21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

トランプ訪問に対する日韓の反応の違いとは

2017.11.9.

1.なぜ私たちは無反応・無気力なのか

トランプの日本と韓国への訪問に対する日韓両国民レベルでの反応の違いの大きさ、特に韓国では激しい抗議行動が起こったことからいろいろ考えさせられました。私が毎朝フォローしている韓国3紙(朝鮮日報、中央日報、ハンギョレ)の報道を基にしての判断なのですが、韓国における抗議行動の中心に座ったのは、朝鮮に対する戦争をも辞さないとするトランプの超強硬姿勢によって、韓国が甚大な戦争被害に巻き込まれる可能性が高まっていることに対する怒り・不安であると思われます。朝鮮は、アメリカから戦争を仕掛けられる場合には、報復攻撃として、アメリカ及び韓国はもちろんのこと、日本をも対象とすることを明言しています。したがって、韓国国民の怒り・不安は私たちも本来当然共有しなければならないはずのものなのです。しかし、日本ではそういう声がまったく起こらない。それが私にとって考え込まざるを得ない問題なのです。
断っておきますが、私は韓国における抗議行動のあり方そのものについてとやかく発言する立場にはありませんし、そうするつもりもありません。日韓両国民の反応の違いから、日本政治の主人公であるべき私たち国民の政治意識について考えるべき問題がいくつかあるということを指摘したいということです(韓国政治を無条件で賛美する気持ちもありません。その点については別途取り上げたいと思います)。
 この問題を解くカギはいくつかあると思います。①「北朝鮮脅威論」という負のイメージが私たちのまともな思考の働きを麻痺させていること、②集団的自衛権行使、安保法制に対する反対行動が国内的議論に終始し、国際的視点(特に仕掛け人であるアメリカに対する視点)が欠落してきたこと、③アメリカに対して好感を持つ国民が80%を超える(内閣府世論調査)下で広がる「寄らば大樹の陰」という無意識の働き、④安倍首相のトランプ大統領に対する「入れ込み」(世界的に見てきわめて異常)に対する日本のマス・メディアの無批判報道の垂れ流しの影響、⑤「唯一の被爆国」「核廃絶」がおまじない化し、空洞化した国民的核意識、などです。これらの要素はそれぞれに絡み合い、影響し合っていますから、それらの総合的影響の下で私たち国民の無気力な反応が生み出されることになっていると思います。
<「北朝鮮脅威論」>
 韓国国内においても、朝鮮に対する負のイメージが保守層を中心にして強いことは、朝鮮日報をフォローしているとよく分かります。しかし、朝鮮日報においてすら、日本国内で喧伝されるような「北朝鮮は脅威だ」というイメージを強調して押し出すことはきわめて少ないというのが私の印象です。朝鮮の核武装に対して韓国も核武装して対抗するべきだという主張の先頭に立っている韓国メディアは朝鮮日報ですが。朝鮮戦争の苦い歴史はありますが、やはり同じ朝鮮民族であるし、いったん戦争になった場合には南北双方の国民が大惨事に巻き込まれるからそれだけは絶対に避けなければならないという意識は広く共有されていると思います。
 これに対して日本国内では、「ウチ・ソト意識」の働きの下で、朝鮮を見下し(古代からの小中華意識)、支配し(明治以後の植民地化)、敵対し(朝鮮戦争以後)、総じて差別視する流れが脈々として存在しています。「北朝鮮脅威論」はその今日的発現形態であるわけです。そのため、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という感情が先に立って、米朝戦争が勃発したらどうなってしまうのかという大問題に関して、冷静な思考の働きが封じられてしまうというわけです。
<「内向き」思考>
