21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

「朝鮮核問題」:緊張打開の可能性

2017.12.23.

寄稿を誘われて書いた文章です。2.の「朝鮮の対米対決戦略の柔軟性」の部分が非常に長いのは、文中でも断ったように、朝鮮の「挑発」とか「強硬姿勢」とかだけが流布されていますが、朝鮮側報道から明確に確認できることは、朝鮮はアメリカの強硬アプローチには断固とした強硬対応をとるのですが、その際にも必ず、アメリカが対朝政策を転換しさえすれば、朝鮮も核ミサイル問題で柔軟な対応をとる用意があることを明確に発信し続けていることを皆さんにも理解していただきたいからです。

「朝鮮核問題」といまや言い慣わされている言葉は実はきわめて不正確な用語である。2003年に中国が主導して開始したいわゆる6者協議(朝韓米中ロ日)の目的は朝鮮半島に平和と安定を実現することであり、そのための主要課題は、朝鮮半島の非核化及び相互不信が支配する米朝・日朝・南北の関係正常化を、「行動対行動」プロセスを踏むことによって段階的に実現していく(そのプロセスにおいて相互不信をも解消することを目指す)ことにあった(2005年9.19合意)。6者協議はもはや過去のものとなったという公式的立場を明らかにしたことがある朝鮮はともかく、他の5カ国は、米日韓のホンネはともかく、公式には6者協議(特に9.19合意)の有効性自体を否定したものはない。
以上の基本的事実関係を踏まえれば、「朝鮮核問題」という用語がきわめて不正確であることが理解されるはずだ。すなわち、「朝鮮半島の非核化」とは、朝鮮の核開発放棄とアメリカによる対朝鮮核威嚇政策(いわゆる拡大核デタランス戦略)撤回の双方を意味する。ところが、「朝鮮核問題」において含意されているのはもっぱら朝鮮の核開発である。
 以上を確認した上で、9.19合意成立以後の朝鮮半島情勢が、朝鮮による本格的な核開発(正確には核ミサイル開発)戦略への踏み切りによって新たなかつ重大な試練に直面した事実は認めなければならない。すなわち、米朝の相互不信がエスカレートしていく背景の下、朝鮮の人工衛星打ち上げを安保理がミサイル実験と断定する制裁決議を行い、これに反発した朝鮮は2006年(10月)に第1回核実験に踏み切り、これに対してアメリカ主導の安保理がさらなる制裁決議で押さえ込もうとして以後、「強硬対強硬」の負の連鎖が起こり、最終的に今日ののっぴきならない事態に陥っている。
したがって、朝鮮半島の平和と安定という最終目的を実現するためには、朝鮮が希求する米朝直接対話にアメリカが応じることが本筋である。しかし、その可能性を除けば、国際的メカニズムとして一定の実績がある6者協議を再起動させる以外に具体的な現実的選択肢はない(ただし、5.で述べる国連事務当局の新しい動きに要注目)。しかし、6者協議再起動のためには、9.19合意(朝鮮の核開発の未然防止が基本的出発点だった)と朝鮮の核開発踏み切りという既成事実との間の重大な矛盾についていかなる国際的コンセンサスを見いだすかという難問が立ちはだかっている。この難問を「朝鮮核問題」として捉えることは有意である。本稿では、そういう限定された意味における「朝鮮核問題」を検討の対象とする。
 具体的に本稿は、①トランプ政権の対朝鮮戦略は完全に破産しており、出口戦略を模索することを強いられるに至っていること、②朝鮮の対米対決戦略は決して硬直したものではなく、実は柔軟性を感じさせること、③米朝直接交渉の可能性、④中ロ共同による「双方暫定停止・同時並行」提案が国際的コンセンサス形成の可能性を持っているか、そして⑤最近の国連事務当局の動き、以上の5点について検討する。
1.トランプ政権の対朝鮮戦略転換の不可避性
