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「従軍慰安婦」問題(タスク・フォース報告)

2017.12.31.

韓国外交部の「慰安婦タスクフォース(以下「TF」)」は27日、朴槿恵前政権による2015年12月28日の「韓日慰安婦合意」について検証した結果を発表しました。これを受けて文在寅大統領は翌28日、自らの立場を表明しました。同日付の韓国・中央日報・日本語WSは、同大統領立場表明の全文として、次のように紹介しました。

慰安婦TFの調査結果発表を見ながら、大統領として重い気持ちを禁じ得ません。
2015年の韓日両国政府間の慰安婦交渉は手続き的にも内容的にも重大な欠陥があったことが確認されました。
遺憾ではありますが、避けることはできません。
これは歴史問題の解決において確立された国際社会の普遍的原則に背くだけでなく、何よりも被害の当事者と国民が排除された政治的合意だったという点で極めて遺憾です。
また、現実に確認された非公開合意の存在は国民に大きな失望を与えました。
合意が両国首脳の追認を経た政府間の公式的約束という負担にもかかわらず、私は大統領として国民と共に、この合意では慰安婦問題が解決されないという点を改めてはっきりと明らかにします。
そしてまたも傷を受けた慰安婦被害者の皆さんに心から深い慰労を伝えます。
歴史で最も重要なことは真実です。
真実に背を向けたところで道を付けることはできません。我々には苦痛の過去であるほど向き合う勇気が必要です。苦痛で、避けたい歴史であるほど、正面から直視しなければいけません。
そうしてこそ初めて治癒も、和解も、そして未来も始まるでしょう。
私は韓日両国が不幸だった過去の歴史を踏んで、本当の心の友になることを望みます。
そのような姿勢で日本との外交に臨みます。
歴史は歴史として真実と原則を毀損せずに扱っていきます。同時に私は歴史問題の解決とは別に、韓日間の未来志向的な協力のために正常な外交関係を回復していきます。
政府は被害者中心の解決、国民と共にする外交という原則の下、早期に後続措置を用意することを望みます。

