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北南首脳会談の成果・意義と今後の課題

2018.05.01

メディアの誘いを受けて、今回の南北首脳会談の意義と課題について記したものを紹介します。末尾には、朝鮮中央通信が発表した板門店宣言の全文を紹介しておきます。

<北南首脳会談の成果・意義>
 今回の劇的な北南首脳会談の数々の名シーンの中でも、二人だけで30分もの間、真剣でしかも時には笑みも浮かべて話し込んでいる場面ほど、私の印象に残るものはない。その感動的なツー・ショットを見ていて、勇猛果敢(動)の金正恩委員長と剛毅木訥(静)の文在寅大統領の絶妙無比の組み合わせと感じ入った。この濃密な30分の間に二人の間で培われたに違いない相互信頼関係こそが、今後も平坦ではないであろう朝鮮半島情勢の艱難辛苦を克服する上でのカギとなるだろうし、これこそが今回の首脳会談の最大の成果だとすら確信する。
 このことと密接に関連するが、米日韓を筆頭とする西側メディアによって「悪魔」視されてきた金正恩委員長の素顔が全世界に紹介された意義も極めて大きい。保守的な韓国・中央日報社説(4月28日)すら、「何よりも今回の会談で注目されるのは、北朝鮮が正常国家のイメージを得ることになったという点だ。金正恩委員長は残忍な独裁者、狂ったロケットマンから、開放的で率直でユーモアもある合理的イメージを得ることになった」と認めた。
ちなみに日本でも、「何をしでかすか分からない北朝鮮」という先入主が広範な国民の間に浸透しており、それが安倍政権の「北朝鮮脅威論」の下支えをしてきた。しかし、今回のドラマを端緒とする朝鮮の今後の動きは、日本人の朝鮮に対する感情・認識に肯定的な変化を引き起こし、日本政治の健全化に導くことが期待される。
 今回の首脳会談で合意された板門店宣言も、朝鮮半島の平和と安定を展望する上で画期的な意義を持つ歴史的文書と呼ぶにふさわしいものだ。多くの論者は、宣言で朝鮮半島の非核化に関していかなる文言が盛り込まれるかにのみ焦点を当てた(この点でも、トランプ大統領の反応は良好で、宣言は成功だったと言える)が、私は特に、以下の諸点を特筆大書したい。
第一、相手に対する一切の敵対行為を全面中止することを宣言したこと(宣言2-①)。脈絡からいって、米韓合同軍事演習の中止まで意味するものではないが、宣言に沿って情勢が展開していけば、いずれはそれをも視野に収める含みが込められているといえる。
 第二、年内に終戦を宣言し、停戦協定を平和協定に転換する具体的方針を打ち出したこと(3-③)。停戦協定の平和協定への転換は、米朝国交正常化とともに、朝鮮が最重視する目標の一つだ。トランプ大統領は「朝鮮の完全で、検証可能で、不可逆的な非核化(CVID)」を重視し、そのために今後も最大限の圧力行使を続けると放言しているが、面白いことに、朝鮮半島における戦争終結には極めて前向きだ。だが、北南米または北南米中による停戦協定が年内に締結されるような画期的進展があれば、トランプ大統領が朝鮮に対する最大限の圧力行使に固執する政治的根拠も客観的に説得力を失うことに、彼は気づかない。
 第三、10.4宣言(2007年)で合意した事業の積極的推進(とりあえずは東・西線の鉄道と道路の連結)を明記したこと(1-⑥)。安保理制裁決議があるため、すぐに北南経済協力が動き出すことは難しい。しかし、中国では早くも、朝鮮の大胆な一方的行動(核ミサイル実験停止、核実験場の廃止)を評価し、安保理制裁決議を部分的に解除すること(さらには「行動対行動」原則に従った段階的制裁解除を取ること)を提唱する動きも出ている(4月23日付環球時報社説)。制裁に固執するのは米日だけで、国際社会全体としては制裁解除に同調する流れが生まれることは期して待つべきものがある。宣言はその流れをあらかじめ織り込んだものと見られる。
 第四、宣言が今後の北南間の交流・接触スケジュールを積極的かつ具体的に盛り込んでいること。時系列的にいえば、①5月1日:拡声器放送とビラ散布をはじめとする敵対行為の全面中止(2-①)、②5月中:将官級軍事会談開催(2-③)、③6.15を記念する民族共同行事(1-④)、⑤8月15日:離散家族・親戚の面会(1-⑤)、⑥8月18日~:アジア競技大会への共同参加(1-④))、⑦秋:文在寅大統領訪朝(3-④)。このほかにも、北南共同連絡事務所の開城設置(1-③)、合意事項実践のための各分野の対話と協力(1-②)、鉄道・道路の連結(既述)、西海「北方限界線」での偶発的軍事衝突防止(2-③)、終戦宣言・停戦協定の平和協定への転換(既述)なども盛り込まれた。
<今後の課題>