 トランプ政権が打ち出した対朝鮮戦略「最大の圧力と対話」は、歴代政権(第2期クリントン政権を除く)の対朝鮮戦略と比較する時、朝鮮政権の打倒・自壊を目標としない、(朝鮮が白旗を揚げることを条件として)対話に応じる、という2点で異なる。すなわち、歴代政権は朝鮮政権の存立そのものを認めず、韓国による半島統一を支持することを基本としてきた。その立場からは、朝鮮政権との対話による問題解決という選択肢は出てこない。トランプ政権が以上の戦略を打ち出した背景事情としては、根っからの商売人であるトランプが歴代大統領とは異なり、アメリカ的価値観とは無縁である(トランプの物事を判断する基準は損得勘定)ことが大きい。ちなみに、4月に訪米した中国の習近平主席が朝鮮核問題で対米協力を強める決断をしたのは、トランプ政権の対朝鮮戦略における以上2点に、危険水域に陥った朝鮮核問題打開の可能性を見いだしたためである。
 しかし、トランプが「悪徳商法」的アプローチを朝鮮に対して適用する時、それは政治経済軍事にわたるあらゆる手段を総動員した「最大限の圧力」によって朝鮮に全面降伏を強いるものだった。私たち日本人に分かりやすい形で言えば、アメリカの言いなりの条件(1945年の日本にとってのポツダム宣言)を呑めば、「命だけは助けてやる」(国家としての存続だけは許す)という苛酷きわまるものだ(ちなみに、朝鮮がトランプ政権の「最大の圧力と対話」戦略の本質について、私の以上の判断を共有していることは、5月25日付の労働新聞論評員文章で確認できる)。
当時の日本は、原爆投下があり、ソ連の対日参戦もあったから万事休すだった。しかし、核ミサイル開発に邁進し、米本土はともかく、日本及び韓国をその射程内に収める核デタランスを構築した朝鮮・金正恩政権がトランプ政権のこのような高圧的アプローチに屈する可能性はゼロだ。
 トランプ本人が核デタランスという軍事概念を本当に理解しているかどうかは極めて疑わしい。しかしトランプは、米朝軍事衝突が勃発した場合、朝鮮の核ミサイル報復によって日本及び韓国が「死の灰」に覆われることがアメリカ経済にとって何を意味するか(日韓経済に対する壊滅的打撃及びそれによるアジア太平洋経済の沈没という未曾有の事態)については、商売人として本能的に理解しているはずだ。ヘイリー国連大使が世界各国に対して朝鮮断交を迫り、中国に体する対朝石油禁輸要求まで口にしたことは、トランプ政権の「最大限の圧力と対話」戦略がもはや万策尽きて他力本願に陥っている明白な証明であり、戦略が破産したことを白状したも同然である。結論として、「ボタンの掛け違い」などによる不測の事態は常に排除できないが、トランプが経済的打算に基づいて行動することを前提とする限り、進退窮まったトランプ政権としては遅かれ早かれ対朝鮮戦略を転換することがもはや不可避だという結論になるほかない。
2.朝鮮の対米対決戦略の柔軟性
 米日韓を中心にして、金正恩政権はいかなることがあろうともその核ミサイル開発を放棄することはあり得ないという見方が根強い。そういう見方からは、1.で述べたトランプ政権の対朝戦強硬アプローチが不変とした場合、米朝軍事衝突は不可避だという見方が出てくる。
しかし、金正恩政権にとっての最大の目標は朝鮮の国家的生存と安全保障を確保するということであり、核ミサイル開発は、朝鮮が繰り返し強調しているとおり、朝鮮戦争以来一貫して続いてきたアメリカの朝鮮圧殺政策に対抗するために、やむにやまれず採用した最終的自衛手段という位置づけだ。アメリカが朝鮮の独立と安全を保障すると明確に確約する(その具体化は休戦協定に代わる平和条約の締結及び米朝関係正常化)とき、金正恩が交換として、最終的に核ミサイル開発放棄に応じる用意はある。 これは決して根拠のない判断ではない。
以下においては、長くなるが、朝鮮側発言を紹介することで、①朝鮮の核ミサイル開発はあくまで対米核デタランス構築を目的としていること(いわゆる「脅威」ではあり得ないこと)、②朝鮮はアメリカの対朝鮮政策転換に対して自らの核ミサイルを交渉のテーブルに乗せる用意があること、を一貫して繰り返し明らかにしていることを確認したい。
