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朝鮮核問題(インタビュー)

2017.12.17.

ある新聞社のインタビューに応じて発言したものです。

 朝鮮半島をめぐる情勢が緊張しています。安倍政権やマスコミ、また野党も、この原因を朝鮮の「核・ミサイル」に求め、「制裁強化」を呼びかける点でほぼ共通しています。私たちは、米国のアジア戦略、その中での朝鮮敵視政策こそが緊張の元凶だと思います。いかがでしょうか。
浅井 休戦状態にすぎない朝鮮戦争が完全に終了し、さらに分断二国が統一することは、米国のアジア太平洋戦略、世界戦略にとって得になりません。米国は基本的判断として、朝鮮半島の緊張状態が持続することを望んでおり、現在の「準戦時状態」を解消する意思も意欲もありません。
 それはなぜか。
 朝鮮自体を敵視し、体制転覆を狙っているということもありますが、中心は、アジア太平洋における米国の覇権体制を維持することです。一九九〇年前後までは、そのための「仮想敵」はソ連でした。現在は、急速に台頭する中国を意識して、アジアでの軍事プレゼンスを確保しようとしています。朝鮮半島における緊張状態が続くことが、このプレゼンスを正当化する上で必要だということです。
 韓国による朝鮮の平和的併合なら、米軍を中国国境の鴨緑江まで進出させることが可能になりますから、それなら「話に乗る」ということでしょうが。
 トランプ政権の対朝鮮政策の特徴は、何だと考えていますか。
浅井 オバマ前政権が採用していた「戦略的忍耐」とは、最終的に朝鮮を自壊させるための、いわば「兵糧攻め」の戦略でした。
 それに対してトランプ政権は、オバマ政権までの政策は「失敗だった」として、「最大限の圧力と対話」という方針を掲げています。要するに、経済制裁などで徹底的に絞り上げ、それに全面降伏するなら、戦後の日本と同じように「命だけは助けてやる」という政策でしょう。
 トランプ大統領が、従来からの米国の戦略をどの程度理解しているか、疑問もありますが、彼が「商売人」と言われるゆえんでしょう。
 中国の習近平主席は、四月の米中首脳会談の際、この点に、従来の米国の政策との違いを見い出したのかもしれません。だから、「事態打開」のために協力するアプローチをとるに至ったのでしょう。  しかし、それで悲鳴を上げる朝鮮ではありません。
 結局、米国は万策尽き、国連安全保障理事会で朝鮮との断交と原油の全面禁輸という、「最後通牒」じみたことまで言い出しています。
 中国がこのようなことをのめるはずもありません。中国からすれば「もう付き合えないので、勝手にしろ」というところでしょう。ロシアも同様です。
 トランプ大統領の「悪徳商法」は、朝鮮には通じなかった。ですから、ボールは再び「米国に戻った」ということです。
 トランプ政権は軍事攻撃を含む「あらゆる選択肢」という態度を変えていません。
浅井 朝鮮自身も言っているように、「大陸間弾道ミサイル(ICBM)を技術的に完成した」ということと「実戦配備する」ということの間には、まだ時間があります。この間に、朝鮮は米国の妥協を引き出したいところでしょう。
 米国が朝鮮を軍事的に抹殺しようとすれば、米国本土はともかく、朝鮮半島や日本は「死の灰」でおおわれることになります。それは、アジア太平洋経済の崩壊でもあります。
 いくら常識のないトランプ大統領でも、よほどの「ボタンの掛け違い」がない限り、軍事行動に踏み切るのは難しいでしょう。ですから「さらに圧力をかける余地はないか」と模索しているわけです。結局、双方のメンツを維持する形で、局面を打開する方法があるかどうかということでしょう。
 とはいえ、米国が朝鮮を核保有国として認めることはあり得ませんし、朝鮮は、自国の安全保障について最大限の確実な約束を米国から取り付けられない限り、核兵器を手放す可能性もないと思います。朝鮮の核保有を認めれば、日本や韓国が「続こう」とするのは目に見えていますから。
 朝鮮半島が緊張した状態がしばらく続きますし、「ボタンの掛け違い」は読み切れません。この可能性は常にあることを意識しておく必要があります。
 対朝鮮だけでなく、対中国でも、日本の外交が問われる緊迫した情勢です。安倍政権の外交政策について、元外交官としてご意見をお聞かせ下さい。
浅井 安倍政権において、対朝鮮、対アジア政策が、それ自体、独立した位置づけを与えられているのかというと、はなはだ疑問です。
 これは、歴代自民党政権と同じ対米従属であるということだけではありません。安倍首相のアイデンティティは憲法第九条の改悪にあるわけで、あらゆる政策をその実現のために利用するということです。対朝鮮政策も、対中国政策も、改憲目的のために利用するのです。祖父の岸信介が果たせなかった改憲の「夢」を果たすことで自らも歴史に名を残す。そして、日本をかつての「美しい国」に戻すということです。
 このためには、朝鮮は「悪者」であってくれなければ困る。安倍政権としては、中国「脅威」論を大々的に唱えたいところでしょうが、「一帯一路」構想が経済界の「垂涎(すいぜん)の的」であることからしても、中国との「カチンコ勝負」はできない。この点で、朝鮮「脅威」論は非常に利用価値が高い。拉致問題があるため、国民的にもきわめて受け入れられやすい素地がある。大した困難もなしに、国民心情に訴え得るわけです。
 逆に言えば、ここに、トランプ政権と安倍政権の対朝鮮政策での矛盾が拡大する可能性があります。ティラーソン米国務長官が「無条件で交渉」と言っただけで、日本政府はあわてて「真意」を確かめようと奔走する、実に醜い姿です。
 朝鮮「脅威」論が「裸の王様」であったということが暴露されれば、安倍政権の改憲論も破綻します。安倍政権は、決して盤石ではありません。
 対する国民、平和運動の現状に対して、一言、お願いします。
浅井 世界は、「米国第一」を掲げたトランプ政権が誕生するような、歴史的変動期です。
 自民党の「対米一辺倒」は、外交の名に値しません。
 厳しい言い方になってしまいますが、日本の平和運動の多くにも、国際情勢認識という視点が欠落しています。二十一世紀の国際環境のなかで日本がどういう立ち位置をとるのか、どのような外交政策をとるのかという視点がなく、「憲法の条文」という国内的視点にとどまっています。
 この視点にとどまる限り、安倍政権に「朝鮮の脅威をどうする」「中国の脅威にどう対応する」と迫られると受け身を強いられ、黙ってしまい、議論が進まない。ここに、旧民主党政権が、自民党と同じ外交しかできなかった理由もがあると思います。
 私たち自身の主体的課題として、このような内向きの思考を清算し、日本外交をどうするのかという議論を積極的に展開しなければなりません。
 かつて、福沢諭吉や丸山真男は、日本が生きていくための国民の思想の根本的変革の必要性を説いていました。私はまったく同感です。自らが外交の「軸」をつくる、自主・独立の気概が必要な時期です。