する姿勢との関連でもう一つ論点となっているのは、彼のJCPOAに対する公然とした敵対姿勢と朝鮮との交渉に対する積極的姿勢とは一貫性を欠くという批判です。その批判における最大のポイントは、オバマ政権が合意した国際約束が次期大統領のトランプ政権によって簡単に破棄されてしまうならば、金正恩政権としては「アメリカの国際約束に対するコミットメントは政権が変わることによって簡単に破棄される可能性があるのだから、軽々にアメリカと取引をすることはできない」と考えるほかない。したがってトランプは、朝鮮との交渉で本当に成果を上げるつもりであるならば、JCPOAに対する敵対姿勢を改めるべきだ、という点にあります。
 この批判を考える上では、トランプが何故にJCPOAに対する敵意をむき出しにしているかを考える必要があります。最大の理由は「オバマがやったことはすべて反対」というトランプの子供じみた発想にあるのですが、その点は真面目な議論に値しないので、ここではパスします。
トランプがJCPOAに対して反対する大きなポイントとしては、①イランが中東で「テロリスト」を支援していることに対する縛りがない、②イランのミサイル開発に対する規制がない、③2025年以後のイランの行動(核兵器開発の可能性)に対しても青天井、という3点にあります。以上の3点において、オバマ政権は最悪の国際約束をしてしまったということです。直ちに分かるように、仏独英3国は、この3つの問題について、JCPOAの枠外でイランと再交渉するという苦肉の策を提案することによって、トランプがJCPOAから脱退することを思いとどまらせようとしているわけです。
 しかし、①に関しては、アメリカが「テロリスト」と断じるパレスチナのハマス及びレバノンのヒズボラに関しては、イランはイスラエルの侵略に対する正当な抵抗運動の担い手として支持する立場であり、イランが彼らを支援することに対するいかなる批判も受け入れるいわれはないと断固拒否しています。②に関しては、イランがミサイル開発をするのは、イランを敵視するイスラエル(及びサウジアラビア)に対するデタランス構築のための正当かつ不可欠な手段であり、これまた譲歩する可能性は皆無です。
 ③に関しては、難産を極めた交渉を経て、イランが核兵器を開発することは未来永劫にわたってない(イランは、最高指導者ハメネイ師のファトワによって、核兵器開発はイスラムに反するものとして禁じられており、これに勝る保証はないとし、かつ、JCPOA冒頭でも核兵器を開発しないことを明記した)という約束を受け入れる見返りとして、他の6カ国は核関連事項以外の事項は扱わないことに同意し、イランの核平和利用に関する詳細を取り決めたJCPOAが成立したという経緯があります。
したがって、③に関するトランプの批判は失当であり、①及び②に関する批判は難産を極めた交渉を振り出しに戻してしまうものであって、イランは絶対に応じる余地はありません。つまり、独仏英3国のトランプに対する提案は5月12日のトランプによる脱退という決定を先送りするという意味はあり得ても、肝心のイラン(及び中露)によって受け入れられる可能性はゼロであり、最悪の場合はイランが態度を硬化してJCPOAからの脱退を決定する可能性すら排除できません。  ちなみに、トランプにとってJCPOAは朝鮮との交渉に対する足かせとなっているという認識はあるのでしょうか。トランプ自身の主観的判断としてはそうではないと思われます。
 まず③に関していえば、トランプは自分の大統領任期中に「朝鮮の核問題をすべて片付ける」としており、したがってJCPOAにおける「青天井」の問題は朝鮮との間ではそもそも起こるはずがないという認識です。
もっとも、トランプの以上の考え方が実現する可能性は乏しいことは指摘しておく必要があります。というのは、トランプは「完全で、検証可能な、不可逆的な」朝鮮の非核化を公言していますが、朝鮮は、金正恩が訪中時に明らかにしたとされるように、「約束対約束」「行動対行動」に基づく積み重ねによる長期的解決を目指していますし、中露両国の「ダブル・トラック同時並行」の提案もそれと軌を一にしているからです。また、トランプにとっては「朝鮮核問題」ですが、中露両国にとっては、THAAD問題を含めた「朝鮮半島非核化問題」であり、米朝が合意すれば問題解決というほど簡単な問題ではないからでもあります(後述参照)。
