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トランプのアジア歴訪を前にした中韓関係改善への動き

2017.11.5.

トランプ大統領が日韓中3国を訪問する直前ともいうべき10月31日に、中韓両国は中韓関係改善に向けた大きな動きをとりました。これは、トランプ大統領及び安倍首相が、トランプ歴訪の機会を捉え、朝鮮に対する強硬アプローチをさらに推進しようとしている状況に対して、これをよしとしない中韓両国の戦略的思惑が合致したことによる重要なステップであると考えます。
 中韓関係は、文在寅大統領が軽率に(としか私には思えない)THAAD韓国配備に踏み切ったことで急速に悪化しました。しかし、文在寅大統領としてはトランプ・安倍の強硬路線に引き込まれて、朝鮮に対して身動きがとれなくなる状況は是非とも回避したいところでしょう。また、習近平主席としても、文在寅大統領に対して突き放した態度をとり続けることは、同大統領をしてトランプ・安倍の側にむざむざ追いやる可能性が大きく、そうなれば、朝鮮核問題の平和的解決を目指す自らの戦略にさらに重大な支障が加わることは明らかです。逆に、中韓関係を改善すれば、文在寅大統領の対米日交渉ポジションを高めることに資することは明らかですし、朝鮮核問題における中ロ対米日という対決構造の下で、元々平和解決志向の高い文在寅・韓国の対中ロ協調姿勢を引き出す可能性もはるかに大きくなるでしょう。  もちろん、以下に紹介しますように、今回の合意内容自体は「韓国側の意図表明」とそれに対する「中国側の積極的評価」であって、中韓関係は「改善された」というのは尚早です。しかし逆から言えば、そういう内容の「合意」でもトランプ歴訪の前に発出したいという中韓両国の強い思惑が働いたということであり、それだけ今回の中韓両国の動きは優れて政治的なものであることが理解されるわけです。

1.中韓関係改善に向けた中国外交部発表

中国外交部WSは10月31日付で次の発表を行いました。

「中韓関係等に関する中韓双方の意思疎通」
 中韓双方は先般、中国外交部の孔鉉佑部長助理と韓国国家安保室南官杓第二次長とのチャンネル等を通じて、朝鮮半島問題等に関して外交部門間の意思疎通を行った。
 双方は再度、朝鮮半島非核化、朝鮮核問題の平和的解決の原則を確認し、引き続きあらゆる外交手段を通じて朝鮮核問題の解決を推進することを表明した。双方は、このためにさらに戦略的意思疎通及び協力を強化することを表明した。
 韓国側は、THAAD問題に関する中国側の立場及び関心を認識し、韓国配備のTHAADシステムに関する本来の配備目的は第三国に対するものではなく、中国の戦略及び安全保障上の利益を損なうものではないと明確に表明した。中国側は、国家安全保障を守る立場から、韓国にTHAADシステムを配備することに反対すると再度述べた。同時に中国側は、韓国側が表明した立場に留意し、韓国側が関係する問題を適切に処理することを希望した。双方は、両国の軍事チャンネルを通じて、中国側が懸念するTHAAD関連問題について意思疎通を進めることを取り決めた。
 中国側は、ミサイル防衛システム構築、THAAD追加配備、韓米日軍事協力等に関して中国政府の立場及び懸念を表明した。韓国側は、それに先だって韓国政府が公に明らかにした立場を改めて表明した。
 双方は、中韓関係を高度に重視し、双方の共同の文献の精神に基づいて中韓戦略協力パートナーシップの発展を推進することを希望すると表明した。双方は、両国の交流協力を強化することは双方共同の利益に合致すると考え、各分野における交流協力が早期に正常な発展軌道に戻ることを推進することに同意した。

2.発表に至る経緯

今回の発表に至る背景及び経緯に関しては、私が毎朝チェックしている韓国3紙が詳しく紹介しています。
 まず、10月31日付の朝鮮日報・日本語WSは、「中国外務省「韓中関係に近く良い知らせ」」と題する、以下の記事を掲載しました。

「中国外務省が26日行った定例会見の直後、同省関係者は韓国取材陣に対し、「(韓中関係に関連し)近く良い知らせがあるはずだ」と耳打ちした。普段は終末高高度防衛ミサイル(THAAD)に反対する中国の立場を代弁してきた同省としては異例のことだった。
 30日の会見でも珍しい光景があった。華春瑩副報道局長にある記者がTHAAD関連の質問をした時のことだ。韓国人記者ではなく、中国中央テレビの記者だった。質問は「韓国の康京和外交部長官が『THAADの追加配備を検討せず、米国のミサイル防衛(MD)には参加せず、韓米日の安保協力を軍事同盟には発展させない』と述べたが、中国はどういう立場か」というものだった。華副報道局長は待っていたかのように、「THAAD配備に一貫して反対する」としながらも、「その3つの表現を重視しており、韓国が関連問題を適切に処理し、両国関係を速やかに安定した健全な発展軌道に戻すことを望む」と答えた。あらかじめ約束したかのような問答だった。北京の外交筋は「中国外務省から近く、韓中関係に関する発表がある」と話した。」