同日付の朝鮮日報・日本語WSによりますと、韓国外交部の魯圭悳(ノ・ギュドク)報道官は28日の定例会見で、旧日本軍の慰安婦問題を巡る2015年の韓日合意に関する文在寅大統領の声明を受け、慰安婦被害者を第一に考えた実質的な後続措置を早急に講じると述べました。魯報道官は、「政府としては大統領の言葉どおり、『被害者中心の解決』を原則に、被害者の名誉と尊厳を回復し、心の痛みを癒すため、誠意ある実質的な後続措置を早急に講じる」としたそうです。ただし、慰安婦被害者、関連団体、専門家の意見を十分に反映し、韓日関係に及ぼす影響も鑑みると付け加えました。
 私は文在寅大統領の上記立場表明に正直感動しました。2015年の日韓合意が「両国首脳の追認を経た政府間の公式的約束という負担」を課していることを踏まえた上でなお、「この合意では慰安婦問題が解決されない」と明言したことはすごいことだと思いました。彼のこの立場表明を支えるのは、「歴史で最も重要なことは真実」だとする歴史認識であり、また、「手続き的にも内容的にも重大な欠陥があった」合意は「歴史問題の解決において確立された国際社会の普遍的原則に背く」という彼の普遍的原理への深いコミットメントであることがしっかり伝わってきます。
また、2015年日韓合意が「被害の当事者と国民が排除された政治的合意」であると断じた文在寅の言葉は、この合意の本質を核心的に突いています。「苦痛の過去であるほど向き合う勇気が必要」「そうしてこそ初めて治癒も、和解も、そして未来も始まる」という言葉は、主語がありませんが、いわゆる「従軍慰安婦」問題の存在すらを否定してかかる安倍首相以下の日本の保守政治を念頭に置いたものであることは明々白々です。真実と原則を踏まえてこそ韓日友好を期することができるのであり、「そのような姿勢で日本との外交に臨みます」と約束した文在寅大統領は、これまでのゆがんだ日韓関係をただすための正しい方向性を明確にした、韓日両国を通じて初めての政治家であり、ひとり韓国国民だけではなく、私たち日本国民としても高く評価するべきだと思います。
 ところが、というより、まさにそれ故に、安倍首相、管官房長官、河野外相等は、文在寅大統領の歴史的哲学的でさえあるメッセージを無視し、猛反発しています。私があきれかえったのは、「日韓合意 順守こそ賢明な外交だ」と題する社説(12月28日付)で、「朴槿恵・前政権の失政を強調したい文在寅政権の姿勢がにじみでている」「合意を巡る世論の不満に対処するための、国内向けの検証だった」と誹謗し、「いまの日韓関係を支える、この合意の意義を尊重する賢明な判断を求めたい」とヌケヌケ言い放った朝日新聞のあるまじき立場表明でした。
 この社説の支離滅裂は、「核となる精神は、元慰安婦らの名誉と尊厳を回復することにある」と言いながら、「外交交渉では、片方の言い分だけが通ることはない」「合意は…互いに歩み寄った両国の約束」という建前論を前面に押し出して、「核となる精神」を踏みにじった日韓合意の履行を文在寅政権に促している点にあります。文在寅大統領の立場表明が明確にしているのは、「核となる精神」を踏みにじった上で初めて成り立った日韓合意そのものが真の合意に値しないということなのです。
日本政府が大上段に振りかざすのは、日韓合意は「最終的かつ不可逆的」であり、「1ミリたりとも動かさない」(安倍首相)ということです。しかし、12月28日付ハンギョレ・日本語WSは、「「最終的かつ不可逆的」慰安婦合意の文言は日本の返し技だった」と題する文章で、「韓日慰安婦被害者問題合意を検討するTFは27日、「韓国側は『謝罪』の不可逆性を強調したが、合意では『解決』の不可逆性を意味するものと脈絡が変わった」と明らかにした」と指摘し、「結局、慰安婦問題の「解決」は最終的かつ不可逆的と明確に表現しながらも、「法的責任」の認定は解釈を通じてのみできる線の合意で、日本は「慰安婦」制度が日本の国家犯罪という事実を認めないまま、外交的にこの問題を最終的かつ不可逆的に解決することに成功した」と、日本側の「外交的勝利」としての「最終的かつ不可逆的」だったと結論しています。この事実関係もまた、「元慰安婦らの名誉と尊厳を回復する」という「核となる精神」は鼻であしらい、もっぱら日本側の都合を韓国に押しつけようとした日韓合意の汚れきった本質を描写しています。少し長いですが、ハンギョレが描写した事実関係を紹介しておきます。

 TFの説明によると、問題の表現は2015年1月19日に行われた第6回韓日外交局長級協議で韓国側が先に使った。TFは検討報告書で「韓国側は従来のものよりもさらに進展した日本首相の公式謝罪がなければならないと主張し、不可逆性を保つため、閣議決定を経た首相の謝罪表明を求めた」と伝えた。
 外交部が「不可逆的」という表現に言及したのは、日本の謝罪が「公式性」を持つべきだという被害者団体の意見を参考にしたものだった。日本政府が「謝罪」した後も、これを覆した事例が多かったため、「不可逆的な謝罪」を受けなければならないというのが被害者団体の要求だった。実際、2014年4月、被害者団体は「日本軍慰安婦問題の解決に向けた韓国市民社会の要求書」で、「犯罪事実と国家的責任について変更できない明確な形の公式認定、謝罪および被害者に対する法的賠償」を強調した。
 TFは「日本側は局長級協議の初期には『慰安婦』問題が『最終的』に解決されるべきだと主張していたが、韓国側が謝罪の不可逆性の必要性を言及した直後の2015年2月に開かれたイ・ビョンギ当時国家情報院長と谷内正太郎当時国家安全保障会議事務局長間の第1回高官級協議から、『最終的』のほかに『不可逆的』解決をともに要求した」と伝えた。
 さらに、2015年4月の第4回高官級協議で、こうした日本の要求が反映された暫定合意がなされた。「不可逆的謝罪」が「不可逆的解決」に切り替わったのだ。これを受け、外交部は国内の反発世論などを考慮し、この表現の削除が必要だという検討意見を大統領府に伝えたが、受け入れられなかったとTFは明らかにした。
 韓国政府はさらに「最終的かつ不可逆的解決」が盛り込まれた文章の前に、「日本政府が財団に関連する措置を着実に実施することを前提として」という表現を入れるよう先に提案し、最終的かつ不可逆的解決の前提に対する論議を招く重大なミスを犯した。TFは「韓国側は慰安婦合意の発表時点で日本政府の予算の拠出がまだ行われていなかったため、移行を確実にするために、このような表現を提案した」としながらも、「この一節は、日本政府が財団に予算を拠出することだけでも、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されたと解釈できる余地を残した。しかし、韓国側は協議の過程で韓国側の意図を確実に反映できる表現を盛り込むための努力を積極的に行わなかった」と指摘した。結局、慰安婦問題の「解決」は最終的かつ不可逆的と明確に表現しながらも、「法的責任」の認定は解釈を通じてのみできる線の合意で、日本は「慰安婦」制度が日本の国家犯罪という事実を認めないまま、外交的にこの問題を最終的かつ不可逆的に解決することに成功した。
 12・28合意の弊害は公式発表のわずか2カ月後の2016年2月、日本政府が国連女性差別撤廃委員会に提出した答弁書をめぐって両国が行った外交攻防で如実に表れている。当時、「公式文書では軍や官憲による強制連行を確認できなかった」という日本側の主張に対し、外交部が「日本軍慰安婦の動員・募集・移送の強制性は否定できない歴史的事実」だと反論すると、日本政府は「12・28合意の精神と趣旨を損ねる恐れがある言動を自制してほしい」と反撃した。

