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朝鮮半島情勢:習近平特使訪朝

2017.11.25.

中国共産党19回大会の通報のために、習近平の特使として訪朝(11月17日-20日)した中国共産党対外連絡部の宋涛部長の動向に注目が集まりましたが、結果的には金正恩との会見は実現せず、中朝関係の厳しい現状だけが浮き彫りになりました。
 トランプ大統領は宋涛特使訪朝にツイートで期待感を表明しましたが、特使訪朝終了直後に朝鮮を「テロ支援国家」に再指定し、翌21日には米財務省が新たな対朝追加制裁措置を発表し、朝鮮は直ちにこれに対する厳しい立場を表明して、最近2ヶ月間ほど新たな動きをとっていなかった朝鮮が具体的行動でアメリカに対抗する可能性が懸念されるに至っています。
トランプの新たな動きを受けた米朝関係については、機会を見て取り上げるつもりですが、ここではとりあえず、習近平特使の訪朝に関してとりまとめておきたいと思います。

1.宋涛特使訪朝に関する中国側公式報道

中国・新華社通信の報道は、私がフォローできた限りでは、以下の2つでした。

○11月15日付:「中国共産党の習近平総書記の特使として、対外連絡部の宋涛部長が11月17日、朝鮮に赴いて19回党大会の状況を通報し、同時に朝鮮を訪問する。」
○11月20日付(平壌電):「習近平総書記特使の宋涛部長は11月17日から20日まで朝鮮を訪問し、朝鮮労働党の中央指導者と会見及び会談を行った。宋涛は19回党大会の主要な精神と歴史的貢献とを全面的に通報した。朝鮮側は、19回党大会が円満な成功を収めたことを祝福し、習近平同志を核心とする中共中央の指導の下、中国人民が、中国の特色ある社会主義現代化の強国の建設及び中華民族の偉大な復興を実現するプロセスにおいて、巨大な成果を得ることを願い、祝福した。
 双方は、中朝両党両国関係、朝鮮半島問題等共通の関心ある問題について意見を交換し、党際交流及び意思疎通を強化し、中朝関係の発展を推進すると表明した。
 その間、宋涛は関係する参観及び考察を行い、桧倉中国人民志願軍烈士陵園に赴いて墓参した。

宋涛特使訪朝に対する高い関心を反映して、中国外交部の定例記者会見では連日(土日を除く)質問が行われ、耿爽(16日及び17日)及び陸慷(20日)両報道官が回答しました。

○11月16日
(問)宋涛部長が明日訪朝して19回党大会について通報する。5年前に中国共産党が特使を派遣して18回党大会の状況を通報したとき、訪問国は朝鮮、ラオス、ヴェトナムの順番だった。今年の順番はヴェトナム、ラオス、朝鮮となっている。中国側の考慮は何か。また、朝鮮中央通信社の今月初の報道によれば、習近平総書記が朝鮮最高指導者に対する答電の中で、両党両国関係の改善を希望する旨述べていた。宋涛部長の朝鮮訪問には関係改善の意味があるかどうかについても聞きたい。
(答)19回党大会については国際社会が大いに注目している。我々は、社会主義諸国の政党との間で相互に状況を通報するという伝統がある。ヴェトナム、ラオスあるいは朝鮮に対して特使を派遣して状況を通報することは、双方が協議して行った調整に基づくものである。
 あなたが提起した習近平総書記の答電の内容に関しては、私は確認のすべがない。私が言いたいのは、中朝は隣国であり、中朝が友好協力関係を発展させることは双方の利益に合致し、地域の平和と安定の発展にも有利になるということだ。
○11月17日 (問)宋涛特使は、本日予定通りに朝鮮訪問に出発するのか否か。朝鮮側に対して「双方暫定停止」の提案について言及するか否か(浅井注:この質問は、トランプが、米中首脳会談で「双方暫定停止」はなしということで合意したと発言したことを受けたもの)。言及するとしたら、朝鮮側の誰に対して話すのか。
(答)宋涛特使訪問の具体的日程及び会談の議題、会見相手については、私は現在掌握していない。
 「双方暫定停止」の提案に関する中国の立場は非常に明確であり、現在のところ、もっとも実行可能性があり、理にかなった方法であると考えている(浅井注:トランプ発言を実質的に否定したもの)。
(追加質問)宋涛は、朝鮮が「双方暫定停止」を受け入れるように説得するのか。
(答)いま述べたとおり、我々は「双方暫定停止」提案が現在のところもっとも実行可能性があり、理にかなった方法であると終始考えている。
○11月20日
(問)宋涛特使の訪朝期間中、朝鮮の最高指導者の金正恩と会見したか否か。宋涛特使はいつ帰国するか。
(答)対外連絡部がすでに、宋涛特使訪朝に関するニュースを公表している。朝鮮側も関連ニュースを明らかにした。訪問は現在まだ進行中である。宋涛特使の今回の訪朝に関する具体的状況について、私は今のところ明らかにできるさらなる詳細を持ち合わせていない。関心があるのであれば、関係方面に問い合わせるのがいい。