 私は、トランプが大統領に当選してからの朝鮮中央通信のトランプ(政権)関連の報道を逐一ファイルしてきた。重要なタイミングで現れる報道内容に注目すれば、朝鮮が様々な機会を捉えてトランプ政権に対して、一貫して重要かつ柔軟なメッセージを発してきていることが分かる。
朝鮮の公的発言などは当てにならないという反論はあるだろうが、それは違う。核ミサイル以外に切り札を持たない朝鮮外交にとって、「言ったことは守る、守れないことは言わない」は死活的に重要だ。そのメッセージの要諦とは、アメリカが対朝鮮政策を転換すれば、朝鮮も核ミサイル開発政策を見直す用意があるということだ。
 トランプ当選から就任までの間、朝鮮はトランプに対して、繰り返して対朝鮮政策の転換を促すメッセージを送った。特に、金正恩の「新年の辞」は、「われわれは、アメリカとその追随勢力の核の脅威と脅迫が続く限り、また、われわれの門前で「定例」のベールをかぶった戦争演習騒動をやめない限り、核武力を中枢とする自衛的国防力と先制攻撃能力を引き続き強化していくでしょう」と述べた。これは、アメリカの対朝鮮敵視政策が変われば、朝鮮の核デタランス戦略を見直す用意があることを示唆した重要なメッセージだ。1月6日の朝鮮中央通信も、「チュチェ朝鮮の一貫した対外政策理念」と題する文章において、「過去にはたとえわれわれと敵対関係にあった国だとしても、わが国の自主権を尊重し、われわれに友好的に対するなら関係を改善し、正常化するということがわれわれの一貫した対外政策的立場である」と指摘した。
 トランプが大統領に就任した後、米韓合同軍事演習を続けるなど従前の対朝鮮政策を踏襲することが明らかになると、朝鮮は、「現実は、われわれの核保有こそ、国と民族の運命を救い、朝鮮半島と地域の平和と安全を守るための最も正当な選択であるということを実証している。対朝鮮核脅威除去のための正答は、ただ強力な核抑止力の保有のみである」(2月7日付朝鮮中央通信社論評)という強硬姿勢に転じた。しかし、米韓合同軍事演習が開始される直前まで、「米国の対朝鮮政策が変わらない限り、そしてわれわれを狙った戦争演習騒動を中止しない限り、われわれは核戦力を中枢とする自衛的国防力を引き続き強化していくであろう。米国は、現実を直視して無分別にのさばってはならず、熟考して戦略的選択を正しくすべきである」(2月24日付労働新聞署名入り論評)として、トランプ政権に政策転換を促す姿勢を示し続けた。
 米韓合同軍事演習開始直後の3月7日、金正恩は弾道ミサイル発射訓練を「現地で指導」し、「朝鮮人民軍戦略軍はいつ実戦に移るか分からない峻厳な情勢の要求に即して高度の臨戦態勢を維持し、党中央が命令さえ下せば即時即刻、火星砲ごとに敵撃滅の発砲ができるように…抜かりなく整えることを命令した」。しかしその時でもなお、「今こそ、米国が対朝鮮圧殺政策の実現という荒唐無稽な妄想から覚めて朝米対決の全歴史的過程とこんにちの現実について冷徹に分析し、正しい選択をすべき時である」(3月14日付民主朝鮮の署名入り論評)とする姿勢は維持した。
 3月18日、金正恩は新型大出力エンジンの地上噴出実験を視察し、「今日の大勝利がどんな出来事的意義を持つのかを全世界が近く目撃することになるだろう」と予告し、「ロケット工業の発展において大飛躍を遂げた今日は永遠に忘れられない日、「3・18革命」とも称することのできる歴史的な日である」と、その意義を強調した。しかし、その一方でなお、「米国の政客らに少しでも理性があるなら、今からでも過去から教訓をくみ取って大胆に政策転換をすべきである」と改めて政策転換を促すことを忘れていない(3月27日付の労働新聞の書名入り論評)。
