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朝鮮半島に歴史的転機到来か

2018.03.15.

執筆を誘われて書いた一文です。3月8日及び3月11日のコラムで書いたことを踏まえつつ、より包括的に俯瞰することを心がけました。

<歴史的合意>
 南北関係の歴史的改善を呼びかけた金正恩委員長の「新年の辞」、そしてそのメッセージを正確に認識した文在寅大統領の周到な根回しによって、世界の誰もが予想し得なかった北南首脳会談及び朝米首脳会談の開催が合意される運びとなった。両会談実現には多くの妨害、波乱が予見されるが、2017年までの一触即発の未曾有の危機を根本的に解消するための大胆な行動に踏み切った金正恩委員長、これに的確に対応して慎重かつ緻密に行動した文在寅大統領、そして決定的チャンスを捕まえる、ビジネスマンとして培った直観的判断力を発揮したトランプ大統領、以上三者の政治最高指導者としてのリーダーシップがあってはじめて実現した今回の歴史的合意をまずは心から祝福したい。
<金正恩委員長の国家戦略方針>
 北南首脳会談及び朝米首脳会談開催の基本的合意は、金正恩委員長の周到な国家戦略方針を抜きにしてはあり得なかった。私は特に、昨年(2017年)7月4日に、大陸間弾道弾「火星14」型の試射の成功に関する朝鮮国防科学院報道の中での金正恩委員長の発言(「米国の対朝鮮敵視政策と核威嚇が根源的に一掃されない限り、われわれはいかなる場合にも核と弾道ロケットを協商のテーブルに置かないし、われわれが選択した核戦力強化の道からたった一寸も退かない」)に注目してきた。
 すなわち金正恩委員長は、「最大限の圧力と関与(対話)」を掲げて朝鮮に対して超強硬政策で臨むトランプ政権に対して、ICBM発射実験を行うことで一歩も引かないことを明確にすると同時に、アメリカの「対朝敵視政策と核威嚇が根源的に一掃」されるのであれば、「核と弾道ロケットを協商のテーブル」に置く用意があるし、「核戦力強化の道」から「退かない」わけではない、というきわめて重要なメッセージを発したのだ。文在寅大統領特使代表団訪朝の結果を踏まえて韓国が発表した発表文6項目中の第3~5項は、「北朝鮮は核ミサイルを放棄するはずがない」という大方の見方からすると驚天動地の内容だろうが、金正恩委員長の上記発言を踏まえれば、決して唐突ではない。また、トランプ大統領が金正恩委員長の提起した朝米首脳会談開催に即座に応じたのは、金正恩委員長がアメリカ側の諸要求を受け入れる用意を示したためと説明されているが、金正恩委員長としては、対等平等な立場で米朝首脳会談を行うことに米側が応じることを大前提とした上で、すでに上記発言において実質的に米側要求に応じる用意があることを明らかにしていたのだ。
 しかし、金正恩委員長の国家戦略方針を正確に理解し、認識するためには、2013年3月31日に行われた朝鮮労働党中央委員会全体会議で明らかにされたいわゆる「並進路線」について改めて確認しなければならないことがある。正直に告白するが、私は、中国の朝鮮半島問題研究の第一人者である李敦球氏の文章を読んで自らの先入主の怖さを改めて思い知らされた。すなわち、この会議で決定されたのは、「経済建設と核武力建設の並進路線」(朝鮮中央通信13年3月31日付)であって「核武力建設と経済建設の並進路線」ではないという同氏の指摘である。会議が決定した並進路線は、「自衛的核武力を強化、発展させて国の防衛力を鉄壁のように固めながら、経済建設にさらなる力を入れて社会主義強制国家を建設するためのもっとも革命的かつ人民的な路線である」(強調は筆者)。
 以上の2点及び今回の対韓及び対米アプローチを踏まえて、私が理解する金正恩委員長の国家戦略方針を素描する。専門家諸氏から忌憚のない批判を仰ぎたい。