2.宋涛特使訪朝に関する朝鮮側公式報道

中国新華社通信の抑制された報道姿勢と比較すると、朝鮮中央通信による習近平特使訪朝に関する報道はよりきめ細かいものがあったという印象です。私が同通信社(日本語)WSで接した報道は以下の通りでした。

中共中央委総書記の特使が訪朝する
【平壌11月15日発朝鮮中央通信】中国共産党中央委員会の習近平総書記の特使として、中国共産党中央委員会の宋濤対外連絡部長が近く、朝鮮を訪問する。
中共中央委総書記の特使一行が平壌着
【平壌11月18日発朝鮮中央通信】中国共産党中央委員会の習近平総書記の特使である党中央委員会の宋濤対外連絡部長と一行が17日、平壌入りした。
崔龍海党副委員長が中共中央委総書記特使と談話
【平壌11月18日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会委員で共和国国務委員会副委員長である崔龍海党副委員長が17日、平壌の万寿台議事堂で中国共産党中央委員会の習近平総書記の特使である党中央委員会の宋濤対外連絡部長に会って、談話を交わした。
宋濤部長は、中国共産党第19回大会の進行状況について詳しく通報した。
また、中朝両党、両国間の伝統的な友好関係を引き続き発展させていくという中国共産党の立場について強調した。
金正恩党委員長に中共中央委総書記特使が贈物
【平壌11月18日発朝鮮中央通信】最高指導者である朝鮮労働党の金正恩委員長に訪朝中の中国共産党中央委員会総書記特使が贈物をした。
贈物を、朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会委員で共和国国務委員会副委員長である崔龍海党副委員長に17日、中国共産党中央委員会の習近平総書記の特使である党中央委員会の宋濤対外連絡部長が託した。
李洙墉党副委員長と中共中央委総書記特使の会談
【平壌11月18日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党中央委員会政治局委員である李洙墉党副委員長と中国共産党中央委員会の習近平総書記の特使である党中央委員会の宋濤対外連絡部長の会談が18日、平壌で行われた。
会談で双方は、朝鮮半島と地域情勢、双務関係をはじめ共通の関心事となる問題について意見を交換した。
これには、朝鮮側から朝鮮労働党中央委員会の李昌根副部長と関係者が、中国側から総書記特使一行と李進軍駐朝中国大使が参加した。
朝鮮労働党中央委が中共中央委総書記特使一行を招宴
【平壌11月19日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党中央委員会が訪朝中の中国共産党中央委員会総書記の特使一行のために18日、宴会を催した。
宴会には、中国共産党中央委員会の習近平総書記の特使である党中央委員会の宋濤対外連絡部長と一行、李進軍駐朝中国大使、大使館員が招待された。
朝鮮労働党中央委員会政治局委員である李洙墉党副委員長と党中央委員会の李昌根副部長、関係者がこれに参加した。
宴会では、演説が交わされた。
中共中央委総書記特使一行が金日成主席と金正日総書記に敬意表す
【平壌11月20日発朝鮮中央通信】中国共産党中央委員会の習近平総書記の特使である党中央委員会の宋濤対外連絡部長と一行が19日、錦繍山太陽宮殿を訪れて金日成主席と金正日総書記に敬意を表した。
賓客らは、不世出の偉人たちの立像を仰いで敬意を表した。
また、金日成主席と金正日総書記が生前の姿のまま安置されている永生ホールで主席と総書記にあいさつした。
総書記特使一行は、金日成主席と金正日総書記への朝鮮人民と進歩的な人類の燃えるような称賛と敬慕の念がこもっている勲章保存室と、主席と総書記が生涯の最後の時期まで現地指導と外国訪問の際に利用した乗用車と電動カート、船、列車の保存室を見て回った。
特使は訪問録に、「朝鮮人民の偉大な領袖であり、中国人民の親しい友人である金日成同志と金正日同志への切々たる懐かしさを表します!」という文をしたためた。
中共中央委総書記特使一行が万景台革命学院を参観
【平壌11月20日発朝鮮中央通信】中国共産党中央委員会の習近平総書記の特使である党中央委員会の宋濤対外連絡部長と一行が、平壌の万景台革命学院を参観した。
総書記特使一行は、万景台革命学院がチュチェ革命の血統をしっかりと継承する核心根幹を育成する頼もしい原種場に強化され、発展したことに関する解説を聞きながら、革命事績館、総合体育館、水泳館をはじめ各所を見て回った。
また、柳原履物工場などを参観した。
中共中央委総書記特使一行が帰途へ
【平壌11月20日発朝鮮中央通信】中国共産党中央委員会の習近平総書記の特使である党中央委員会の宋濤対外連絡部長と一行が20日、帰途についた。

