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シリア・ドゥーマにおける「化学兵器使用」問題
-中国と国連事務総長-

2018.04.16. 04.17補筆

(補筆 4月17日)米英仏のシリア空爆:国際法上の違法性
米英仏によるシリア空爆について、16日の定例記者会見で中国外交部の華春瑩報道官がその国際法上の違法性に関する中国の立場を詳しく説明しました。また、同じく16日付のイラン放送英語版WSは、イギリス・ガーディアン紙の報道として、イギリス労働党が発表したオックスフォード大学の国際法教授Dapo Akandeの5ページにわたる法的見解のさわり部分を紹介しています。かつて外務省条約局で働いた経験のある私としては、ともに首肯できる内容なので、参考までに紹介します。

<華春瑩報道官発言>
Q 米英仏3国は土曜日にシリアに対するミサイル攻撃を行った。中国のさらに踏み込んだコメント如何。
A 我々はすでに14日に中国の立場を公式に表明したが、さらに数点を補充して強調しておきたい。
 第一、国連憲章はいかなる状況の下で軍事力を使用するかについて明確な規定がある。米英仏のシリアに対する軍事攻撃の発動は、軍事力使用を禁止した国際法の基本原則に違反し、国連憲章にもとるものだ。現代国際法は不法行為に対して軍事力によって報復措置をとることを禁止しており、「化学兵器使用行為に対して懲罰または報復する」ことを理由としてシリアに対して軍事力を行使することは国際法に合致しない。安保理を迂回して、一方的に「人道的介入」を理由として他国に対して軍事力を行使することも国際法に合致しない。我々は、米英仏国内でも今回の軍事攻撃の正当性及び合法性に対して疑問及び批判を提起するものが少なくないことに留意している。
 第二、化学兵器を理由として他国に対して軍事力を行使することについては、歴史的にイラク問題という前轍の戒めがある。歴史の教訓はくみ取るべきであり、以前の悲劇を繰り返してはならない。我々は、3国の高官がシリア政府は化学兵器を使用した「可能性が高い」とか、「現在証拠を探している」とか述べていることに留意している。我々は、このような「推定有罪」を理由として主権国家に対して軍事攻撃を行うことは無責任であると考える。シリア化学兵器問題については真相を明確にする必要がある。
 第三、中国の化学兵器問題に関する立場は極めて明確である。我々は、いかなる国家、組織、個人による化学兵器の使用についても、いかなる状況の下におけるものであっても反対であり、シリアの化学兵器に関する疑いのある事件については、全面的、客観的かつ公正な調査を行い、歴史及び事実の検証に耐えうる信頼できる結論を得ることを主張している。我々はOPCWが調査チームをシリアに派遣して実地調査を行うことを支持するものであり、結論が出る前に各国が結果を予断することはできない。
 最後に再度強調したいのは、シリア問題の軍事的解決にはいかなる出口もなく、政治解決のみが唯一の現実的選択であるということだ。軽々に軍事力に訴えることは地域の情勢の激動をいたずらに増やすのみであり、問題をさらに複雑化させ、解決を難しくする。関係諸国は教訓をしっかりとくみ取り、前轍を踏むことを避けるべきである。
Q 米英仏のシリアに対する軍事攻撃は国際法に違反している。中国はこのようなやり方を譴責するか。
A 米英仏のシリアに対する軍事攻撃発動に関しては、中国は最初から、国際関係の中で軍事力を使用することには反対であり、各国の主権、独立及び領土保全を尊重する立場を主張してきた。我々はまた、安保理を迂回して一方的に軍事行動をとるいかなる行為も国連憲章の趣旨及び原則に悖るものであり、国際法の原則及び基本ルールに違反すると主張している。
<Dapo Akande教授の法的見解>
 「イギリス政府の立場とは逆に、国連憲章も慣習国際法も人道的介入原則に基礎を置く軍事力行使を認めていない。」
「政府が展開した法的立場は、軍事力行使に関する国際法ルールの構造を無視している。」
「政府がとった行動は、政府が防止しようとした特定の悪に関する「直接かつ緊急の救助」をもたらすことに向けられたものではなく、しかも、OPCW調査官が被害地域に到達することができる前におこなわれた。」
(浅井注:各種報道によれば、今回の軍事力行使に関する米英仏の正当化理由は統一されておらず、イギリス政府のみが「人道的介入」として自らの行動を正当化したとされています。)