 トランプ政権が「最大の圧力と対話」戦略を明らかにすると、朝鮮外務省スポークスマンの5月1日付談話は、「われわれは、米国のいかなる選択にも快く対応してやるすべての準備が整っており、米国の極悪非道な対朝鮮敵視政策と核脅威・恐喝が撤回されない限り、核戦力を中枢とする自衛的国防力と核先制攻撃能力を引き続き強化する。われわれの核戦力高度化措置は、最高の首脳部が決心する任意の時刻、任意の場所で多発的に、連発的に引き続き行われる」という硬軟両様の対応方針を示した。また5月11日付の朝鮮中央通信社備忘録は、「ホワイトハウスの政客らが少しでも理性があるなら、対朝鮮国家テロ妄動から得るものは何で、失うものは何かを冷徹に考えて今からでも政策転換をすべきである」とする立場を繰り返した。
 5月14日、金正恩は中・長距離戦略弾道ミサイル「火星12」型の試射を現地指導し、「米本土と太平洋作戦地帯がわれわれの打撃圏内に入っている現実、殲滅的報復打撃のあらゆる強力な手段がわれわれの手中にあるという現実に顔を背けてはならず、誤って判断してはいけないと強く警告」した。5月22日朝鮮中央通信は、金正恩が地対地中・長距離戦略弾道ミサイル「北極星2」型試射を視察した際、「「北極星2」型弾道ミサイルは完全に成功した戦略武器だ」と述べ、「「北極星2」型武器システムの部隊実戦配備を承認した」と紹介した。
7月3日、金正恩は「ICBM「火星14」型試射の断行に関する真筆命令を下し」、7月4日、朝鮮国防科学院が発表した報道は大陸間弾道弾「火星14」型の試射の成功を発表した。この際金正恩は、「米国の対朝鮮敵視政策と核威嚇が根源的に一掃されない限り、われわれはいかなる場合にも核と弾道ロケットを協商のテーブルに置かないし、われわれが選択した核戦力強化の道からたった一寸も退かない」と発言し、「新年の辞」以上に踏み込んで、核ミサイルを「協商のテーブル」に置く用意があることを示唆した。なお、7月28日、ICBM「火星14」型の第2次試射が行われ、金正恩は「今回の試射を通じて…米本土全域がわれわれの射程圏内にあるということがはっきり立証された」という認識を示した。
8月8日の朝鮮人民軍戦略軍スポークスマン声明は、「中・長距離戦略弾道ロケット「火星12」型でグアム周辺に対する包囲射撃を断行するための作戦方案を慎重に検討している。…金正恩同志が決断を下せば任意の時刻に同時多発的に、連発的に実行されるであろう」と警告した。また同日付の朝鮮人民軍総参謀部スポークスマン声明も、「最高首脳部を狙った「斬首作戦」を画策している米国の挑発に対しては、そのいささかの動きでも捕捉される即時、卑劣な陰謀集団を一人残らず掃滅するための朝鮮式の先制的な報復作戦が開始されるであろう」と警告した(ただし、グアム周辺包囲射撃に関しては、8月14日に金正恩自身がアメリカ側の行動を見守ると述べて、自ら緊張の沈静化に動いた)。
しかし、このような最高度の緊張状態の中でも、李容浩外相は8月7日、ASEAN地域フォーラムで「米国の敵視政策と核脅威が根源的になくならない限り、われわれはいかなる場合にも、核と弾道ロケットを協商のテーブルにのせず、われわれが選択した核戦力強化の道から一寸も退かないであろう」と発言(8月9日のジュネーヴ軍縮会議第3期会議における朝鮮代表団発言及び8月29日付労働新聞署名入り論評も同工異曲)し、金正恩の7月4日の発言を再確認したことを忘れてはならないだろう。
 朝鮮は、8月29日に日本上空を通過する「火星12」型弾道ミサイルの発射した後、9月3日には6回目の核実験を行った。これを受けて朝鮮外務省スポークスマンは9月5日、「われわれが今回行った大陸間弾道ロケット装着用水爆の実験は、国家核戦力完成の完結段階の目標を達成するための一環である。これで、われわれは地球上のどこにいる侵略勢力も断固と撃退し、朝鮮半島と地域の平和と安全を頼もしく守れる最強の核抑止力を備えるようになった」と発言し、朝鮮の核デタランスが完結段階にあるという認識を明らかにした。注目すべきは、同日、ジュネーヴ軍縮会議第3期総会で、朝鮮常任代表が「米国の対朝鮮敵視政策と核脅威が根源的になくならない限り、われわれはいかなる場合にも自衛的核抑止力を協商のテーブルに上げないし、われわれが選択した核戦力強化の道からたった一寸も退かないであろう」と7月4日の金正恩の発言を再確認していることだ。