 金正恩委員長は首脳会談における短い冒頭発言で、「11年」に3回言及し、その中の2回は「失われた11年」と表現したという(4月27日付ハンギョレ・日本語WS)。文在寅大統領も、「11年もの間できなかった話を、今日十分交わせることを望んでいる」と述べたとされる(同)。
 これは、2007年の金正日総書記と盧武鉉大統領の首脳会談(10.4宣言)で合意された諸事項が内(李明博、朴槿恵両政権)及び外(朝鮮を「悪の枢軸」と決めつけたブッシュ政権及び対朝鮮「戦略的忍耐」戦略を実行したオバマ政権)の事情によって実現を阻まれたことを指している。
 宣言が年内の北南間の濃密な交流・接触のスケジュールを掲げたのは、10.4宣言の二の舞を踏まず、朝米首脳会談の帰趨如何に関係なく、北南関係前進のモメンタムを維持しようとする両指導者の強い決意の表れであり、周到な布石であることは間違いない。
 しかし、気まぐれなトランプ大統領が今後いかなる行動を取るかはまったく予断できない。その言動次第では、韓国内外の反動勢力が文在寅政権の政策に抵抗・反対を強めることは十分あり得る。文在寅大統領は、宣言の主要な合意内容について議会の同意取り付けを含めた「履行の制度化」作りの方針だとされる(4月28日付ハンギョレ・日本語WS)。板門店宣言が10.4宣言の轍を踏むことを防ぐための賢明な判断だ。
 また、「失われた11年」に言及した金正恩委員長の発言は、「国際約束を破ってきたのはいつも北朝鮮」とする米日以下の西側の決めつけを考える上で極めて意味深長だ。クリントン政権時代の米朝枠組み合意の破産にしても、6者協議の9.19合意の空中分解にしても、朝鮮の「核開発疑惑」(前者)及び「マネー・ローンダリング疑惑」(後者)をあげつらったブッシュ政権の行動に端を発した。アメリカが真剣に朝鮮半島核問題の解決を希求したならば、「疑惑」がごときですべてを台無しにするはずはなかった。金正恩委員長の発言にはこうした当時の状況に対する深い感慨が込められていることは想像に難くない。
 金大中・盧武鉉の後継を自認する文在寅政権中枢は当時の真実について知悉しているはずだ。文在寅大統領は、朝米首脳会談に先立って訪米する予定だ。「北朝鮮に対する前政権の誤りを繰り返さない」を口癖にするトランプ大統領に対して、文在寅大統領は、過去における米朝交渉の挫折は朝鮮側の原因によるものではなく、優れてアメリカ側に原因があったことを明らかにし、「朝鮮は言ったことは守る」信用できる相手であることを認識させるべきだ。
 最後に、北南双方が対米政策を考える上では、中国、ロシア及び国連事務総長の認識及び立場の変化をプラス要因として積極的に考慮に入れるべきだろう。2007年当時の中国及びロシアはブッシュ政権との協調を重視するあまり、国際法的に非難・制裁されるいわれのない朝鮮の行動(宇宙条約上の権利行使である人工衛星打ち上げ、国際法の規制のないミサイル発射実験、NPT脱退の上での核実験)に対する安保理制裁決議採択に同調した。アナン(~2006年12月)及び潘基文(2007年1月~2016年12月)両事務総長もアメリカの顔色をうかがうことに終始した。
 しかし、中朝関係は、金正恩委員長の訪中で劇的に改善された。ロシアも李容浩外相の訪ロの際、極めて友好的な態度で接した。しかも中露両国は、朝鮮半島核問題の解決に関して建設的な提案を行っている(2007年7月の「朝鮮半島問題に関する中国外交部とロシア外務省の共同声明」)。また、グテーレス事務総長は前任者とは異なり、トランプ大統領の対外政策に対して公然と異を唱える勇気を持ち合わせている。
 トランプ大統領という不確実要因は重く存在し続けるが、朝鮮半島をめぐる国際環境全体は明らかに2007年当時より友好的だ。勇猛果敢な金正恩委員長は、文在寅大統領が剛毅木訥を貫徹すれば、信義に悖る行動を取ることはないはずだ。板門店宣言の命運ひいては今後の朝鮮半島情勢は、文在寅政権が初志貫徹の不退転の決意を持っているか否かにかかっていると言って過言ではないだろう。
(資料)<板門店宣言(全文)>
朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言
朝鮮民主主義人民共和国の金正恩国務委員長と大韓民国の文在寅大統領は、平和と繁栄、統一を念願する全同胞の一様な志向を込めて朝鮮半島で歴史的な転換が起きている意義深い時期に、2018年4月27日、板門店の「平和の家」で北南首脳の会談を行った。
北南の両首脳は、朝鮮半島にこれ以上戦争は起こらないし、新しい平和の時代が開かれたということを8千万のわが同胞と全世界に厳かに闡明した。
北南の両首脳は、冷戦の所産である長い分断と対決を一日も早く終息させ、民族の和解と平和・繁栄の新しい時代を果敢に開いていき、北南関係をより積極的に改善し、発展させていかなければならないという確固たる意志を込めて歴史の地、板門店で、次のように宣言した。