4月7日に東グータのドゥーマで起こったとされる化学兵器による大量の死傷者発生に関するホワイト・ヘルメットが流した映像は、世界で大きな反響を呼び、これをアサド政権によるものと断定したアメリカ・トランプ政権は英仏両国とともに、4月13日夜(ワシントン時間)、ダマスカス郊外の化学兵器関連施設に対してミサイル攻撃を行いました。
 アサド政権及びロシアは「事件」はホワイト・ヘルメットによるでっち上げであるとし、化学兵器禁止条約の関連規定に基づき、同条役に基づいて設置されている化学兵器機関(OPCW)による現地調査を招請し、同機関も現地入りを表明しました(15日シリア到着)が、米英仏は攻撃を強行しました。
 今回の米英仏の行動は、①シリア政府による行動とする米英仏の判断を裏付ける確証がないこと、②OPCWによる現地調査及びその結果を待たずに強行されたこと、③米英仏の軍事行動は安保理決議の承認を得ておらず、国連加盟国であるシリアの主権に対する重大な侵害行為であることなどから、その国連憲章をはじめとする国際法に違反する本質があらわです。また、ロシア・イラン・トルコが主導する和平プロセスが進む中で行われた今回の行動は、いたずらにアサド政権反対派の誤った期待を高めるだけで、和平プロセスに対する重大な障害を作り出すことも懸念されます。
 米英仏の今回の行動に対して、従来、米露の間で慎重な行動をとってきた中国及び国連事務総長がはじめて明確に米英仏を批判する姿勢を明確にしたことは注目に値します。

<中国>
 中国はこれまで、化学兵器の使用には断固反対としつつ、米露いずれにも与することを慎重に避ける姿勢を貫いてきましたが、4月14日付の中国外交部WSは、王超次官が12日、中国人民外交学会の招請で11日から訪中中のシリア社会民族党(バアス党に次ぐ政党とされる)のハイドゥール主席(浅井注:名前は中国語からの音読み)が率いるシリア国内反対派と会見し、次のように述べたことを伝えました。

 我々は化学兵器の使用には断固反対しており、化学兵器使用が疑われる事件に対しては全面的、公正かつ客観的調査を行い、歴史の検証に耐えうる信頼できる結論を得るべきだと考えている。それ以前には、誰も結果を予断し、勝手に結論を出してはならない。我々は一貫して、国際関係において、何かといえばすぐさま軍事力を使用したり、軍事力で脅迫したりする動きに反対してきた。今日、国際社会は意思疎通と協調を強化し、リスクをコントロールし、情勢の複雑化、衝突の激化及び拡大を避けるべきである。
 シリア問題を軍事手段で解決するのは出口がなく、政治解決のみが唯一の現実的選択である。国際社会は、シリアの主権、独立及び領土保全を尊重し、シリア人が自主的に国家の将来を決定することを堅持するべきだ。関係方面は、国連による仲介を支持し、包括的な政治対話を通じて、シリアの実情に合致した、関係方面の関心を考慮する解決方式を見いだすべきである。

米露いずれに与するとは明言してはいませんが、誰にも明らかなとおり、シリアに対する武力行使を公言したアメリカのトランプ政権に対する厳しい批判であり、シリア内戦の政治的解決を主導してきたロシアの立場を支持するに等しい発言であり、これを中国外交部WSが掲載したことは、中国が従来の慎重な立場から転換したことを明示するものです。
 そして、米英仏がシリアに対する攻撃に踏み切ると、中国外交部の華春瑩報道官は14日、休日で定例記者会見はないにもかかわらず、記者の質問に答える形で、次のように王超次官の発言を踏襲する形で、中国政府の立場を明確に表明しました。これも名指しこそ避けていますが、米英仏の今回の行動を明確に批判するものです。

Q 北京時間の14日午前、米英仏はシリアに対する空襲を発動した。中国のコメント如何。
A 我々は一貫して国際関係において軍事力を使用することに反対し、各国の主権、独立及び領土保全を尊重することを主張してきた。安保理を迂回して一方的に軍事行動をとるいかなる行為も国連憲章の趣旨及び原則に悖るものであり、国際法の原則及び基本ルールに違反しており、また、シリア問題の解決に対して新たな複雑な要素を持ち込むものである。中国は、関係諸国が国際法の枠組みに回帰し、対話と協議を通じて問題を解決することを促す。
Q アメリカ等3国は、軍事攻撃はシリアで発生した化学兵器による襲撃事件に対するものであるとしているが、中国のコメント如何。
A 中国は、シリアにおける化学兵器の使用が疑われる襲撃事件に対しては全面的で、公正かつ客観的な調査を行って歴史的検証に耐えうる、信頼できる結論を出すべきだと考える。それ以前には、各国は結果を予断することはできない。  中国は、政治解決のみがシリア問題の唯一の現実的な出口だと考える。国際社会は、国連による仲介を支持し、共同してシリア問題が最終的に妥当な解決が得られることを推進するべく、たゆまぬ努力を払うべきだ。