 第一、朝鮮国家体制の尊厳ある存立を確保することが最大の目標である。核デタランス(通称「核抑止力」)の構築は、その目標を実現するための必要かつ不可欠の手段という位置づけだ。  朝鮮国家体制の尊厳ある存立を脅かしてきたのはいうまでもなくアメリカである。核デタランス構築はアメリカの朝鮮敵視政策に有効に対抗するための究極的選択だ。2017年までの核ミサイル開発によって、対米軍事対決上の条件は整備され、対等な立場で対米交渉に臨む条件も整えられた。
 重要なポイントは、国家体制の尊厳ある存立が目標であり、核デタランスはそのための手段であることだ。アメリカが朝鮮敵視政策を改めるのであれば、核デタランスは手段としての役割を終える。具体的には、休戦協定を平和条約で置き換えること及び米朝国交関係の正常化にアメリカが応じることが確約されれば、朝鮮は非核化に応じることができる。
 第二、単純化を恐れずにいえば、並進路線においては、経済建設が主、核武力建設は従という位置づけだ。国家体制の尊厳ある存立が確保されれば、経済建設を推進する角度から核武力建設方針は見直される。米朝国交正常化の実現は、国連安保理の朝鮮制裁諸決議の終了、朝鮮の国際社会への完全復帰につながり、経済建設を推進するための国際環境整備につながる。「朝鮮の体制安全が保障されるなら、核を保有する理由がない」(韓国発表文第3項)は、こういう脈絡で捉えることができる。
<朝鮮半島の平和と安定を実現するための課題>
 南北首脳会談及び米朝首脳会談を実現し、それを起点として朝鮮半島に恒久的な平和と安定を実現するためには、多くの課題を克服し、解決する必要がある。紙幅が限られているので、簡単な問題提起にとどめる。
 第一、以上に述べたとおり、金正恩委員長のアメリカ(及び韓国)に対する戦略方針は明確だが、トランプ政権の対朝鮮政策は朝鮮の非核化要求にとどまっており、それから先については白紙状態だ。トランプ大統領は朝鮮の政権交代を追求しないことを明言している点で歴代政権と一線を画するが、朝鮮の要求(平和協定締結と米朝国交正常化)に関する立場を表明したことはない。この問題がクリアされない限り、首脳会談を含め事態が大きく前進する可能性は乏しい。
 第二、トランプ政権は、対朝鮮政策を確定する過程で関係諸国(韓中ロ日)と協議することになる。朝鮮半島の平和と安定の実現を希求する韓(文在寅)中(習近平)露(プーチン)の助言を重視すれば今後の展望は明るい。しかし、日本(安倍晋三)の働きかけに乗るようであれば、安倍政権が朝鮮敵視政策にしがみついている以上、先行きは険しいものとなる。
 第三、トランプ政権が金正恩委員長の国家戦略方針を正確に認識し、これに応えうる国内的条件を整備することができるかどうかも、前途に影響する重要な要素だ。アメリカでは、朝鮮を最大の脅威と見なす大きな世論がある。アメリカ政治のアウトサイダーであるトランプに対する国内的反発も大きい。議会中間選挙を控えるトランプ政権としては、これらの国内的要因も考慮して、対朝鮮政策を考えることにならざるを得ない。
 少なくとも以上の3点の問題をトランプ政権がクリアできたときにはじめて、朝米関係、北南関係そして朝鮮半島の平和と安定の実現を展望する条件が整備される可能性が生まれることになるだろう。
<日本国民の政治責任>
 安倍政権は、念願の9条改憲の実現を図る上で、「北朝鮮脅威論」で国民の政治意識を自らが望む方向に誘導することが至上課題だ。しかも、森友学園問題で政治基盤が脅かされている難局を打開する必要に迫られている。安倍首相は、訪米してトランプ大統領に働きかけて歴史的合意の実現を妨げ、自らの存在感を誇示することで、これらの課題・難局を打開しようと図っているに違いない。
 しかし、北南首脳会談及び朝米首脳会談の実現を阻もうとする安倍首相の行動は、絶対に許すことのできない政治的犯罪と言っても決して過言ではない。日本国民が安倍首相に唯々諾々と従うことは、その犯罪に加担することと同義だ。国民は今こそ安倍首相の繰り出す催眠術(「北朝鮮脅威論」)の呪縛から自らを解き放ち、安倍首相に鉄槌を下さなければならない。それは、朝鮮民族に対して植民地支配を行い、朝鮮の南北分断に道を開いてしまった日本国家の歴史責任を負う主権者・国民に課せられた、逃れることのできない責任である。