 私は「蟷螂の斧」に過ぎませんが、集団的自衛権行使、安保法制さらには9条改憲に反対する国内の運動がきわめて「内向き」で、国際的視点が欠落していることをこのコラムでも繰り返し指摘してきました。しかし、否定しようのない事実は、集団的自衛権行使にせよ、安保法制にせよ、さらには9条改憲にせよ、その震源地はアメリカであり、安倍政権はそのアメリカの意向に沿いつつ、自らの念願である改憲実現に結びつけようとしているということです。したがって、私たちの運動がアメリカという要素を欠落させている限り、問題の根本的解決を導くことはいつまでたっても不可能です。安倍政権を退陣させても、今の総保守化傾向の日本政治では、後継政権・政党はやはり改憲を追求するのです。韓国における抗議運動は、日米関係と同じ性格を持つ米韓関係に対して、韓国国民(少なくともその少なからぬ部分)が鋭い問題意識を持っていることを示しています。
<「寄らば大樹の陰」>
 日本外交は伝統的に天動説(自己中心)的思考に支配されてきました。古くは、先ほど述べたような「小中華意識」でしたが、明治維新以後の「脱亜入欧」にせよ、軍国主義時代の「独伊日枢軸」にせよ、敗戦後の「対米一辺倒」にせよ、独立自尊の精神はかけらもなく、「寄らば大樹の陰」的発想に貫かれてきています。天動説と「寄らば大樹の陰」的発想とは一見矛盾するようですが、そうではありません。「対米一辺倒」についていえば、世界最強のアメリカにすり寄り、「一心同体化」することにより、「アメリカ目線」という自己中心の視点で世界を睥睨するというわけです。今回の安倍首相の精魂傾けてのトランプ歓待劇はその典型です。やっかいなことは、「お上」意識が強固にはびこる私たちの国民意識は「寄らば大樹の陰」意識の温床であるということです。
 韓国は、その地政学的条件によって、大陸国家(中国)と海洋国家(日本・アメリカ)によって翻弄される歴史を免れることは至難です(中国の朝鮮半島問題専門家・李敦球の持論)。今日の韓国が米韓同盟を重視せざるを得ないのは、当否は別として理解できることです。しかし、少なくとも最近の「ろうそく革命」の「威力」を見れば分かるとおり、今の韓国国民の多くにとっては私たちにおけるような「お上」意識の働きはもはや基本的に無縁であり、政治の主人公としての意識が私たちより格段に強いことが分かります。
韓米同盟に関しても、日米同盟に関する日本国内での支配的理解とは異なるものがあります。つまり、日本におけるような「無条件肯定・支持」というよりも、韓国の置かれた条件の下では「やむを得ない選択」という受け止め方の方が大きいように思われます。
<日本のマス・メディア>
 私はこの数年、日本のマス・メディアの報道にはほとほと愛想が尽きています。今回のトランプ訪日に関するマス・メディアの無批判を極める、官製垂れ流し報道については、正直うんざりしています。しかし、私たちの圧倒的に多くの人々にとっては、日本のマス・メディアが垂れ流す「情報」だけが唯一の判断基準であることは、悲しい事実です。多くの日本人の「国際感覚」が異常であることを理解するための一助として、以下の2.で、トランプ訪日に関する日本的な受け止め方に関する韓国特派員の受け止め方を紹介します。
韓国のマス・メディアについても私は少なからぬ問題を感じますが、右の朝鮮日報、中道右寄りの中央日報、韓国民主化にコミットしているハンギョレのいずれも、自らの立ち位置に基づいてトランプ訪韓を報道しています。したがって、韓国国民は官製垂れ流し報道で押し流されることはないと思います。
<空洞化した国民的核意識>
 私の広島生活6年からもっとも切実に感じたことの一つは国民的な核意識の空洞化でした。この点についてもこのコラムで何度となく指摘してきました。「核廃絶」と「核の傘」が何の矛盾もなく共存する国民の核意識ほど、世界的に奇異な現象はありません。こういう曖昧を極める核意識からは、「米朝軍事衝突は核戦争に直結する」という現実をも「他人事」として見ることしかない貧弱な発想しか出てきません。
 ちなみに、韓国国内にも広島、長崎で被爆した被害者がいますが、なんといっても韓国国内では圧倒的少数です。したがって、韓国で核戦争の恐ろしさについて国民的理解・認識が広まっているという印象はありません。