同日付のハンギョレ・日本語WSも、「韓国政府、中国に「米国の前哨基地にはならない」約束」と題する以下の内容の記事を掲載しました。中国外交部が発表した文章の中の、「中国側は、ミサイル防衛システム構築、THAAD追加配備、韓米日軍事協力等に関して中国政府の立場及び懸念を表明した。韓国側は、それに先だって韓国政府が公に明らかにした立場を改めて表明した」とある、「それに先だって韓国政府が公に明らかにした立場」とは、康京和外相がともに民主党の議員のなれ合い(?)質問に対して述べた発言を指すことは明らかです。

「カン・ギョンファ外交部長官は30日、THAADの追加配備と米国のミサイル防御に参加しないと明らかにした。また、韓米日3国の安保協力が、軍事同盟に発展しないという点も明確にした。これまで中国がTHAAD配備は韓米日軍事同盟を通した中国包囲戦略実現のための布石ではないかという憂慮を提起してきたことに対して、韓国政府が立場を明らかにする形で局面を切り替えようとしている。中国政府も待っていたように「歓迎」の立場を明らかにした。THAAD問題で凍り付いた関係を解くために、韓中がこれまで水面下での接触を通じて用意した解決法にともなう準備された措置と見られる。…
 韓中間の雪溶けムードはこの日国会で開かれた外交統一委員会の外交部国政監査で、カン長官の返事を通じて現れた。「中国通」として知られる共に民主党の朴炳錫(パク・ビョンソク)議員が「韓中間の軋轢に重要な要素は大きく分けて3つ」として「THAAD追加配置の有無▽MD参加の有無▽韓米日軍事同盟の可能性に対する韓国政府の立場を明らかにしてほしい」という質問に答えたものだ。
 カン長官は「韓米日3国安保協力は、北朝鮮の核・ミサイル脅威に対する抑止力を増進し、実効的に対応するためのもの」とし「こうした協力が3国間の軍事同盟に発展しないことを明確に申し上げる」と答えた。
 こうした立場は過去の保守政権とも変わらない。ただし、これまで外交部内外では中国が韓米日地域同盟化を極度に警戒している状況で、文在寅政府が韓米日軍事協力の敏感性を見逃しているのではないかとの指摘があった。6月末の最初の韓米首脳会談共同声明に安倍晋三首相の名前を明記して「韓米日協力進展方案」という字句を入れたことや、7月にドイツで主要20カ国(G20)首脳会議を契機に開かれた韓米日首脳晩餐共同声明の「3国間安保協力を持続的に発展させていくことを約束」したという部分が指摘の対象だった。
 同じ脈絡で中国は、韓国のTHAAD配備をめぐり米国のミサイル防御(MD)体系に編入されるのではないかという憂慮を提起してきた。カン長官はこれに関連しても「韓国政府は米国のMD体系に参加しないという既存の立場に変わりはない」と再確認した。さらに「韓国政府はTHAAD追加配備を検討していない。明確に申し上げる」とも強調した。カン長官の発言は「THAAD配備と韓米日3角同盟で韓国が米国の対中国前哨基地になるのではないか」という中国の憂慮に対して、文在寅政府が公開的に線を引いて一種の約束をしたわけだ。
 韓中関係の復元に対する観測と関連してカン長官は「両国の未来指向的発展のために、近い将来に関連する知らせを発表できるのではないかと予想している」として「こうした措置で両国関係の困難を克服し、早い正常化軌道に出て行くことができると考える」と話した。カン長官の発言は、事前に韓中間実務協議を通じて調整されたものと見られる。…」

さらに同日付の中央日報日本語WSも、「韓中首脳会談が決定…THAADで悪化した両国関係が解氷ムード」と題する記事で、次の内容のフォロー記事を掲載しました。

「青瓦台の南官杓(ナム・グァンピョ)国家安保室第2次長は31日の記者会見で、「韓中両国は来週ベトナム・ダナンで開催されるAPEC首脳会議をきっかけに文在寅大統領と習近平主席の韓中首脳会談を行うことで合意した」とし「韓中両国は続いてフィリピン・マニラで開催されるASEAN関連首脳会議期間中、文大統領と李克強中国首相の会談も推進している」と明らかにした。
青瓦台の首脳会談開催発表に先立ち、外交部はこの日午前10時、ホームページを通じて、両国間で水面下で進められてきた協議の内容(浅井注:上記1.参照)を公開した。…
今年は韓中国交正常化25周年を迎えたが、最近の両国関係には深い溝があった。北朝鮮が7月28日深夜に大陸間弾道ミサイル級「火星14」を発射する挑発を敢行した後、文大統領が翌日未明に主宰した国家安全保障会議全体会議で「THAADの残余発射台の配備をはじめ、韓米連合防衛の強化および信頼性のある抑止力確保案を準備してほしい」とし、在韓米軍のTHAADを電撃配備したのが葛藤の核心原因だった。
THAAD問題に関連して両国が葛藤をある程度解消するまでに外交・安保ラインの水面下接触があったと、青瓦台は明らかにした。…24日にフィリピンで宋永武(ソン・ヨンム)国防部長官と常万全中国国防相の会談が実現したのも党大会の後だった。」