他方、①及び②に関しては、問題はそれほど複雑ではありません。トランプは、イスラエル及びサウジアラビアのイラン敵視政策に完全に同調しているからこそ、①及び②の問題を重視します。しかし、朝鮮自身に関していえば、そのような複雑な国際関係に関わる問題はないからです。
 以上を要するに、金正恩政権としては「アメリカの国際約束に対するコミットメントは政権が変わることによって簡単に破棄される可能性があるのだから、軽々にアメリカと取引をすることはできない」と考えるほかない、という理由に基づいて、トランプに対してJCPOAを遵守することを要求する議論にはそれほど説得力があるわけではない、ということになります。
問題はむしろ、交渉相手は朝鮮だけと思い込んでいるトランプの発想にあります。トランプが、敵は本能寺(THAADの扱いについて、トランプ政権が中国とロシアが納得するだけの譲歩を行う用意があるかどうか)であることを認識しないで短期決戦で勝負と突っ走ろうとしても、THAAD問題に関する中露両国の固い立場を知り、中露両国の支持を後ろ盾にして対米交渉に臨むであろう朝鮮がそれに簡単に同調する可能性は低いでしょう。
THAAD問題に関して朝鮮が正面から論難した最近の文章としては、4月24日付の朝鮮中央通信社論評「「THAAD」により迎撃されるのは南朝鮮人民の運命だけだ」があります。以下に紹介します。私が太字にした部分が示すとおり、朝鮮はTHAAD問題が優れて中露にとっての問題であることを踏まえていることが分かります。

南朝鮮当局が平和と緩和に向けた現情勢の流れと民心の志向に逆行して侵略的な「THAAD」配備に執着している。
「THAAD」基地の内部施設工事のための資材と装備の搬入に熱を上げ、それに反対する南朝鮮人民の闘いを弾圧している。
これは、外部勢力の政治的・軍事的支配にピリオドを打ち、生命権と安全権を守ろうとする南朝鮮人民の正当な闘いに対する許せない挑戦行為である。
南朝鮮当局が「THAAD」の有用性についていくら力説しても、その反民族的で売国的な性格と危険極まりない本質を絶対に覆い隠せない。
「THAAD」は、米国と朴槿恵保守一味が全同胞と国際社会の反対にもかかわらず、「北のミサイル脅威に対処する」という口実の下、不法に引き入れた高高度ミサイル防衛システムである。
その配備は、世界の多くの専門家が「『THAAD』は近距離で朝鮮のミサイルを迎撃できない。『THAAD』のより効果的な機能は中露の戦略ミサイル活動を監視することによって米国の全地球的なMDシステムにとりでを提供することだ」と一致して主張したように、南朝鮮を米国の覇権戦略実現の前哨基地にいっそう転落させ、周辺諸国の第一次的打撃目標にさせる反民族的で売国的な行為である。それゆえ、現当局者も執権以前の時期に「『THAAD』論難はわれわれをして真の主権国家だと自負するのを恥ずかしくする」「配備の中断を求める」などと発言し、米国と朴槿恵保守一味の「THAAD」配備策動を糾弾してきた。
こんにち、南朝鮮当局が「THAAD」基地建設を引き続き強行し、これに反対する南朝鮮人民の闘いまで弾圧するのは、積弊で一貫した朴槿恵逆徒の轍を再び踏むということ同様の犯罪行為だと言わざるを得ない。
南朝鮮当局が「THAAD」を抱えて平和をうんぬんするのは、言葉にならない。
今、南朝鮮各界では「北の弾道ミサイル試射が中止された以上、それを口実に引き入れた『THAAD』も撤回すべきだ」という声が高まっている。
「THAAD」配備を「臨時の措置」だと説明してきた南朝鮮当局としては、急転換した現情勢と高まる民心の要求に応じて「THAAD」の撤廃に早急に乗り出すのが当然である。 しかし、現当局は米国産戦争の怪物に引き続き執着しており、人民の血税までその運用費用として外部勢力に貢ごうとすることもためらっていない。
「THAAD」によって利得があるのは侵略的な外部勢力しかなく、それによって迎撃されるのは南朝鮮人民の運命だけである。
南朝鮮当局は、「THAAD」をはじめ災難の種を抱えていては災いを招くしかないということを銘記して正しい決断を下さなければならない。
南朝鮮の各階層も、民族の自主権と生命安全を脅かす「THAAD」を神聖な領土から根こそぎにするための闘いにいっそう果敢に立ち上がるべきであろう。