私は、かねてから、ホワイト・ヘルメット(シリアのボランティア救助活動グループとされる存在ですが、テロリスト集団との関係が強く疑われてもいます)やシリア人権監視団(ロンドンに本拠を置く反アサド派団体)の情報を鵜呑みにする西側メディア(日本も含む)の報道姿勢には問題があると思ってきました。特に今回のドゥーマの「事件」については、反アサド派武力組織(特にドゥーマを支配してきたのは、安保理決議で、ISIS、ヌスラ戦線などとともにテロリストと指定されている「ジャイシュ・アル・イスラム」)に対して圧倒的に優位に立ったシリア政府軍が何故に化学兵器を使用する必要があったのかについて、広く疑問が提起されています。ちなみに、シリア政府は、国内内戦での化学兵器の使用疑惑に伴い、安保理決議に基づき、すべての化学兵器の廃棄を受け入れ、OPCWは2013年7月に、国内に残っていた兵器などの最終分の国外搬出作業を完了したと発表し、内戦に襲われる国が保有するすべての大量破壊兵器を国外へ持ち出したのは前例がない事例と称賛したという経緯もあります。
 中国政府の今回の断固とした立場表明は、ホワイト・ヘルメットの映像操作だけを根拠に、OPCWの調査を待たずに攻撃を強行した米英仏の行動は国連憲章に違反する一方的なものであるとする基本的判断に基づくものです。私としては、中国の立場表明は当然なことであると思います。

<国連事務総長>
 国連のグテーレス事務総長も、15日に行われた安保理会合の席上で、以下のような認識を表明し、やはり名指しはしませんでしたが、米英仏の行動を明確に批判しました。以下に紹介するのはイランの通信社・IRNAによるものですが、中国の通信社が伝えたものとほぼ同じ内容ですので、信頼性には問題がないと思います(国連WSでの事務総長の発言に関する報道がアップされるのは遅いので、その点は了承ください)。
 私は、朝鮮半島核問題をはじめとする重要な国際問題に関するグテーレスの言動に注目していますが、シリア内戦問題について彼がこれだけ明確な発言を行ったのははじめてではないかと思います。米ソ冷戦終結以後、アメリカ主導の安保理の復権という大枠のもとで、アメリカに寄り添いながら自らの復権を目指してきた歴代事務総長とは違い、アメリカの一方的な自己主張に対しては敢然と物言いをすることによって、真に国際社会を代表する存在としての権威と信頼を回復・確立しようとするグテーレスには期待するところ大です。

 国連事務総長は、「シリア人民の苦難をさらに悪化させる」行動は避けるべきだと要求するとともに、すべての国は国連憲章及び国際法の枠内で一貫した行動をとるべきだと述べた。  「私は、米仏英によって行われた空爆の報告を詳細にフォローしてきた。特に平和と安全に関わる事項を扱うときには、国連憲章及び国際法一般に即して行動する義務がある。国連憲章はこれらの問題について非常に明確である。」グテーレスは、シリアに対する単独行動に関する安保理会合でこのように述べた。  「安保理は、国際の平和と安全に対して主要な責任を負っている。私は、安保理加盟国に対して、団結してその責任を果たすことを呼びかける。私はすべての加盟国に対して、この危険な状況下では自制し、情勢をエスカレートさせ、シリア人民の苦難をさらに悪化させるいかなる行為も避けるべきだと強く呼びかける。」  彼は以下のように付け加えた。「化学兵器の使用は憎むべきものだ。それによる被害は途方もないものだ。私はこれまで繰り返して、安保理がシリアにおける化学兵器の使用に対する効果的な責任追及メカニズムを作ることに失敗してきたことに対する深い失望を表明してきた。私は、安保理がその責任を担い、このギャップを埋めるよう強く主張する。私はこの目的を達成することを手伝うべく、加盟国と協力を続けるつもりだ。」