2.トランプ訪日に関する韓国紙報道

トランプ訪日に対する日本政府及び国民の対応に関する中央日報及び朝鮮日報の日本駐在特派員の記事を紹介します。

<11月7日付中央日報日本語WS>
「トランプ大統領の訪日は「おもてなし外交」の連続だった。その中でも安倍首相がトランプ大統領の長女イバンカ氏を食事場所の前で起立したまま13分も待った姿は圧巻だった。韓国なら「おかしいのでは」「度が過ぎる」という非難が殺到しているだろう。しかしこれを非難する日本国民やメディアの報道はほとんど見えない。」
<11月7日付朝鮮日報日本語WS>
「1967年11月、東京都心はソウルと同じくらい混乱が続いていた。…当時まだ米国の支配下にあった沖縄の返還を求めるデモ、ベトナム戦争反対を訴えるデモ、佐藤栄作首相の訪米に反対するデモなどが毎日のように東京永田町の首相官邸前で続いていた。…トランプ大統領が日本に滞在した2泊3日の期間中、デモが続いた当時の話はどう考えても昔の夢物語だ。ソウルでは今、投石までは行われないものの、反米デモが次々と計画されているそうだが、東京ではトランプ大統領歓迎の雰囲気一色だ。
 日本政府は2万1000人の警察官を動員し、トランプ大統領と安倍首相が通過する通りに配置した。これは万一のテロを警戒するためで、日本のデモ隊がトランプ大統領に反対するのを防ぐためではなかった。拡声器のボリュームをいっぱいに上げ暴言をばらまく右翼団体の宣伝カーもこの期間は全く見られなかった。
 昼食や夕食を共にした日本人たちは「警戒態勢が敷かれているため、普段利用する道が通れない」とうれしそうな顔で不満を口にしていた。また「トランプ大統領と安倍首相が夕食を共にした銀座の鉄板焼き店にいつか行ってみたい」「二人がゴルフをした霞ケ関カンツリー倶楽部は本当に風光明媚だ」などの話も繰り返し口にしていた。
 トランプ大統領と安倍首相が「ドナルドとシンゾー」と金の糸で刺しゅうされた白い帽子をかぶってゴルフを楽しむ様子を見ると、韓国人は日本人のように気分良く笑うことはできない。韓国人の目には安倍首相によるトランプ大統領の歓迎も、また日本国内におけるトランプ・ブームもどこか違和感を覚えるものだったからだ。なぜなら韓国人の多くはトランプ大統領について「北朝鮮の金正恩委員長と同じくらい危険な人物」「無責任な言動で韓国の株価を引きずり落とす人間」「しかも日本の安倍首相と非常に親しいので一層憎たらしい」などと考えているからだ。
 これは韓国人だけの話ではない。トランプ大統領ほど批判材料が豊富な人物も珍しい。歴代の米国大統領の中で、その暴言や傲慢な態度でトランプ大統領ほど世界から批判を受けるケースもなかった。米国のメディア関係者の中で「トランプ大統領はよくやっている」と褒める人は見たことがない。…
 それでも日本人はイバンカ・トランプ氏に熱狂し、トランプ大統領を見てはうれしそうに手を振っている。これを苦々しく思う韓国人にプライドがあり、日本人にプライドがないのがその理由ではない。日本を数年にわたり観察してきた外交・安全保障の識者たちは数年前から「日本における全ての出来事の背景には中国がある」と指摘する。…
 目と鼻の先にある中国が徐々に巨人に生まれ変わるのを目の当たりにしている安倍首相は、遠くの米国とより強固な関係を結び、これにインドやオーストラリアまで引き入れ「日米豪印」でスクラムを組もうとしている。これが安倍首相の戦略であり世界観だ。…
 実はトランプ大統領も同じような考えを持っているが、この現実が韓国であまり注目されていないのは問題だ。朝日新聞など日本の主要メディアは「イバンカ・トランプ氏は父のトランプ大統領に『外交・安全保障政策は安倍首相の言う通りにしなさい』と忠告した」と報じた。ホワイトハウスでは「トランプ大統領の外交補佐官は安倍首相」という冗談も普通に語られているという。「友人のシンゾーと和牛を食べてから韓国に向かうトランプ大統領」を今度は文在寅大統領が迎える番だ。」