9月19日にトランプは国連総会で演説し、朝鮮を「完全に破壊する」という言辞を弄したことは世界を驚愕させた。これに対して、金正恩は9月21日に異例の声明を発表して強硬に反発したが、私が特に注目したのは、「ある程度推測はしたものの、私は、それでも世界最大の公式外交舞台であるだけに、米大統領なる者が以前のように自分の事務室で即興的になんでも言い放ったのとは多少区別される、型にはまった準備した発言を行うものと予想していた」、「われわれの政権を交替させたり、体制を転覆させるという威嚇の枠を超え、一つの主権国家を完全に壊滅させるという反人倫的な意志を国連の舞台で公言する米大統領の精神病的な狂態は、正常な人まで事理の分別と沈着さを失わせるものである」とした金正恩の冷静な言辞だった。
その後も、10月6日、国連総会第1委員会で朝鮮常駐代表は、「核兵器の全面禁止を目的とする条約の目的と趣旨に共感するが、われわれを核で威嚇、恐喝する米国が条約を拒否する状況の下で加盟することはできない」という注目に値する発言を行うとともに、「米国の敵視政策と核威嚇が根源的に一掃されない限り、われわれはいかなる場合にも核と弾道ロケットを協商のテーブルにのせず、われわれが選択した核戦力強化の道からたった一寸も退かないであろう」との発言を繰り返した。
さらに私が注目したのは、核デタランス構築を背景に、朝鮮側の「ゆとり」を感じさせる発言が相次ぐようになったことだ。具体的には、「われわれの核は徹頭徹尾、悪の帝国である米国を狙ったものとして、アジアやアフリカなど世界の他国には絶対に脅威とならない」(10月21日付労働新聞署名入り論評)、「米国にも自国の運命を心配する理性的な政策作成者がいるなら、事態を正しく見る合理主義者がいるなら、過去の歴史が厳正に評価した反共和国強硬圧殺政策の廃棄を大胆に決心すべきだ」(10月27日付労働新聞署名入り論評などがある。
そして、11月29日のICBM発射実験の成功を受けて朝鮮政府が発表した声明は、「金正恩委員長は…、今日ついに国家核戦力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現されたと誇り高く宣布した」として、核ミサイル建設の「完成」が「実現」したという表現で核デタランス構築事業の一段落を告げるとともに、「朝鮮民主主義人民共和国の戦略武器の開発と発展は全的に、米帝の核恐喝政策と核威嚇から国の主権と領土保全を守り、人民の平和な生活を防衛するためのものとして、わが国家の利益を侵害しない限り、いかなる国や地域にも脅威にならない」として、朝鮮の核戦力の本質はあくまでデタランスである(攻撃目的ではなく報復目的である)ことを強調した。
以上から、朝鮮は強硬一点張りであるという大方の見方は誤りであること、アメリカの強硬アプローチに対しては一歩も退かない決意を具体的行動で示しつつも、常にアメリカの政策転換に対して核ミサイルを交渉のテーブルに乗せる用意があると繰り返してきた事実を確認することができるはずである。
3. 米朝直接交渉の可能性
 朝鮮がアメリカとの直接交渉で、米朝平和条約締結及び米朝国交樹立(関係正常化)と朝鮮核問題とを一括して解決することを強く望んでいることは、以上2.で詳述したことから見ても間違いない。したがって問題は、アメリカ・トランプ政権が朝鮮の要求に応じる用意があるかどうかに帰着する。
 しかし、地球温暖化防止条約からの一方的離脱(地球規模の深刻な課題に対する認識の欠落)、イラン核合意(JCPOA)に対する感情的反発(「オバマ憎し」、イスラエルとサウジアラビアに対する感情的肩入れ、朝鮮核問題に対する含意無視-後述4.のラブロフ外相発言参照-)、エルサレムのイスラエル「首都」承認(世界を敵に回す愚行、中東における対ロ劣勢拡大という自殺行動)等を見れば、トランプ政権が朝鮮核問題で冷静かつ合理的な判断を行う可能性は限りなくゼロに近い。