3.環球時報WS報道

環球時報WSは11月18日付で、「宋涛の訪朝に対して高すぎる期待を抱くべきではない」と題する文章を発表しました。これは、この文章が冒頭で紹介しているように、トランプが習近平特使訪朝に大きな期待を抱いているとツイートしたことを念頭に置いて、そういう期待感を打ち消すために書かれたものです。
 私が注目したのは、その内容もさることながら、この文章の「現れ方」でした。私は毎朝、環球時報WSの「評論」をチェックし、紹介されている文章を確認しています。ところが、11月18日付のこの文章は紹介されていないのです。私がこの文章を「発見」したのは、国務院新聞弁公室と国家インターネット・ニュース弁公室が指導し、中国外文出版事業局が管理する「中国網」WSに掲載された「11月18日付環球網」をソースとする文章としてでした。すなわち、この文章は「社説」ではないし、執筆者も紹介されていない、いままで私が見たことがないカテゴリーの文章であるということです。いかなる意図によるものか、いかなる含意があるのかは判断材料がありませんが、この文章の「奇妙な性格」をお伝えしておきます。
 もう一つ、これは結果論になってしまうのですが、この文章から判断する限り、中国側は宋涛特使の訪朝については19回党大会に関する通報という「伝統」的性格のものと基本的に位置づけており、朝鮮核問題及び中朝関係について新たな進展とか突破口が開かれるという期待を当初から持っていないことが窺われます。また、外部では関心の的だった金正恩との会見に関しても、中国側としては「会えない可能性」も織り込み済みだったのではないかという印象すら、この文章からは感じることができるのではないでしょうか。