1.北と南は、北南関係の全面的で画期的な改善と発展を成し遂げることによって、断ち切られた民族の血脈をつなぎ共同繁栄と自主統一の未来を早めていく。
北南関係を改善し、発展させるのは全同胞の一様な所望であり、これ以上先送りすることのできない時代の差し迫った要求である。
① 北と南は、わが民族の運命はわれわれ自らが決定するという民族自主の原則を確認し、すでに採択された両北南宣言と全ての合意を徹底的に履行することによって、関係の改善と発展の転換的局面を開いていくことにした。
② 北と南は、高位級会談をはじめ、各分野の対話と協商を早い時日内に開催して首脳会談で合意した問題を実践に移すための積極的な対策を講じていくことにした。
③ 北と南は、当局間の協議を緊密にし、民間の交流と協力を円滑に保障するために、双方当局者が常駐する北南共同連絡事務所を開城地域に設置することにした。
④ 北と南は、民族の和解と団結の雰囲気を高調させていくために、各階層の多面的な協力と交流、往来と接触を活性化することにした。
内では6・15をはじめ北と南に共に意義のある日々を契機に当局と議会、政党、地方自治団体、民間団体など、各階層が参加する民族共同行事を積極的に推し進めて和解と協力の雰囲気を高調させ、外では2018年アジア競技大会をはじめ国際競技に共同で進出して民族の英知と才能、団結した姿を全世界に誇示することにした。
⑤ 北と南は、民族分裂によって生じた人道的問題を早急に解決するために努力し、北南赤十字会談を開催して離散家族・親せきの面会をはじめ、諸般の問題を協議、解決していくことにした。 差し当たり、来る8・15を契機に離散家族・親せきの面会を行うことにした。
⑥ 北と南は、民族経済の均衡的発展と共同繁栄を成し遂げるために10・4宣言で合意した事業を積極的に推し進め、1次的に東・西海線の鉄道と道路を連結し、近代化して活用するための実践的対策を取っていくことにした。
2.北と南は朝鮮半島で先鋭な軍事的緊張状態を緩和し、戦争の危険を実質的に解消するために共同で努力していく。
朝鮮半島の軍事的緊張状態を緩和して戦争の危険を解消するのは、民族の運命に関わる非常に重大な問題であり、わが同胞の平和で安定した生を保障するためのかなめの問題である。
① 北と南は、地上と海上、空中をはじめ、全ての空間で軍事的緊張と衝突の根源となる相手に対する一切の敵対行為を全面中止することにした。
差し当たり、5月1日から軍事境界線一帯で拡声器放送とビラ散布をはじめ、全ての敵対行為を中止してその手段を撤廃し、今後、非武装地帯を実質的な平和地帯につくっていくことにした。
② 北と南は、西海の「北方限界線」一帯を平和水域につくって偶発的な軍事的衝突を防止し、安全な漁労活動を保障するための実際の対策を講じていくことにした。
③ 北と南は、相互協力と交流、往来と接触が活性化されることに伴う各種の軍事的保障対策を講じることにした。
北と南は、双方間に提起される軍事的問題を遅滞なく協議、解決するために人民武力相会談をはじめとする軍事当局者会談を頻りに開催し、5月中にまず将官級軍事会談を開くことにした。
3.北と南は、朝鮮半島の恒久的で強固な平和体制の構築のために積極的に協力していく。
朝鮮半島で不正常な現在の停戦状態を終息させ、確固たる平和体制を樹立するのはこれ以上、先送りすることのできない歴史的課題である。
① 北と南は、いかなる形態の武力も互いに使用しないという不可侵合意を再確認し、厳格に順守していくことにした。
② 北と南は、軍事的緊張が解消され、互いの軍事的信頼が実質的に構築されるにつれて段階的に軍縮を実現していくことにした。
③ 北と南は、停戦協定締結65年になる今年に終戦を宣言して停戦協定を平和協定に転換し、恒久的で強固な平和体制構築のための北・南・米の3者、または北・南・中・米の4者会談の開催を積極的に推し進めていくことにした。
④ 北と南は、完全な非核化を通じて核なき朝鮮半島を実現するという共同の目標を確認した。
北と南は、北側が取っている主動的な措置が朝鮮半島の非核化のためにとても有意義で、重大な措置であることに認識を同じくし、今後、それぞれ自分の責任と役割を果たすことにした。
北と南は、朝鮮半島の非核化を目指す国際社会の支持と協力のために積極的に努力していくことにした。
北南の両首脳は、定期的な会談と直通電話を通じて民族の重大事を随時真摯に論議して信頼を強固にし、北南関係の持続的な発展と朝鮮半島の平和と繁栄、統一に向かう良好な流れをさらに拡大していくために共に努力していくことにした。
差し当たり、文在寅大統領は今年の秋に平壌を訪問することにした。