唯一の可能性は、トランプが歴代米政権の対朝鮮半島政策の「重み」をまったく意に介さないことだ。しかし、1で述べたとおり、朝鮮に対する「最大の圧力と対話」戦略は朝鮮が「無条件降伏して命乞いするのであれば、命だけは助けてやる」類いの代物だ。朝鮮の自尊心をまったく理解しないトランプが朝鮮の対米アプローチに正面から向き合う可能性もまた限りなくゼロに近い。5.で紹介する国連事務当局の動きも、トランプが軍事力不行使を続ける上での「口実」とはなり得るとしても、米朝直接交渉につながると楽観視することはできない。
4.中ロ共同提案の実行可能性
 朝鮮核問題に関する中ロ共同提案(7月4日)は、「双方暫定停止」(米韓合同軍事演習と朝鮮の核ミサイル実験をともに暫定的に停止すること)及び「2トラック同時並行」(朝鮮半島非核化交渉と朝鮮半島平和体制交渉との同時進行)を内容とする。
 12月8日、ロシアのラブロフ外相は、前日のアメリカのティラーソン国務長官との会談(OSCE閣僚会合の傍らで行われたもの)に関する記者の質問に答えて、極めて注目すべき発言を行った(同日付ロシア外務省WS)。米朝直接交渉に朝鮮は前向きだが、アメリカは極めて後ろ向きであることを明らかにした点でも重要だが、中ロ共同提案を動かすためには、トランプ政権の無軌道な動きが重大な障害として立ちはだかっていることを明らかにしている。
 「9月に米側は来春まで朝鮮半島近傍での軍事演習の計画はないと示唆した。我々は、平壌がおとなしくしていれば、対話への道を開始する用意があるというシグナルだと受け止めた。我々はそのシグナルを平壌に伝えた。平壌は「ノー」とは言わなかった。ところがその2日後に、突如として大規模な10月の演習が発表された。その演習の後も、平壌は行動をとらなかった。すると、朝鮮の行動を挑発するかのごとく、12月にまたも演習を行うという発表が11月に行われた。その発表が行われた後にICBMの特徴を持つミサイルが発射された。(中略)
 対話再開の条件を作り出すことはますますむずかしくなっていることはもちろんだ。しかし、朝鮮側が繰り返し我々に述べたように、特にワシントンがイランとの核合意から抜け出そうとしている状況において、朝鮮が求めるのは安全保障に関する保障であると、我々は確信している。
 さて、我々は、北朝鮮問題、朝鮮半島核問題について対話を始めたいのだが、多くの人々が次のように問うだろう。朝鮮の核計画を廃棄する合意が成立し、制裁が解除されたとしても、アメリカの次の政権がその合意を1,2年のうちに廃棄することはないと、朝鮮側に請け負うことができるか、と。これは本当に深刻な問題だ。言ったことはないことにはできないはずだが、いまの状況はまさにそういう問題だ。」
5.最近の国連事務当局の動き
 私が最近の動きの中でもっとも注目しているのは、国連事当局と朝鮮との接触である。朝鮮は、アメリカ主導の安保理の朝鮮に対する行動を厳しく批判してきたが、10月24日付及び11月13日付で朝鮮の国連常駐代表が国連事務総長に手紙を送り、①朝鮮の人工衛星打ち上げを禁止した安保理決議の国際法上の合法性、②核実験全面禁止条約の発効を阻んでいる安保理常任理事国が朝鮮の核実験を禁止する道義的名分の有無、③核実験と人工衛星打ち上げに関して朝鮮だけに制裁を加える二重基準は国連憲章第2条及び第51条に合致するか、④米韓合同軍事演習が国連憲章の目的と合致するか、⑤法律的に停戦状態にある米朝間で、朝鮮のみを「脅威」として問題視することは憲章の主権平等原則に合致するか、という質問をぶつけた。以上の問題提起は国際法的に正鵠を射たものであり、国連事務当局としても無視することはできない。12月5-8日に国連事務局の政務担当フェルトマン事務次長が訪朝したのは決して突発的なものではない。