 習近平総書記特使で対外連絡部部長の宋涛は17日に朝鮮に赴き、19回党大会の状況を通報するとともに、訪問を行うことになっており、外部の高い関心を呼び起こしている。トランプはツイッターで宋涛の訪問は「重要な動き」であると指摘し、「何が起こるかを見てみよう」と表明した。トランプの反応は外部が宋涛の訪朝に対して抱いている高い期待を代表している。
 しかし、この種の期待が依拠している中朝関係に対する認識は必ずしも客観的ではなく、正確でもない。ワシントンは一貫して、北京が朝鮮核問題を「解決することを手伝う」ことを希望し、中国の朝鮮に対する圧力行使能力を高く評価していることを不断に明らかにしてきた。
 宋涛が平壌に赴くのは19回党大会の状況を通報することであり、周知の通り、中国と他の社会主義諸国との間には党大会の状況を相互に通報し合うという伝統がある。宋涛は最近ヴェトナムとラオスに赴いて19回党大会の状況を通報しており、平壌は新しい訪問先だ。
 中朝両党両国関係は現在相対的に谷間にあり、朝鮮核問題を巡って立場の違いが存在し、相互の信頼に影響を与えていることは事実だ。中朝間のハイ・レベルの交流は著しく減少しており、この背景の下での宋涛訪問は非常に目立つわけだ。人々は、宋涛が朝鮮側と核問題を議論すると考え、しかもこの間米韓はにっちもさっちもいっていないということで、宋涛があるいは転機をもたらすかもしれないという希望を抱いているというわけだ。
 一回の訪問が膠着状態を打ち破るということは国際関係史上では当然あることだが、その種の「奇跡」は、大量の根回しによって導かれる一種の「柿が熟して落ちる」結果なのだ。中国は朝鮮核問題解決の重要な当事者ではあるが、決定的な当事者ではなく、朝鮮核問題の膠着状態が打破できるか否かのカギは、アメリカと朝鮮がそういう(膠着状態打破の)政治的決意を固めたか否かを見る必要がある。
 最近注目されているのは、朝鮮がこの2ヶ月ぐらい目立った核ミサイル活動を行っていないということであり、最新の核実験は9月3日、最後のミサイル発射実験は9月15日だった。また、米朝が互いに言葉で威嚇し合ったピークは9月の国連総会期間中であり、トランプはアメリカには「朝鮮を破壊する」能力があると脅迫し、朝鮮最高指導者の金正恩は自ら声明を出して反撃した。
 アメリカの半島における軍事活動は増加しており、ワシントンはたびたび「すべての選択肢がテーブル上にある」と表明している。最近では、アメリカは朝鮮を再び「テロ支援国家」リストに入れるかどうかを検討中(浅井注:この文章はトランプの決定の前に書かれていることに要注意)であり、この動きはワシントンによる平壌に対する新たな圧力行使と見られる。
 しかし、ワシントンは本年後半以来、「平壌政権の転覆を求めない」などの「4不政策」を正式に公表するなど、柔軟な一面をも示している。マティス国防長官の最新の発言では、朝鮮が核ミサイルの実験開発を中止し、武器輸出を行わなければ、朝米が対話を行う可能性はあるとした。
 総じて見れば、米朝対立の距離は相変わらず巨大であり、朝鮮は対外的に高度の不信感を持っており、引き続き核ミサイル実験を「勝利のうちに完成する」決意を維持しているように見える。しかるに、トランプ政権の基本的アプローチは相変わらずさらなる圧力をかけて、圧力で変化を促すというものだ。現在注目されているのは、朝鮮が最近2ヶ月間沈黙しているのは、単なる「一時休止」なのか、それとも観測球を投げているのかということだ。また、ワシントンが示している弾力性はさらに拡大するか否か、そしてそのことが朝鮮側の「沈黙」と相互作用を起こし始めるかどうかということだ。
 客観的にいって、米朝双方には「罵り疲れ」という一面がある。アメリカは繰り返し圧力行使を行っても効果が出ず、トランプ政権には明らかに焦りが見える。朝鮮にとっては、このようにやっていった場合、最後に行き着く先は何かという問題だ。宋涛の朝鮮訪問は、米朝がそれぞれの苦境を正視し、新たな試みを行うことを選択するように促すことができるだろうか。
 アメリカは明らかに半島問題における本当の戦略的主導権を持っており、情勢の方向性に影響を与える資源と手段をもっとも多く持っている。ワシントンに必要なのは、半島情勢の様相を変えるという本当の気迫だ。アメリカが2年前に「4不」を言っていたならば、今日の局面はまったく違ったものになっていだだろうと言うものもいる。朝鮮をして安全感を持たせること、これがおそらく朝鮮核問題を解決する基本的前提だろう。
 以上を要するに、宋涛は魔術師ではなく、半島情勢が緩和できるか否かの根本的なカギは米朝の手中にある。両者が相変わらず自らのロジックにしがみつき、向き合って進むことを拒否するのであれば、宋涛が扉をわずかに開くことを手伝ったとしても、その扉は簡単に閉じられてしまうだろう。