ハンギョレ、朝鮮日報及び中央日報は、それぞれの社説でこの問題を取り上げました。私がまともだと感じたのはハンギョレだけで、朝鮮日報も中央日報も信じがたい内容の社説を出していました。両者を分けるのは要するに「核となる精神」を踏まえているかいないかの違いにあります。
 12月28日付のハンギョレ・日本語WSが掲載した「日本は「慰安婦」被害者の名誉回復の意義に立ち返れ」は、次のとおり明快な主張です。

慰安婦問題の合意は、互いに有利なことをやりとりするような通商協定とは性格が全く違う。歴史的意味と人類共通の価値を再確認する崇高な作業だ。これを密室でやりとりするように「取り引き」して両国国民に隠して嘘をついていたことは容認できない。単に朴槿恵政権の無能と身勝手ぶりだけを恨むのではなく、日本の安倍政権もまたこの責任を厳重に負うのが当然だ。日本政府は両国が合意になぜ乗り出したかを今からでも振り返り、いかにすることが韓国と日本の未来指向的関係に役立つのか、深く考えるべきである。

朝鮮日報・日本語WSは、12月28日から30日にかけて連日社説を発表しています。28日付社説「韓日慰安婦合意、瑕疵に劣らず意義も大きかった」は、タイトルどおりの内容で、「従軍慰安婦の尊厳」という「核となる精神」には一言も言及せずに、「韓日両国が少しずつ譲歩することで、両国関係を正常化する方向に進んだのは否定できない」と日韓合意を肯定するものです。翌29日社説「日本を敵視する文大統領、国益は計算しているのか」及び30日社説「文在寅政権が展開する「親中反日」民衆外交の不見識」に至っては、文在寅大統領に「親中反日」というレッテル貼りまでして悪口雑言を浴びせました(ちなみに30日社説は「安倍首相は韓日関係を国内政治に利用するな」と題する、安倍政権に注文をつけるものです)。
参考までに、29日社説のさわりを紹介しておきます。「韓半島有事の際、韓国を支援する米軍はそのほとんどが日本を拠点としている」のだから日本と仲良くするべしとする主張は、「朝鮮半島有事=日韓が「死の灰」に覆われる時」であるという深刻な必然を認識していない、日韓両国の保守派に共通する「極楽とんぼ」思想ですし、日韓合意はアメリカの圧力の産物という指摘は正しいのですが、その事実こそに問題があることは素通りして、「慰安婦問題の取り扱いを誤った場合、それが韓米同盟にも影響を及ぼす可能性も出てくる」と主張するに至ってはあきれてものも言えません。