さらに、11月1日付の中央日報・日本語WSは、今回の中韓関係進展に向けた動きが本年7月6日にベルリンで行われた中韓首脳会談を契機に始まったとして、青瓦台関係者の発言に基づいて次のように紹介しています。

「韓国と中国の外交ラインは、7月の文在寅大統領と習近平国家主席の初の首脳会談以降、3カ月間にわたって水面下交渉を行ってきたと青瓦台(チョンワデ、大統領府)高位関係者が明らかにした。この過程で、高官対話チャンネルとして鄭義溶(チョン・ウィヨン)青瓦台国家安保室長と楊潔篪外交担当国務委員間のホットラインが稼動したという。
2人は7月の韓中首脳会談当時、30分間個別会談を行い、韓中関係改善などをまず協議した。…
8月からは韓国側から南官杓国家安保室第2次長が、中国側から孔鉉佑・外務次官補兼韓半島(朝鮮半島)事務特別代表が出て実務接触を開始した。…
中国は外交部の高位要人が、韓国は外交部ではなく青瓦台安保室ラインが対話チャンネルの窓口を担っている点が注目される。
これに関連し、青瓦台高位関係者は「THAAD体系配備問題の解決は『政治的妥結』として決着させる必要があるため、最高決定権者と疎通しながら迅速に立場が調整されなければならないとの趣旨で交渉チャンネルが決まった」と説明した。…
水面下交渉の過程で、習主席は周辺の側近に「文大統領は信頼に値する人物」と漏らしていたと青瓦台関係者が伝えた。この関係者は「中国側が信頼に値するという評価が出てきたことが問題解決に大いに役立った」と話した。…」

3.中国外交部華春瑩報道官の定例記者会見

中国外交部の華春瑩報道官は、10月30日の定例記者会見における、2.で紹介した朝鮮日報の記事(「30日の会見でも珍しい光景があった。華春瑩副報道局長にある記者がTHAAD関連の質問をした時のことだ。韓国人記者ではなく、中国中央テレビの記者だった。質問は「韓国の康京和(カン・ギョンファ)外交部長官が『THAADの追加配備を検討せず、米国のミサイル防衛(MD)には参加せず、韓米日の安保協力を軍事同盟には発展させない』と述べたが、中国はどういう立場か」というものだった。華副報道局長は待っていたかのように、「THAAD配備に一貫して反対する」としながらも、「その3つの表現を重視しており、韓国が関連問題を適切に処理し、両国関係を速やかに安定した健全な発展軌道に戻すことを望む」と答えた。」)に引き続き、翌31日の定例記者会見においても、中韓関係に関する質問に対して、以下のように答えました。

(問)中韓双方の意思疎通に関する発表に注目しているが、このことはTHAAD問題に関する中国の立場に変化があったことを意味しているのか。中韓関係は調停されたことを意味するのか。
(答)THAAD問題に関する中国の立場は明確であり、一貫しており、変化はない。我々は、韓国はアメリカのミサイル防衛システムに参加しない、韓米日安全保障協力を3国軍事同盟に発展させない、THAADシステムを追加配備しない、現在韓国に配備されたTHAADシステムは中国の前略的安全保障上の利益を損なわない、とした韓国側の公の表明に留意している。韓国側が言行一致で、上記の態度表明を実行し、関連する問題を適切に処理することを希望する。
(問)以上の発表の背景は何か。中韓関係改善に対する中国側の期待は如何。
(答)本日午前、中韓は両国関係等に関する意思疎通のニュースを発表した。私が述べたいのは、THAAD問題を適切に処理し、中韓関係発展の障害を取り除くことは両国共通の意思であり、双方の共通の利益にも合致するということだ。双方は先般、中国外交部の孔鉉佑部長助理と韓国国家安保室の南官杓第二次長との間のチャンネル等を通じて、関連する問題について外交部門間の意思疎通を行い、共通認識に達した。
 どのような期待あるかについて言うならば、先ほどの記者の質問に対して答えたとおり、中韓関係の改善と発展は双方の共通の利益に合致しており、韓国側が上記表明を実行に移し、中国側とともに努力して双方の関係を速やかに正常な発展軌道に戻すことを希望している。