 フェルトマン訪朝の結果、12月9日付で、朝鮮中央通信「国連事務次長の訪朝に関する報道」及び国連事務総長スポークスマン事務室の発表文が出された。朝鮮側発表文で特に注目されるのは、「今後、様々なレベルで往来を通じた意思疎通を定例化することで合意した」として、朝鮮と国連事務当局との間の外交接触の定例化が合意されたことだ。また、国連側の発表文では、「すべての関連ある安全保障理事会決議の全面的な実行の必要性を強調し」、及び「国際共同体は、増大する緊張を警戒し、朝鮮半島情勢の平和的解決の実現にコミットしていると強調した」ことが注目される。ちなみに、「安全保障理事会決議の全面的な実行の必要性」とは、決議が朝鮮に対する制裁だけではなく、朝鮮核問題の平和的解決の必要性をも強調していることの間接的確認であることは明らかだ。
 訪日したグテーレス事務総長も12月14日、日本記者クラブでの会見の席上、朝鮮核問題の平和的解決を9回も強調し、「我々の目的は朝鮮半島の非核化を平和的な方法で成し遂げることだ」とし、自らの訪朝の可能性に関する質問に対して、明らかにアメリカを念頭に置いて「すべての関係国が同意」するという条件をつけつつも、「必要ならばいく用意がある」と明言した(12月16日付ハンギョレ・日本語WS)。
 米ソ冷戦終結後の国連事務局(特にデクエヤル、ガリ、アナン、潘基文と続いた歴代事務総長)は、世界一極支配を目指すアメリカに寄り添う形で国連の復権を目指す姿勢が顕著だった。特に潘基文(2007年1月から2016年12月まで在任)は、韓国出身ということもあってか、朝鮮核問題に関しては、親米路線を追求した李明博及び朴槿恵両政権に抵抗する姿勢も示さなかった。
 しかし、2017年に事務総長に就任したグテーレスは、イランに関する核合意(JCPOA)に関するトランプ政権の政策に対しても率直に批判するなど、その物言いからは、1953-1956年に事務総長を務めたハマーショルドを彷彿させるものがある。朝鮮核問題に関する彼及び事務局の今後の言動には要注目だ。
 国連事務当局が朝鮮核問題に積極的に関わることは、これまで中ロ以外にアメリカを牽制する役割を担う存在がなかったこの問題の平和的外交的解決に新たな可能性を付け加える可能性がある。具体的には、①中ロに対しては、両国をライバル視するトランプ政権及び両国のこれまでの安保理での「アメリカ寄り」行動に批判的な朝鮮がともに警戒を崩さないこと、②国連事務当局が国連憲章を体して行動する場合、アメリカとしてもむげに無視できないこと、③朝鮮はフェルトマン訪朝を肯定的に受け止めており、今後の「意思疎通の定例化」に応じたこと、したがって、④朝鮮核問題の平和的解決に関して、6者協議と国連ルートが相互補完的に動く可能性も期待されること、などである。ちなみに、6者協議と国連ルートの相互補完性に関しては、シリア内戦を平和的に解決しようとするロシア・イラン・トルコによるアスタナ会議と国連のシリア問題担当特使が仲介するジュネーヴ和平交渉の連携という先行例が想起される。
(まとめ)
 もちろん、米朝軍事衝突の危機が去ったわけではない。相互不信に充ち満ちた両国の間で不測の事態が起こらないという保証はまったくない。しかし、中立的存在を標榜する国連事務当局が関与を強めることになれば、トランプ政権に対する足かせが一つ加わることは確かだ。また、進退窮まったトランプ政権にとっても、国連事務当局の関与は自らの軍事力行使「見合わせ」を正当化する格好の口実にはなるだろう。朝鮮の核ミサイル開発は対米核デタランスの構築にある以上、アメリカの暴走に歯止めがかかりさえすれば、米朝軍事衝突の危険性は大幅に減少される。軍事的緊張が軽減されればされるほど、朝鮮核問題の平和的解決の機運も醸成されやすくなるだろう。2018年がそういう年になることを期待したいものだ。