非公開の合意内容に対する批判は根強いが、外交交渉において非公開の部分があるケースは何も珍しくない。またこれら非公開の合意内容を拒否するのであれば、文在寅政権は今後政府として海外の少女像設置を支援し、性奴隷という表現を公式のものとするつもりだろうか。…外交交渉のプロセスを後になって公表し、しかも非公開の約束まで覆すのは日本が先に悪しき前例を作ったものではあるが、これを今回韓国政府がやったことで国際社会にどう見られるかも懸念材料だ。…いずれにしても韓日関係は最悪の状況に陥ってしまいかねない。
 文大統領は自らの「親中反日」の考えをもはや隠そうともしない。大統領候補だった時も「親日清算によって主流派や既得権勢力の積弊を精算する」とまで発言していた。釜山の区庁が日本領事館前の少女像を一時撤去した時にも「親日行為」などと非難した。まるで日本を完全に敵対視しているかのようだ。このような言動は大衆からの支持は得られるかも知れないが、外交面での影響についてしっかりと備えができているのか気になるところだ。
 この問題で日本の安倍首相はすでに「合意は1ミリも動かない」として再交渉には応じない考えを示している。また日本国内における嫌韓の雰囲気ももはや手がつけられなくなるだろう。韓半島有事の際、韓国を支援する米軍はそのほとんどが日本を拠点としている。つまり日本が自国への攻撃を覚悟しなければ、米軍は韓半島に出動できないのだが、それができなくなる恐れさえあるだろう。…
 朴槿恵前政権が慰安婦合意に踏み切らざるをえなかった理由は、米国からの強い圧力があったからだ。米国は北朝鮮の核問題に対処するには、韓米、米日が別々に動いているようでは困ると考えている。つまり米国は韓日の対立を絶対に望んではいないのだ。そのため慰安婦問題の取り扱いを誤った場合、それが韓米同盟にも影響を及ぼす可能性も出てくるだろう。

12月29日の中央日報・日本語WSに掲載された社説「北核を目の前にして韓日関係は破局に向かおうとするのか」も、「核となる精神」を完全に素通りした内容です。やはり、さわりの部分を紹介しておきます。

文大統領は「両国首脳の追認を経た政府間約束という負担にもかかわらず、この合意で慰安婦問題が解決されることができないという点を明らかにする」とした。これは前日、河野太郎外相が「民主的に選ばれた首脳の下ですべてのレベルの努力の末に実現した合意」だったことを強調した談話に対する回答で、今後国家間約束を破ったすべての責任を韓国が負うと自ら認めることに他ならない。
青瓦台側が来年初めに発表すると話した追加措置が何かによって、ただでさえ冷え込んだ韓日関係はより一層厳しくなるだろう。河野外相はすでに数日前「合意を変更するなら、両国関係が管理不能になるだろう」と警告し、安倍晋三首相も「合意は1ミリも動かないだろう」と話した。…
慰安婦問題は日本がいくら謝罪をして、いかなる代価を払っても国民的怒りがすべて消えることは難しい過去だ。そのため、朴槿恵政府もこの問題解決を韓日首脳会談に結びつけて4年近く会談ができないほど韓日関係は冷え込んでいる。そうするうちに、北朝鮮による核・ミサイル危機が深刻化し、両国の連携が切実だという判断の下で両国が一歩ずつ歩み寄って合意に至ったわけだ。日本が拒否してきた首相の公式謝罪と日本政府の予算としての慰安婦財団の設立も初めて実現された。「日本側に一方的に偏った合意」というのがTFの判断だというが、手続き的欠陥を理由に合意を覆し、未公開文書を公開して世論を刺激する行動は相手国の不信を招くのに十分だ。その上に、TFが強調している「被害者中心主義」の基準が何か、TFはもちろん、政府をも明らかに答えていない。また、慰安婦合意は当時、韓日間対立が高まっていた状況を懸念した米国が斡旋した側面もあり、ややもすると米国と不快な関係につながる可能性もある。
今は合意が妥結された2015年12月より北東アジアの情勢がはるかに厳しい。北朝鮮の核兵器完成がすでに3カ月の期限をもって秒読みに入り、いつにもまして韓日米の連携が重要な局面になった。このような時に再交渉を要求すれば、片方の城壁を自ら押し倒すことに他ならない。その上に、中国にも悪い前例を提供する可能性がある。10月、THAAD体系問題に関する韓中の「協議文」発表後、中国が追加措置を要求すると、青瓦台は「中国が外交的負担を負って国家間協議を破棄するのは不可能だ」と話さなかったのか。韓国が協議より格が高い合意を破る場合、中国に逆に利用される可能性が十分にある。
すでに大統領が立場を発表したため、追加措置を出すのは避けられない。だが、熱い感性でない冷徹な思考で真の韓国の利益が何かを考えに考える時だ。